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妻、猫になり逃走中! 至急確保し溺愛せよ!  作者: 専業プウタ@コミカライズ準備中


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1.冷たい夫

むせかえるような薔薇の強い香りがする。


真紅の美しい薔薇が咲き誇るパティオに設置されたガーデンテーブル。

テーブルの真ん中に聳え立つマカロンタワーは私の手作りだ。


私は夫であるキルステン・ルスラム皇太子殿下とお茶をしている。キルステン皇太子殿下は明日二十歳になる見目麗しい方だ。肩まで伸びた黒髪に憂いを帯びたアメジストの瞳。私はもう長い事彼に片想いしている。


私と彼は同じ歳で、八歳の時に政略的婚約をした。

そして、私たちが十八歳の時に結婚。


当初は二十歳で結婚する予定だったが、私が自分を溺愛する父に無理を言って十八歳で彼と結婚させてもらった。


私の家ロレーヌ侯爵家が帝国一裕福で、ルスラム帝国はロレーヌ家の経済的支援を必要としていた。 キルステン・ルスラムとビルゲッタ・ロレーヌの婚約は政治的にも意味のある家同士の結びつきを強める為のような契約。「早く結婚したい!」などという私の我儘が通ったのは実家の力。そのように無理にでもキルステンとの結婚を早めたのには訳がある。


私は明日、キルステンが恋に落ちることを知っている。

今、私は小説『愛され過ぎて困っちゃう』の世界にいた。


小説は聖女アルマとキルステンが彼の二十歳の誕生祭で恋に落ちるところから始まる。

純粋無垢で可愛らしい聖女アルマは、ルスラム王家に降りかかる多くの苦難を聖女の力で乗り越える。

彼女はキルステンの最愛の人となり、やがて多くの人に愛される妃になるというシンデレラストーリー。

そして、私は二人の恋路を邪魔する悪役ビルゲッタ。


私は月の光のように輝く銀髪に琥珀色の瞳をした侯爵令嬢ビルゲッタ・ロレーヌに転生した。


八歳でキルステンと婚約すると同時に思い出した前世の記憶。 私はヒロインである聖女アルマが現れる前に、キルステンの心を得て自分の運命を変えようと奮闘した。


前世の記憶を思い出して、しばらくは苦しんだ。前世の私は十五歳という若さで命を失っている。通学中のバスが横転してから記憶がない。小学校から女子校だった私が恋していたのは本の中の人キルステン。彼がいたから、私は前世の死を受け入れビルゲッタとして前を向く事ができた。


私は今日まで十年以上、彼の心の扉を開こうと努力を重ねてきた。 しかし、彼が心を開くことはなかった。

(もう、ダメだ⋯⋯)


キルステンは相変わらず私に素っ気ない。

原作との違いは私が彼の婚約者ではなく、妻になっていることだけ。

妻になってもキルステンが私の寝室を訪れることはなかった。

一晩中部屋で準備をして待っていたけれど、初夜さえすっぽかされた。


私は小説を読んで、キルステンの孤独も政敵も知っていたし、実は甘いものが好きなことを知っている。


だから、彼が寂しくないように返事が来なくても手紙を書き続け、会ってもらえない日ばかりでも頻繁に皇城へ参内した。孤独な彼に自分を大切に思っている人が存在することを知って欲しかった。


政敵である貴族派のグロスター公爵の動向も逐一チェックした。 キルステンは十四歳の時に公爵家の企みで暗殺されそうになったが、私が盾となり防いだ。


お腹には今もその時の刺し傷の跡が痛々しく残っているが、これは彼を守れた勲章。 私の力不足で、証拠不十分によりグロスター公爵家を追い詰められなかったのだけが心残り。


結婚してからも、キルステンは食事さえ私と一緒にしようとはしない。

今日はラブコールを送り続け、一ヶ月ぶりに手に入れた彼との時間。


私は侯爵令嬢でありながら、パティシエに弟子入りしお菓子作りを学んだ。マカロンタワーは構想一ヶ月、制作に四時間掛けた自信作。 彩り、味、全てにおいて完璧に仕上げたはずだ。甘い物好きのキルステンが喜んでくれると思っていたが、彼は一口もマカロンを食べようとしない。


見覚えのない濃紺の髪をまとめ上げたメイドが茶葉をゆっくりとブレンドして紅茶を淹れてくれる。


皇城に通い詰めて十年、結婚して二年。


メイドの顔ぶれは覚えたつもりだったが、流石に入れ替えもあるだろう。

(濃紺の髪のメイド⋯⋯誰?)


私は一口、紅茶に口をつける。

予想外の苦さを感じ、これから来るであろう初恋の終わりに思いを馳せた。


「キルステン、明日はお誕生日ね。一日早いけれど、お祝いを言わせてくださる?」

「相変わらず、君のすることは訳が分からない。明日、言えば良いだろう」


私の方を見ようともせず、彼はどんよりとした曇り空を見つめていた。

五月だというのに肌寒いと思ったら、空から雪が降って来た。

空から天使の羽が舞うように降る雪は、聖女アルマが皇城に来るのを祝福しているようだった。幻想的な光景に、天国にいるような気分になる。


愛に溢れた聖女が氷のようなキルステンの心を溶かす。


「雪か⋯⋯綺麗ね」

私は思わず手を伸ばす。頬にも雪が落ちたのか湿った感じがする。

「ビルゲッタ、泣いてるのか?」

キルステンに指摘されて気がついたが、私は涙を流していた。


明日の晩に開かれる彼の誕生祭。


キルステンがア聖女アルマと恋に落ちて、二人の愛の物語の始まる。 私は原作のようにアルマに嫉妬してしまうだろうが、嫌がらせをするつもりはない。 ただ、この恋心を胸の奥底に閉じ込めるだけだ。


キルステンはアルマにだけは心を許し、優しい笑顔を見せるようになる。 アルマが平民でありながら、皇太子の誕生祭に招待されているのは聖女だからだ。


彼女の奇跡のような聖女の力を目の当たりにし、周囲は身分関係なく彼女を認め褒め称えるようになる。誰もが見惚れるような美しい金髪に輝くエメラルドの瞳を持った聖女アルマ。「天使のようだ」とキルステンも彼女に一目惚れする。


「キルステン、この十二年私は貴方と一緒にいられて幸せだったわ。貴方の幸せを心より祈ってる」


私は頭を深々と下げると、足早にその場を去った。

地面に涙の滴が雨の降り始めのように落ちるのが分かる。


皇太子妃が人前で涙を見せるなど、あってはならない。

彼に愛されなくても、失望はされたくない。

後ろから彼が私を呼ぶ声が聞こえたが、涙が止められなくて振り返れなかった。


実家であるロレーヌ侯爵邸に戻ると、私を溺愛してくれる兄のケネト・ロレーヌが迎えてくれる。 私と同じ銀髪に琥珀色の瞳を持つ彼は優しい理想の兄。 しかし、彼の愛もアルマに取られてしまう。


ふわふわ女の子らしいアルマは、可愛らしい守ってあげたくなるような子。 面倒見の良いケネトの庇護欲を擽り、彼は一人で生きていけそうなビルゲッタより彼女を優先するようになる。ビルゲッタは愛する人と溺愛してくれる兄を取られ、嫉妬に駆られ出すのだ。


「ビルゲッタ!  突然、実家に帰って来るなんて何があったんだ?  キルステン皇太子殿下と喧嘩でもしたのか? 不仲だとは聞いていたが、それほど⋯⋯」


馬車の中で涙を止めたつもりだたが、頬に残っと涙の跡を見て兄が追求してくる。


「喧嘩できるくらい、仲良くなれれば良かったのだけれど⋯⋯すみません、お兄様、心配しないで! 私は大丈夫。今日はもう疲れたので部屋で休みます」


口角を上げて笑顔を作ってたのに再び涙が溢れてきてしまい、私は慌てて階段を駆け上がり自室に籠った。


頭までシーツを被り、枕を噛みながら声を殺して泣きじゃくる。はるか昔からキルステンが好きだった。 小説を読んだ時から彼に惚れ込んでいたのだから私の愛は海より深い。冷たいようで、誰よりも愛情が深い美しい皇太子キルステン。 彼の心の扉を開くチャンスを十二年も貰い結婚までしたのに、私には無理だったようだ。


「私がヒロインなら良かった。私が聖女だったら愛された? キルステンの側にいたいよ」


原作においてキルステンはヒロインのアルマと恋に落ちると、私との婚約を破棄する。彼が非常に誠実な男ゆえの判断。


それは結婚していても同様だろう。私が離婚を言い渡されるのは時間の問題。


「僕は愛する人しか妻にしない」


キルステンがビルゲッタとの婚約を破棄するときに言うセリフ。


政治や経済的面を考えれば、私と結婚したままの方が利益がある。

それでも、愛する人を妻にする。

何人も妻を娶れる身分にあっても、自分が愛する妻は一人で良い。


そんなキルステンが大好きだった。


キルステンはヒロインのアルマ一筋だ。 原作でビルゲッタはキルステンに断罪される運命だが、きっと私の好きな男はそっと離婚を告げるだけ。彼のことだけ考えて生きてきた私にとってはそれは死刑宣告と変わらない。


キルステンの側にいたい。彼が窓からいつも見ている柳の木にでも良いから、彼の側にいて彼の心を癒したい。


♢♢♢


「ビルゲッタ様、起きてください! そろそろ、キルステン皇太子殿下の誕生祭のご準備をしないとなりません。最高の姿をお見せするのですから、お時間が必要です。ケネト様が、昨夜ビルゲッタ様のドレスを皇城から持ってきてくださったのでご安心ください」


メイドのヘルカの声が随分と大きく聞こえる。

勢いで家出してしまったが、皇太子妃が夫の誕生祭に現れないなど許されない。


私は夕食も摂らずに一晩眠ってしまったようだ。

ケネトが気を遣って、父には私を呼びに行かないように言ってくれたのだろう。

泣き腫らした目を見られたら心配されるに決まっている。


そっとシーツから抜け出すと、茶髪のおかっぱ頭に灰色の瞳をしたヘルカと目があった。


「にゃあ、にーにー。(おはよう、ヘルカ)」

「きゃあ、猫。なんでこんな所に! ビルゲッタ様はどこ?」


私が声を掛けても、ヘルカは周囲を見渡して私を探し続けている。


少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマーク、評価、感想、レビューを頂けると嬉しいです。貴重なお時間を頂き、お読みいただいたことに感謝申し上げます。

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