第三話 拉致、および
日の出とともに目が覚め、フノボリはベッドの中で不機嫌に溜息を吐いた。今日は一日、最悪の気分で過ごしそうだと。
レイシとともに昼食を済ませ、ゆったりと過ごしていた午後。家にベルの音が届いた。
「誰だろう、師匠」と尋ねるレイシはフノボリの普段めったに見ない、険しい顔を見て口を閉じた。
「レイシ。私は表に出るけどレイシは私が戻るのが遅くなっても出てきてはいけないよ」
「え、でも」
「お願い、いい子だから。……戻ってこなかったら、明日にでもウェルベライトに相談しに行って。それまでは、家にいること。いいね?」
「……わかった」
不承不承にレイシは頷き、椅子に座りなおす。それを見て、困り眉なりながら笑うフノボリはレイシに背を向けた途端、無表情に変わり表へと出た。
姿隠しの結界から出るとそこにいたのは王国軍の軍人たちだった。鎧ではなく黒を基調とした軍服だが、軍刀を皆所持している。フノボリが日々見る予知夢で見たのはこうやって対峙する場面。この後のことは分からないが下手に刺激してレイシに手を出されるのは嫌だ。
突如出てきたフノボリに軍人たちは一瞬驚いたが、それ制止しこの隊の中のトップの人間らしき黒髪をサイドに撫でつけた男がフノボリの前に出た。
フノボリは密かに深呼吸して、男に問いかける。
「何か、御用かな。私の薬を頼ってきた様子ではなさそうだけど」
「赤髪の魔女だな。お前を違法薬物譲渡し罪、そして詐欺罪として連行する。ついてこい」
「違法薬物? 詐欺? 何かの間違いじゃないかな。私はそんなことした覚えはないけれど」
「白々しい。国民に薬と偽って違法な薬物を売買していただろう。証拠は揃っているんだ」
そういって男が突き出したものは、小さな紙袋。袋にはレイシの文字で「痛み止め」「解熱剤」
と書かれていた。先日やってきた街の女性に売った薬の袋だった。
「それは私の客に売ったものだ。奪ったのか」
静かに、フノボリの怒りが声色に乗る。
それを分かってか分からずか、男は毅然と答える。
「奪っただなんて人聞きが悪いな。魔女が売っているものが正常なわけがないだろう。すべて使われる前に回収したに過ぎない」
フノボリはその悪びれない態度にすぐに諦めがついた。分かってはいたが、彼らは話を聞く気がない。
「ここで話しても私の疑いは晴れないようだね。いいよ、どこへでも連れて行くといい」
「話が早くて助かる。手錠をかけて連行しろ」
軍人の一人がフノボリに手錠をかけ、繋がれた縄を引き背中を押して森を下ろうとする。
「師匠!!」
後ろからレイシの声がした。振り向いて小さく彼女の名前を呼ぶ。
「師匠をどこへ連れて行くんですか! 師匠を放せ!」
「なんだこいつ。オラ、邪魔だ」
フノボリとの間に壁になる軍人の足にしがみつくが払われる。それでも負けじと追い縋るレイシを軍人は「邪魔だって言ってんだろ!」軍靴で頭を蹴り飛ばした。
「レイシ!」
「立ち止まるな、歩け!」
レイシの元に行こうとするフノボリを引っ張る軍人たち。手首に食い込む手錠に苦々しく思い、ふ、と考えが過る。
レイシを傷つけたのなら、今更面目も何もないのでは?
人差し指をすい、と動かす。
途端に手錠に繋がれた縄が炎に包まれ燃え尽きた。
突然のことに驚き固まる人間たちを押し退け、フノボリは倒れて気を失うレイシに駆け寄る。完全に気を失ってるレイシに胸が痛くなる。血を流している傷を魔法で止血し傷をふさぐ。
背後で軍刀を抜く音がした。
〇
レイシが目を覚ましたころは、空は橙色に染まっており。体温が引いて寒く、そして重く感じる体を起き上がらせる。
頭が痛い。なんで自分はここで寝ていたんだっけ、と記憶を遡りレイシはハッと周りを見渡す。
あれだけいた軍人がいない。そうだ、フノボリが連れていかれそうになり、と思い至る
「師匠……ししょう……?」
呼んでも応える声はない。やはりフノボリは連れていかれてしまったのだ。
レイシは焦る。フノボリが何か悪いことをしたとは思えない。だけど彼女は魔女だ。街の人はお客さんとして来ているからおそらく恨んでいるということはないだろう。しかし、紛争に直接関係があった軍の人たちはどうだろう。何か理由をつけて来たのではないか。
師匠は何も悪くないのに。
誰か、誰かに助けを求めないと。
師匠を助けてもらわないと。
「ウェ、ウェルベライトさん」
レイシはフノボリが家を出る前に言っていたことを思い出す。ウェルベライトに相談することと。
急いで家に戻り、リビングに掛けておいた白いローブを身に着ける。短い脚で急いで森を下りて街へと向かう。
うさぎの短い脚では街まで行くのは一苦労だった。なんども足が疲れて、体力がなくて立ち止まった。それでも必死にウェルベライトのいる街まで歩み進んだ。
街についたのはもうどっぷりと日が暮れて、大衆食堂や飲み屋街の明かりが煌々としている時間だった。
ふらふらな足取りで騎士団本部がある王城敷地を目指すが、疲れからか目が翳んできていた。
ウェルベライトさんに、せめて騎士の人に出会えれば。それだけを頭に占めてひたすらに歩く。しかし頭部への怪我がある小さな体にはもう限界だった。ぐらりと視界が揺れる。頭痛が酷くなっていく。
まだだ。まだ、倒れちゃだめだ。そう思うのに体が重くて、足も重くてうまく進めない。
一瞬、意識が遠のく。飲み屋の建物越しに聞こえる喧騒と頭痛と一緒に響く脈動が耳に届く。毛皮越しに冷たい地面の温度を感じた。今自分は倒れているのか。
「君! 大丈夫か!」
女の人の声がぼんやりと聞こえた。
自分に声をかけている? 起きて、伝えなければ。けれども力が入らない。
何度かレイシは自分に声をかけられているのを耳にしていたが、体が上手く動かず何も返事ができない。声の主はレイシが相当弱っているのを理解し、仰向けに抱き起した。そこでやっとレイシの視界に声の主の姿が入る。
それは数日前にフノボリと買い物に出た際、男に殴られた茶髪の女の人だった。
青の差し色の白い騎士制服。それを認識した瞬間、ぼんやりとしていたレイシの意識がはっきりした。
「騎士さん、騎士のおねえさん、師匠が、フノボリさんが、軍の人たちに連れていかれて!」
がばりと起き上がり、女騎士に縋る様に訴えるレイシに女騎士は少し驚く。
「ま、待て。まずは君だ。泥だらけでここに倒れてたんだ。どこか痛むところはないか?」
「ぼくのことは良いんです! 師匠が、師匠がぁ……!」
必死に泣きながら訴えかけるレイシに、女騎士の表情が変わる。
「分かった、君の話を聞こう。ただ、君の様子もだいぶ酷い。医療所に連れて行くから、その道中で話を聞かせてくれ」
女騎士はレイシを抱き上げ、大きな声を出さずに済むように顔を自分の耳元近くに置いた。
突然、軍人さんたちが来たこと。フノボリを連れて行こうとしたこと。自分は止めようとして蹴り飛ばされたこと。起きたときには誰もいなかったこと。自分は身長が低いせいで軍人さんの顔があまり見えなかったことなどをレイシは話す。
女騎士は黙って話を聞き、「軍上層部や国王に話を聞こう。私たちが知りえる限り、君のお師匠さんに何か危害を与える命令はしていないはずだ。それで軍の人間が動いたとなると、少々やっかいなことになる」と答えてくれた。
ちゃんと対応してくれる。レイシはその答えに安心してか、急激に瞼が重くなった。先ほどまで伝えることに必死になっていた分、伝え終わりちゃんと返事が返って来たことに安堵したのだろう。気が付けは女騎士の腕の中で眠っていた。
レイシが目を開けて最初に視界に入ったのは見慣れない天井だった。自分を包み込む柔らかな感触にここはベッドの中と考えが広がり、じゃあ目の前にあるのは昔絵本で見たことのある天蓋というものだろうかとぼんやり思っていた。
ゆっくりと体を起こし、足は痛いし頭痛もするが動けないほどではないと状態を確認する。
ベッドの周りは天蓋からつるされたカーテンで覆われ、外の様子が分からない。そもそもここはどこなのだろう。
外に出ようかとカーテンに手をかけると、コンコン、とノックの音が響いた。「失礼、入らせてもらってもいいかな」と部屋の外からの声に、聞こえるか分からないが「どうぞ」とできる限りの大きな声で応える。扉の開く音が聞こえ、数人の近づく足音がベッドの側にやってくる。自分からカーテンをよけ、顔を出すとウェルベライトと、話を聞いてくれた女騎士、そして見覚えがないが、軍服や騎士制服とは形は似ているが、一層気品のある服装の金髪の男が一緒にいた。ウェルベライトがカーテンを上げる。
「え、と……?」
「初めまして、レイシさん。私はコウエニンティア王国、国王のユリオプス・フロワーロと申します」
恭しく頭を下げるユリオプスにレイシは手を伸ばして、顔を上げさせた。
「こ、国王様……!? まって、ぼくなんかに頭を下げないでください!」
「いえ、此度は国軍の兵士がフノボリさんを連れ去り、あまつさえ貴女に怪我をさせた。変わって私の方から謝罪いたします」
沈痛な面持ちで述べるユリオプスに、事実国軍の人間にされたことを考えるとレイシは何も言えなくなる。
「そうだ、師匠のことは? 師匠が連れ去られたことについて何か分かりましたか?」
「そのことですが、現在調査中でして。まず、私から軍の者にフノボリさんを捕縛する命は出しておりません。そして軍上層部の者に聞いてもそのようなことは命じてないとのことでした」
「でも師匠は!」
「はい。疲労困憊でここまで来られたレイシさんが嘘を吐くとは思えません。それに、今日の昼頃に十数名かの兵士たちがフノボリさんたちの住む東の森に向かったことが確認できています。そのうちの二名が現在状況を確認できておりません。ですので、その者たちを確保し、フノボリさんをどうしたのかを審問するつもりです」
「そう、ですか……」
つまりは今現在、フノボリがどこにいるかもわかっていない状況ということ。主犯らしきものの特定ができているのは僥倖だが、フノボリの安否がわからないのはレイシには不安だった。
と、落ち込んで顔を下に向けたところで、そういえばと女騎士に顔を向けた。
「騎士のおねえさん、話を聞いてくれてありがとうございました」
女騎士はまさか自分に話しかけられるとは思っておらず「あ、ああ」と驚いたがすぐに相貌を崩し「こうして話がちゃんとできてよかった。私はソレイユだ。よろしくな」と手を差し出した。レイシはその手を握り「レイシです。よろしくお願いします」と返す。
「あれ、あの、ソレイユさんとウェルベライトさんはどうして一緒に?」
「私はレイシさんと面識がなかったので、ここまで連れて来たソレイユと、交流のあるウェルベライトが側にいた方が安心するかと思いまして」
なるほど、と納得するレイシ。確かにユリオプスだけだとよくわからない美しい人がやってきたと疲れた頭で警戒する気もする。
一通り気になることを聞いて、一番最初に疑問に思っていたことを質問する。
「ちなみに、ここは……?」
ユリオプスがにこやかに伝えた。
「王城の客間です。フノボリさんのお弟子さんである貴女は私の大事なお客人ですから、こちらの医務室で手当てをした後お連れさせていただきました」
王城の客間。まさか自分がそんな大層な場所に連れてこられるとは思ってなかったため、レイシは飲み込むのに少々時間を要した。
「さて、時間も遅いですし、そのままお休みください。見張りはウェルベライトに任せますので、なにかありましたらお申し付けくださいね」
ウェルベライトが頭を下げる。ユリオプスはそのままウェルベライトとソレイユを連れ、部屋を出た。
ベッドに入り直し、とにかく今は休もうと瞼を閉じる。が、ぐるぐるとフノボリの安否の不安で眠れそうにない。それに今は一人が怖い。
ベッドから降り、痛む足を我慢しながら部屋のドアに向かう。向かって、そうだったと気付く。普通のドアのノブはレイシの背丈からすると随分高いのだ。どうしたものかと考え、ドアを内側からノックしウェルベライトを呼んだ。ウェルベライトはすぐに気付いてくれ、ドアを開き「どうした?」と訊ねる。
「眠れなくて……。あの、よければ眠れるまで傍にいてもらえませんか……」
レイシの弱弱しいお願いに、ウェルベライトは快諾した。足の負担を考え、ウェルベライトはレイシを抱き上げベッドまで運ぶ。ベッドの側にあった椅子に腰を掛け、レイシから視線を外す。きっと見られたままでは眠れないと思ったからだろう。ウェルベライトのいる右サイドのカーテンは上げたままだ。
ベッドの中で深呼吸をして、なんとなくウェルベライトの方を見る。月明りに照らされる白銀の髪が綺麗だとレイシは思った。
「ウェルベライトさん」
「うん? どうした?」
「もうひとつ、お願いがあって。その、手を、握ってくれませんか……」
ベッドから手を出すレイシにウェルベライトは「ああ」と優しく小さな手を握る。
何か言いたげに握った手を見つめるレイシは、呟くようにウェルベライトに問うた。
「ウェルベライトさんが、ぼくと……ううん、ぼくと師匠に仲良くしてくれるのは、どうしてですか……? やっぱり、お仕事だから?」
「……そうだな。少なくとも、フノボリと仲良く、できてるかはわからないが、二人と仲良くしようとしてるのは仕事だからもある」
ウェルベライトは顎に指を添え、考える素振りをする。
「けれど、君と仲良くしようとするのは俺がそうしたいから、という個人的なものもあるよ」
ウェルベライトの優しい口調にレイシは静かに耳を傾ける。
「子どものころ、幼馴染のソレイユとオオカミに襲われたときにうさぎの獣人二人に助けられたことがある。顔の傷はそのオオカミに襲われたときのものだ。その時初めて獣人と話して、親しくなりたいと思ったんだ。子どもの俺と同じか小さいくらいの背丈だけど、オオカミにも果敢で、かっこよくて、医学に通じていた。立派な獣人だったよ。このうさぎの獣人に助けられたことから、恩返しをしたいという気持ちもあって特別気持ちが強かったんだ」
「そうなんですか……」
「……だけど、君に対しては多少勝手が違うんだが……その、気持ちの違いというか」
「気持ちの……ちがい……?」
「なんというか、君には特別優しくしたいとか、レイシのことを知りたいとか、そんな……心惹かれる気持ちがある、んだ」
ウェルベライトの声がだんだんと遠く感じる。心地の良い声に耳を澄ませ、次第に重くなる瞼とぬるま湯のような眠気に身をゆだねた。
〇
レイシが眠って、手を離す。壊れやすい繊細なガラス細工に触れるように白うさぎの彼女の頭に触れる。柔らかな髪と毛並みの感触に、まだ子どもの、幼い子の危うさを騎士は感じる。
親同然の存在が連れ去られて胸の内の不安は計り知れないだろう。それを拭うことができるのは自分じゃないとウェルベライトは悟っていた。空いた穴は、もともとそこにあった存在にしか埋められない。それが騎士には悔しく思う。
ただの獣人にだったらこんな風に思わなかったかもしれない。彼女がうさぎの獣人で、純粋で、それゆえにどこか危うくて。だから心配になる。それだけだったけれど。
ソレイユが倒れたレイシを連れてきたと聞いて、医務室で力なく横たわるレイシを見つけたとき。一切の余念を振り払ってただ守りたいと。ウェルベライトの中の、レイシへの思いを浮き彫りにしていた。
椅子から立ち上がり、物音を立てず客室から出ていく。外では、ソレイユが正面の壁に寄りかかり立っていた。
「ソレイユ。どうしたんだ」
「いや、国王陛下にお伝えするべきか悩んでな……。ウェル、お前に相談したい」
ソレイユはそういうと「ここで話すのは気が引けるから、中庭に行こう」と薄暗い廊下を進んで突き当りにある、中庭への出入り口にウェルベライトたちは向かった。
「相談とは?」
「……数日前に、軍の元同僚と話したんだ。ほら、いちゃもんをつけた男に私が殴られた日」
「ああ、あの日か」
「お前とフローライト団長が店主に事実確認を取っていた時。赤髪の、フノボリに魔法をかけられたんだ。治癒の魔法。私それに驚いてさ。魔法を使うなんて魔女くらいだし、ここらで魔女といえば獣人の味方をしたあの魔女しかいない。赤髪だったしさ。しばらく呆然としていたんだ。なんで魔女が、この国の人間である私に優しくするんだって。そりゃ気紛れかもしれないけど、驚いてしまったんだ。そのことを、その元同僚に話した」
ウェルベライトはすぐに彼女の言いたいことが分かった。
「もしや、フノボリが兵士に連れていかれたことに何か関係があるのかもしれないと?」
「ああ。そいつも私と同じように六年前の紛争で魔女に偏見を持ってるから何かあるんじゃないかと思って」
「そうか……。一応、国王陛下にもそれは話そう。だけど、ソレイユ。もしきっかけがそれでもお前は悪くない。行動を起こす方に問題があるからな」
励ますように、いつもと変わらない態度でウェルベライトは返す。その言葉を聞いてソレイユは少し安心したように笑った。
翌朝、日が昇り始めたころ。
ユリオプスが年老いた白髪の宰相スレインを引き連れて、客間の見張りをするウェルベライトの元にやってきた。その表情は険しい。
「ウェルベライト、主犯の詳細が分かった。ここで手短に話す」
そうしてユリオプスは現在確認できたことを伝える。
主犯は国王軍のアベラス大尉であること。彼は六年前の紛争で中隊の指揮官をしていたこと。昨晩地下牢獄に出入りしていたこと、寮に戻っていないこと。三日前に今日の午前の間に処刑場の使用許可を取られていたこと。今現在ソレイユやフローライトたち騎士団が捜索に当たっていること。
アベラス大尉のことはウェルベライトも紛争時の指揮官として名前だけは知っていた。ただどういう人物で、どういった思想の人間かは分からない。ユリオプスにそのことを聞くと、顎に手を当て考えをなぞる様に話した。
「愛国心の強い方だね。ただ少々、頑固というか、国や王族のことを一番に考えるあまり視野が狭くなることがある。実績から佐官であってもおかしくないんだが、そういったところを見て大尉に留めている人物だ。昔のことで何か思うことがあって事を起こしたと考えてもおかしくないね」
「そうですか……」
こんこん。ノック音に三人の視線がウェルベライトの後ろのドアに集まる。ドアを開けると王城の召使が用意した寝巻に身を包んだレイシが不安そうな顔で三人それぞれの顔を見た。
「あの、いま処刑って……。師匠、探すんですよね? ぼくも行きます」
「レイシ、君はここで待つんだ。無暗に武装している人間のいるところに行く必要はない。心配なのはわかるが、それ以上に君が怪我をしたら保護されたフノボリが悲しむ」
「でも! でも……」
食い下がるレイシだが、ウェルベライトの顔に譲る気はないことがわかってしまう。
「ウェルベライト、私が後でスレインと一緒に処刑場に向かうよ。君は先に向かってフローライトたちとアベラス大尉を止めてくれ。レイシさん、それでもいいですか?」
「……わかりました……。ウェルベライトさん、お願いします」
諭すユリオプスの言葉に静かな圧を感じる。ウェルベライトは頷き、ユリオプス、宰相、レイシに頭を下げ、その場から離れた。
騎士団の人数は二十人に満たないが少数精鋭の騎士団の人間だけでも目的が分かっていれば十分に探し出せるはず。向かう場所としてはアベラスの最終目的地である処刑場が妥当だとウェルベライトは考える。
処刑場は城下の街の北端にある。軍事本部は王城の塀の外にあり、軍事本部の側にある地下牢から処刑場までは距離としては三十分ほどかかる場所だ。
王城から出て、軍事本部の前を通りかかる。三人ほどの騎士を見かけた。国軍の人間と話しているのを見るに関係者の調査をしているのだろう。胸中で任せた、と呟き目的の場所に急ぐ。
処刑場についた時には、あまりにもぎりぎりの状況だった。
十数人の鎧を身に着けた兵士が騎士たちを相手に軍刀を抜いていた。対抗して騎士団の人間も剣を抜いている。鍔迫り合い、されど騎士団が押している状態の奥のギロチンではすでにフノボリが台の上にうつ伏せで寝かせられていた。騒ぎを聞きつけ、朝に活動する商店の店員や野次馬が処刑場に集まってくる。
競り合っている両者の戦線がフローライトの力押しに歪みができた。そこにウェルベライトも押し入り、隙間を縫い兵士たちを押しのけ断頭台の元へと駆け寄る。そこには黒の軍服の胸元に金の二本線と花のマークの大尉の階級章をつけた男と、死刑執行人が立っていた。
「貴官がアベラス大尉か。今すぐフノボリを開放するんだ」
「王の側にいながら何もしない騎士が何を言う。この女はこの国を脅かす危険因子だ。直ちに排除すべきだろう」
「フノボリはコウエニンティア王国に仇なす人物じゃない。俺が彼女のすべてを知っているわけではないが、貴官よりは知っているつもりだ。彼女は優しく、相手を慮り、普通の人間と同じく笑って弟子と暮らすただの人だ」
大尉を見下すわけでもなく、ただ事実を伝える。しかしそれは猜疑心にまみれた男には届かない。
「魔女に魅了されたのだな。騎士団の人間は強靭な精神を持っていると思っていたが、すでに懐柔されていたとは。嘆かわしいことだ」
アベラスは腰に付けた懐中時計を開き時間を確認した。そしてウェルベライトに背を向け、執行人に短く「時間だ。やれ」と告げた。執行人がギロチンの刃を釣り上げていた縄へ斧を振り上げた。ウェルベライトは駆け出し、振り下ろす瞬間の執行人の斧を自らの剣で止めた。力で押し切ろうとする執行人に対し、騎士であるがゆえに日々鍛えぬいた筋肉で受け止めるウェルベライト。
「待つんだ執行人」凛とした声がその場に響いた。執行人も、アベラスも、ウェルベライトも振り返る。そこにいたのはユリオプスとスレインと、スレインに抱き上げられたレイシだった。三人がギロチンに歩み寄る。それを阻むものはいなかった。
アベラスが険しい顔をして執行人に斧を下させた。執行人は斧ごと縄から離れる。
ユリオプスが来たのなら、王族のことを一番に考えるというアベラスも下手に動けないだろう。執行人も国王の制止を振り切ってまで蛮行を犯すことはない。そう、安堵した時だった。
ブチッ。何かが千切れる音がした。そのまま刃物が滑る音がし、ギロチンの刃がフノボリの首と両手を刎ねた。
野次馬の悲鳴が上がる。
ウェルベライトの立っている場所からでは、落ちた魔女の首は見えなかった。
なぜ。
どうして刃は落ちた?
誰もが動きを止めた。
誰かが声を上げた。
「魔女が死んだぞ」
それに呼応するように兵士たちが声を上げた。
「魔女が死んだ! アベラス大尉、我々がこの国の危機を救ったのです!」
「コウエニンティア王国万歳! 国王様万歳!」
「悪しき魔女め! 死んで当然だ!」
「静まれ! 国王陛下の御前だぞ!」
フローライトが一喝する。辺りが静かになる。
そっとスレインに抱かれるレイシを見た。レイシはじっとギロチンを見つめていた。ただ、その瞳には涙の膜が張り今にも零れ落ちそうだった。
ここにいる誰もが何も言えない、そんな静寂を破ったのは。
「諦めていたとしても、やはり首が刎ねられるのは怖いね」
死したはずのフノボリの声だった。
視線がギロチンに集まった。首と両手がない体がむくりと起き上がり、そして断頭台の向こうからフノボリの頭と両手がふわふわと浮いていた。
不可解な現象に皆が言葉を失う。
フノボリはそのまま兜をはめなおすかのように自身の体に首と手をくっつけ元に戻した。
「ば、化け物め……!」
アベラスの精一杯の虚勢にフノボリは冷たい視線を向ける。しかし彼へ何か言葉を発する気はないようで、レイシを見つけると無言でスレインのもとに歩み寄り、抱かれた彼女の頭を撫でた。
「私の娘をありがとうございます。レイシ、おいで」
「し、ししょお……!」
「ごめんね、怖かったね」
スレインは頭を下げ、泣き出すレイシをフノボリの腕の中に戻す。宰相の視線は首元の切り傷にいく。
「切断された部分がまだ血が出ておりますね。王城の医務室で治療いたします」
「すぐに治るから大丈夫ですよ」
「そうであっても。……今回のことで詳しくお話をお聞きしたいので」
「待て! その化け物を生かしておくのか!」
背中に投げかけられアベラスの言葉にフノボリは肩越しに振り返り応える。
「殺せるものなら殺してみるといい。私にさえどうすれば私が死ぬのか分からないけれどね」
春の暖かな午前に底冷えするような冷たい空気が張り詰める。それを切り裂く、少年の声が一つ。
「フノボリさんは化け物なんかじゃない!」
少年の声は断頭台の向こうから聞こえてきた。ウェルベライトが目を凝らすと、声の主が以前フノボリの元で薬を買っていた少年だと気が付いた。
「その人の薬のおかげで母さんの病気はよくなってるもん! あと、あと、たまにお菓子もくれる! すごくいい人だもん!」
「そ、そうよ! その魔女さんは親身に話を聞いてくれる! 無理やり薬を奪う軍人さんとは違うわ!」
「その人は魔女でもいい魔女だ! 少なくとも僕たちはフノボリさんに救われてる!」
一人の少年と、もう一人の女性の主張を皮切りにフノボリに関わったであろう住民たちの声が束になって押し寄せた。数は圧となってアベラスを圧倒する。
ユリオプスは宰相にフノボリとレイシを王城に連れていくように指示し、アベラスの側に寄った。
「これが君の望んだ結果なんだな?」
それは酷く冷たい声色だった。アベラスの顔から血の気が引くが、表情は気丈に振舞っていた。
「それが、ひいてはこの国のためと思ってのことです」
「……アベラス大尉の処罰は今回の関係者みなの聴取にて決める。他兵士たちも追って処罰を決める。ウェルベライト、アベラス大尉を連れて行ってくれ」
「はっ」
ウェルベライトがアベラスの肩を掴み処刑場から連行しようとすると、意気消沈していた兵士たちの中から彼に駆け寄る男の姿があった。アベラスは彼の名前を呟く。
「カタル伍長」
「アベラス大尉だけ首謀者じゃないんです。自分が、魔女のことをアベラス大尉に話したのがそもそものきっかけです。自分も大尉と同等の処罰を受けます」
「どんな処罰が君に下るかは今はまだ判断できない。それがアベラス大尉と同じものになるかは国王陛下、並びに軍上層部の者たちと君たちの聴取で決まるだろう」
そう言ってウェルベライトはアベラスを連れていく。カタルらはフローライトおよび騎士団たちによってその場から連行されていった。




