第8話 帰還
天夜とギルバードは、ヒュドラの理不尽な攻撃を躱わし続けながらも、わずかな隙を狙っていた。
そして──
ズパンッ!!!
「よしっ、1つ斬った! これで残りは──」
「下がれ、テンヤ!」
「っ!?」
天夜が首を切った瞬間、他の首から天夜目掛けて魔法が放たれる。
だが、間一髪のところでギルバードが助ける。
「ギル爺、ありがとう…。俺が切った瞬間を狙ったということは、誘われていたのか。
あのスピードにも対応されるなんて…。」
「テンヤ、あれを見るのじゃ。」
「っ……再生してる!?」
「やはり再生持ちじゃったか。あの再生速度から見るに、レアスキルの"超再生"じゃろう。
じゃが、再生系の魔物の倒し方はおおよそ決まっておる。どこかにある核を潰すか、再生が追いつかなくなるまで攻撃し続けるかじゃ。もう少し様子見をするしかないのう。」
「でも、あのデカい身体じゃ核がどこにあるのか分からないな…。
取り敢えず、首を2本同時に斬ってみるとか?」
「そうじゃのう、1つずつ試していくとするかの。」
ヒュドラと天夜、ギルバードの激戦は、なおも続いていた。
「くそっ、死角がない!」
「先程からさらに隙がなくなっておるの…。これは長期戦になりそうじゃ。」
「ギル爺、ここはもうスキル使っていいか?」
「……この先の事を考えて温存しておきたかったんじゃが、ここはもう出し惜しみするところではないのう。よし、"異次元"を使って良いぞ。」
「おし!」
天夜は目の前に、"異次元"で黒く丸い穴を作り出した。
ヒュドラがその穴に向けて、毒の魔法を放つ。
だが、魔法が黒い穴に触れた瞬間、まるで吸い込まれるように消えていった。
「やっぱこれ便利だけど反則級だよな…。」
「ほっほ、ほとんどの攻撃を防げてしまうからのう。」
天夜が作り出した黒い穴は、かつて修行の中で編み出した空間操作を応用したものだった。
──────
「ギル爺が持ってる"アイテムボックス"と、俺の"異次元"って違うのか?」
「そうじゃのう。"アイテムボックス"は異空間に物を保管しておくだけのスキルじゃが、"異次元"は自分が作り出した空間そのものを操れる。系統は同じじゃが、天と地ほどの差があるのう。」
「なら俺にしか出来ないことがたくさんあるのか。……動かせたり出来るのかな?」
「ほう?」
「"アイテムボックス"は物のサイズに関係なく吸い込まれるようにしまえるけど、穴に触れた部分のみ収容できるように設定して、それを動かせば…」
そう言って天夜は、試すように小さい穴を作り出す。それをどこからか取り出した岩に向けて、ゆっくりと移動させる。
「…ほぉ、岩に綺麗に穴が空いたのう。」
「ちょっと集中力いるけど出来た…。これならどんなに硬いものでも削れるよ。」
「物理防御が全く意味を持たなくなったのう…。
だが、魔法の盾や結界はどうする? しまうことは出来ないぞ?」
「んー……この空間は人が生きれるように設定してあるけど、この穴の移動先は全て消滅するようにするとか?」
「なるほど、それなら突破出来るのう。
触れたものの移動ならば、魔力の大小もどんな防御も関係ない…。とんでもないものを生み出したのう。」
「相手は躱すしか方法がないのか。でも、速度が少し遅いのがなぁ…。」
「ふむ、…それも武器に纏えるのではないかの?」
「あ、そうか! 必ず丸い穴である必要はないから、形を変えればいいのか。これを纏えたらもっとヤバいことになるんじゃ…。」
──────
「よし! ギル爺、早めに決めよう!」
「それは魔力の消費も激しいからのう。まずは、2本同時じゃ。テンヤ!」
「了解!」
天夜はギルバードの掛け声に合わせてヒュドラの首元にワープを作る。その中に入り一瞬で移動した天夜は、剣に"異次元"で作り出した空間を纏わせる。
剣がヒュドラの首に当たった時、何の抵抗もなくまるで首をすり抜けるように断ち切る。
ギルバードも同時に、ヒュドラの隙を付き首を1本斬った。
「グオオォォォ!!!!」
「…少し再生が遅い!」
「やはりか。よし、首を20本同時に斬る。ここからは全力じゃ!
テンヤ、スキルがあるおぬしには、12本頼んでいいかの?」
「分かった!」
そこから戦況は激化していった。
2本の首を斬られ怒ったヒュドラは、さらに魔力を放出させ暴れ回る。
しかし、"加速"とワープを駆使する天夜は、ヒュドラの猛攻をまるで舞うように回避していく。
一方のギルバードは、毒の攻撃のみ避け、それ以外の攻撃は全て斬り伏せ、捌いていった。
そしてついに──
ズパァァァン!!!
「よっしゃ! 全部斬った!」
「ふぅ……テンヤ、一旦離れるのじゃ。」
2人はヒュドラの隙を付き、ギルバードは8本の首を、天夜は"異次元"で作り出した手に剣を持たせ、12本の首を同時に斬った。
ズドォォン!!
全ての首を斬られたヒュドラは倒れ、身体が崩壊していった。
「…これで終わりか。」
「それにしても危なかったのう。1人だったら20本斬れるか不安じゃったわい。」
「ギル爺ならやりそうだなぁ。」
「ホッホ、どうかのう。」
ふと、天夜が奥を見る。
「ん? あの奥行けるみたいだ。」
天夜とギルバードは、ヒュドラがいた場所のさらに奥の道に進んでいった。
「お、宝箱だ!」
「どうやら、ダンジョンもこれで終わりのようじゃの。…ここまで長かったのう。」
「90階層までか、100は無かったんだな。
俺のスキルもあって、体感だと10年近くここに居たからなぁ。実際は2ヶ月くらいか。」
「テンヤが居て助かったわい。よし、まずは宝箱を開けようかの。」
「何が出るかなぁ! 出来れば全種類の武器揃えたいな。」
ワクワクとした面持ちで宝箱を開くと、中には複数の武器が入っていた。
「お、刀だ! 後は斧と槍と棍かな?」
「これまた良いのが出てきたのう。ほれ、鑑定してみい。」
「よし。…おお! 全て王クラスの武器だ!」
「ホッホ、ここまでのダンジョンとなると、クリア報酬も中々じゃのう。わしはもう武器は揃っておるからテンヤが持っておくと良い。」
「良いのか! 今までは修行で使っていたやつだったから、そろそろ替えたいと思ってたんだよなぁ。」
「武器は人から譲ってもらうのも良いが、自分で見つけた方が愛着も湧きやすい。
テンヤにも修行で渡したやつ以外は、自分で見つけろと言っておったしのう。」
「これで大体の武器も揃ってきたな。ありがとう、ギル爺!」
「うむ。そしたら、そろそろここを出ようかのう。」
「やっとか、……ようやくみんなに会える。」
「わしもそろそろ顔を出さんと、死んだと思われておるじゃろうからのう。」
「よし! 行くか!」
そう言って2人は帰還用の魔法陣に立ち、魔法が発動され光に包まれた。
光が収まると、魔法陣の上には誰もおらず、2人はダンジョンの入り口へと移動していた。
「やっと…帰ってきたなぁ。ここの景色も、なんか懐かしい。」
「そうじゃのう、まずはテンヤの友達に会いに行こうかの。」
「よし…ん、これは?」
───────
一方その頃
天夜がダンジョンで行方不明になってから2ヶ月後、天夜以外のクラスはダンジョンの20階層に居た。
「おい! お前ら、今日は終わりだ! 早く城に戻るぞ!」
「でも、まだ天くんが!」
「そうだ! まだ私たちは行ける!」
「…お前らはそうでも他の奴らはついていけん。確かにお前らは前に比べて遥かに強くなったが、それでもまだまだだ。
何より、あいつを探しにいくお前らに何かあっては元も子もない。焦る気持ちも分かるが、今日はもうおしまいだ。」
「…はい。」
「さぁ、早く戻るぞ。」
5人は、毎日普通の人では耐えられないような訓練をしてダンジョンに潜っていた。
それでも天夜を見つけられない焦りからか、時間が経つにつれ段々と生気が薄れていった。
「天夜…どこにいるんだ…。」
「絶対にまだ、どこかで生きてるはずだ。」
「そうだね、…早く天夜を見つけなきゃね。」
「えぇ。……っ!?」
「これは!?」
突然、地鳴りと共に近くの壁が崩れていく。
土煙の向こうから、1体の牛のような魔物が現れた。天夜が落ちた時に出会った魔物に姿は似ているが、一回り以上小さい。
それでも、今のクラスメイトたちでは圧倒的に力の差がある魔物だった。
その近くには、優奈達5人そして"勇者"である薫がいた。
「グモオオオォォォォ!!!」
「お前ら! 早く逃げろ!」
「ふん、勇者である僕がこんな雑魚に負けるか!」
薫は自身たっぷりに剣を抜き、魔物へと飛びかかった。
「ここでこいつを倒せば、3人は僕に振り向くはずだ! もういなくなったあいつなんかより僕の方が…! くらえ!」
ガッ!!
しかし、その一撃はあまりに無力だった。
魔物は微動だにせず、次の瞬間──
ドゴォッ!!!
手に持っていた重たい棍棒を振りかぶり、薫の身体を吹き飛ばす。
壁に叩きつけられた薫は意識を失い、地面に崩れ落ちた。
しかし、魔物は薫を見向きもせず優奈たちの方へ視線を向け、近づいていく。
「あぁ…! 魔物が…!」
「優奈! 逃げろ!」
「くそ! 間に合わん!」
魔物が腰を抜かして倒れている優奈に、棍棒を振りかぶろうとした。
(天くん…また、会いたいよ。
…あの時救ってくれた時から、今度は私がって思ってたのに…あぁ……。)
優奈の脳裏に、幼い日の記憶が蘇る。
─────
「ここで何してるんだ?」
夕暮れの公園。
小さなブランコにぽつんと座っていた少女に、天夜が話しかける。
「……別に、仲間外れにされただけ。」
「そっか、俺と同じだな。」
「あなたもなの?」
「あぁ、猫を虐めてたやつを注意したら、仲間外れにされた。でも、後悔はしてない!」
「…どうして? 1人は寂しくないの?」
「それより、虐めてる奴と一緒にいる方が嫌だ。」
「ふーん、…強いんだね。」
「そうか?」
「うん…。」
「なぁ、名前はなんて言うんだ? 俺は天夜!」
「…なんで?」
「一緒に遊ぼう!」
「……いいの? 私、1人だけど…。」
「もちろん! 仲間外れにされた同士仲良くしようよ!」
「…ふふっ、いいよ。私は優奈!」
「優奈か、よろしく! さっそく遊ぼうぜ! 俺ブランコでスーパーマンになりたかったんだ!」
「うん! …いや、それは危ないよ!」
その日から、2人は毎日のように遊んだ。
「見ろよこれ! でっけぇザリガニ!」
「天くん、川に落ちないでね!」
「いてっ、挟まれた!」
「次は、当たるかなぁ。」
「天くんだけずっとお菓子の当たり出ないね。…あ、また当たった!」
「何! 優奈だけズルいなぁ。」
「…これ、あげる。」
「え、いいのか! ありがとう! 交換してくる!」
「ふふっ。」
「うわ、これすっごい長い石だなぁ。」
「…なんか臭くない?」
「え? あ、これうんこだ! 触っちゃった!」
「もう! 早く洗いに行くよ!」
そしてある日──
「おい、お前! あいつと遊んでる奴だろ?」
「…だから何?」
「今すぐ、あいつと遊ぶのをやめろ! 俺たちは、あいつをずっと仲間外れにするんだ!」
「別に、誰と遊ぼうと関係ないでしょ。」
「なにっ!? 口答えするな! 言うこと聞かないなら、こうしてやる!」
「きゃっ!? ちょっとやめてよ!」
「うるせぇ!」
1人の少年が、優奈に向かって暴力を振ろうとする。
(うぅ…天くん……)
──────
「助けて…」
その時、1人の男が目の前に現れる。
優奈の目には、幼い時に助けてくれたあの時の姿と成長した幼馴染の姿が重なって見えた。
「「任せろ!」」