第一話 魔女のフノボリと白うさぎのレイシ
コウエニンティア王国の歩みには魔女と獣人が関わっている。
まだ王直属の顧問魔法使いとして魔女が国の中で生きていたころ。獣人も他国から追いやられ、移民して繫栄し、東の都オスティア、南の都ズヒェルに今より多く暮らしていたころ。国民も王族も魔女と獣人と仲良く暮らしていた。多少の情勢の揺らぎはあれど過不足なく、穏やかに暮らすことができていた。
ある時、事件が起きた。それは獣人が国民を襲ったというものだった。一方的に暴力を振るわれたと襲われた男は語った。
襲った獣人は裁かれ、死刑となった。
獣人は死を迎えるまで、もとはその男が自分を襲ったこと、薬を嗅がされたこと、襲った記憶が曖昧なことを告げていたが、獣人に恐怖した当時の王が耳をふさいで聞かなかった。
数代目の当時の王は、魔女や獣人に懐疑的だったのだ。やっと尻尾を出したと、王は獣人の凶暴性に確信を持ったのだ。
獣人を悪人とした事件が増えていく。国民たちは本当のことは知らないで。
そのころから国民と獣人の関係が歪み始める。国民は獣人におびえ始め、獣人は王族含め国民を疑い始める。その時点で王国から獣人は出ていけばよかったのだろう。王がそれを許さなかった。自分の国から犯罪者予備軍を出し、交易に支障が出れば国の信頼にかかる。国民には悪いと思いながら、殲滅をするまでは出さないと関門を厳しくしたのだ。
一度、獣人殲滅戦が起きた。
何人もの獣人が殺された。
それを止めたのは、顧問魔法使いの魔女だった。
「長い間お世話になりましたが、此度の王には愛想が尽きました。獣人も同じ人、なのに言葉を聞かないその姿勢は目に余る。人間が大事なのですね。では人間でない私も、貴方のもとにいてはいけない。残念ですが、私は此度の殲滅戦において貴方がたの敵になりましょう」
魔女は圧倒的な力により、王国軍を一蹴した。
国民からは魔女さえも恐怖の対象となった。
その後、代替わりした王が生き残った獣人への信用回復を図ったがそれは何十年もの時間をかけてまた作り上げるものとなった。
王国から離れた魔女は、どこかに旅立ったそうだ。
そうして二百年の時が流れた。
これが建国して四百年余りの王国の魔女と獣人のしがらみである。
王城、王執務室にて。
国王ユリオプスに呼ばれた騎士団副団長ウェルベライトは、机を挟んでユリオプスの前に立っていた。ユリオプスは蒼眼でウェルベライトを見据えながら告げた。
「ウェルベライト、コウエニンティアの東の森の噂については知っているかな」
「東の森というと、ちょうどこの城の正面にある森ですね。噂とは?」
「六年前の獣人との紛争が終戦するきっかけになった魔女が、そこに住んでいるらしい。魔女、フノボリにコンタクトを取り、魔女について、今現在の彼女の立ち位置についてを聞いてきてほしい」
ウェルベライトの後ろに組んだ手に力が入る。
六年前の獣人との紛争。紛争とは言うが実際にあったのは獣人の捕縛と殺害だった。その王国軍と獣人たちの間に入り、王国軍の侵攻を止めたのが魔女である。
ユリオプスがなぜ魔女の名前を知っているのかといえば、終戦文書を作成するために獣人側に有利になる条件を提示するため王城の会議室で国王のユリオプス、騎士団長のフローライト、そして獣人の味方をする魔女で顔を合わせ話し合ったからである。ウェルベライトも、父フローライトから話を聞いているので名前だけは知っていた。
ただ、王国軍の兵士やフローライトから聞いた印象としては、氷以上に冷ややか。隙を見せれば抵抗もできずに殺されると覚悟するほどの殺気を、冷気のように這わせた恐ろしい存在だったと聞いている。
「あまり、兵士たちに良い印象があるとは思えませんが……もしや、以前からまことしやかに囁かれてる、魔女への人権についてですか」
ウェルベライトが訊ねるとユリオプスはたおやかな金髪を揺らしながらにっこりと微笑んだ。
「一応各大臣には話してあるよ。この国にいる魔女は法に触れない限り人権を保障するってね。これでも結構賛成派が多いんだ。まあ本格的に進めるのはちゃんと調査してからと考えてるから、国民の意見も勿論取り入れるさ」
人の好い笑みで語るが、言い終えたあとの表情はどこか憂いがあるようにも見える。きっと国王にもそれが容易いことではないことだと分かっているのだろう。
「……かしこまりました。騎士団副団長ウェルベライト、今回の任をお受けいたします」
ウェルベライトは右拳を心臓に置き、銀糸の頭を下げた。
コウエニンティア王国の都は大きく東西南北に分かれており、半分は海に半分は森に面している。交易道路として切り開いて整備しているところもあるが、基本は自然を残しており農耕や牧畜、漁も盛んだ。また自然を残していることにより、野生動物も生息しているので狩猟もよく行われる。
そんな中で王城のある東の都オスティアに面している森は不思議と人が近寄らない、今まで噂もない森だった。
ウェルベライトもあまり意識したことがない。それはここ最近のことではなく、幼いころからそうだったと記憶している。といっても思い返せば、と意識的に振り返ってからの感覚なので主観の感想には『おそらく』という枕詞がついてしまう。
途中まで馬が引く荷馬車に乗せてもらい、東の森に着いてとりあえず道を探す。人が近寄らないということは、まともに整備もされていないということだ。まずはここが第一関門だろう。と、森の傍を歩いていると薪が地面にはめ込まれているところを見つけた。木々もそこを避ける様に育っている。人が近寄らない場所に何故? 考えられる可能性としては、この森に住む魔女フノボリが整備した、というところだろう。
踏み固められた道をウェルベライトは進んでいく。木々が空を覆い、春の中頃の日差しが和らぎ涼しく感じた。そういえばここら辺の木々の葉は生き生きしているというか瑞々しい気がする。
周りの様子を注意深く観察しながら進んでいくと、道端の茂みでがさり、音がした。警戒し、剣の柄を握る。茂みから出てくる様子はない。ウェルベライトはそっとその低い茂みに近寄り、上から覗く。
まず見えたのはぴんと立ったうさぎの白い耳。そしてさらさらな白い髪。身に着けている白いローブには葉っぱが着いており、隠れている本人の小ささが顕わになっていた。
「……うん? あれ?」
白い耳の人物は自分にかかる影に気付いて振り返る。
その顔は紛れもなく、うさぎの獣人の顔だった。
瞬間、ウェルベライトは息を忘れた。
ウェルベライトは物心ついてから人間にあまり興味がなく、魔女や獣人といった本で見る他種族に好奇心が向き、実際にいると聞いていつか出会えないか、いつか友達になれないかと思っていたほどだった。とある事件で幼少期に獣人に出会ったが、彼らと別れてから、そして騎士になってからも交流を深めるなんて機会はそうそうなかった。
話してみたい。触れ合ってみたい。交友を深めたいと思っていた。その存在が今目の前にある。
彼の騎士は密かに歓喜していた、が。どう声をかけていいか分からない。
じっと青い目で見てくる白うさぎの獣人はウェルベライトを見つめ、何かに気付いたようにわなわなと口を震わせ挙動不審に周りを見渡す。そしてローブのフードを被り、背中の木の裏に隠れた。
「あ」
自身の顔の真ん中にある上から下に走る斜めの大きな傷跡を怖がられたかと思い、ウェルベライトはなおのこと声がかけられない。
木の後ろから顔を覗かせるうさぎの獣人は「あ、う、」言葉に迷ってるようで逃げる様子はない、と思われた。
とりあえず目線を合わせるように屈み、うさぎの獣人の目線下に手を伸ばす。しかしウェルベライトが片膝をついても、まだ目線に差がある。
「俺はウェルベライト。コウエニンティア王国の王国騎士団副団長だ。君に危害を加えたりはしない。この森に住む人のことで聞きたいことがあるんだが……」
「王国騎士団……」
うさぎの獣人の耳と髭がぴくりと反応する。
「君は、この森に住んでいるのか?」
「し、師匠と一緒に暮らしてます。多分、この森に住んでるヒトって言ったら師匠のことだと思う」
「では、よければそのお師匠さんのところに連れて行ってもらえないか? もちろん、君同様に危害は加えない」
ウェルベライトの顔と差し出された手を交互に見て、うさぎの獣人は「分かりました、案内します」と木の陰から前に出た。ウェルベライトの手を握り、「ぼく、レイシっていいます」とうさぎの獣人は名乗った。
「よろしく、レイシ」
握った手からそのままレイシの体に手を添えて、ウェルベライトはレイシを抱き上げた。胸元のふんわりした大きな毛束からきっと女の子だろうと思う。
「私と君とじゃ身長差があるからな。君はこのまま進むべき方向を指示してくれ」
「わ、わかりました」
そうしてさらに二人は森を進んでいく。
道はあるものの特に指し示す目印があるわけでもなく、ところどころにある獣道で迷いそうになる。途中、木々に糸が張り巡らされている場所があった。糸の先を追うとベルが幾つかついているのを発見する。獣除けだろうかとウェルベライトは頭の片隅で考えるが、すぐにそれは思考の外へと放られた。
何の変哲もない、森の中。進む一歩を踏み出した瞬間、膜のような弾力が体を包んだ。いや、包んだというより自分がその膜を通り抜け別の空間に入り込むような感覚だった。と、同時に目の前に先ほどまでなかったものが現れる。
それは家だった。二階建ての、丸太作りの。かなりの大きさがあるが威圧感はなく、自然に森に溶け込むようなものだった。
レイシがウェルベライトの腕から飛び降りた。たっ、と駆け出し玄関のドアを叩く。どう考えても人間の一歳児ほどのレイシの身長だとドアノブに手が届かないように見えるが、よくよくみればドアにはさらにレイシの背丈より少し大きいドアが作られているようだ。
「師匠、お客さまー」
そんなに大きくもないレイシの声に、すぐに中から「はーい」と声がした。若い男性とも、大人な女性ともとれる声に、ウェルベライトは判別がつかないことへの警戒が湧く。
扉の前にレイシがいると気を遣ってゆっくり玄関を開ける家主。
まず目を引いたのは赤く短めにカットされた髪。大きめのツートンカラーのシャツを着ているが、袖や襟から覗くすらっとした手首などからはぱっと見て女性に見える。だが顔つきは中性的でウェルベライトよりは低いが一七〇センチ以上はある背丈が彼ないし彼女を青年にも見せる。相手をしっかり判断したいウェルベライトにかすかな気持ち悪さを感じさせる。
レイシがウェルベライトを指し、その手を追って赤髪の人物がウェルベライトを見る。ウェルベライトも家に近寄り、レイシの傍に立って改めてレイシの師匠を確認する。眼鏡をかけている彼、ないし彼女はなんとも胸の内を悟らせないような金の瞳をしていた。
「先に伺っておきたいんだが、貴女がこの森に住む魔女のフノボリか?」
ウェルベライトの警戒心を滲ませた問いに、レイシの師匠は微笑んで答える。
「いかにも。私が魔女、フノボリだよ。まあ、ここで話すよりも中で詳しく聞こうか。レイシ、早いけどおやつにしよう。騎士さんもよかったらどうぞ」
フノボリに促され家の中に入らせてもらう。
入ってすぐのリビングの入り口に扉はなく、カーテンで仕切られていた。リビングは入り口の近くにキッチンがあり、大きいテーブルと三脚の木の椅子がリビングの中央に置いてあった。壁の側には大小さまざまな棚が置かれており、食器棚だったり、鉱石だけが置かれた棚だったり、本棚、たくさんの引き出しが着いた棚もあった。
興味深げにリビングを見ていると、フノボリがどうぞと椅子を引いた。一言礼を口にして座る。
フノボリのお茶と茶菓子の準備をテーブルに運ぶという形でレイシも手伝う。テーブルに届かないレイシから茶菓子の乗った皿を受け取り、すべてを運び終え、レイシは子供用の椅子に、フノボリはその隣に、ウェルベライトと向き合う形で座った。
赤髪の魔女は全員のティーカップに紅茶を注ぎ、「さて、」と本題に入る。
「今までも私に密かに会いに来ようとした人はいたけど、本格的に部下に命じて私に接触してきた理由はなにかな」
「国王ユリオプス陛下からこの国にいる魔女へ人権を与えるために、現在噂程度ではあったがこの国にいると把握している魔女の貴女に現在の立ち位置……王国側なのか、それとも対立するのか。そもそも魔女という存在についての情報を聞きたいとの任で訪ねた次第だ」
「あ、名前。この騎士さんウェルベライトさん」
「なるほどね。ご足労どうも、ウェルベライト。まあまずは今の私の立ち位置から話すかな」
フノボリは一口紅茶を飲んで、手を組み答えた。
「私の立ち位置としては、王国側には立っていない。だからと言って全面的に獣人の味方というわけではない。獣人にも悪人はいるからね、それまで擁護するような聖人ではないよ。まあ、王国を転覆させようと思ってるわけでもないから、しいて言うなら中立かな」
「中立か。特に今後も王国側に敵対することはない?」
「どうだろうね。私の大事な娘に何か危害を加える場合は例外にはなるよ。魔女と言えど、私も人だから」
そういってフノボリはレイシを横目で見た。
「魔女については」
「うーん、私が知ってることをとりあえず伝えようか。六年前の紛争や二百年前の大きな戦争で多分魔女は恐ろしいものって認識が強いんじゃないかと思う。それは半分正解で、半分誤解……かな。魔女の大半は中立で、あとは善人悪人半々って感じだね。私が今まで会ってきた魔女の印象としての話。魔女はそんなに数が多くないらしいから多分あってると思う」
「らしい、とは?」
「先代、先々代は魔女同士の交流は狭く深くで、基本一般的な人間との交流が主だったんだ。それを見てきた私も似たような交友関係を築いているから、憶測でしか把握できてない。顔見知りはいるけど先々代から続いて同じコミュニティにいるから、深く込み入った事情は把握できてないよ。噂程度にみんながどんな立場にいるかって感じだね」
「なるほど」
「こんな感じだけど、どうかな。ご希望に応えられてる?」
「ああ、ありがとう。……もう一つ、聞いてもいいか」
「何かな?」
「……六年前の獣人との紛争について」
「ああ、それか」
フノボリが目を伏せる。そして一度瞼を閉じて、すっとウェルベライトを見据えた。
「それの、何が聞きたいのかな」
「俺は記録書でしか知らないが、あの紛争の時。貴女は獣人の味方をしていた。今現在、中立の立場にある貴女が、何故?」
魔女の容易く踏み込むことを許さない声と言葉に、騎士は臆することなく足を踏み入れる。好奇心ではなく、より魔女を理解するために。
魔女は語る。曰く、もともとフノボリはそんなに獣人と人間に区別は付けてなかったらしい。平等に人として見て、平等に自分とは違う種族の生き物だと思っていた。だから深入りしようとも思わなかった。けれど、紛争が過激化し始めたころ、彼女のもとに獣人の夫婦がやってきた。生まれて一ヵ月にも満たない獣人の赤子を抱えて。
「どうかこの子をお守りください。私たちにはなにもできないけれど、産まれたばかりの娘を死なせたくはないんです」と。
フノボリは赤子を育てたことはなく、急にそんなこと言われてもと断ろうとした。だけど押し付けられてしまう。走り去っていく夫婦の後ろ姿を呆れて眺めてたフノボリ。押し付けたこともそうだが、その夫婦は武器を持っていた。王国軍に抵抗するんだなと分かってしまったのだ。赤子をベッドに寝かせて、炎で赤くなる空にいやな気分になったから、箒で飛んで行った。
「前線で王国軍が獣人を切り伏せているところを目撃して、嫌だなぁって感じて、その中にさっきの夫婦を見て」
フノボリが言葉を切る。口角は上がっていた。
「クソったれって、頭にきたんだよね。自分に」
その言葉に、どれだけの後悔があるのだろう。魔女の組んでいた指に力が入る。
「それに進軍する兵士たちに、獣人がいかに醜悪かを言われて同調圧力を感じて嫌気がさしたところもある。あの夫婦が殺されてるのを見た時点で、私は獣人に肩入れしてしまったけどね。まぁ、だからと言って今もというわけではないけど。私は私の感じたようにやるだけだし、六年前の紛争時はたまたまきっかけがあって獣人に寄ったってだけだよ」
また穏やかな笑みに戻って、フノボリはそう締めくくった。隣のレイシが「師匠」と呼ぶ。慈しむ様にレイシに微笑みかけるフノボリは「大丈夫だよ」と返した。
話してわかる、フノボリの人柄。記録で知るよりも人間らしくて、大人のようでいて子供のような背伸びをした感覚で、自由で。
騎士は少し思案する。おそらくこのフノボリの存在は王国のあり方の鏡になる。王国がよくない方向に進めば、フノボリは獣人であるレイシに危険が及ぶと考え何かしら対応をするだろう。それを考えるとフノボリの存在を認知し、人権を与え王国に形だけでも引き込むのは『アリ』なんじゃなかろうか。
ウェルベライトは拳を作っていた手の力を密かに抜いた。そのまま、ずっと警戒して飲んでいなかった紅茶に手を付ける。紅茶はまだ温かかった。香りのいい紅茶が気持ちを解きほぐし、そうして彼が一口飲み終えるのをフノボリが楽しそうに見つめる。
「ちなみに、私は中立だと言ったけど警戒してないわけじゃないよ。君のお茶にまじないをかけさせてもらった」
その言葉に、ウェルベライトの全身が硬直した。先ほど飲んだ紅茶に目を移す。透き通ったオレンジがかった朱が、打って変わって毒々しい赤色に見えてしまう。そんな自分をやはり楽しそうに見るフノボリは大丈夫だよ、と補足を加えた。
「呪いではないから。ちょっと素直にお話ししてもらうためのものだよ」
「自白剤……か?」
「ああ、毒をまじないと言い換えてると思ったのかな。本当にまじないさ。味にも匂いにもかけさせてもらった。まあ、まじないがなくとも君は誠実に話してくれたけどね」
フノボリはふふふと笑い隣を見る。彼女はおいしそうにクッキーを食べるレイシの口元についた食べかすを取って頭を撫でる。照れくさそうに笑うレイシに、ウェルベライトは目を惹かれていた。人間にはない毛並みの柔らかさや、もっちりとした食べ物をほおばる頬肉。容姿に動物らしさを残して、仕草は人間らしさを出すところが愛らしい。
「可愛いだろう?」
「ああ、とても」
魔女の問いに無意識に頷いて答えていた。すぐに自分の口から出た言葉に気付き、ウェルベライトは口を押える。何を恥ずかしがることが、と開き直るのだが心のどこかで照れくささが現れる。
レイシは不思議そうに小首をかしげウェルベライトを見ていた。
「——以上が、今回調査した魔女フノボリの情報です」
魔女の家を後にし、王城へと戻ったあとウェルベライトは王の執務室へすぐに向かった。昼に任務を言い渡され、一時間ほどフノボリたちと話をし、帰ってきたころには夕方だった。
ユリオプスは注意深く話を聞き、しばし思案に耽った。王の次の言葉を待つ。
「ありがとう、ウェルベライト。今後、フノボリとの接触を任せることが増えるかと思う。その時はまたよろしく頼むよ」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
頭を下げ、執務室から出ようとするウェルベライトに「いま訓練場にフローライトたちが他の騎士といるから顔を出してくるといいよ」とユリオプスは声をかける。ウェルベライトはもう一度頭を下げ、部屋から出て行った。
王城の塀の中、騎士の宿舎と併合している騎士団本部と訓練場がある。王国軍とは別に結成された王直属の騎士団。国王から直接の任や王族の護衛任務を請け負うのが騎士団であり、その中でもまたいくつか役割が分けられている。
ウェルベライトはその中でも副団長という責任はありつつも色々と仕事を任せられる立場だ。元はウェルベライトの剣の腕や、周囲からの推薦も汲んで団長の父フローライトが自分の後継にと騎士団長に任命しようとした。しかしウェルベライト本人が自分には人を引っ張っていく実力や技量はないと断り、話し合いの末折衷案で副団長になったのである。
訓練場の広場に行くと、ハードレザーを着た、見回りの騎士以外の待機中の騎士たちが剣や体術の稽古をフローライトにつけてもらっていた。
「ウェルベライト副団長! お疲れ様です!」
一人がウェルベライトに気が付いて挨拶をする。それを呼び水に騎士たちが声をかけてくる。その中で、焦げ茶の髪をオールバックにし顎鬚を生やした屈強な男が近寄ってきた。フローライトである。
「おう帰ったか、ウェル。今日はもうここいらで鍛錬の方も終えるところだ」
「分かった。俺も部屋に戻って休むとするよ。団長は明日、なにか護衛とかの任はなかったよな?」
「ああ。俺に関して言えば、今日やり残した机仕事を片付けることになるだろな」
「ウェル!」
よく通る女性の声が耳に届いた。振り向くと鍛錬用の動きやすい服で近寄ってくる騎士が一人。茶色のくせっ毛を高い位置にまとめた気の強そうな女性、ウェルベライトの幼馴染のソレイユだ。
「おかえり、この後の予定は?」
「ただいま。ああ、大衆食堂とかで食事をとってから適当に休むつもりだ」
「なら一緒に夕食を食べないか? 久しぶりに一緒に飲もう」
ニカっと笑うソレイユに特に深く考えず「いいな、行こう」と返すウェルベライト。「私服に着替えてくるから、城門側で待ち合わせよう」と提案し、二人は一度別れる。それを見ていたフローライトがウェルベライトに声をかけた。
「ウェル、お前いい歳なんだから身を固めようとは思わないのか?」
「いや、とくには。父さんとしては孫を見たいんだろうけど、結婚とか恋愛は今のところ考えてない」
「……そうか」
難しそうな顔をするフローライト。そんなに結婚してほしいのかと思うが、そこまで人に好意までいく興味が湧かないため、正直難しいとウェルベライト自身思っている。一生を添い遂げる相手なら、人間より獣人とか……と考え、その瞬間に浮かぶ白うさぎの獣人、レイシの姿。
いや、それはどうなんだ。フノボリの話からするにまだ幼いだろうと考えを押しとどめるが、どこか胸が苦しくなるような、レイシに対する切なく熱っぽい感情もある。
フローライトに一言、先に戻ることを謝り自分の部屋への帰路につく。
何かを思わないでもない。でも話すのは団長であり父でもあるフローライトではない。それとなくソレイユに話してみるか、と思い直し、ウェルベライトは歩を進めた。
ソレイユと入った酒場は、店の提供する食事と酒の味に惚れこんでよく行く創作料理の飲み屋だった。明るい色のレンガ積みの壁に木の柱や木製の大看板は誰でも入りやすい雰囲気を醸し出している。個室もあるその飲み屋は騎士の中でも任務後に仲間内で飲みに来る場所だとあとから知った。
今日もまた、ウェルベライトとソレイユはすだれで区切った個室で向かい合って食事をとる。
「そういえばウェルはどう思う、魔女に人権を与える法律の話」
「……それ、本格的に進めるようになったのか?」
串焼きの肉を噛み抜きながらウェルベライトは聞き返す。ソレイユは「いや、まだ噂程度だ。でも気にはなるだろ」と答える。
「懸念することに越したことはないし。まあ制定されることはないとは思うけども」
切り分けた厚焼き玉子をつつくソレイユ。彼女の言い方は少し刺々しい。
「魔女って言ったら多分、六年前の紛争の魔女だろ? 獣人にとっては正義の味方だろうけど、私たち国の人間からすればあれは恐怖の対象でしかない。空飛んで魔法を使うやつ相手に、地上での戦闘に特化した人間が勝てるわけがなかった。あの時は一人に対し、圧倒的に数があった私たちが負けた。……殺されさえしなかったけど、苦い記憶だ」
「ソレイユ、主語が大きいと思う。正直な話ソレイユが魔女に対してよく思ってないということなんじゃないかと、俺は思うんだが」
ギチッ、とソレイユの動きが止まった。図星らしい。
ソレイユの考えがわからないでもない。彼女はもとは王国軍の兵士だった。六年前の紛争の前線に立っていた当事者だ。魔女の圧倒的力の差を見せつけられた人間でもある。
終戦したあと、一か月ほどソレイユは療養休暇を取った。それは魔女の殺意を浴びせられたことによる精神的トラウマが強いのだろうと医者は言っていた。ウェルベライトがお見舞いに行くこともあったが、気丈に振舞いつつその手は震えていたのを彼は覚えている。
「事実、警戒してる兵士たちはいる! 私だけの問題じゃないだろ……。お前は違うのか?」
ウェルベライトはエールを一口飲み下し、考える。
今日出会った魔女の姿、態度、考え方。
「俺は、あの魔女にも事情があったと思う。そこのすり合わせというか、話し合いでお互い理解しあえればいいなとは、考えるかな」
「なんだそれ。いやまあ、終戦のための国王との対話ができる時点で話し合いはできるんだろうけどさぁ……。ううん……」
ソレイユはひとしきり首をひねったあと、ぐいっとジョッキを煽り「分からねぇなぁ」と呟いた。
「それに比べれば、獣人は大人しいし比較的話が分かる相手だよ。……いや、そうも言えないか。あっちからすれば私たちは恐怖の対象だろうしな」
「獣人が大人しいからって胡坐はかいたらいけないな。俺たちが魔女の終戦を機に、獣人への接し方や見方が変わっても、獣人側からしたら何を言ってるんだってもんだからな」
「大義名分という国への免罪符を持ってても、やった過去は消えない。ハァー、過去の自分をぶん殴りたい」
「……なぁ、ソレイユ」
「ん?」
ウェルベライトの視線がツマミの並べられたテーブルに行く。いつもはあまり表情の変わらない彼が、なにやら思い悩んだような顔をしているのでソレイユも神妙な面持ちになる。
「獣人に感じる好意は、普通なら動物に対する愛玩の感情以外にはないよな。特に俺たちみたいに、獣人に一方的な攻撃をしてきた人間なら」
ウェルベライトの発言にソレイユの顔に憂いが帯びる。
「ウェルは違うだろ。紛争時に騎士団は関与してない。成人前から騎士見習いとして騎士団に入ってて、初めから騎士団にいたウェルは獣人になにもしてない」
「何もしてないってことは、助けもしなかったわけだ。……恨まれる対象としては、間違いでもない」
擁護したいソレイユの気持ちは分かる。ウェルベライトは静かに息を吐く。
幼馴染である二人は幼いころとある出来事で出会った獣人の二人組に助けられたことをきっかけに、騎士を目指したのだ。それに付け加え、ウェルベライトは物心持ったころから獣人に興味があった。人生を歩むうえで、そして騎士をやっていく上でウェルベライトには獣人の存在は欠かせないものだ。多少の公私混合はあれど、立場を利用して堂々と獣人を守れる身分なのだから。それを助けることすらできなかった、見ているだけでしかなかったことはつらいものだろうとソレイユは知っていることをウェルベライトは承知していた。
「ウェルが、獣人に動物に対するような愛情以外の好意を持ってても不思議には思わない。それに、獣人だって言葉や心がある。言葉を交わせる人種同士、気持ちの擦り合わせも伝えあいもできるだろ」
「それもそう、なんだが……。その子の親が、王国軍に殺されたと分かった上で王国の人間と仲良くしてくれるかが」
「まあ、それは相手によるだろうな。王城でも獣人が使用人として雇用されて、軍人や騎士、ほかの大臣たちとうまくやれてるところを見ると、割り切ってるやつらもいるんだなって思うし」
「相手次第……あとは俺の誠実さも重要か」
一人納得するウェルベライトを横目にソレイユはツマミでエールを飲みながらぼそりと、「私じゃ駄目なのか……」とひとりごちた。
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