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第八話 疑念

 初めて会ったときは、表情のない人だと思った。

 白銀の髪は若白髪の結果、ストレスなのだろうかと思ったりなどし、十七歳で長身のすらっとした体格は軍の者とは違って全体的な威圧感はなかった。しかし顔に大きく斜めに切られた傷跡は初対面で言葉が出ない衝撃のある見た目だった。

 騎士団の中の騎士見習いで一番年が近いという理由から、アカシアの護衛を担当することになったウェルベライトは、そんなに口数が多い人間ではなかった。アカシアのことも目を見て話は聞くものの、話しかけることはなく、第一印象通り表情が少なかった。

 話しかけづらいなと思ってアカシアも話しかけることはあまりなかった。

 ある日、勉強やお稽古の合間に中庭でお茶をしているときに、アカシアに背を向けて周りを警戒するウェルベライトへ、自分でもどういう気紛れか分からないがお茶の同席を促した。言われてすぐはやんわりと断られたが、王女のいうことが聞けないのかと無理やり押し通し着席させた。アカシアが七歳の時だ、王女と言えどまだ生意気盛りだった。

 メイドに頼み、席に座ったウェルベライトへ紅茶を出し勧める。ウェルベライトはぎこちない所作で紅茶に口をつけた。


「あの、おひとつお聞きしてよろしいでしょうか」

「なにか」

「なんで、わたしに話しかけないのですか?」


 ウェルベライトはそうそう変わらない表情を苦くし、アカシアから視線をそらした。

 返答に困るということは、自分にとって都合の悪いことなのだろうか。

 騎士見習いは逡巡し、口を開いた。


「……王女様に、なんと声をかければいいのかわからなかったので」

「え? それだけ?」


 驚いたアカシアだったが、ウェルベライトは目を合わせない。


「それだけ、と言いますか。一番は、王女様は母君を数か月前に亡くされて、傷心の身でありながらただ歳が比較的近いという理由だけで護衛に選ばれた自分が、かける言葉は思い浮かばなくて」


 いつも以上に言葉を紡ぐウェルベライトの語る内容に目を丸くする。

 数か月前に、アカシアとユリオプスの母が亡くなった。それは病死で、手を尽くしたがどうしようもなかった死だった。我が子二人に気丈に振舞う母だったが、弱っていく姿も同時に見ていて。アカシアは幼いながらも、母の命の終わりを予感していた。それでも助かるんじゃないかという希望も捨てきれず、亡くなった直後は呆然としていた。


「自分は、産まれたころから母がいなかったので。母親の存在の大事さが分からないです。……自分は、慰めの言葉もかける資格がないのです」


 このとき、初めて。

 彼女はウェルベライトが自分と同い年の子供のように見えた。

 もしかしたらウェルベライトは、母を亡くし呆然自失のアカシアの話し相手になるんじゃないかと思われて専属護衛になったのかもしれない。そして自分の経歴を考え、役が手に余る事態に困っていたのかもしれない。


「じゃあ、わたしがきらわれていたわけではないのですね?」

「自分が一方的に嫌うことはありません」

「ひょうじょうがあまり変わらないからかんしんがないのかと」

「……年が離れているとはいえ、王族の方ですから。緊張していて」


 頭を下げ「失礼しました」と謝るウェルベライト。

 幼い王女は、やっと事の真相と騎士見習いの胸の内が聞けたことにほっとして、思わず笑みが零れた。


「ところでいちばん聞きたかったのだけど、お顔のきずはどうして?」

「これは……ちょうど王女様の歳のころにオオカミに襲われまして。その時に深く切られて残っているのです。うさぎの獣人夫婦に助けられて命は助かったのですが」

「うさぎのじゅうじん! じゅうじんと話したことも?」


 アカシアが目を輝かせ獣人という言葉に食いつくとウェルベライトは驚いた顔をしたが、優しく微笑みを浮かべた。


「ええ。たまに騎士団の方と一緒に見回りに行ったときに話したりもします」

「いいなぁ、いいなぁ……。わたし、じゅうじんにきょうみがあるんです! よければお話お聞きしても?」

「いいですよ。自分も獣人に興味があって幼いころから独学で勉強してるんです」


 この日を機に、アカシアとウェルベライトの距離は縮んだ。そこから騎士団に交じって剣術を習いたいと言い出したり、ユリオプスに黙ってウェルベライトと共に街に繰り出して獣人の住民と交流したりした。その中でウェルベライトへの気持ちは大きくなっていったが、やはり恋心のきっかけは中庭でお茶をした、あの昼下がりだった。




 カタン、と音がした。

 不思議と眠気が無くなったすっきりしとした意識で、目を開ける。目の前には瞼を閉じてふわふわの白い毛を呼吸と共に上下させる可愛いうさぎさんが一人。専属のメイドがたいてくれたのか甘く優しいお香の匂いがする。

 風の音でもしたのかな、と寝返りを打って窓側を見ようとする、と。


「こんばんは、王女様」


 花の刺繍が入った、袖の広い羽織。黒の詰襟に金の模様が差し込まれ赤の花形の編み込みのボタンで留められた服、幅広のズボン、腰に小さな金属の鳥籠があり、黒い立てつばの赤い帽子を被っている、顔は目元の仮面の——。


「怪盗、シバ……!」


 仮面をつけているゆえに表情の読めない相手に、アカシアは身を起こし警戒する。


「ボク、不思議に思ってるんだけど、どうしてキミはわざわざ危険に身を投げるようなことをするんだい?」

「貴方には関係ありません。どうしようと私の勝手ですわ」

「まあまあ、ちょっと雑談をしよう。その子はそんなにキミにとって大事な人? それとも……キミの大事な人にとっての大事な人なのかな?」

「……レイシさんは私のお友達ですわ。確かに私の大事な人の大切な人でもありますが」


 それを聞き、シバは指をくるくる回しながら部屋を行ったり来たりする。


「否定はしないんだね。うーん、邪推するに……好きな人の好きな人、とか?」


 ぐ、とアカシアの言葉が詰まる。成人したとはいえアカシアはまだ恋心を抑え込むには精神が未成熟だった。それも吐け口を失くした恋慕となれば不完全燃焼で、未練がまだあるのだ。自分だけは、たとえ実らなくともないものとしては扱いたくなかった。

 就寝前にレイシに自分の恋心を吐露したせいもあるし、シバの誘い水のような探る言葉のせいもあるのだろう。いや、そのせいにしたかった。

 甘い香りが強くなった気がする。


「わたし、は、王女だから……諦めるしか、ないのです、けれど……」

「うん」


 シバは穏やかに返事をする。警戒する、だけど、全く関係のない人に吐露したい気持ちがある。


「……その方には、意中の方がいらっしゃいましたの、獣人の」

「その大事に隠してるうさぎさんが、そうなんだね」


 シバはさも知っているような口調で返す。


「……ええ、そうです」

「見るからに大事にしていたからね、あの銀髪の騎士さん」


「え?」アカシアは瞠目する。彼は何故、自分の意中の人の容姿を知っているのだろう。アカシアの反応を見て目を細め、口を弧にしてシバは怪しい笑みを浮かべ「やっぱりね」と呟いた。


「どうする? ボクが連れて行ってしまうことは容易だよ。そうすれば心の隙間に入り込むことができなくはない」


 部屋にある椅子をアカシアの向かいに置いて座り、シバはアカシアを見据える。

 彼の言葉は蜜のように甘い。シバの言うとおりに、彼にレイシを明け渡せばアカシアの想い人は失意に暮れるだろう。そこに自分の入り込む余地はあるのか。


「……しません」


 アカシアの選択にシバは、頬杖を突き楽しそうに笑う。


「どうして?」

「先ほども言ったように、レイシさんは私のお友達ですから。お友達と、好きな人の好きな人を守ることは、奪い取ることよりも栄誉なことですわ」

「ふーん、強がり」

「どうとでも言ってくれて構いません」


 ふん、と顔をそっぽ向けるアカシアにシバは相貌を崩したままだ。


「王女様も可愛いところあるよね。まだまだ大人になり切れないところとかさ」

「馬鹿にしてますか」

「愛嬌があるって言ってる」


 椅子から立ち上がり、シバはアカシアの頬に手を伸ばす。


「かわいいね、アカシア」


                   〇


 アカシアとレイシが寝室に入ったところを見送り、ウェルベライトは部屋の前で周りを警戒していた。アカシアの寝室は三階だ。寝室の窓から入り込むのは常人には考えにくい。入るのはともかく、出ていくのは難儀するだろう。かと言ってもしもの場合もある。中の物音を警戒しておく。

 寝室の向かいは大きな窓で、そこからは王城の中庭と夜空が見える。

今日は満月だが、怪盗シバは明るい夜に本当に来るのだろうか。それとも、それだけ逃げ切れる自信があるのか。堂々巡りの疑問は尽きない。

 月も少し傾いたころ、廊下の奥から足音が響いた。緩慢な足取りで近づく人物に、剣の柄に手をかける。薄暗い中その人物の輪郭が浮き上がり、向こうもウェルベライトの警戒の姿勢に気付いたのだろう、両手を上げ「待った待った、私だ、フノボリだ」と名乗った。赤毛が等間隔に並ぶ窓からの月明りに照らされ、やっとウェルベライトも警戒を解いた。


「遅かったな、フノボリ。レイシが不安がっていたぞ」

「ああ、調べものと……まあちょっと試したいことがあって。ウェルベライトやアカシア王女がいるから大丈夫だと思っていたけれど、まだ親離れできなかったか」


 あはは、と軽く笑うフノボリは果たしてウェルベライトの言った意味を理解できているのか。それを追求する前に、フノボリは腰に付けた革のポーチから黒い液体の入った小瓶を取り出した。


「これが私が試したかったこと。あの予告状に残っていた魔力の残滓がインクに残っていたから、インクごと抽出して小瓶に詰めた。そこにすこーし細工をして、シバが近づいたら発光するようにしたよ」

「魔力の残滓……魔力あるものということはシバは魔女か魔法使いなのか」

「魔女や魔法使いじゃなくても魔力はあるよ」


 平然と告げられる事実にウェルベライトは目を丸くする。その反応を見て「あれ、知らなかった?」と逆に驚くフノボリ。


「初耳だな。大抵の人間はそのことは知らないと思うぞ」


 素直に告げるとフノボリは小瓶のインクを揺らしながら説明する。


「魔力というものは命から発生するエネルギーみたいなものだよ。生きとし生けるもの、命あるものはみんな生命力と一緒に魔力を生成する。ただ、生成する量に差があるんだ。多ければ多いほど魔法を使えるようになる可能性が高い。少なかったら、多少の身体強化に自然と使われる。火事場の馬鹿力とか、たまに体の調子がよくなったりとかね。生命力が生きるために必要な無意識的な体の機能を動かすエネルギーなら、魔力はそうだな……意識的に使う副次的なエネルギーみたいなものだよ」

「なるほど。魔力の残滓は誰にでも残るものなのか?」

「魔力が多くないとそうそう物に移ることはないね」

「もう一度聞く。シバは魔法を使う者なのか」


 真っ直ぐフノボリを見て問うウェルベライトに、視線を小瓶に注いでいたフノボリはウェルベライトを見て、苦笑いを浮かべて「誤魔化されてくれないか」と返した。


「私は、恐らく魔法使いだと思っているよ。明確な証拠……は、ないけど魔女魔法使いのコミュニティで怪盗の噂が出てきてるから少なくとも関係者だとは思っている。ただ、魔力が多くても必ず魔女魔法使いになれるわけじゃない。候補として入れるくらいのものでいいと思う」


 そういってウェルベライトの手にインクを手渡す。


「私はもともとの身体能力が低いから、魔力で強化してもあまり効果はない。だから、これが発光したら君が追ってほしい。細工は、光るだけじゃないからね」


 フノボリのインクに仕込んだもう一つの細工の説明を聞き、小瓶を見て、フノボリを見る。「よろしくね」と頼む彼女に強く頷いた。



 フノボリはアカシアの寝室に入ることなく、ウェルベライトと一緒に部屋の前に待機することにした。ウェルベライトと違って、体を鍛えていないフノボリは途中から疲れたらしくしゃがみ込みじっと動かなくなった。

 警戒して気を張っているのにそろそろ疲れて来たウェルベライトも深呼吸し、少し体を動かす。

ふと小瓶を見る。ほんのかすかに、インクが光っていた。

 それは次第に、ゆっくりと光を強めていく。周囲を見渡し、人影がないことを確認する。

 もしや、すでに中に。


「アカシア王女様! 失礼いたします!」


 声をかけるのと同時に部屋に押し入る。

 室内では甘い蜜のような匂いが充満し、むせかえりそうになる中で、見慣れない服装の青年の背丈の人間がアカシアに手を伸ばしているところだった。


「シバか!」

「あらら、気付かれちゃったか」


 シバは仮面越しに目を細めて、アカシアから手を引く。

 剣を抜きシバに向き合うウェルベライト。怪盗はちらりとベッドを見て「予告通り、連れて行かせてもらうね」と言って何かを床に叩きつけた。それはパァンと破裂音をさせ部屋中に白い煙を充満させる。視界を奪われる中で、レイシの叫び声と窓が開く音がした。部屋の窓から煙が抜き出て部屋がクリアになる。

 窓の外に背を向け、手と足を窓の桟にひっかけて体を支えるシバの片腕には怯えたレイシ。


「レイシ!」

「それじゃまたね、王女様。騎士さんも返してほしければ追いかけるといいよ。ボクは逃げるけどね」


「それじゃあバイバーイ」と翻る様に飛び降りたシバを追いかけ窓にいくウェルベライト。

 今から廊下から追いかけても間に合わない。

 そう悟るウェルベライトの背中を力強くフノボリが叩いた。その瞬間に、体中の血液が一気にめぐるのを感じる。


「ウェルベライトの魔力を今循環させた、この高さなら飛び降りても大丈夫だ! 追って!」


 躊躇する暇はなかった。ウェルベライトは窓から飛び降り、シバを追う。


                   〇


 レイシは不思議に思っていた。

 怪盗は思ったよりも自分を優しく抱き込み、逃げる道も高い建物の上などではなく障害物のある街中を走っていく。きっと建物の上や林の中の方が身を隠しやすいのだろうが、そうなれば抱えられるレイシが高所を怖がったり、小枝で怪我をする可能性が高いと判断したのだろう、と自惚れた感想を抱いた。

 怪盗シバは、適宜レイシを見やり着地に衝撃があれば「大丈夫?」と声をかけたりしていた。

 盗む獲物だから気にかけている? 今後商品として売るために傷ものにしないようにしている? そんな考えが浮かぶが、それにしてはなんだか扱われ方に違和感があり、既視感があった。

 そう、まるでフノボリが自分に接するようなあの感覚。

 レイシが既視感のもとに気付いたところでシバは足を止めた。


「憲兵の動きが早いなぁ。うさぎさん、高いところは苦手?」

「え? だ、だいじょうぶ……」

「そっか。ちょっと怖いかもしれないけど、我慢してね」


 足で二度地面を叩き、シバはレイシを抱えたまま建物の壁を軽々と手を遣わず走っていった。あっという間に屋上に上り詰めたのでレイシは驚く暇もない。そのまま、屋上伝いにかけていき、コウエニンティア王国の中央にある時計塔まで登っていった。

 時計塔の最上階にあるむき出しの鐘があるところまでやってきて、シバは腰の鳥籠から鳩を羽ばたかせ、自分の肩に乗せる。それに手をやると、鳩は光をまとい分厚い眼鏡に変わった。


「よかったよかった、まだ見つかってないね。ここなら落ち着いてキミと話せる」


 シバはレイシに向けて微笑む。話すとはいったいなんのことだろうと小首を傾げるレイシに「キミ本当に無垢だねぇ」とカラカラ笑うシバ。


「単刀直入に言うとね、ボクの弟子になってほしいんだ」

「……怪盗の、弟子? ぼ、ぼく、盗みとかしたくない……」


 やんわりと、刺激しない程度に意思表示をするレイシにシバは笑顔を崩さない。


「あはは、違うよ。魔法使いの弟子になってほしいんだ」

「魔法使いの弟子!? シバさん、魔法使いなの?」

「そうなんだ。キミのお師匠さんと系統は違うけど同じ魔法を使う人間」

「でも、なんでぼくが……?」


 心底分からない。自分は魔法を使えるほど魔力があるわけではないし、薬は作れるけれどフノボリと同じように魔力の操作ができるわけでもない。多少の知識はあるけれど、あるだけで、魔法が使えないから活用もできない。なぜ自分が弟子に選ばれた?


「君が蒼眼の白うさぎだからだよ」


 怪盗の声はただただ落ち着いていた。


「ボクは自分の魔法の技術を継承できる弟子が欲しかったんだ。その候補として、蒼眼の白うさぎであるキミがいいと初めて見たときから思っててね。元来、蒼眼の白うさぎは並々ならない魔力を持つ。キミにぴったりだろう? それに勿体ないと思って」

「勿体ない?」

「キミも例に漏れず魔力があるはずなんだ。だけどキミから感じる魔力は微量だ。恐らく、キミの魔力は他人に奪われている。一番怪しい犯人としては、キミの師匠のフノボリ、かな」

「師匠が……?」


 レイシの顔が歪む。

 自分には魔力が生まれながら少ないと思っていた。フノボリからも「レイシは魔力が少ないから魔法を使うのは難しいかもなぁ」なんて言われてきた。それがまさか、自分には魔力が並々ならないほどある? もしそうなら、師匠は自分に魔力がないと思わせて、自分から魔力を奪って、魔法を使わせないようにしていた?

 レイシの胸に疑念が浮かぶ。この六年間信じて一緒に暮らしてきたフノボリが自分に嘘を吐いてきていたかもしれない。騙されてきたかもしれない。

 フノボリの弟子になったときから魔法には憧れがあった。けれど魔力がないから諦めていた。

 シバの元にいけば、自分も魔女になれる?


「どうかな? ボクは君を立派な魔法使いにすることができるよ。まずは魔力を蓄えるところから、そこから魔法を発動させる訓練をしよう。魔女の元で暮らしていたんだ、きっと魔法の知識はあるんだろう。下地ができているならあとは本人の想像力次第だ」

「ぼくは、ぼくは……」


 考えがまとまらないレイシは、言葉が紡げない。レイシの様子に、シバは「焦んなくてもいいよ」と言葉を添えた。


「逃げるのは得意だから、その間に考えをまとめてくれればいいよ。今は誰にも見つかってないしね。騙されていたとはいえ、フノボリに義理があるだろうから、すぐには決められないのも分かる。一つアドバイスをするならば、『キミのしたいことを優先するといい』。それが一番だよ」

「ぼく、の、したいこと……」


 またレイシが考え込む。それを楽しそうに見てるシバだったが、呟くように「あの騎士さんと一緒にいるなら、魔法使いになるのも一つの手だしね」と告げた。

不意にシバの肩が掴まれる。


「やっと追いついたぞ、シバ」


 おもむろにシバは振り返る。その表情は少し驚いているようだった。

 シバの背後にいたのは燐光を纏わせた蝶を側に羽ばたかせているウェルベライト。顔は酷く険しい。


「うまく隠れて来たはずだけど、どこでボクを見つけた?」

「フノボリがお前の魔力が残ったインクに細工をして、お前の魔力を追って来たんだ」

「さーすが、魔力魔法を研究していることだけはあるなぁ」


 また笑顔を張り付けてウェルベライトに向き合うシバは、諦めたように溜息を吐いて銀髪の騎士にレイシを渡した。


「仕方ないから今回は捕まってあげるよ。レイシ、返事はいつでも聞かせてね」

「あ、う……これ、これあげる!」


 ウェルベライトの腕の中に納まったレイシはポケットからブレスレットをシバに差し出した。受け取るシバはブレスレットを見て、レイシを見て「ボクが貰ってもいいのかな?」と訊ねる。


「大事な話、聞かせてもらったから。ぼく、ちゃんと考えるよ」


 シバははい、とウェルベライトに両手首を差し出す。素早い手つきで両手は手錠に掛けられる。

 シバは不安も何も見せずに、ウェルベライトたちと一緒に時計塔を下りた。




 時計塔を下りてから、すぐに周囲を囲んでいた憲兵にシバは引き渡され、レイシもフノボリたちが待つ王城にウェルベライトに運ばれていった。

 ウェルベライトに抱えられながらも、レイシはずっと考える。フノボリのこと、魔法のこと、魔力のこと、シバのこと。何よりもまずは、フノボリに事の真実を問いたださなければならない。ずっと不信に思っていては共に過ごすことは困難だ。

 王城に着くと、門扉でフノボリが待ち構えていた。


「レイシ」


 心底心配したというような、会えて安堵したというような、嬉しそうな、申し訳なさそうな顔でフノボリはウェルベライトたちに駆け寄った。


「アカシア王女は?」

「部屋で休んでいるよ。レイシが心配で寝るに寝れないから、メイドさんが側にいてくれてる」


「レイシ、怪我はない?」とウェルベライトから抱き変わり、触診するフノボリにレイシはぎこちなく「だいじょうぶ」と応えた。


「レイシもフノボリも一度ちゃんと休もう。アカシア王女には俺からレイシが保護されたことは伝えておくから」

「ありがとう」


 ウェルベライトとフノボリの間で話が進む。レイシは黙ってそれを聞いていた。

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