第5話 絶望の底で
しばらく歩いた後、再びゴブリンが現れる。
次は、集団で約10体いた。
「お、ゴブリンがいたぞ。まだお前らは戦術とか分からないだろう。みんなでやると逆に危ない、まずは武術系のスキルを持っているやつから行け。」
ガイルの指示に従い、俺と涼、凛を含めた武術系スキルを持っているやつが前へ出る。
しかし、大半の生徒は足がすくみ、動くことすら出来なかった。
だが、俺は不思議と怖いとは思わなかった。
みんなより前へ出て、剣を構えてゴブリンの方へと行く。
さっきガイルが見せてくれたように"加速"を使い、一番前のゴブリンまで間合いを詰める。
首を狙って斬りつけた…が攻撃が浅い。ゴブリンは死なずに反撃し、俺を斬ろうとする。
俺はそれを慌てて剣で受ける。その瞬間、横から別のゴブリンが飛び出して俺に斬りかかってくる。
剣をギリギリで回避し、後方に飛ぶ。
(どうする…!?)
混乱の中、冷静さを欠きどうすれば良いか悩む。
「天夜! 落ち着け! いつものお前ならできる!」
その時、ガイルが俺に向かって大声で叫ぶ。
その一言で俺は落ち着いて冷静になり、思考を"加速"させる。
すると、相手の動きがゆっくりになったように見える。
全身に"加速"を巡らせ、再び前へ。
最初に攻撃したゴブリンに向かって踏み込み、また首を狙う。今度は完全に首を斬り落とすまではいかなかったが、深くまで斬り込みゴブリンは反応もできずにそのまま倒れる。
もう一方のゴブリンは驚き一瞬固まるが、すぐに持っていた剣を振りかぶる。
だが、"加速"を使った状態の俺には、それはものすごく遅く見えた。
剣を軽々と躱し、ガラ空きだった首を斬る。ゴブリンはそのまま倒れた。
初めての戦闘で少し慌ててしまったが、なんとか倒すことはできた。
怖くなかった、とは思わない。しかし、意外なほど殺すことには抵抗はあまりなかった。
それが良いことなのかどうかは分からない…。
俺につられるように、みんなはゴブリンに向かって攻撃を始める。そして数分後、全てのゴブリンが倒された。
「最初にしてはみんないい動きができていたと思うぞ。
だが、まだ緊張してるな? 気を緩めろとは言わないが、緊張のしすぎも良くない。
そして、恐怖を捨てろ。殺すことに慣れろ。戦場で恐れた奴は真っ先に死ぬ。
そのことを忘れないようにしろ。んじゃ、このまま続けるぞ。」
戦闘が終わった後、5人が俺の元へ駆け寄ってきた。
「おい天夜、最初突っ込んでいった時はヒヤヒヤしたぞ!」
「そうだ! 何を考えているんだ!」
慌てた様子で、涼と凛が言う。
「いや怖くなかったし、誰も行かなかったからさ…じゃあ、俺がって思って…。」
「それでも1人で行くなんてことしないで! すごく心配したんだからね!」
「あぁ、悪かったって。」
「天夜くん。もう無茶しちゃダメですよ?」
「おう、分かった。」
一方その頃
「こんなのが魔物か、いいだろう。この僕が倒してやろう!」
薫はゴブリンに向かって剣を振りかぶる。
ユニークスキル"勇者"は、全ての能力が本来の力から常に2倍されるという、規格外のスキルだ。
ただ力を込めて振りかぶっただけの攻撃でも、威力は出る。
案の定、ゴブリンも攻撃を剣で受けようとしたが、剣が耐えきれず砕けてそのまま斬られる。傷は浅く致命症にはならなかったが、薫がさらにもう一度斬る。
そして、ゴブリンは息を根を止めた。
「フン、やっぱり僕にかかればこんなのは雑魚だったね。どうだい? 優奈、凛、葵。僕の素晴らしい動きを見てくれたかい?」
しかし、振り返った先に彼女たちはいなかった。
優奈たちは、いつもの天夜たちの輪の中におり、こちらには全くの無関心だった。
「…くそっ! 何でいつもあいつばかりなんだ!
僕の方が優れているのに何で見向きもしない!
どうすればいいんだ…!?」
訓練のことなど、薫の脳裏からは消えていた。
頭の中を占めていたのは、どうすれば彼女たちを振り向かせられるか、その一点のみだった
──────
「よし、問題なく5階層まで来れたな。最初にしては中々良かったと思うぞ。
今日の訓練はここまでだ。少し休憩してから帰るぞ。」
ガイルの声に、全体が安堵の息をついた。
目標だった5階層まで行くことができ、死者や怪我人もなしで訓練を終えることができた。
クラスのみんなは緊張を解き、休憩することだけを考えていた。
「ふぅ、…ようやく終わりか。なんか、長く感じたな。」
「ずっと緊張してる状態だったもんね。」
「そういえば、天くんは何でもう1つのユニークスキル使わなかったの?」
優奈が俺に問いかける。
「ああ、さすがにこの人数だったら邪魔かなって思って。」
「じゃあ、"異空間"は1人で戦う時用ってことですか?」
「少ない人数なら大丈夫だと思うぞ? この6人くらいなら平気だな。」
その時、涼が何かを見つけたように指を指す。
「ん? あそこ何やってんだ?」
視線の先には、薫とガイルが言い争っていた。
「おい薫! 何をやっている、もう訓練は終わったんだ! 勝手な行動はやめろ!」
「うるさい! 僕に指図するな! 僕は勇者なんだぞ!」
ガイルが制止するも、薫は聞く耳を持たない。
「そっちは行くな! クソッ、聞いてねえか…。おい!」
ガイルさんは騎士を呼んだ。
「はっ!」
「俺はあの馬鹿を連れ戻してくる。それまでこいつらを頼んだぞ。」
「分かりました!」
今俺たちが休憩している場所は、4階層から降りてきた階段がすぐ近くにある所だ。
広さは普通の体育館程度。薫は階段とは逆側にある通路を目指して歩いて、ガイルはそれを追っていた。
「くそっ、どいつもこいつもむかつく奴ばかりだ!
今日はまだあの3人に、いいところを見せれてない! このまま帰れるか!
かっこいいところを見せて、絶対にあの3人を僕のものにするんだ!」
苛立ちのまま歩く薫の視界に、床の一部だけが異なる色をしたタイルが映る。
「何だこれは!? …そうか、魔物のトラップか!
これを踏めば、魔物が出てくるんだな!
よし、出てきた魔物を全部倒せばきっとあの3人だって、僕の方に来るはずだ!」
勝手な憶測が、彼の興奮をさらに煽る。
「なっ!? それを踏むな!!」
ガイルの声が届くよりも早く、薫は足を踏み入れてしまった。
「よし、来い魔物! 僕が全部倒してやる!
……っ!? な、何だこの揺れは!?」
突然、地響きのような音が鳴り、床全体が地震のように揺れ始めた。
「…ッ! クソ、やばい…!」
即座に階段にいるみんなに向けて、叫ぶ。
「全員、今すぐ階段を上がれ!! お前もだ!」
「嫌だ! 僕は、まだ魔物を…!」
「黙れ!!」
怒声と共に、薫の腹部に拳を叩き込み、意識を刈り取った。気絶した薫を抱え、4階層へと駆け上がる。
その後、彼はすぐさま俺たちの援護に戻ってきた。
俺たち6人は、運悪くクラスの中で階段から最も遠い場所にいた。
「おい! 速く行くぞ!」
「やばい、上から何か降ってくる!」
「前に飛べ!」
頭上から、巨大な岩の塊が音を立てて落ちて来る。それを避けるため、6人は前方へジャンプする。
しかし、岩が床に衝突し、爆発するような衝撃と共に床が砕けた。
避けきったはずの俺たちの足元ごと、床は崩壊し6人全員が、奈落の闇へと落下していく。
「きゃあああああ!!」
「お前らぁあああ!!!」
ガイルの絶叫が、崩れ落ちる音にかき消されながら届いてくる。
俺たちは真っ逆さまに、深淵へと落ちていった。
(くそっ! こっから助かる方法は!? そうだ!あれ使えば! 俺を除いて5人、"異空間"で出せる手も最高で5本!
その後は、少しだけ異空間が使えなくなるが、こいつらを助けることができる! …よし!)
「お前ら、しっかり受け取ってもらえよ!」
「っ!? 天夜!?」
「何をっ!?」
俺は他の5人の落下軌道の下に異空間の穴を出現させ、そこから5本の黒い手を出す。
それぞれを身体を受け止め、勢いよく上へと投げ飛ばす。
「ガイルさあああぁぁぁん!!!」
俺は全力で叫び、ガイルに希望を託す。
「…っ!? クソッ! おい、手伝え!」
ガイルは俺が呼んだ意味をすぐに理解し、一瞬顔をしかめるがすぐに騎士に指示を出す。
放り出された5人をキャッチして、階段へ走る。
「天夜あああああぁぁぁぁ!!!」
「いやっ! 離してっ! 天くんがっ!!」
「うるせえ! 早く行くぞ!」
「いやあああああああああ!!!!」
優奈たちの悲鳴を背に、ガイルは歯を食いしばりながらも、4階層へ上がっていった。
その後、天夜を除いた5人は4階層に無事辿り着いた。
「うぅ……天くんが…天くんが…!」
「…くそっ、何であいつは…!」
「そんなっ! そんな…嘘ですよねっ!?」
「…おい、早くここを出るぞ。」
ガイルが低い声で告げる
「でも! まだ天夜が戻って来てないだろう!」
「それよりも! ……みんなの安全が優先だ。」
「なんで!? 嫌だよ、早く天くんを助けに行かないと…!」
「無理だ。あそこの下は6階層ではなく、もっと下だった。
…もしかしたらまだ人類が到達していない階層かもしれん。そんな場所に、今俺たちが向かったって…全滅するだけだ。
…分かってくれ、今は撤退するしかない。」
その言葉に誰も反論できなかった。
ダンジョンを出た後のクラスは、沈黙に包まれていた。
優奈たち5人の表情は、まるで心の一部が砕けたような顔をしていた。
───────
「死ぬかな、俺……。」
底の見えない落下の中で、そんなことを考えていた。
(俺が死んだら…みんなどう思うんだろ……。)
涼、一樹、優奈、凛、葵。
5人の顔が、脳裏に浮かぶ。出会った時や遊んだ時の記憶が、無意識に再生される。
(…ははっ。やっぱり、まだ死にたくねえや。
…あいつらがいるしな。さて、どうするか…。)
頭の中にまず浮かんだのは、魔法だ。
この世界は地球と違い、魔法がある。風とかで浮けないか、と思ったがまずそんな魔法は持っていない。
俺が持っているのは、ユニークスキルである"加速"と"異空間"だけだ。
(やっぱ可能性があるとしたら"異空間"か。
何か出来ないか? …そうだ!)
考えたのは"異空間"でワープを作ることだ。
俺の下に異空間の入り口を作り、その横に出口を作る。
出口を上向きにすれば、上に放り出されるように今までの勢いが消えて、上手く着地出来るようになる可能性がある。
しかし、ここで問題が発生する。
どれだけ強く"異空間"でワープをイメージしても、穴が出てこない。
(クソッ! 何で出来ない!?)
かつて、ガイルさんが言っていた言葉を思い出す。
ーー「スキルってのは、"熟練度"によって扱える内容が全然変わって来る。
スキルの進化とは少し違うが、できることが大幅に増えるぞ。」
(何でこんな時に! まだ足りないのか!?)
だんだんと、地面が迫っていく。
だが、それでも諦めきれない。
(まだ、死にたくねえ!
もっと…! もっとあいつらといたい!
あいつらと笑って、泣いて、怒られて、遊んで、一緒に戦って……!
あいつらに、生きて会いたい!!!)
『ユニークスキル《異空間》が皇帝スキル《異次元》に進化しました。』