第七話 怪盗シバ
ハッカの元で害獣対策を行った数日後、フノボリの元に手紙が届く。
普通ならフノボリの元に手紙などは届かない。人避けの魔法をかけているし、一般人がフノボリの住所を理由なしに知りえないからだ。しかし、今回フノボリの元に来た手紙は人伝いではなかった。郵便屋の役をやっていたのは翡翠の光沢を持つカワラバトだった。カワラバトはフノボリが手紙を受け取ったことを確認するとすぐに窓から飛び去って行った。
手紙の内容はこうだ。
“今夜、貴殿の大事な青色の瞳のうさぎを攫いに参ります。シバ”
フノボリにはシバという名前に覚えがあった。最近顔を出した知り合いの魔女、魔法使いの集会でここしばらく噂になっている怪盗の話で上がった名前だ。だからと言ってその正体が誰なのかは分からない。ならば何故集会で話題が上がったのか。それはそのシバが盗み出している品物が魔力を持っているもの、魔法的な噂があったものということ、それが一度や二度ではないということが理由だ。ただ同時にその品物を盗みながらも数日で殆どを元の持ち主に返しているのだという。
シバ。ズヒェルに行くまでは特に気にした名前ではなかったが、あそこで気になる人物がいた。
それにしても自分の元に直接手紙が来た、つまりは居場所を知られているということだ。一体いつのまに。いや、やろうと思えば方法はある。この家のある場所を全く人に知られていないわけではないのだから。
「さて、どうするか」
困ったように呟く。しかしフノボリの答えは決まっていた。あまり頼りたくはないが、自分一人でどうにかできる問題ではないと諦めがついていたのだ。
レイシと一緒に王城の敷地内にある騎士団本部へと向かった。手紙、もとい予告状には今夜、と書かれていた。明るいうちにやってくるとは思えないが念のためレイシとは離れないようにしている。
騎士団本部を訪ねると丁度待機していたソレイユが応対してくれた。こんな予告状が届いたと手紙を見せると首を傾げたが、何度かシバの名前を呟くと思い至ったらしい。少し待っててほしいと言われ、案内された応接室で待機した。しばらくすると、フローライトとソレイユがやってきた。フローライトは軽い挨拶をした後向かいのソファに座る。
「ソレイユから見せてもらった。まさかとは思ったが……本物だと思うか?」
「私は本物だと思ってるよ。わざわざ他国で指名手配される怪盗の名前を騙るなんてこと普通はしないだろうし、まず特定の人物しか辿り着けない私の家にまで届けられる時点で只者じゃないね。確認なんだけど、この怪盗シバのことについては国王含め騎士団、王国軍の人間も知ってるという前提で、話を進めてもいい?」
「ああ。むしろフノボリは知っているのか」
「こちら側でも噂になってる」
「……いや、憶測で話すのはよくないか。今は対策を考えよう。レイシさんが狙われてるんだったな」
フローライトはレイシにも視線を向け、ずっと喋らなかったレイシを気遣うように「大丈夫だ」と声をかけた。
「騎士団や王国軍の数名に声をかけて警戒してもらう。ただ、そうなるとフノボリの家にいるのは難しいな」
「できれば騎士団に保護してもらいたいのが私の希望。そちらの方が護衛しやすいし、君たちのホームだろう。そっちが勝手が利くと思ってね」
ふむ、とフローライトは考え込む。
応接室の扉がノックされ、ソレイユが出迎える。そこには騎士見習いの少年がおり、ソレイユに何か伝えていた。彼女は「そのままこちらに連れてきてくれ」と返し、少年は去っていった。
ソレイユがこちらに向き直り「団長、ウェルベライト副団長が戻ってきたそうです。こちらに来るように言伝を頼みました」と告げた。
「ああ。フノボリとレイシさんに関係するからな。一応他国でも問題であった怪盗事件だ。国王にも伝えておくべきだな」
「まぁた国王様を巻き込む大事件になってきたね」
まいったな、とでも言うように肩を落とすフノボリ。魔女としてはユリオプスを巻き込むことはしたくないのが本音ではあるが、自分という『魔女』が関わる以上は彼も無視はできない。国同士でも情報を渡している怪盗問題も付いてくるとなると問題に対処しなければ信用問題にもなる。
国営のことにはフノボリとしては触れたくない。コウエニンティア王国の過去では魔女が国営に関わっていたと聞いているが、あくまでその当時は、だ。今は魔法を使う者たちは自分たちの一部がしでかした不祥事にこの数百年は交流する相手を慎重に選んでいる。フノボリもそうだ。彼女もまた、先代、先々代から教えてもらった人の目利きと自分の直感を頼りに人を選んでいた。今は大事な娘であるレイシが過ごしやすくすることを優先事項にしているが。
しばらくフノボリとフローライトで話し込んでいるとまた扉がノックされた。訪ねて来たのは銀糸の髪の騎士、ウェルベライトだった。
「すまない、待たせた」
「いいや、大丈夫。さて、さっそくだけど、ユリオプス……いや、まずは宰相のスレインさんに話す方がいいかな。突然来て謁見させろは無礼だしね」
フローライトとウェルベライト、フノボリ、レイシでスレインのいる大臣たちの執務室に行くと、騎士団長と魔女の姿を確認してスレインはすぐに腰を上げた。要件を告げると他大臣たちも机仕事から顔を上げ、お互いに顔を見合わせた。
「客室を用意します。レイシ様とフノボリ様はそちらで本日お泊りください。後ほど国王陛下もお尋ねに参ります」
「ああ、私は夕方まで一旦家で作業をします」
「えっ」レイシが声を上げる。自分の娘に「ごめんね」と魔女は謝った。
「手紙の筆跡を頼りに少し調査をします。幸いこれは直筆の予告状なので、私や私の友人であれば情報が得られるかとは思います」
「わかりました。国王陛下にもお伝えします」
レイシをよろしく頼む様とフノボリは頭を下げる。
宰相を含めた五人で客室に向かう途中、高価な衣服を身に着けた少女が向こう側から歩いてきた。金の美しい髪と翡翠の瞳。綺麗に結い上げられた髪型と凛とした表情は少女でありながらも気品を携えていた。しかしその高貴な気品はフノボリたち、いやレイシをだろうか、視界に入れると少女らしい華やかな笑顔で駆け寄ってきた。
「レイシさん! 騎士団長様に副団長様、スレイン様に……赤毛の素敵な御仁はどなたでしょうか」
「アカシア王女様。こちらはレイシ様のお師匠様であらせられます、フノボリ様でございます」
スレインが紹介し、フノボリも「初めまして」と頭を下げた。アカシアは頭を上げたフノボリににっこりを微笑み挨拶を返す。
「初めまして、フノボリ様。コウエニンティア王国王女のアカシア・フロワーロと申します。お顔は初めて拝見いたしましたが、お話は兄のユリオプスやレイシさんから伺っております。お会いできて光栄です」
アカシアの丁寧な自己紹介にフノボリはしっかりした子だという感想を抱く。見た目十五は迎えていそうな娘ではあるからして、国を支える王族の一人としてはこれくらいしっかりするのは当たり前か。普段、レイシや客の子どもを見ているフノボリとしては、アカシアの態度はすこし新鮮に思えていた。
「みなさまお揃いで一体何があったのでしょう」
スレインとフローライトがフノボリを見る。フノボリは頷く。
「実はこういうことがございまして。後ほど国王陛下にもお伝えするのですが……」
事情をスレインの口から説明するとアカシアは「では、私のお部屋でお泊りになっては!」と提案してきた。
「いけません!」
「いいではないですか、私にだって剣の腕に覚えはあります。副団長様と私とで外と内で守るのもいい方法でしょう?」
「だからと言って身の危険のあるような行動はお控えください。怪盗が王女様に怪我を負わすこともあるかもしれないのですよ!?」
「話を聞く限り、怪我人が出たということは聞いておりません。レイシさんも一人より二人一緒にいるほうが心強いですよね?」
「は、はい!」
「ほら!」
「アカシア王女様、ご自分の立場をよくお考え下さい……」
押し問答の二人を眺めフノボリはフローライトとウェルベライトに訊ねた。
「いつもこんな感じなのかな?」
「ああ、まあ……アカシア王女は一度こうと決めると決心が固いんだ」
「それが大抵人のため、なのがこちらも強く言えないわけでな。半々の確率で俺たちが折れたり、王女様が折れたりって感じだ」
「ふうむ」
フノボリは腕を組み、少し思案する。
王女様が側にいてくれることと、レイシが一人でいること。さらには自分も加わって三人でいること。そうなればレイシが攫われる可能性はぐんと減るだろう。ただ、減るだけだ。不可能になるわけではない。
「スレイン宰相、私からもアカシア王女様と一緒にいることを容認いただくことをお願いできないでしょうか」
「しかし……」
「夜には私も戻ります。その時は三人で一緒の部屋にいましょう。客室であれば三人一緒に寝ることもできるでしょう?」
「うむ……」
「アカシア王女の安全は私とウェルベライトが保証します。そのためにも今回の護衛はウェルベライトに一任していただいてもよろしいですか?」
スレインが難しい顔をする。
「……フローライトは?」
「外の警護を私としてはお願いしたいです。もちろんそこはフローライトと宰相様、国王様とで話し合った結果に従います」
フノボリの真摯な言葉にスレインは唸り、結局は折れた。
フローライトは騎士団と王国軍の憲兵に声をかけ今夜の警護を強固にすること、レイシも大事ではあるが国としてはアカシアの方が大事なため怪我を負わせないこと。ウェルベライトが担当警護に当たること。ひとまずそのことをフノボリたちは約束させられた。
〇
レイシはアカシアの自室の椅子の上で編み物をしていた。毛糸で作る面積のあるものではなく、自分の毛を混ぜ込みながら作る編み込みのブレスレットを作っていた。
正直、今回の件もレイシの胸には不安があった。
以前のフノボリの拉致事件は、フノボリの生死に関することだったのでそれもそれで怖かった事件であったが、今回は自分自身だ。魔女であるフノボリは不死だったからいいものの(レイシにとってはそれで傷つけられていいとは思っていないが)、自分の身が攫われた後どうなるかは分からない。この国では獣人は人間と対等に人として扱われるが、他国が同じとは限らない。安く使える労働力として奴隷の扱いをする国もあると聞く。レイシには自分が攫われる理由がお金目当ての人攫いだと考えていた。
嫌な想像が頭を占める。それを考えないために、手先を動かしていた。
作っているブレスレットはウェルベライトとアカシアに向けてだ。自分にも微量に流れる魔力を持つ体毛をお守りに使えないだろうかとフノボリに相談したところ、できないことはない、と答えが返ってきたのだ。ただ、微量の魔力なためあまり効果は期待できないとも言われた。本当にお守り程度の力になるそうだ。
それでもいい。ウェルベライトには今回もまた警護をしてくれるので小さくても加護を。アカシアにはちょっとした心の支えに。大事な恋人と友人に贈りたいのだとレイシは強く思っていた。
ふう、と一息つき窓の外を見る。フノボリはシバについて調べると言って家に帰ってしまったし、アカシアは公務にあたっている。ウェルベライトは日中から護衛に付いていてくれるが、アカシアの自室ということもあって部屋の外で待機している。
心細い。予告状では今日の夜にやってくると書いてあったから、明るいうちは大丈夫だと思うけれど。周りが日のあるうちに調べものをしたりするのは分かるが、それでも一人部屋にいるのは寂しい。ウェルベライトに話しかけようにも仕事中なので、さすがに前みたいに眠れないからとかじゃないのに声をかけるのは憚られる。
ばさ。窓のへりに鳥が留まった。灰色で首は瑠璃の光沢があるハトだ。少し部屋を覗くように首を傾げてたり、左右に振ったりしていたがレイシに気付いてじっと青の瞳を見つめていた。
下りて近付きたいが、窓の位置が椅子のない状態のレイシだと身長が足りない。大人しく、ハトとにらめっこする。
二分ほどしてハトはどこかへ飛び去ってしまった。
「いっちゃった……」
日は傾き、レイシはアカシアとユリオプスと共に夕食を共にする。ウェルベライトは食堂に護衛としてついている。
フノボリは、まだ帰ってこない。
「フノボリもギリギリまで調べてくれているのでしょう。ウェルベライトたち騎士団が護衛をしてくれているから、大丈夫ですよ」
ユリオプスが不安であろうレイシに声をかける。レイシも気丈に振舞うが、元気がないことが隠しきれていなかった。
食事を終え、湯あみを終え、レイシは王女の自室をアカシアに案内されながらウェルベライトと三人で向かう。ウェルベライトはレイシを抱き上げながら移動する。アカシアもレイシに元気がないことに気が付いていたので、気を遣ってレイシの頭を撫でたり手を握ったりして励ました。
自室について、ウェルベライトは部屋の前に待機しアカシアたちを見送った。アカシアはレイシをベッドに乗せて隣に座る。
「日中は申し訳ありません。私も公務と同時進行で怪盗シバについてお調べしておりましたが……なかなかこれといった情報がなく……」
「いえ! 大丈夫です! ぼくのためにありがとうございます!」
両手を振って礼を伝える。自分一人のためにいろんな人が動いている。それがどれだけありがたいことで、畏れ多いことか。
「今日は窓側に私が横になりますので、しっかり私に守られてくださいね!」
「きょ、恐縮です……!」
二人で横になってアカシアが毛布を被せる。気を遣ってアカシアは話しかけた。
「不安で寝付けないでしょうし、何かお話ししましょうか。例えば……恋のお話とか」
「恋の話……アカシア様には好きな人がいるんですか?」
レイシのなんとなくの質問にアカシアは一瞬目を丸くして笑った。
「ふふふ、立場が立場なので簡単に誰彼を好んでますとは言えませんが、いますよ。いえ、正確にはいました、が正しいのですが」
「……ぼくが、聞いてもいい?」
「ええ、構いませんわ。私もお話したいです」
王女はふわふわなレイシの頬を指先で撫でて、話す。
「その方は、私が小さいころから護衛として側にいてくれて、母を亡くした私に寄り添ってくれました。同じ獣人に興味がある者としてたくさんお話をしてくださり、私が王女ではなく一人の人間としてあれた方なのです。私、実はたまに騎士団の方と一緒に訓練を受けさせてもらってるのですが、それは少しでもその方と同じものを見れるように、側にいられるように参加させてもらってるのです。内緒ですよ?」
「その人は、騎士団の、人?」
「はい。……お名前は内緒です」
レイシは楽しそうに、嬉しそうに話すアカシアの裏側が悲しそうに思えて仕方なかった。きっとこの王女の恋慕は誰にも知られていないのだろう。その秘密を自分に話してくれた嬉しさはあるけども、自分には裏側の悲しみを受け止めきれる度量はなかった。
だから言った。
「アカシア様は、失恋してしまったのですか」
彼女はそれを聞いてクシャっと笑い、レイシを抱きしめた。
「王女である時点で叶わないと思っていたのですが、先日、『なんとなく』が『確信』に変わってしまって。その方の恋を応援しようと決めたのですが、やっぱり、つらいものですね」
やわらかな胸に抱かれながら、レイシはアカシアの心中を慮った。
相手は誰だろうと思う。秘密にしてるってことは自分が知ってる人ってことだろうか。アカシアの親しい人で、身近な人で、自分が知ってる人。
もしや、と思う人がいる。だけどその人は自分の恋人で。
喉の奥でこみ上げるものがあった。レイシはそれを懸命に飲み込む。飲み込んで、考える。今の自分に何かできること。
「あ、そうだ。あのですね、アカシア様」
もぞもぞと寝巻のポケットをまさぐってレイシは、昼間編んでいたブレスレットを取り出した。アカシアの手に握らせてぎゅっと目を瞑る。祈る様にアカシアの手を包む。
「お守りです。アカシア様にとって、アカシア様の恋心が納得いく結末になる様に、その、応援してますから!」
アカシアは真っ白な編み込みのブレスレットを見て、眉を八の字にして笑った。




