第4話 ダンジョン
「こんな雑魚の男共より、勇者である僕と一緒に訓練しないかい?」
薫が優奈と凛、葵に話しかけてきた。
「はぁ、またお前か。今私たちだけで訓練しているんだ。邪魔しないでもらえるか?」
凛があからさまに呆れた声で言う。
「僕は勇者なんだぞ? そこらの雑魚共より、圧倒的に優れているんだ。しかも、君たちは僕と似たようなスキルだったよね? だったら僕と訓練した方がいいじゃないか。」
「嫌です。あなたとは訓練したくありません。私たちはこの6人で訓練するんです。分かったら、早くどっか行ってください。」
葵の冷淡な拒絶に、薫の顔が歪む。
「何でだっ!? くそっ、何でこうもうまくいかない! やはりお前らがいるからいけないんだな! お前らがこの3人を脅しているから僕の方に来ないんだ! そうに決まっている!」
理不尽な怒りをこちらに向けてきた薫に、俺たち3人は目を合わせる。
「…何でそうなる?」
「やっぱりお前たちがこの3人を脅して離れさせないようにしているんだろ! 最低なクズ共め! 雑魚のくせに調子に乗るなよ! 僕が成敗してやる!」
「え、これどうすればいいの?」
「とりあえず乗ってみる?」
「バカ、もっと面倒なことになるぞ。」
と、俺たちが対応に困っていると──
「おい、早く消えろ。」
凛が鋭い声で言う。
「え? 凛、何言って─」
「次、この3人のこと馬鹿にしたら許さない。」
薫が怯んだ。
「こいつらは、私の大切な友達だ。その友達が馬鹿にされてて黙っていられるわけない。」
「…何を言いたいんだい?」
「たとえ私のことを何と言われようが、そんなことはどうでもいい。だが、私の友達対して何か傷つくような言葉を発する奴に、私は容赦しないぞ。分かったら、早く消えろ。」
凛の静かな怒気に、薫は何も言えず、そのまま踵を返して立ち去った。
「「「かっこよ。」」」
その様子を見た俺と涼、一樹は自然と口を揃えて言った。
「なっ!?」
「今の、かっこよすぎでしょ。」
「もう一回言って。頼む。マジで。あ、できれば耳元でお願いします。」
「う、うるさいっ! あ、あれは違うんだ!」
「へぇー違うんだ、残念だなぁ。」
「ち、違わ…ないけど!! もういいだろ! 早く訓練に戻るぞ!」
その後も、しばらく凛をいじるのは続いた。
改めて訓練に戻って、俺は"加速"を発動させようとする。
すると、頭の中にスキルの情報がなんとなく流れ込んできた。
「…これは完全に補助系のスキルだな。全動作のスピードが加速されて足が速くなったり、速く腕を振れたり、後は頭の回転が速くなることもできるみたい。"武芸の才"と結構相性いいかも。」
「そうだね。腕が速く振れたり頭の回転が速くなるのは、接近戦では有利になるよね。」
一樹が頷きながら言う。
「でも、どんぐらい速くなるんだろ。ちょっと走ってみっかな。」
「じゃあ最初は普通に走ってから、その後にスキルを使って走ってみてよ。」
「おっけ。」
優奈の提案通りまずは普通に走る。
それから"加速"を使って走ると──
「うおっ!!」
身体が爆発するように加速した。
一瞬で訓練場の端まで駆け抜け、100m先にあった壁に激突しそうになる。
その場にいた5人は、俺のあまりの速度に呆気に取られた。俺の姿が目の前から消えたことに気づいたのは、ほんの数秒後だった。
「ハッ! 天くん大丈夫!?」
いち早く異変に気付いた優奈が、真っ先に駆け寄ってくる。その後を追い、他の4人も集まった。
「大丈夫だ、最初だからびっくりしただけだ。」
「おい! なんだよ今の速さ!?」
「目で追うのでも精一杯だったぞ…。」
「それが"加速"を使ったときの速さか、すごいね。」
「もうちょい走ってくる、…なんかコツが掴めるかも。」
そう言って、俺は再び訓練場を駆け回る。訓練場にいたみんなが固まったように俺を見ていたが、気にもせず全力で走っていく。
風を切る音が気持ちいい。身体が空気を裂いていく。まるで俺自身が風になったみたいだ。
いつまでも、どこまでも、走っていけそうな気がする。
「ハァ……やばい……ハァ、…ハァ、……走りすぎた……ハァ、…ハァ……。」
30分後、俺は訓練場で大の字になって倒れ込んでいた。
「はぁ…全く、何をやっているんだ。」
「だって……ハァ…いつまでも…走れる気が……したから…。」
「小学生か、お前は。」
凛のツッコミが耳に心地よい。
こうして、今日の訓練はこれで終わった。
俺が自分のベットに戻ってから、倒れるように寝たのは言うまでもない。
それからの日々は、ひたすら訓練の繰り返しだった。
午前は武術系と魔法系に分かれた基礎訓練。午後は自由訓練。
休みなどは存在しない、ただ鍛え続ける毎日が続いた。
───────
1ヶ月後
ある程度みんなが成長したきたところで、今日からダンジョンに入るそうだ。
ダンジョンというのは大昔から自然にできた魔物の洞窟と言われている。ダンジョンは世界に何ヶ所かあり、ドミナ帝国にあるダンジョンは世界最大で100階層あるのではないかとされている。
しかし、到達した記録があるのは50階層まで。
下に行けば行くほど魔物が強くなっていき、最下層近くは魔王ですら近づかないほどの存在がいると噂されているが、実際のところは不明だ。
訓練を積んだ全員、1ヶ月前とは見間違えるほど成長した。
ちなみに、俺の今のステータスはこんな感じだ。
─────
名前:竜神 天夜
年齢:15
種族:人族
スキル:魔力操作・魔力感知・魔力視・気配感知・体術・格闘術・剣術・短剣術・大剣術・刀術・槍術・弓術・斧術・鎌術・棒術・槌術・棍術・盾術
レアスキル:魔纏・怪力・瞬足・武芸の才
ユニークスキル:異空間・加速
─────
まず魔力量が大幅に増えた。
魔力量を増やすには、魔力を使い続け、回復した時に個人差はあるが自然と増えていく。
そして、新たに"気配感知"というスキルを獲得した。これは武術系において重要なスキルだ。
最初は気配を感じる程度のことしかできないが、慣れれば相手がどこに攻撃してくるか分かるようになる。
さらに、元々持っていた"腕力強化"と"脚力強化"のスキルはレアスキル"怪力"と"瞬足"に進化。
ちなみに、まだレアスキル"武術"の進化には至っていない。
俺自身も、1ヶ月前よりかは強くなったと思う。しかし、不安は尽きない。
初めての実戦で魔物がどういうのか分からないし、全くもって何が起こるか分からない。
最悪、誰かが死ぬかもしれない…。
「今からダンジョンに入る、今日行くのは5階層までだが決して油断するなよ。
ダンジョンというのは、何が起こっても不思議ではない。自分が少し強くなったからといっても調子に乗るな。そういう奴が真っ先に死ぬ、肝に銘じておけ。」
ガイルの一言で全員に緊張が走る。
今回の付き添いはガイルに加えて、帝国の騎士が10人。
俺たちは6人は、いつものように固まって動くことにした。その方がコミュニケーションも取りやすく、安全だと思ったからだ。
いざ出発しようとした時、またあの男が現れる。
「やあ優奈、凛、葵。怖いのかい? 大丈夫だよ、なんたって勇者であるこの僕がいるからね。僕が君たちを守ってあげるよ。だからこっちにおいで?」
薫は、また懲りずに3人に話しかけてくる。
この1ヶ月、自由訓練のたびに2日に1回くらいのペースで3人に話しかけていた。
優奈たちはずっと無視していたが、それでも諦めずにいた。
「いい加減しつこいですよ、誰もあなたとは居たくありません。」
呆れた声で葵が言う。
「何故だい? 僕は勇者だからこの中で1番強い。その僕に守ってもらえるなんて、光栄なことじゃないか。」
「全然そう思いません。それに、強さだったら天くんたちの方が上です。ね、天くん?」
「ん? どした?」
「ハッ、そんなわけないだろう! こんな雑魚に僕が負けるなんて」
その瞬間、凛の鋭い視線が薫に突き刺さる。
「っ……! くそっ、もういい! 後で後悔しても知らないからな!」
薫はそう言って立ち去る。
今の凛の立ち位置はまさに番犬だ。薫が俺たちに対して何か言いそうになるたび、睨みつけて追い出す。そのおかげか、しつこく絡まれることも減っていった。
こうして、ダンジョンでの訓練が始まっていった。
ダンジョンの中をしばらく歩いていると、ガイルさんが急に立ち止まった。
「止まれ、魔物の気配がする。全員、周囲を警戒しろ!」
ガイルさんがそう言った後、みんなは周囲を見渡すが何も見えない。
だが、俺は前方に何かいるのを感じた。恐らくこれが"気配察知"のスキルの効果だろう。
相手が姿は見えないが気配は感じる。そう思っていると、その方向から何かが姿を現す。
「ゴブリンか…。いいか、これが魔物というやつだ! そしてこいつらはゴブリンという!
お前たちはこれからこういうやつと戦っていくわけだ! ゴブリンは弱い! だが、決して油断するな! 今は数は少ないがこいつらは主に集団で行動している! 単体では弱いが集団になると厄介になる!
まずは俺が手本を見せる! よく見とけ!」
そう言うと、ガイルさんは3体いるゴブリンに突っ込んでいった。
普通とは思えないスピードで走っていき、そのまま前方の1体に接近し、剣を一閃。
ゴブリンの首が宙を舞う。
残った2体のゴブリンは焦った反応を見せたが、すぐにガイルさんを攻撃してきた。
2体とも剣を構え、左右から同時に攻撃する。
しかし、ガイルさんは左からの攻撃を避けるために右に移動し、右からの攻撃を剣で受け流しながらそのまま首を斬る。
さらに、最後の1体の前に素早く移動し、相手が反応する前に首を斬った。
その光景にクラス全員が言葉を失う。
手本と言っていたが誰にもできる気がしない。
あの初速は俺の"加速"を使った時より速い。
そして首を斬り落としたり、正確に相手の攻撃を受け流す剣の腕は半端じゃない。剣を使っている俺や凛なら分かるが、攻撃を受け流しながら首を斬るなんてことできるわけない。
ガイルさんの圧倒的な強さを、嫌でも思い知る。
「ふぅ…。とまぁ、こんな感じだ。
魔物の弱点は、基本は動物や人間と変わりない。首を落としたり、心臓を撃ち抜いたり、血が大量に流れれば死ぬ。
だが、たまに例外もいるから気を付けろ。よし、じゃあ次はお前らの番だ。」
クラスのみんなは呆然としながらも、訓練は続いた。
一方、俺と凛は小声で話していた。
「なあ、凛。」
「ん? なんだ?」
「さっきのできるか?」
「ガイルさんのか? 無理に決まってるだろう。でも、天夜はできそうじゃないか? "加速"ならあのスピードを出せるんじゃ?」
「いや、それ使っても追いつけないよ。しかも、あの人そんなユニークスキル持ってないだろ?」
「確かに、ユニークスキルは持ってないって言っていた筈だ。」
「…それなのにあのスピードってやばくね?」
「やばいな。」
「…俺と被ってね?」
「……そっちかい。」