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最終話 大団円

「レイシと結婚したいんだ」


 ウェルベライトの言葉にレイシも、同席していたフノボリも鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になる。ウェルベライトは至極真面目で、むしろ真剣すぎて眼光が鋭くなってるくらいには顔に力が入っていて、フノボリとしても冗談や一時の熱や思い付きでの行動ではないと判断できた。

 とある神の子の誕生を祝う記念日を目前とした、真冬の真っただ中のことだった。昼食を終えた、秋に比べ随分と寒くなっていた昼日中。暖炉に火を灯し、暖かいミルクティーを三人で飲みながら机を囲んでいた。「レイシに、いやフノボリにも聞いてほしいんだが」と切り出され先ほどの発言だ。

 レイシはぽかーんと口を開けて固まっている。それもそうだ、フノボリとしても結婚の話なんてまだまだ先の話だと思っていたのだから。


「ちなみにそれに至った経緯も聞いていいかな」


 レイシの肩を叩き、意識を戻しつつ理由を訊ねる。ウェルベライトは口に指を添え、言葉を選ぶように話した。


「レイシの寿命がもうほどないと知って、レイシを助けることしか頭になかったけれど。助かった今、不老不死の姿になった今。今度は俺がレイシを置いていく立場になる。騎士団にいる時点で最悪の場面はいくつも考えられる。その時、後悔しないようにレイシと共に居られる正式な契りが欲しいんだ」

「珍しい、ウェルベライトのエゴが出たんだ」

「そういわれると、いや、そうなんだが……」


 痛い表現をされ、言葉を濁すウェルベライト。フノボリの隣のレイシを見ると話し終わったウェルベライトとフノボリを交互に見て慌てていた。


「レイシ、どうする?」

「ど、ど、ど、どうするって、どうするって……」


 フノボリたちを交互に見ていたレイシは、自分の返事を求められせわしなく耳の毛繕いを始める。これは落ち着くまで時間がかかりそうだ。

 レイシからまたウェルベライトに向き直り、フノボリは聞く。


「でもなんで私にもそれを聞いてほしいって言いだしたんだい」

「レイシの育ての親だからな。魔女になったレイシとの結婚に何か思うところがあったりするなら先に聞いておくべきかと思ってな」

「なるほどね。私からの意見はレイシがちゃんと返事してから言いたいところだけど、まず先に伝えておきたいことはあって。私は二人の結婚を阻んだり邪魔したりしないよ。私の母も魔女になってから結婚して私を生んだしね。二人のしたいようにすればいい」

「したいように、する……」


 フノボリの発言をレイシが繰り返す。レイシは一度口をぎゅっと閉じ、耳に触れていた手を膝に置いてウェルベライトに向き合った。


「ぼく、も、ウェルベライトさんの側に、いたい。ウェルベライトさんの最期に側にいられるようにしたい。だから、その、ぼくの方こそ、よろしくお願いします……!」


 ぐ、とテーブルの上でウェルベライトに手を伸ばすレイシに、銀髪の騎士は柔らかく笑ってテーブルに乗り出しながらその小さな手を握った。


「ああ、ありがとうレイシ」


 獣人と人の婚姻関係はないわけじゃないがその数は限りなく少ない。国が認知してないだけで、恋人関係になっているものもいるだろう。そういった者たちにとってウェルベライトとレイシの結婚が二人だけじゃなく他のカップルたちの希望になればいいなとフノボリは密かに思う。

「さてと」と一拍してフノボリが切り出す。


「二人が正式に国に婚姻関係を申請するのは改めてするとして、レイシがこれからのことでしなければならない最低限のこと、ウェルベライトに知っていてほしいことがある。いいかな?」

「ああ、教えてくれ」


 レイシから手を離し、姿勢を正すウェルベライト。それに続いてレイシも背を伸ばす。


「レイシはしばらくは私の元で、私やお祖母ちゃんが繋げて積み重ねて来た魔女や魔法使いの交友関係を繋げていく必要がある。それは私たちの体裁目的ではなく、困ったときに頼れる人を作っておくために一番手っ取り早いから。それと、魔法について本格的に学ぶ必要がある。一般的な人間に悪いことに利用されないようにとか、自分が間違った使い方をしないためにね。得意と不得意を知っておく必要もあるよ。だから、もうしばらくはレイシは私と一緒に暮らすことになる。ウェルベライトはそれでもいい?」

「構わない。レイシもフノボリとは離れがたいだろうし、俺としてもすぐに騎士団本部の住処から離れられるわけじゃないからな」

「ぼ、ぼくとしても、すぐにウェルベライトさんと一緒に暮らすのは……緊張する……」

「ならちょうどいいね。ウェルベライト、ユリオプスには一応報告しといたほうがいいよ。外交相手の関係者との結婚だからね」


 ウェルベライトは頷く。

 これが他の人間なら私も不安から結婚させなかったけれど、相手はウェルベライトだ。余計な心配はない。

 これから忙しくなるな。


                   〇


「フノボリの弟子のうさぎの獣人、レイシと結婚することとなりました」


 見回りを終わらせ、訓練の合間を縫って国王ユリオプスの元に結婚報告に。父であるフローライトに改めて一対一で伝えるのもどこか気恥ずかしい気持ちもあったので同席してもらった。

ウェルベライトの報告にユリオプスとフローライトは目を白黒された。そしてユリオプスは高らかに笑い飛ばし「おめでとう、ウェルベライト」と祝福の言葉を送った。

「な、な、な、え、獣人とか!?」フローライトは動揺して自分の息子が獣人と結婚する事実を受け入れられないようだ。


「ああ。しばらくしたら結婚式も上げようと思ってる」

「待て待て待て、俺は確かにお前に嫁を貰う当てはないかといつかこぼしたことがあったが、獣人の? しかもレイシさん? いいのかお前。子どもとか、将来のこととか」


 フローライトの言うことも、息子が結婚するなら当然の考えだろう。だが父の言うことは一般の人間との婚約に対してだ。獣人が相手だと訳が違う。それさえもウェルベライトは些末なことだと思う。これは自分とレイシのことなのだから。


「子どもはレイシが望まない限りは作るつもりはない。そもそも種族や体つきが違うから普通の妊娠出産に比べて負担が大きいだろう。寿命のことに関して言えば、正式に夫婦になることが俺の答えだ」

「……そうか……」


 片手で顔を覆って俯き、長く息を吐くとフローライトは吹っ切れたようにウェルベライトに向き直った。


「お前が決めたことならもう言わない。レイシさんに寂しい思いさせないようにな」

「俺が生きてる限りはそのつもりだ」


 ウェルベライトの固い意志にフローライトもユリオプスも満足そうに微笑んだ。「いや、しかしなぁ」とフローライトが話題をぶり返す。


「俺はてっきりソレイユと添い遂げる者だと思っていたな。お前ら幼馴染だから付き合いも長いだろうに」



 今度はウェルベライトが面食らう番だった。ソレイユとは確かに幼いころからの付き合いだが、恋愛感情を持ったことはない。ソレイユとの関係で一番近いのは親友という間柄だ。


「俺とソレイユはそんな関係じゃない。ソレイユは俺の親友で大事な仲間だ」

「そうか……。お前の中でそういう線引きがされてるのであれば、俺から余計なことは言えないな」

「自分からの今回報告したい内容は以上です。国王陛下、フローライト騎士団長。お時間をお借りしました」


 ウェルベライトが頭を下げると、ユリオプスもフローライトも気負わせない声色で「おめでとう」と再度祝福の言葉をあげた。

 フローライトはユリオプスから引き留められ、退室はウェルベライトだけとなった。二人に改めて頭を下げて部屋から出ると外の通路の扉の横にソレイユが壁に寄りかかって立っていた。


「ソレイユ?」

「騎士見習いの訓練を見るんだろ、もう彼らが訓練所で待ってる」

「ああ、そうだったな。国王陛下に報告するだけだったのが少し時間を食った」

「……ウェル!」


 急ぐようにソレイユの前を通り、騎士団本部の側にある訓練所に向かおうとするウェルベライトをソレイユが引き留める。振り返ったウェルベライトはぎょっとする。泣きそうに顔を歪めるソレイユが自分を見ていたからだ。


「ソレイユ? どうした、何かあったのか」

「ウェル、これだけ言わせてほしい」


 ウェルベライトに返事はせず、ただ言いたいことを言おうとするソレイユ。それをあの日、桃源郷の夢で言わなかったことを言おうとしているのだと、ウェルベライトには感じ取れ、それ以上は遮らなかった。

 短く呼吸を繰り返し、意を決したように不器用にソレイユは笑った。


「私、ウェルが好きだよ」


 ソレイユの頬に涙が伝った。告白を皮切りにソレイユはぼろぼろと涙を流す。

 頬を濡らすそれをウェルベライトは拭わなかった。それはソレイユが望んでいるわけではないと、勝手ながらに思ったからだ。


「ありがとう、ソレイユ。お前は俺にとって大事な親友だよ」

「……おう、私もだ」

「行こう。あまり彼らを待たせられない」


 女騎士に背を向けて歩き出す。決別じゃない。この告白はきっとソレイユなりのけじめだ。自分はそれに線引きという形でしか応えられない。ウェルベライトの胸にはレイシの存在がもう大きく占めているのだから。

 ただ、願ってもいいのなら。ソレイユにとってふさわしいものが現れればと強く思う。


                    〇


 激動の一年が終わり、翌年の春。

 レイシはオスティアにあるコウエニンティア王国でも有名の仕立て屋にいた。試着室から扉を開けて、フノボリの抱えられて出てくるレイシは白いレースとフリルが盛られたウェディングドレスを身に着けていた。仕立て屋の店長の老夫がにこやかに、店員の若い女性が黄色い声を上げて二人を迎えた。


「やっぱりかわいいですねぇ。雪の妖精さんみたい」

「お色直しの水色のドレスも似合っていたし、サイズも調整終わったし、間に合ってよかったよかった」


 手放しに褒められることに恥ずかしくも嬉しいレイシは耳を毛繕いしながら、照れ笑いする。フノボリも愛しそうにレイシを見つめる。


「レイシ、フノボリ、入っていいか」


 仕立て屋の外からウェルベライトの声が聞こえた。レイシがまだ自分の姿を見せるのに戸惑っていると、代わりにフノボリが「いいよー」と答えた。

 ドアベルを鳴らして中に入ってくるウェルベライトは緊張した面持ちだったが、レイシのドレス姿を見とめると思わず相貌が崩れてしまった。


「ど、どうかな、ウェルさん」

「良い、すごく似合ってる」


 レイシの頭を撫で、溶けた瞳で見つめるウェルベライトにレイシはたじたじになって、ついには顔を隠してしまった。


「結婚式、明後日ですよね。搬入は任せてください」


 店員の女性が胸を張って告げるのをフノボリとウェルベライトは礼を言って頭を下げる。

 ウェディングドレスの試着を終えて、仕立て屋を出る。フノボリに抱かれながら街を歩くレイシは何とはなく街の住民を眺めた。

 冬にデモ騒動があったとはいえ、喉元過ぎれば獣人の住民も人間の住民も仲良く過ごしている。結局あの後は、誠心誠意説得したユリオプスの姿勢がよかったのか獣人たちはひとまず納得して釈放された。ウェルベライトに危害を加えたクマの獣人に関してはさすがにある程度の処罰はあったようだが。


「食事にしようか。ウェルベライト、どこかいいとこ知らない?」

「最近できたカイセイの和食料理屋が美味しかったから行ってみるか?」

「和食ってどんなの?」

「おかずと米と汁物が出される……定食、だったか? 野菜や魚を主に使っていてカイセイ独特の調味料が使わられてるらしいけれど、優しい味だったよ」

「へー! ぼく、食べてみたい!」

「レイシの体にもよさそうだね、じゃあそこ行こうか」


 ウェルベライトの先導で料理屋に向かう。大通りの中間あたりに、黒板に今日のおすすめが書かれてる立て看板が立っている店でウェルベライトは止まった。白の壁材とレンガ造りに赤い屋根の店だ。

 扉を開けるとドアベルが鳴り中から優しく香ばしい香りがレイシの鼻に通っていった。


「いらっしゃいませ、奥の席へどうぞ」


 緩く身を包む民族服風の制服を身に着けた店員が席へ案内する。フノボリがレイシを抱き上げたままだったため、テーブル席がフノボリと隣同士になりかけるのをレイシが止めた。


「ウェルさんの隣に行きたい」

「お、珍しい。じゃあウェルベライト、パース」


 抱っこをフノボリから交代し、レイシはウェルベライトの隣に着く。壁に貼り付けられた紙のメニューを見ながら、あれは何だろう、これ美味しそうなどと言って各々の注文を決める。ウェルベライトはぶりの照り焼き、レイシは風呂吹き大根、フノボリは天ぷらとそれぞれの定食を店員に注文する。

 やってきた料理はどれもレイシには新鮮で、香りもコウエニンティア王国の料理とは違い嗅ぎなれないのにどこか懐かしい印象を受けた。

 早速食べ始めてみれば、優しい味わいの料理ばかり。国が違うとこうも料理が変わるのかとレイシは感心してばかりだった。それゆえに食事に夢中になりレイシの口元が汚れつつあるのをウェルベライトが気付く。


「レイシ、こっち向いてくれ」


 自分の方に振り向いたレイシの口周りをおしぼりで拭くウェルベライト。


「ん、んむぅ……ありがとう、ウェルさん」


 えへへ、と照れくさそうに笑うレイシ、それをフノボリは優しい目で眺めていた。


                   〇


 ウェルベライトが持って帰ってきた不老長寿の果実、仙桃はフノボリが預かる形となった。飲んでももともと不老不死なため効果がないことや、フノボリ自身仙桃がどんなものなのか研究したい気持ちもあったためだ。

 レイシがウェルベライトのプロポーズを受けたとき、心のどこかで「そういうことができてしまう人なんだな、ウェルベライトは」とちょっとだけ寂しくなったのをフノボリは覚えている。今、食事の席でレイシの隣はウェルベライトで、口を拭いてあげるのも自分じゃなくなって。フノボリ自身、いつかそういう日は来るんだろうなとは思っていた。

 ウェルベライトに仙桃を使うべきか、プロポーズの後にこっそり銀髪の騎士に相談した。だけれど、ウェルベライトが聞いた限り自分には効果は表れないとカイセイの人間に言われてしまったらしい。これでウェルベライトはいつかレイシを置いていってしまうんだなと考えが至り、レイシに寂しい思いをさせてしまうことに魔女にした後悔を持っていた。

 美味しそうにご飯を食べるレイシに向かって、フノボリは問いかける。


「レイシ、幸せ?」


 レイシはきょとん、と虚を突かれた顔をしてにっこり満開の笑顔で答える。


「うん、幸せだよ」

「そっか」


 泣きそうになる気持ちを抑え、フノボリもレイシに笑って返した。


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