第四話 一件落着
それから、それから。
処刑騒動があってから数日間はフノボリとレイシは王城に留まることになった。理由としては簡単で、今回のフノボリ拉致事件の詳しい事情聴取から調書を作るために泊まることとなったのだ。
客間はレイシと同じ部屋を使うこととなり、ベッドも共有。フノボリと一緒に寝れることを恥ずかしがりながらも嬉しそうにするレイシは年相応の子どもらしさだった。森の家に住んでいた時も人避けの結界や姿隠しの結界を使っていて一応の安全は取れていたものの、人が見張り番をして、目に見える形で主にレイシの安全を保障されるのはフノボリにとっては久しぶりの気を抜ける時間だ。
レイシと行動を別にするときもあり、その場合はレイシにソレイユが付き、フノボリにはウェルベライトが側に付くようになっていた。
ある日、息抜きに一緒にお茶をしないかとユリオプスに誘われる。フノボリはレイシの気晴らしに良いと考え快諾し、彼女とともに談話室へ案内された。
ユリオプスが談話室に来るまで席について待っていると、案内をしてくれた使用人の犬の獣人がフノボリに声をかけた。真ん中分けに黒い模様の入った獣人だった。
「フノボリ様は六年前に我々獣人を王国軍から守ってくださった魔女様でお間違いないでしょうか」
「守ったというか、まあしたいようにした結果守ったことになっただけだけど」
フノボリの気のない返事に、使用人の獣人は気にすることなく朗らかに続ける。
「いえ、それでもいいのです。六年前の紛争をあなたが止めてくれたおかげで、わたしは死なずに済みました。そして、あなたは獣人を守ったことで恨みを買ってしまった。本当はお礼も言いたかったし、謝りもしたかったのです。わたし達を守ってくれてありがとうございました。今回のような出来事が起こってしまったのは、あの紛争がすべてのきっかけです。申し訳ありません」
「大丈夫だよ。あの頃は……自分の思うままに動いただけだよ。だから、きみたちのためじゃないから気にしないでいい。きみたちは結果として生きやすくなっただけだ、運がよかったんだって思えばいいよ」
「ありがとうございます」
笑みを浮かべるが素っ気ないフノボリ。使用人はそれでも構わないと笑っていた。
ユリオプスが騎士とともに部屋にやってきて、獣人の使用人が部屋の壁際に用意されていたティーセットやシフォンケーキをテーブルに並べてくれた。三人の紅茶が注がれた後ユリオプスが部屋から出る様に指示し、護衛の騎士と使用人の獣人は廊下へと出た。
「さて。やっとゆっくり話せるね、フノボリ」
「ああ。久しぶりだね、ユリオプス」
「どうぞ、召し上がって。レイシさんは甘いものは好きですか?」
「好きです!」
いただきます、と手を合わせてシフォンケーキにフォークを差し入れるレイシ。それを嬉しそうに眺めるフノボリに対し、ユリオプスは問いかけた。
「ところで、あの時ギロチンの刃を落としたのは君自身だね? フノボリ」
フノボリはゆっくりと振り向き相貌を崩しユリオプスに「まあ、分かるか。あの状況からして」と肯定した。
「ああでもしないと敵に回したら碌なことがないって分からないだろう?」
「レイシさんには相当なショックだったと思うけれど?」
「それは誤算だったよ。悪くても王城に保護されていると思っていたから」
一口紅茶を啜る。揺れる紅茶の面を見つめながらフノボリは自身の首を刎ねるという行動をした理由を話す。
「事情聴取でも話したけど、一度家に来られた時に心臓を刺されて死んだも同然の傷を負わせられたんだ。傷は生命を維持できる最低限の状態に勝手に回復するから、私が一度殺されてることは、処刑場にいた時点で証明が難しいと思った。だからあのギロチンが落ちない状況で助けられても、彼らの罪が多少軽くなると考えてね。事故に見せかけて、あの状況を整えた彼らに非がある様に仕向けたまでだよ。レイシにまで危害を加えたし。まあ事情聴取で私の話を信じてくれたからあまり必要もなかったけれど」
「なるほどね。そこまでの思惑があるとは思ってなかったけれど、何かしら仕返しのつもりなんだろうとは思ったから、その部分は配慮しての処罰にしたよ」
「だろうねえ」
愛想笑いで返すフノボリに、続けてユリオプスは訊ねる。
「……私が森に近づいても、たどり着けなかったのは君の魔法のせいかな。必ず森の入り口に戻されたのだけど」
フノボリはその笑みを崩さず、しかし目だけは笑わずに答えた。
「国王様が、安易に護衛もつけず魔女のところに来るものではないよ」
「師匠、国王様」
レイシに呼ばれ二人が顔を向ける。彼女は申し訳なさそうに俯きながら言う。
「ぼく、いない方がいい?」
「いえ、大丈夫ですよ。と言ってもレイシさんにはあまり聞きたくない話でしたね。配慮が足りませんでした。申し訳ありません」
「い、いえ! 今回の話を聞くのは大事だから大丈夫なんですけど、ぼくが聞いてもいいものかなって」
「いいよ。私はレイシに知っておいてほしいからね。……君の師匠は、非道にもなる奴だってこと。自分勝手な奴なんだ、私は」
フノボリの自嘲気味に笑う顔に、レイシは黙り込んでしまう。けれどもフノボリがぱっと表情を変え明るく笑いながらレイシの頬をつつき、「ごめんね、美味しく食べようか」というものだから、うさぎの彼女はフノボリの胸中を思いながらも笑って「うん!」とケーキをつつくのだった。
「じゃあ次はレイシさんとフノボリの六年間の話を聞かせてください。どんなことをして過ごしていたのですか?」
「はい! えっとですね——」
城に滞在する最後の日。東の森にある家まで護衛する騎士をレイシと二人で客間で待っていた。客間の扉がノックされ、女性の声が扉越しに届く。フノボリが入室を促す。やってきたのはソレイユだった。
「ご自宅までの護衛は私が同行します。よろしくお願いいたします」
王城から出て、徒歩で森まで向かう。レイシはフノボリに抱き上げられていた。
道中レイシとフノボリで会話していたが、会話が途切れてできた沈黙でソレイユがフノボリに声をかけた。
「その、フノボリ……さん、は、私のことを覚えているでしょうか」
「勿論。私が怪我を治した騎士さんだよね。女騎士さんは珍しいから覚えているよ。あと、呼びにくかったらフノボリで構わないよ。敬語もなくていい」
「……じゃあ、その。……フノボリ」
「うん、何かな」
「私は、魔女のことを知らない。さらに言うなら、貴女のこともよく知らない。今回のことでそれじゃ、いけないと思ったんだ。だから、その、私は貴女のことが知りたいんだ。教えてもらえないか。色んなこと」
足を止め、真摯に見つめるソレイユ。その眼差しを魔女は読めない瞳で見返す。フノボリはすぐににこりと笑って、「いいとも。家でゆっくり話そう……と言いたいところだけど数日家を空けたからね。まだ後日遊びに来てくれるかな。家近くまでの道を案内するから」と返した。ソレイユは社交辞令で返されたかと表情が曇るが、レイシが手を伸ばしソレイユの制服をぎゅっと握った。
「ウェルベライトさんと遊びに来てください。ぼくも待ってます」
「レイシもこう言ってるから気兼ねなく来てくれて構わないよ」
その言葉にソレイユもやっと笑って、レイシの頭を撫でた。
自宅に着いて中に入る。出ていく前に食後の片づけは終わらせていたので、空になったティーカップと腐ってしまったお茶のポットだけがテーブルにあった。あとは軽く埃被っている。
レイシと顔を合わせる。
「まずは掃除だね」
「だね」
〇
フノボリの拉致騒動から一か月後。初夏に入り、日差しもじんわりと暑さを増してきた。
オスティア内のこの騒動は南、西、北の都にも響き、王国内にある教会からも魔女の異端審問をかけるべきではないかと声が上がった。ユリオプスはそれをすべて懇切丁寧に説得し、いまだその最中だ。ウェルベライトとフローライトがその護衛に交代であたるので、ユリオプスと魔女不信になっているものとのやり取りと見ているが、やはり一筋縄ではいかないようだ。それでもフノボリを信用している住民も多く、今回と同じことが起こらないように魔女にも保護法を作ってくれという要望も王のもとに集まりつつあった。
ウェルベライトにやっと気の休まる休みができたころ。レイシにプレゼントを持って、フノボリの家にやってきていた。
ノックして出迎えてくれたのはフノボリだった。相変わらず本心の分からない笑みを浮かべて、快く中に入れてくれた。レイシは薬の調合中らしく、工房に引きこもっているようだ。
手の空いていたフノボリが水出しの紅茶を出してくれ、それを飲みながら彼女を待つ。と、その間にウェルベライトは魔女に頭を下げた。
「拉致騒動での、ギロチンの件。俺の力不足ゆえに助け出せずすまなかった。そしてそのあとの事後処理にご協力いただき感謝する」
「ん? ユリオプスから話聞いてない?」
「何をだ?」
何を指しているのか分からないといった反応の騎士に魔女は手を振り誤魔化す。
「ああ、いや。聞いてないならそれでもいいんだ。丁寧な謝罪ありがとう。今日は騎士団の制服じゃないんだね。完全オフ?」
「ああ。最近は休みになるとほとんど寝て過ごすか、緊急に呼び出されて半日だけとかばかりだったが、今日は騎士団の仕事以外で久しぶりに気兼ねなく外に出られたんだ」
「仕事じゃないなら余計にここに無理にこなくてもよかったんじゃないかな?」
「意地の悪いことを言わないでくれ。今は仕事とは関係なく自分のすきで来てるんだ」
「そのすき、の中にあるのはレイシへの好意かな」
紅茶を飲んでいた手が止まる。フノボリを見ると朗らかな笑みでウェルベライトを見ていた。
「そんなに分かりやすいか?」
「私があの子の親だからというのもあるし、純粋に年の功かな」
フノボリの見た目はどう見ても二十代後半の、自分と同じくらいに見える。
「……フノボリ、君今いくつなん——」
「師匠、依頼の薬出来ました!」
工房とリビングを繋ぐ廊下の引き戸を開けて、レイシが顔を出す。その引き戸の奥から微かに花と緑の匂いがした。
フノボリがポットを置いて礼を言う。そしてぽん、と手のひらに拳を打って思い出したかのように告げた。
「ああそうだ、ウェルベライトが来た時にユリオプス宛てに渡してほしいものがあったんだった。持ってくるね」
フノボリはリビングの中の階段を上っていく。二人残されたリビングで、レイシは口あての布とエプロンを脱いで低い位置にある壁のエプロン掛けに戻していた。ウェルベライトは席を立ち、今しかないとポケットに入れてあった小さな紙袋を取り出す。
「レイシ、ちょっといいか」
「はい? なんでしょう?」
「手を出して」
レイシが素直に出す両手の上に屈んで紙袋を置く。紙袋とウェルベライトを交互に見て首をかしげるレイシ。これはなに? あけてもいいの? そんな言葉を言っているような表情だった。
「開けていい。君のための贈り物だ」
小さな手で小さな袋を開ける。中身を取り出したレイシは、またウェルベライトと贈り物を交互に見返した。
プレゼントの中身は、焦げ茶の紐で編み込み包んだ貝殻のネックレスだ。
「海兎貝のネックレス。君に似合うと思って。それと、今回の騒動のお詫び」
「え、え、いいんですか」
「ああ。その貝の見た目と名前を聞いてレイシが思い浮かんだんだ。白い貝の見た目が丸まったうさぎみたいだろう?」
「はい! かわいい……つやつやしてて綺麗」
空色の瞳をキラキラさせてネックレスを見つめるレイシの顔は特別愛らしい。手放しに喜んでもらえたことに安堵し、レイシの片手を握った。
「それと良かったらなんだけど、俺と友人になってくれないか?」
「え、ぼくたち友達じゃないの?」
レイシの返答に沈黙が流れる。
とも、ともだち、だったのか、いつのまに。
ウェルベライトとしては友人とは公言しておらず、レイシにあの夜仕事上で仲良くしているところもあると話していたため、レイシには友人とは思われてないと思っていた。いや、レイシに特別な感情があるとも話したから、レイシの中のウェルベライトの存在とすり合わせて友人と認識されていたのかもしれない。こうなっているのは認識の擦り合わせが不十分だったせいなのだろう。騎士は硬直しながらも自身の言葉足らずさと察しの悪さに呆れた。そして今更友人になりたいなんて言った自身の子供っぽさに恥ずかしくなる。
ウェルベライトが驚き固まっている様子にレイシがあっと声を上げた。
「ウェ、ウェルベライトさんはお仕事でここに来てるんですもんね! ぼくじゃなくて師匠に会いに来てるんですもんね! ぼくがお友達なんておこがましい……!」
「いや、いいんだ。君がそう思ってくれてるなら嬉しいし、俺もさっき言ったように君とちゃんと友達になりたいんだ」
先走った勘違いを恥じて慌てるレイシに、彼女の手を握る力を少しだけ強める。痛くならないように、落ち着かせるように。ウェルベライトの言葉と大きな手にレイシは髭をぶわりと広げて、息をのみ、意を決して大きな声で気持ちを告げる。
「ぼく、ウェルベライトさんともっと仲良くなりたいです! ウェルベライトさんのこと好きだから!」
「え」
まさかの言葉にウェルベライトがまたも固まる。言葉を反芻し、口元が緩みそうになるがレイシが目を輝かせ、ふんすふんすと鼻息を荒げ意気込む姿を見て、思わず吹き出して笑ってしまった。
「なっ! なんで笑うんですか!」
「いや、可愛いなと思って。俺もレイシが好きだ。これからもよろしくな」
「はい!」
〇
五年前。レイシが今よりまだ小さくて、二本足で歩くのがやっと当たり前になった年。フノボリと一緒に街のパレードを見に来ていた。というのもその年のその日が新しい王の戴冠式だった。王冠を先代から譲りゆけた新しい王は馬車に乗り国民に手を振って祝福を受け、祝福を振りまいていた。
幼いレイシはフノボリに肩車をしてもらっていたが、新しい王の姿がよく見えずつまらなさそうにフノボリの頭にしがみついていた。ふと視界にチカリと光の反射は目に入ってその先を追った。目に入ったのは馬に乗って王の馬車の後を歩く、顔に傷を負った銀髪の騎士だ。
「ししょう、あのひと、きれい」
頭上からの純粋な言葉にフノボリがレイシを見上げ、指さす先を見た。
「うん? ああ、多分騎士団長の息子さんだね。気になる?」
「きれいだなって、おもう」
「……いつかレイシも彼らと関わる時が来ると思うよ。彼らは怖いかい」
「ううん、すごくかっこいい!」
「そっか。その気持ちを大事にね」
フノボリは指をくるりと振った。すると空からふわりゆらりと花が降り注いでくる。
住民が空を見上げる。歓声が上がる。
ささやかな祝福を授けて、フノボリとレイシは街からひっそりと去っていった。
そして、それがレイシのウェルベライトへの一目惚れの瞬間だった。




