13.聖女アルマの正体
アルマが魔女なら私の食べる直前にマカロンに睡眠薬を入れたのではなく、眠りの魔法を掛けた可能性が高い。魔女がどれだけの事ができるのか分からないが、彼女が魔法を使う時は特に光などを発しないことだけは分かる。私の傷を治した時、彼女は私のお腹に手を翳しただけだった。書物では聖女が力を使う時は眩い光を発するとあった。
あの時に気が付けていれば、キルステンにアルマが魔女だと伝えられた。とにかく、後で私だと分からないように手紙を彼に書いてアルマの正体を伝えるしかない。
魔女がどれくらいの事ができるのか把握していないと戦うことは難しい。
「変身魔法はないのかも。もしあれば、アルマは私を仮面舞踏会には連れてかなかった気がするの」
「仮面舞踏会に連れて行ったのは皇太子妃ビルゲッタの悪評を立てる為じゃない。お前の貞操を奪う為だ。仮面を付けていても、俺はあそこにいる貴族は把握している。お前に話しかけていた茶髪の白い仮面の人物はよそ者。おそらく、アルマに雇われたのだろう」
猫になる呪いを掛けられ、貞操を狙われ、確かに今アルマのターゲットは私。
(貞操か⋯⋯)
私はキルステンに激しく抱かれた夜を思い出し思わず顔が熱くなる。
夢にまで見た愛される人と結ばれる幸せな時。最中、私は何度もキルステンに話し掛けたが無視された。私も彼の手に翻弄され、途中から話すのもままならなくなってしまった。
手で顔を仰いでいると、フェリクスが仰ぐのを手伝ってくれる。
「少し暑いか? ずっと、閉め切ってたからな。窓を開けようか」
フェリクスがカーテーンを引き窓を開けると、空には満天の星空が広がっていた。
「街の灯りがないから? ここまで沢山の星が見えるの? 今にも降ってきそうな星空だわ」
私が感動していると、フェリクスが柔らかく微笑んだ。
「もう、ここはアルベール王国だ。ルスラム帝国に比べると随分田舎だぞ」
月明かりに照らされると、周りは菜の花畑だった。黄色い花々が可愛らしい。
暗い側面も持っていても、憧れていた『花の王国』はやはり美しい。
現在、アルベール王国とルスラム帝国は国交がない。旅行で行くにも、双方の国の許可を取るのが大変だ。アルマは聖女だから、特別に許可が降りたのだろう。今、乗っているのがアルベール王国の馬車と言うことは、王国側に私たちの密国を助けてくれる人がいるという事だ。
「私、この国好きだわ。そういえば、この馬車はアルベール王家からお借りしたの?」
フェリクスは静かに頷く。私がピンチに陥るとすぐに手を差し伸べてくれた彼。フェリクスはやはり頼れるお兄さんだ。彼の協力があれば、この体に掛けられた呪いも解けるかもしれない。
「フェリクス、ありがとう」
私が微笑むと彼は頬を染め目を逸らした。
「ビルゲッタ、お前は有名だからアルベール王国についたら偽名を使った方が良い。それと、髪も染めた方が良いな」
「名前はエリナにする。この髪は染めないわ。これで、平民っぽいでしょ」
私はフェリクスの腰から剣を抜いて、腰まである髪を肩まで切る。この髪は大好きな兄のケネトと亡くなった母とお揃いの色。以前、キルステンも一度だけ私の髪を月の光のような綺麗な色だと褒めてくれた。そして、名前はエリナが良い。私の心は離れていても、キルステンのものだ。
「エリナか⋯⋯良いんじゃないのか、平民っぽくて」
フェリクスは少し切なそうに呟いた。
♢♢♢
アルベール王国に到着するなり向かった場所。
「えっと、酒場?」
「今は閉まっている。ここを花屋にして、二階の部屋に俺とエリナで住まわせて貰う予定だ」
「誰かお世話してくれる方がいるの?」
フェリクスは静かに頷くと私の手を引き、閉店した酒場の中に入って行く。無言で関係者以外立ち入り禁止のお店の奥の方に侵入し、床下の扉を開けるとそこには階段があった。
「地下? 秘密基地みたい」
目を輝かせる私の口元にフェリクスが人差し指を当てて来る。
「酒場を隠れ蓑にしていたけれど、ここは情報ギルド」
私はフェリクスが他国の裏組織にまで通じていたことに驚きを隠せない。
何を言って良いか分からなくて、口をパクパクさせているとフェリクスが少し笑って説明してくれた。
「エリナの話はギルド長のジャスパーさんには通してある」
私が実はルスラム帝国の皇太子妃であること、昼間は猫にあること、一体どこまでの話をフェリクスは裏組織の長、ジャスパーにしたのだろう。少し不安になったが、今までフェリクスは私を助け続けてくれた頼れる男。私はコクコク頷きながら、彼についていった。
階段を降りきり、古びた鉄の扉をダイヤルで開けるフェリクス。
まるで、前世で見た金庫を開けるような鍵の方式に驚く。
この世界は中世ヨーロッパのような感じで、このような近代的なロックは見たことがない。
ルスラム帝国がアルベール王国より発展していると思っていたが、一概にそうは言えないようだ。
重い鉄の扉を開けると、前世で映画で見た香港マフィアの部屋のような場所に辿り着く。
黒い革張りのソファーの応接セット。その奥には危険なオーラをしたダンディーな濃紺の髪にブルーサファイアの瞳をした男がいた。彼が情報ギルド長ジャスパーだろう。
「人払いをしておいた」
「お気遣いありがとうございます。ジャスパーさん」
二人のやり取りを見るに、私の身元はジャスパーだけと共有化しているようだ。
「初めまして、ジャスパーさん。ビルゲッタ・ルスラムと申します」
私が片足を後ろに引き、膝を軽く曲げてカーテシーの礼をするとジャスパーは吹き出した。
「おいおい、もう俺を信用して身元を明かしているのかい? 危なっかしいお嬢様だな。フェリクス、こんな危うい嬢ちゃん連れてきて俺は危ない橋は渡る気はないぞ」
どうやら初動を間違えたようで、私は狼狽えてフェリクスの顔を見る。
フェリクスは私を安心させるように微笑んだ。
「酒場ではなく、アルベール王国にありふれた花屋でこの隠れ家をカモフラージュするのですよね。花屋の店主として彼女は丁度良いのではないですか?」
フェリクスの話から察するに、どうやら閉じた酒場を花屋にする計画があるようだ。
前世で高校生になって直ぐ絶たれた私の命。高校生になったら花屋のアルバイトをしたいとずっと思っていた。私の母は自宅でフラワーアレンジメント教室をしていたこともあり、私は幼い頃から花に囲まれて過ごしていた。心臓のワクワクが止まらない。前世でできなかった花屋の仕事ができるかもしれない。
「酒場で乱闘騒ぎがなきゃ、こんな気に病むこともなかったんだがな。ビルゲッタさんよ。目立たない事が大事なんだ。アンタの振る舞いは気品があり過ぎる。もっと、平民のように振る舞えないか」
ジャスパーの言葉にこのままでは不採用になってしまうと慌てた私はその場で二回転して片手と片足を上げてポーズをとった。イメージは街中で自由に振る舞う平民だ。
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