七哀
創作曹植さんが主人公です。
苦手な方はお閉じになってください。
月の光に誘われて、ふらりと外へ出た。
(兄上は、今どうしていらっしゃるだろうか…)
父の死から少しして、自分だけこのような僻地にとばされてしまった。そう命令を出したのは、ほかでもない兄だったから当時の自分はひどく傷ついた。もしかしたらもう二度と、兄とまみえることはできないかもしれないと思い、直接兄に尋ねた。
すると兄は
「おまえを守るためだ…許せ、子建」
そう言って早々に自分を追い返した。
ほんの一年しか経っていないというのに、遥か遠くの洛陽が懐かしい。
兄の言葉を信じてずっと、名ばかりの太守の座に着いてきた。それが今夜はさやかな月明かりのせいだろうか、揺れてしまうほど心細く感じた。
「…誰かいるのか?」
押し殺したように泣く声が聞こえて私は誰何した。
「も…申し訳ありません。すぐに立ち去りますので…」
その婦人は細い肩を震わせて立ち上がった。私は帰してはならないような気がして、彼女を呼びとどめていた。
「よい。それよりも、なぜ泣いていらっしゃるのだ」
「わたくしは、この城に仕える女中で…夫が長い間旅に出ていて帰ってこないのを、今宵の美しい月に誘われ嘆いていたのです」
「月に…たしかに今宵の月は美しい。人の心の寂しさを、より一層際立たせる風情がある」
薄雲がかかり、ぼんやりとした光を放つ月を見上げる。そういえば最後に兄に会ったのもこんな月夜だったと思いだす。
「あなたも、どなたかを待っていらっしゃるのですか」
「ええ……決して届かぬもの知りながら、ただ恋うることしかできない人を」
会いたいと願う私の願いは、もう叶わぬかもしれない。兄帝への文を定期的に届けさせているが、それが手元に届いているか怪しい。よしんば届いていたとて、兄が私の嘆願を聞き入れてくれる可能性など皆無に等しい。
そもそもなぜ兄は、私を守るためだのと言ってこのような僻地の太守に私を任じたのか。一言私が邪魔だとおっしゃってくださったら、私は自ら消えることができたのに。あのように言われたら、期待してしまう。
「願わくは風となりて、君が懐に入らん…」
私が答えのでない物思いに沈んでいると、彼女は詠うように呟き、はっと私の意識を浮遊させる。
そうして私は次いで、自重気味に続きの詩を紡ぐ。
「……君が懐、真に開かずんば…妾、まさにいずれにか依るべし…」
「…恋うる君にも何か事情があるのでございましょう。わたくしはただ、この月に夫の無事を祈ることしかできませんが……」
夫を信じている、と彼女は微笑んだ。
七哀詩をよんでいたら思いついて書きました。