第3話 訓練開始
翌朝
「天夜、涼。おはよう。」
一樹が軽く手を振りながら近づいてきた。
「おう、おはよう。」
「おはよー…。」
俺はあくび混じりに挨拶を返す。
「なんだか天夜は眠そうだね?」
「んー、なんだかあんまり寝付けなくてなぁ。お前らは寝れたの?」
「僕は普通に寝れたよ。」
「なんかぐっすりだったな。ベッドとか素材が良さそうだったしな。」
と涼が笑って答える。
「そっか…。」
「無理すんなよ。取り敢えずメシ行くか。」
「そだね。」
その後、俺たちは優奈たちとも合流して朝食を済ませ、訓練所へと向かった。
そこにはすでに、他のクラスメイトたちも集まっていた。
「みんなよく集まってくれたな。」
低く通る声が場を支配する。前に出てきたのは、大柄で剣を腰に携えている男だった。
「俺の名はガイル、この国で騎士団長を務めている。これからお前たちに戦いの基礎を叩き込む。」
「私はルカと申します。魔術師長をやらせていただいています。魔法関連は、主に私が担当しますね。」
そう言って笑ったのは、小柄でローブを纏い、長い杖を持った女性だった。
「さて、これからの訓練について説明する」
ガイルが一歩前に出て話を続けた。
「まず全員、戦闘の基本とも呼べるスキルを獲得してもらう。その後に武術系のスキルを持っている者と魔法系のスキルを持っている者に分かれて訓練をする。
加えて、自分に合った戦闘スタイルを模索する時間も設ける予定だ。ユニークスキルを持っている人はここでの訓練が特に重要になる。
…それでは早速訓練を始めるぞ!」
そう宣言した瞬間、訓練所の空気がピリッと引き締まった。
いよいよ、俺たちの異世界での戦いが始まる。
「最初みなさんに覚えてもらうスキルは、4つあります。」
ローブ姿のルカが、静かに言葉を紡ぐ。
「魔力操作、魔力感知、魔力視、そして魔力付与です。この4つは、戦闘において最も基本であり、最も重要なスキルです。
そして幸いなことに、これらは比較的習得しやすい部類でもあります。まずは"魔力感知"から教えていきますね。」
それからルカとガイルは、俺たちに魔力感知の方法を説明してくれた。
魔力感知とは、自分の内側にある魔力を感知するスキルだという。
このスキルがなければ他の3つは獲得できないそうだ。そしてある程度鍛えれば、周囲の魔力も感知できるようになるという。
「方法はとても簡単です。ただ、静かに集中して、自分の身体の内側に意識を向ける。それだけです」
ルカの指示通り、俺は目を閉じて深く呼吸を整え、身体の内に意識を向けていく。
すると体の奥底から、何か温かい力が湧き上がってくるような感覚がした。
さらに集中を深めると、筋肉や骨とはまるで違う、何か別の存在が体内にあることを直感的に理解する。
そして、その瞬間──
『スキル《魔力感知》を獲得しました。』
という声が頭の中に響いた。
驚いて周りを見渡すが、周りは何も反応しないので俺だけに聞こえているみたいだ。
不思議に思ってこれは何かとガイルに聞いてみると、"星の声"というらしく何かしらの行動が世界に認められたときに聞こえるそうだ。
主にスキルを獲得または進化したときに星の声が聞こえるが、この星の声の正体やなぜ聞こえるのかは全く分かっていないらしい。
その後、俺たちは引き続き、残りの三つのスキルも教わっていった。
魔力操作は、感知した魔力を意識して動かすスキル。
魔力視は、魔力を目に集中させることで視覚を強化し、魔力の流れを見ることができるスキルだ。
そして魔力付与は、自分の身体や武器に魔力を纏わせ、強化する技術。
中には、魔法そのものを付与できる者もいるという。
全員がこれら四つの基本スキルを無事に習得し終えると、次の段階に進むことになった。
武術系のスキルを持っている俺・涼・凛はガイルの指導、魔法系スキルを持っている一樹・優奈・葵はルカに教わることになった。
「いいか、武術の訓練でまず最初は"魔力付与"の上位スキルであるレアスキル"魔纏"を獲得していく。」
訓練場で腕を組んだまま、ガイルさんが俺たちに告げた。
「"魔力付与"は一部しか魔力を付与できないが"魔纏"は全身に魔力を巡らせ、纏わせることができる。では早速、やり方を教えていく。」
このスキルは一般的に"オーラ"と呼ばれており、接近戦に長けた者はだいたい持っているらしい。
魔力付与では、普通のスキルの魔法までしか付与できないのに対し、魔纏ではレアスキル以上の魔法を纏えるようになる。
さらに熟練者になれば、オーラの色や質を見るだけでその者の強さを見抜けるのだとか。
俺は早速、指示通り魔力を出して全身へと巡らせることに集中した。
もともと魔力量が多いこともあってか、魔纏の習得はそこまで難しくなかった。
魔力付与で行った要領よりも、さらに魔力の量と流れを増やしていく。
何度か繰り返すうちに、全身が熱く、力が内側から湧き上がるような感覚に包まれた。
『スキル《魔力付与》がレアスキル《魔纏》に進化しました。』
あの星の声が、頭の中に響く。
今回は獲得ではなく、進化と明確に伝えられた。
このようにスキルからレアスキルに進化するのもあれば、最初からレアスキルを獲得するのもあるらしい。
また、様々なスキルが統合されて進化するという場合もあるそうだ。
進化した魔纏を使ってみると、身体の表面にオーラをスムーズに纏えるようになった。その感覚は確かに魔力付与よりも強力で、自然に力が漲ってくるように感じた。
すると、ガイルがこちらを凝視し声をかけてきた。
「ん? お前それオーラだよな? もうできるようになったのか?」
「あ、はい。これであってますよね…?」
「は? いや待て待て、まだ1時間しか立ってないぞ? 早すぎねえか? いくら異世界人は成長が早いといってもだな…いやでも他の人はまだまだ全然だぞ? どうなってんだ?」
最後の方は自分でも混乱しているのか、ぶつぶつと独り言のように呟いていた。
後から聞いた話によると、魔纏の習得には通常、一般的な訓練生であれば一週間、どんなに早い人でも2日はかかるらしい。
つまり俺の"1時間で進化"は異常、ということになる。
「あー…取り乱して悪かったな。とにかく、お前がとんでもなく異常だっていうのは分かった。お前は確か天夜だったか? "武芸の才"ってスキル持ってたよな?」
「はい、持ってます。」
「よし、ならこの後は俺が個別で直々に訓練してやる。ちなみに、俺もお前と同じ"武芸の才"をもってるからな。」
…貶しているのかか褒めているのか、なんとも言えないトーンで告げられて、俺は返事に困った。
"武芸の才"というスキルは武術に関するスキルを獲得しやすくなる、いわば才能の証らしい。しかも、武術系スキル全般に適性があるというとんでもないものだ。
そして始まった、ガイルとの個別訓練。
まずは、武術系スキルを一通り獲得し、その中からさらに自分に合った武器を見つけていく流れだった。
ひと通りのスキルを体験し、動きを確かめ、手応えを確かめる。
結果、俺が特に適性を持っていたのは格闘術・剣術・刀術の3つ。…涼や凛と被ってる気もするけど、そこは気にしないことにした。
以降はその3つを中心に、重点的な訓練を進めていった。
──────
それから1週間が過ぎた。
武術系スキルを持っている人はみんな"魔纏"に進化したようだ。
成長が早かった人たちは、それぞれ持ってるスキルに合わせて訓練していった。
ちなみに、今の俺のステータスはこんな感じだ。
─────
名前:竜美 天夜
年齢:15
種族:人族
スキル:魔力操作・魔力感知・魔力視・体術・格闘術・剣術・短剣術・大剣術・刀術・槍術・弓術・斧術・鎌術・棒術・槌術・棍術・盾術・腕力強化・脚力強化
レアスキル:魔纏・武芸の才
ユニークスキル:異空間・加速
─────
スキルが増えてとても見づらくなってしまった。
ちなみに、武術系スキルを全て統合したレアスキル"武術"があると聞いた。
しかし、これは進化させるのが本当に難しいらしい。
そして今日から、自由訓練というのが始まる。
これは、自分に合った戦闘スタイルやユニークスキルを鍛えるための訓練だ。
俺たち6人は全員ユニークスキルを持っていることもあり、自然と一緒に集まることになった。
ただし、他の5人は既に自分のユニークスキルの特性を理解しているらしい。
というわけで、今回は俺のユニークスキルをみんなで試してみることになった。
「天夜はユニークスキルがどういうのか、分かったのかい?」
「確か、異空間と加速だったよな?」
「おう。1回夜に使おうとしたらさ、なんとなくだけど使い方分かるようになったんだよ。」
「へぇ、どんな感じなの?」
優奈が顔を覗き込み俺に問いかける。
「まずな、異空間はこことは違う世界? 空間? みたいなのを操ることができるんだよ。
例えば、アイテムボックスみたいにしたり、その空間内で作ったものを外に出せたりできるんだ。」
「結構いいスキルではないか?」
と、凛が反応する。
「そう思うだろ? でも、案外使いづらいところもあるんだよ。
さっき言った空間内で作ったものを出そうとしても、完全には取り出すことはできないんだよ。ちょっと見てて。」
俺は異空間を発動させる。
すると、目の前の空間に黒い円のようなものが現れた。
そこから棒状のものが突き出てくる。
しかし、その全体像が見えることはない。黒い円からはみ出す形で、棒の一部だけが現れている状態だ。
「何を出したいかはイメージするだけだし、これはこれで何かと使えそうでいいんだけどな?
ただ、何を出そうか迷ってるんだよ。構造が複雑すぎるのは出せないし、普通に剣とか武器を出すだけじゃあまり威力は出ないし。」
「確かにね。うーん……天夜、ちょっとこういうのはどうかな?」
そこで一樹が俺に耳打ちをしてきた。
「おお! それはもしかしたらいけるんじゃね? ちょっとやってみるわ!」
そう言って、俺は一樹のアイデアをそのまま実行する。
一樹からは作り出すものを手の形にするのはどうか、という提案だった。
たしかに、俺は"武芸の才"を持っているので武術に関するスキルや動きのイメージは人一倍しやすい。
その手で攻撃したり、武器を持たせて武術系スキルをイメージすれば威力も出るのではないかということだ。
言われた通り、俺は空間内で手をイメージした。
しばらく集中すると、目の前に黒い円が浮かび、そこから黒い手が現れた。
俺のイメージに従ってその手は拳を構え、見えない相手に向かって拳を打ち込む。
次にその手に剣を持たせ、剣術をイメージする。
まるで生きているかのように、その手は滑らかに斬撃を繰り出し始めた。
イメージすれば、動く。
完全に、俺のもう一本の手として機能している。
「おおっ! すげえじゃねえか天夜!」
涼が感嘆の声を上げる。
「これはもう…天夜君の腕が3本あるような感じですね。」
葵も驚きを隠せない様子だ。
「まだ出せるんだけどな。…でもそうすると今のように正確なイメージをするのは難しいかも。単純なのだったら5本くらいはいける気がする。」
「戦闘でもそれ以外でも役に立つんじゃないか?」
「確かに動くのがだるくて遠くのものを取りたい時に便利だな!」
「スキルの無駄使いだな。」
凛がジト目で呟いた。
「いいだろ別に…。まあ"異空間"はとりあえずこんぐらいでいいや。次は"加速"だな。」
そう言って"加速"のスキルの訓練をしようとしたその時、1人の男が俺たちの前に現れた。