12.逃亡生活のはじまり
心地よい揺れと柔らかな感触を感じて目を開ける。
どれくらい時間が経ったのか分からないが、私はフェリクスと向かい合い馬車に乗っていた。フェリクスも移動で疲れているのか、頬杖をついてうとうとしている。
馬車はアルベール王国の紋章がついた白い馬車でダルトワ伯爵家のものではない。
ふかふかのソファーは、アルベール王国の国旗の色であるモスグリーンをしていた。私は勢いよく起き上がると、紺色の厚手の大きなブランケットが下に落ちる。
「わー! ちょっと」
フェリクスは慌てたように私にブランケットを押し付けてきた。
私は今一度自分の姿を確認する。
馬車のカーテンが閉まっていて気が付かなかったが、おそらく今は夜。
私は人間の姿をしている。
「きゃあ、なんで裸なの?」
「ごめん、服を勝手に着せてよいか分からなくて」
「着せて! 人間だから!」
フェリクスは慌てて、馬車に積み込んでいた荷物から淡い水色のカントリー調のワンピースを取り出した。スミレやライラックなど春の花が刺繍されていて可愛らしい。
「アルベール王国の民族衣装?」
「民族衣装というか、アルベール王国の平民は皆こんな格好をしている」
アルベール王国は別名『花の王国』。
先の見えない未来を考えると不安になるけれど、フェリクスが一緒だから大丈夫。私はこれからの生活に私は期待に胸を膨らませた。
フェリクスが私の着替えを見ないように手で顔を覆っているのに気がつき、私は急ぎ着替えをする。
「フェリクス、もういいよ。サイズぴったり。ありがとう」
着替え終わった私を見たフェリクスは手をパチパチ叩く。
「侍女がいなくても、大丈夫そうだな」
「まあね」
私は前世で日本で暮らした一般人の記憶があるのだから当然。自分のことは自分でできる。
「フェリクス、アルベール王国を選んだ理由は何? 私に掛かっている呪いと関係があるの?」
「ビルゲッタ、君に呪いを掛けたのはアルマだ。アルベール王国はアルマの出身地。おそらく、彼女の狙いは君を失脚させキルステン皇太子の妻になること」
「聖女なんだから、何もしなくても皇太子の妻になれるわ」
エマヌエル皇帝もアルマを皇太子妃にしたいようだった。
実際、原作でも彼女は皇太子妃になっている。私が現在、無理やりキルステンの妻の座におさまっているだけ。聖女が現れたとあれば、聖女を次期皇后にという意見が出るのは時間の問題。聖女は国を豊かにする天の使い。
彼女をルスラム帝国に尽くさせるには、然るべき地位を与えようと思うのは当たり前だ。しかしながら、私を失脚させる方法で、殺害という極端な選択をしているのが理解不能。
「何も私を殺そうとしなくても、私は離婚に応じるわ⋯⋯私の気持ちが鬱陶しいのかしら」
「離婚」という言葉をに思わず目頭が熱くなる。私とキルステンの二年の結婚生活は私の住まいが皇宮内になっただけ。特に私と彼が夫婦のように過ごすことはなかった。愛されてもおらず、鬱陶しがられてさえいるのに、彼に縋るのはここまでにするべきだ。
ただ、離れても私はキルステンをずっと好きでいるし、応援する。彼を「好き」という気持ちをあまりに長く持ち過ぎて、自分ではうまく消せそうにない。
フェリクスが私に少しくたびれた白いハンカチを渡してくる。
「涙を流すなんて恥ずかしいわ」
「アルベール王国には平民として当分は潜伏する。平民は道端で泣き喚いても許されるぞ」
「それって、素敵ね」
私はハンカチを見ていて、ふと刺繍に気がついた。フェリクスのイニシャルとダルトワ伯爵家の家門の剣の紋章。これは、私が妃教育で刺繍の練習をしていた時に作ったハンカチだ。私が妃教育をはじめた八歳の時に作った見窄らしい処女作。
(刺繍、めちゃくちゃ下手⋯⋯)
「今は、もっと刺繍が上手いからね。フェリクスてば、物持ち良過ぎ。このハンカチ、十二年も使ってるの?!」
私からハンカチを受け取ると、フェリスクスはそのハンカチに口付けをした。その仕草が普段見せる彼とは違い艶っぽくてドキッとしてしまう。私は思わず彼から目を逸らした。昨晩、バルコニーで恋人のような目で見つめてきた彼。何だか、急に彼の男の部分を見せられていて困惑している。
「これは、宝物だよ。好きな子から貰ったものだから」
「⋯⋯」
フェリクスの様子が変だ。私と彼は家族のような仲だったはず。
「アルベール王国に行くのは、呪いを解く為よね? アルマは聖女なのに呪いを掛けれるの?」
私は気まずさを感じあからさまに話題を逸らした。聖女が持つ力は聖なる神聖力。傷を治したり、体力を回復させたりする癒しの力で、呪いの対極にある力だ。
「アルマは聖女ではなく、魔女。聖女の力と偽っているのは回復魔法。アルベール王国には魔女が存在する」
私は真剣な眼差しに変わり語り出したフェリクスの言葉に息を呑む。御伽噺の悪役のような魔女が実在するなどという記載は原作にはなかった。
アルベール王国は書物の絵で見た時に、美しい花で溢れた国で一度は訪れてみたいとは思っていた。
私はアルマが私に呪いを掛けた瞬間に心当たりがあった。ふと思い出すのはキルステンとアフタヌーンティーをした時に見た見覚えのないメイドの姿。煮出した紅茶はキルステンと私に注がれたが、あの場で私の紅茶にだけ呪いをかける事が可能だとしたら。
「もしかして、変身魔法もあったりする?」
「それは分からない」
髪は濃紺のまとめ髪だった。
(瞳の色は⋯⋯思い出せない。エメラルドだった気もする)
髪色を変えることもできる?」
「アルベール王国では花の樹液で髪色を変えるのが流行しているくらいだ。魔女でなくてもできるさ。アルベール王国では裏取引が横行している問題のある国だ。花の輸出と称して毒草を輸出して利益を得ている」
私は美しい憧れの国の真実を知り、身震いがした。
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