第九話 寿命
家の周りの森の中で薬草やベリーを摘んでいたレイシは、いまだ悶々とした心持でいた。
シバが捕まって三日。フノボリには事の真相を聞けずにいる。言い出そうにも長年一緒にいたフノボリを疑うようなことを、それもシバという怪盗に言われたからで訊ねるのは勇気がいる。フノボリがどんな理由で自分から魔力を奪っていたにしろ、今後がぎこちなくなるのは間違いない。
「いやでも、師匠が犯人って決まったわけじゃないし……」
そう自分に言い聞かせるが、物心ついた時から「魔力が少ないから魔法を使えるようになるのは難しい」と言われてきたところを考えれば、フノボリが奪った犯人の有力候補であることは間違いない。
フノボリもレイシの様子がおかしいのは気付いている。何度か体調が悪いのかと尋ねられた。そのたび誤魔化してきたがそろそろ苦しくなってきている。
薬草とベリーで籠を一杯にして、重い足取りでフノボリが待っている家に帰る。レイシ用の小さい玄関ドアを開けるとリビングダイニングから若い男性の声が聞こえて来た。
「師匠? お客さま?」
ひょっこり顔を出す。リビングの椅子にはズヒェルで出会った青年、トワが座っていた。
「あ、レイシ。お邪魔してまーす」
ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべるトワに、向かいに座っているフノボリは何やら表情が暗い。
「トワさん、どうやってここに来たんですか? 師匠が人を近付けないようにしてるのに」
「人避けの魔法は同じ魔法使いなら意識すれば突破できるんだよ。ボク程度の魔法使いなら造作もないね」
「え? トワさんは魔法使いなんですか?」
レイシの言葉にトワはきょとんとする。そしてすぐに笑いだして、右手を掲げた。
「これ見ても気付かない?」
トワの右手首には、あの夜レイシがシバに渡した白い編み込みのブレスレットが通されていた。
レイシの中でトワとシバがイコールで繋がる。
「シバさんってトワさんなの?!」
「声で気付くと思ったけどそうでもないんだね。他の人、特に銀髪の騎士さんとか王女様には内緒だよ」
口元に人差し指を立て、パチンとウインクする。レイシは思わず両手で口を押えコクコクと頷いた。
「あれ? でも今シバさんは捕まってるはずじゃあ……」
「そんなもん、昏倒させて荷物回収しておさらばよ」
おどけて見せるトワの姿にどこまでが本気なんだろうかと少し疑いたくなる。
会話が一区切りついたのを見計らって、フノボリが割って入る。
「レイシ、私はトワくんと大事な話をするから二階に上がっててくれるかな」
暗い表情のまま笑うフノボリ。レイシが何か言う前にトワが待ったをかけた。
「このことについては被害者のレイシも一緒に聞くべきだし、ボクよりレイシに話すべきだよ。さっきも言った通り、ボクからすでにレイシには話してるからね」
「だけど」
「だけども何もない」
トワが自分に話していることで、フノボリが話したがらないこと。
すぐに魔力が奪われていることだと気付いて、そしてフノボリの態度で彼女が当事者なのだと確信を持つ。
渋るフノボリ。レイシはフノボリの隣の自分用にある子供用の椅子に座り、フノボリを見上げた。
「師匠。ぼくにも聞かせて。ぼく、ちゃんと知りたい」
魔女は何か言いたげに口を開き、苦しそうに口を閉じる。そして重々しく言葉を口にした。
「分かった。極力、誤解のないように説明する」
彼女はそういって、両手の指を組みゆっくりと話した。
「大前提として、私はレイシを魔女にしたくない」
フノボリは強い声色で言った。
「レイシ、魔法を使えるようになることでなる、魔女、魔法使いにはデメリットがある。魔法が使える者は総じて不老不死なんだ」
「それって……師匠だけじゃなく、トワさんも?」
「そうだよ。ボクも二十歳で成長も老いも止まってる」
気にすることでもないと告げるトワにレイシは嫌な予感がしていた。
「不老不死になれば、普通の人間と一緒に生きることは難しい。寿命のある人間からは、何年経っても変わらない私たちに、何をしても死なない私たちに怯えるようになる。実際母はそれでオスティアから出て行った。それに、大切な人たちの死を何度も見送るようになる。大事な人たちと同じ場所にいけない。それは、つらいことだよ」
「自分と同じようにしないようにするために、魔力を奪っていたと?」
トワの問いにフノボリは頷く。
「魔法は膨大な魔力と強い願いが合わさって生まれる。たとえ私がレイシに不自由ない生活を送らせてあげたとしても、私の目の届かないところで生まれた交友関係で、魔法を使ってしまう可能性がある。それを避けるには、条件の一つである魔力を魔法に使わせないようにすることが一番早かった」
「師匠……」
かけられる言葉が見つからない。
今まで魔法はどんなものがあるのか、魔力とはなにかなどは学んできたけれど、魔女になってからのデメリットは考えたことがなかった。それこそ、フノボリ以外の魔女を知らず、フノボリもあまり自分のことを語ることがなかった要因もあるが、レイシ自身が知ろうとしなかったのも大きいだろう。不老不死のことなんて、フノボリだけの体質だとあの拉致事件の時から思っていたのだから。
暗い顔でテーブルを見つめるレイシにトワが予想外のことを告げる。
「だけど、短命な蒼眼の白うさぎのことを考えると不老不死になるのも悪くないとは思うんだけど、どう?」
短命?
顔を上げトワを見て、フノボリを見る。フノボリは顔を伏せて黙ったままだった。
「トワさん、短命ってどういうこと? ぼく、すぐ死んじゃうの?」
レイシの反応に一瞬顔を顰め「そのことも言ってないんだ」とトワはフノボリを責める様に見やった。
「蒼眼の白うさぎは獣人の中でも短命なんだ。その理由はまだ解明されていないけれど、獣人の研究をしている研究者や魔女たちは、人より尋常でない量の魔力を生成するせいじゃないかと言われてる。生成される生命力よりも魔力量が上回っている、それが原因じゃないかと。と言っても、それがどうして短命であるかの因果関係ははっきりしてない。魔力の総量を明確に測る方法も確立されてないから魔女や魔法使いが大まかにこれくらいだろうと感じ取るしかない。それでもキミたちの種族は恐らくボクたちより多いよ」
「だから、だから預けられたときから、魔力が上回らないように気をつけて来たんだ」
訴える様にフノボリは吐き出した。
「少なくとも、今まではレイシは大きな病気にもならなかったし、比較的健康だった。多分、魔力と生命力の関係は確かだと思う。きっと、魔力を抑えればレイシはもっと生きられる。まだ六年しか生きられてないから確信は持てないけれど」
「六年でこの背丈だろう? 本人が幼いのはフノボリの教育の成果だろうけど、六年も経てば人間でいうところの二十歳歳くらいにはなってるはずだよ。因果は分からない、だけど魔力を奪うことで阻害されてるところもあるんじゃない?」
フノボリはちらりとレイシに目をやった。レイシもそれに気付く。レイシはフノボリの膝の上に移り、テーブルの上に頭だけ出す。そしてフノボリの手に自分の手を重ねて笑った。
「ぼく、長生きするよ。頑張るから。師匠、心配してくれてありがとう」
自分の娘の気を遣った言葉に魔女は目を丸くし、レイシの顔に涙を落した。
「ごめん、ごめんね。ありがとう」
謝るフノボリを慰める様に手をさする。
だけどレイシには新たに浮かんだ不安があった。
自分は、ウェルベライトの側に長くいることはできないのだろうか、と。
〇
夏の日差しのさらに厳しくなったころ。
化粧もせず、騎士団の訓練にアカシアは交じっていた。訓練用のハードレザーやヒールのない動きやすい靴を履き、騎士団の一番歳が近い者と剣の打ち合いや取っ組み合いをし、土まみれ汗まみれになりながら雑念を払う。
『アカシア様の恋心が納得いく結末になる様に』
木陰で休憩中、怪盗がやってきた夜に言われたレイシの言葉を思い出す。
自分にとっての納得のいく結末とは何だろう。ウェルベライトに告白してフラれること? 秘密のお付き合いをすること? それとも駆け落ちとかだろうか。
いくつか候補を上げるが納得いくものはない。十七の身に先の見えない判断は難しかったし、何よりウェルベライトはレイシが好きなのだ。フラれることが分かっておきながらあえて告白するのは、自分勝手だし、何より断らせることも相手の負担になる。
「王女様、水分補給はされましたか」
不意に声をかけられ顔を上げるとそこには、太陽の光で銀糸きらめくウェルベライトがいた。水袋をアカシアに差し出し「どうぞ」と言葉を添える。
「ありがとうございます」受け取り水を一口飲む。火照った体に冷たい水がちょうどよかった。
「今日は随分と無理をしておられますね。何かありましたか」
「何かあったというわけでは……」
ウェルベライトはアカシアの隣に座って問いかける。それを否定しかけ、アカシアは口を噤む。
きっとウェルベライトのことだ。否定したとしても信じてくれないだろう。かといって素直に言うこともできない内容だ。
結局考えあぐねてアカシアは話題をそらすことにした。
「ところで、ウェルベライト様はどうなのですか? レイシさんとは進展しましたか?」
ウェルベライトは一瞬苦い顔をしたがすぐに人の好い笑みを浮かべて答えた。
「数日前から交際を始めました。と言っても今のところ関係の名前が変わっただけで大したことはしていませんが……」
「……そうですか」
思いのほか暗い声が出た。切り替える様にすぐに笑顔になり「よかったですね!」と明るく振舞う。夏の暑さで体が火照っていたはずなのに、血の気が引いたように冷え始めていた。
「となると、私だけの騎士さんだったウェルベライト様もレイシさんだけの騎士様になられるわけですね! 寂しいものです」
寂しい。寂しいけれど仕方のないことだと思い込むしかない。アカシアはウソ泣きをして見せたが、ウェルベライトはつられず真面目な顔でアカシアを見つめていた。
「変わりませんよ」
強く、意志の強い声だった。
「自分は十年前からアカシア王女様の友人で一番の騎士だと思っておりますし、王女様に何かあればすぐに駆け付けます」
真摯な言葉で、真剣な声でウェルベライトは告げる。それが嘘でないことは、長年の付き合いで分かった。アカシアには分かってしまった。
だから、王女は言った。
「そ、それはいけませんよ!」
「何故です?」
「大事な人ができたのなら、そちらを優先すべきです。たとえ王族直属の騎士団としてもそれは」
「勿論、ウェルベライト・ジェンマとしてはレイシを優先します。ですが、騎士団副団長としては貴女を優先する。自分は、どちらも大事なことには変わりないのですよ」
優しく笑ったウェルベライトは、いつもと変わらない騎士として、友人としての立場にいる彼で。アカシアはこれ以上の贅沢は言えないなと、今なら気持ちが割り切れる気がした。
「それでは、これからもよろしくお願いしますね。ウェルベライト様」
「はい、アカシア王女様」
指先が少しだけ、熱を取り戻した気がした。
〇
フノボリの家からズヒェルに帰ってきたトワは、自宅の前にしゃがむ白衣の人を見つけた。長いプラチナブロンドがくるくると巻かれている髪をひとまとめに結ぶその人物をトワは知っている。
「ハッカさん、どうしたんですか。こんな暑い中」
「ちょっとね、トワくんを待っていたのさ」
「よいしょっと」と膝と腰を気にしながら立ち上がる姿はだいぶおじさん臭い。やや猫背のままトワの前に立つハッカは、遠目で見るよりも身長が高く、目のクマややつれた顔で少しだけ圧迫感がある。
無駄に迫力のある人だなと思いつつも、トワはトワで愛想笑いを浮かべて相対する。
「トワくんがこっち来たのっていつごろだっけ」
「半月ほど前くらいですね」
「実はね、害獣被害が起こりだしたのも半月近く前なんだよね。で、フノボリの調べによると魔力を多く持った動物がうろついてそうなんだって」
「なるほど? でもそれボクに関係あります?」
あくまで無邪気に、害のないように振舞うトワ。ハッカはポケットの中から何かの毛束と石を取り出した。
トワは取り繕うように不思議そうに聞く。
「それは?」
「君の家の周りと被害があった畑に落ちてた動物の毛と、フノボリから預かった魔力探知の石だ」
ハッカはその二つを近付ける。すると二つは琥珀色に発光し始める。
「憶測で物を言うのは学者としてはあり得ないんだが、忠告程度にはね」
発明家は、口元だけを釣り上げ言った。
「あんまりうちの国に迷惑かけるようなら、なにをしてでもして追い出すからね」
「……迷惑かける気はないんですけどね。そもそもハッカさんにそんな権限あるんです?」
「権限はない。でも、新参者の君より信用はあるよ」
へらへらと笑うその目に、鈍い光が差す。
笑えないな、まったく。
「ご忠告痛み入ります」
トワは愛想笑いの下に、焦りを隠して言葉を返した。




