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眠り姫シリーズ

正直な王子は正直でない姫と暮らすことになりました

作者: 橘 優月

プロローグ 二千年ぶりのお祝い

「二千年の眠り姫記録達成おめでとー♪」

 思いっきり軽く言われたあたしは、むっとした。

「ってあんたたちが来た男、全部追い払ったんじゃないのっっ」

 粛々たる姫君にしては荒々しい言葉使いだけど、そんなのお構いなしよ。。その言葉に集まっていた精霊たちが笑う。

「あたしたちの使命は、あんたにいい男をつけてやることだからねぇ。術者との契約は守らないとこちらが困るんだよ」

 一番年長の精霊がため息まじりに言う。ため息ついてないでとっとと男探してきなさいよっ。

 もっともこの精霊たちはあたし以外見ることはできない。あたしの体の周波数にあわせているからだ。もっとも追い払うときはすべての人に見えるホラーバージョンで見てもらうことになっている。

 ふん、とあたしはそっぽをむく。

「味方なんだか敵方なんだかわかりゃしないわ」

 あたしは不機嫌になって、つぶやく。その言葉は誰にも入っていないらしい。急に精霊たちが騒ぎ出した。

「おっと。仕事ですかい。ちょっくら行ってきます」

 軽いのりで精霊たちはそれぞれの担当場所に向かった。

「ほら。エリアーナも眠って」

 めんどくさいわね」

自慢の輝き、波打つ美しい髪の側頭部をぽりぽりかく。

「お行儀が悪いっ」

 そばでお目付役の精霊が厳しく言う。その声にやっとあたしは眠ったふりを始める。

 どうせ、こないんだから、寝てる意味ないのに。

 思うけど、ぴしゃりと反論されて魔法でもかけられそうになるのであきらめることにする。

 眠り姫を二千年間続けているあたしはエリアーナ。当時、隆盛を誇った国の末っ子王女だった。。そして国王のお父様は魔術が大得意だった。お父様はさまざまな術を使ってはいろんなものを使役した。

そしてその中からよりすぐった精霊たちを集めて命じた。王の死後も三人の王女を守り、よき夫をさずけるように・・・と。その契約も割と早く終わる予定だった。長女、次女にはさっさと夫をつけることができた。王の存命中に術は終わると思われたけど・・・末っ子のあたしにはどんな男もうまくいかなかった。もっともあたしが高望みしすぎたからだけど。今思えば、どこかで手を打ってりゃよかった。

あたしはお父様の血を濃く受け継ぎ、強い魔力を持っていた。普通の男では無理だったのはわかるけど。そして今に至る。

お父様との契約が続行中だからか。はたまたあたしの魔力のせいか、あたしの時は少女の時で止まっていた。自分はばけものだからいつまでたっても愛されないのだろうか・・・悲しい気持ちがいつもこみ上げてくるが、それを必死に明るく笑い飛ばしていた。


正直王子

一見、情けなそうな人物がエリアーナの基準に達することはまずないだろうと皆、一様に思った。

 青年はエルンストという。正直者という意味だ。その名前が表すとおりまったく裏表のない人間のようだ。あっけらかんとしたところが彼の特徴であった。また、天才と馬鹿は紙一重という。正直者も愚か者と紙一重であろう。

「ま、はいっちゃえー」

 さらに軽いのりでエルンストは歩を進めた。そこには最初の罠がある。三つの古びた扉。正解は一つだけ。あとはお化け屋敷直行である。

「うーん。これにしよ」

 エルンストは迷わず真ん中を開けた。普通は裏を読んで真ん中はあけない。迷いのない判断は考え尽くされたのかただ単純に選ばれたのかわからない。

 そして入るとまたホラーバージョンの精霊が脅しにかかる。この辺で結構男は脱落する。力にものを言わせる英雄型は精神攻撃には弱い。さらに魔法使いはわけわからない魔法で姫君を起こすのは面倒なので来ない。

 そしてこのエルンストは今までにない行動をとった。

「俺、エルンスト。仲良くしてね」

 エルンストはそう言って手を出し出す。担当精霊がおまえは男だろーとその乙女チックな言葉につっこみたかったが、もしかしてという期待を持って何も言わない。そしてずっと出している手を見ていると握手しなくてはいけないという気にさせてくる。敵意を好意に変える能力とでもいおうか。エルンストは不思議な男だった。握手をする。

「あ、俺方向音痴だから姫の場所おしえて♪」

 方向音痴で来るなーっ。その模様を連携能力でつながっている精霊たちは声なき声でつっこむ。眠っていたエリアーナも思わず起きあがってしまったぐらいだ。

「え? 誰か何か言った?」

 なんとも言えない、すっとけぶりにまたもや、がっくりくる精霊たち。もう相手にするのもいやだと思った担当者は、見取り図のようなものを渡した。罠をすべて制覇したときにもらえる地図だ。精霊製であるだけに現在位置と姫君のあるところがわかる。どういう仕組みかはわからないが、ぴこぴこ点滅している。

エルンストはふむふむと地図を見ていたが、急に歩き出す。

 そして担当者はエルンストの首根っこを捕まえて動きを止めさせた。開いた片手で反対方向を教える。エルンストはまさに反対側に行こうとしていた。

 あまりの方向音痴によくここまで来たものだ、と誰もが思う。

「ありがと」

 にぱっと歯を見せて人なつっこい笑顔を見せた。その笑顔は女性性質の精霊がころっと転ばせた。子供っぽくひとなつっこい笑顔はどこでも母性をくすぐるようだ。

 出会う精霊をほとんど笑顔とひとなつっこさでクリアしてきたエルンストは最後の扉の前に来た。が、扉を開けたとたん深い落とし穴に首切り機、蜃気楼の罠が待っている。それらをエルンストは軽々と攻略した。

 大物かもしれない・・・。すべての精霊たちはしみじみと思ったものだ。

「お? かわいい女の子みーっっけ。どうしたら起きてくれるのかなー」

 エルンストは軽く独り言をつぶやく。

「やっぱここは最後まで・・・」

 ぼかっ。

「なんでそこまでしなきゃならないのっ! キスでしょうが。キス!」

「あら。もうお目覚め? せっかく楽しみにここまで来たのにね」

 どうしてなの、とエリアーナは心中で叫ぶ。

「いい男は脱落で、あんたみたいなしょぼい男が攻略できるなんてどうなっているのよっ。仕事なまけたんじゃないの⁈」

 エリアーナはそこらに浮いている精霊たちにつっこむ。申し訳なさそうに年長精霊が言う。

「こういうわけなんであたしたちはもう使役から解放されたのよ。あとはエリアーナと彼とで話を付けて」

 そういって精霊たちはふわーっと消えていった。

「うそっ。ちょっと一人にしないよーっ」

 姫君? とエルンストが尋ねる。

「俺と一緒のほかに誰がいるのかい?」

「いたわよ。いい男を全部追い返してあんたみたいな頭に花が咲いているような男を攻略させるような精霊たちがね。あんたのおかげで皆、お役ご免で帰っていったわよ。一人でどうすればいいのよー!」

 半泣きになりそうになりながらエリアーナは言う。

「俺がいるから安心になさい」

 エルンストが言って胸をたたく。が、その端からむせる。

「軽いやつなんか相手にできますか。あたしはもう寝るわ!」

 またエリアーナはベッドに横になりに向かう。ふっと振り返る。

「あんた、私を取りに来たんじゃないの?」

 いっこうに引き留める気配もないエルンストに不思議そうに尋ねる。

「いや、俺は修行してこいって言われただけだから」

 エリアーナの頭の上から湯気のようなものがでてきそうな雰囲気にエルンストもさすがに申し訳なさそうな表情をする。

「修行ぐらいでくるなー! あたしの人生を返せー! 二千年眠っていたあたしはどうなるのよっ」

「二千年? それはご苦労様。この際、俺と結婚しない?」

 何やら女の子を引っかけるような口調にエリアーナはエルンストをまたなぐりたくなる。

「うちの国、女の子の数が少ないんだよ。だからつりあう女性もかなりいないし、おばさんばっかりでさー。そのうちの誰かと結婚するぐらいなら姫君の方が断然いい。って俺名前とか言った? 俺はエルンスト。姫君は?」

 にこにこと笑いながらエルンストは言う。エリアーナはこめかみをおさえながらめまいにたえる。

「エリアーナよ。少しは勉強してきてもらいたいわね」

「ごめん。悪かったね。でも一人は寂しい。よかったら一緒に来ない? すくなくとも人並みの人生歩けるよ。俺がいやだったらほかの男に乗り換えてもいいしさ。男だけはあふれてるからね」

 どこか寂しげな声にエリアーナはふっとエルンストを見る。彼に何があるのか。あれだけあっけらかんとしているのに。エルンストの本当の心が見えた気がしてエリアーナはじっとエルンストを見つめてしまった。エリアーナはふぅとため息をつける。

「試用期間を設けもいいっていうならいいわよ。だけどだめだったらほかの男にのりかるかここに戻ってくるわよ」

「じゃ、早速行こう」

 エルンストが手を握ろうとするのをエリアーナはさける。

「試用期間っていたでしょ。あたしにふれないで落とすのね」

 ふふっと意地悪な微笑みをエリアーナが浮かべる。さしずめ小悪魔の微笑みと言うところか。

「行くわよ」

  エリアーナはさっさと歩き始める。この屋敷の罠などもうない。契約が終了した途端、ただの屋敷に変わった。古ぼけた屋敷に。


 バイバイ。あたしの二千年間。


 エリアーナはエルンストを放り出して屋敷の外に出たのだった。



外の世界


「まって。姫君~」

 エルンストが走って追いかける。あたしは早々に横付けされていた白馬に乗る。やっぱり、王子様って白馬に乗っているのね。妙に感心しながら馬のたてがみを撫でる。

「いい子ね。あんな薄らぼんやりしたヤツからあたしに乗り換えない?」

 不思議と馬の感情があたしに流れてきた。小さな男の子がいる。それに乗ろうと必死になっている。乗れたとき、少年の顔に笑顔がぱっと花開いた。

「なるほど。それがあいつなのね。仕方ないわ。王子の国に行くからそれまでは乗せていって」

 お願いをすると白馬は一声鳴く。

「そいつは・・・って。姫君、馬乗れるの?」

「姫君としてのたしなみよ。馬ぐらい乗れるわ」

「おいしょっと」

 エルンストがあたしの後ろに乗る。

「姫君は女の子乗りがいいよ。ドレスの下から足がにょっきりでている」

「悪かったわね!」

 恥ずかしさの余りあたしは叫ぶと女の子座りになった。要するに、またがるのではなくて足を馬の背の片側にそろえて出す、という乗り方だ。これならドレスはめくり上がらない。

「そうそう。それと国に入っても驚かないでね。今、世界は魔法と機械が両立してるんだ。二千年も経てばそれぐらいは変わってるよ」

「余計なお世話よ。それぐらい知ってるわ!」

 ムキになるあたしをあたし自身が不思議と思ってみていた。どうしたのかしら。あたし。きっとシャバに出たのが久しぶりすぎて気が立ってるんだわ。

「じゃ。行くよ」

 エルンストがぱかぱか馬を歩かせる。業を煮やしたあたしはエルンストに噛みつく。

「早足ぐらいできないの? 国に着く頃にはあたしはおばあさんになってるわよ」

「あ。早駆けしても大丈夫? 俺、さっさとトイレに行きたいんだ」


 それぐらい、道ばたでしろー!


 言いたいのをぐっとこらえる。

「じゃ、しっかり掴まっててよ。走るから」

 エルンストは白馬の胴を叩くとそれを合図のように走り出す。風が髪の毛を撫でていくというより大暴れしている。結んだ方がよかったかしら。

「ひ、姫君。髪の毛で前が見えないっ」

「国の戻り方ぐらい馬が知ってるわよ」

 そうしてたどり着いた国にあたしは覚悟したいたとはいえ、カルチャーショックを受ける。

「金属が動いてる!」

「だから言ったろう? 不思議な現象が起こってるって」

こうしてあたしの二千年ぶりの新しい生活が始まった。

「とりあえず、トイレトイレ」

 エルンストが城に駆け込んでいく。男ならトイレに限らずどこでもトイレになるのに。と、あたしが思ってみてると急にお腹が鳴った。

「ちょっと。二千年間何も食べてないのよ! メシぐらいおごりなさい!」

 修行ぐらいで起こされたあたしは妙ないらだちと不思議な感情を抱えて叫ぶ。速攻で帰ってきたエルンストが手招きする。


 あの手、ちゃんと洗ったのかしら?


 清潔好きなあたしから見るとうさんくさそうに見える。まぁ、手招きしているのは衛兵も見てるから入れるでしょ。


 そう思って城の橋を渡る。と。衛兵に阻まれる。

「ちょっと! エルンスト! 見てないで城に入れてよ!」

 衛兵の向こうにいるエルンストに怒鳴る。

「あ。ごめんごめん。この子、俺のお嫁さんだから顔を覚えてね」

『ワカリマシタ。カオニンシキトウロクシマシタ』

「え? これ、金属?」

 ふらぁっと意識が遠のいていく。まさか人間の金属があるなんて・・・!

 空腹で倒れているのかカルチャーショックで倒れているのか、あたしはわからぬまま、意識を手放した。


食べ物の威力はどこでも一緒


ふっ、と意識が戻った。食べ物の匂いで。で、その食事を見てまた凍り付いた。

「これ、なんなのよ!」

 あたしの生きていた時代、いいえ、今も生きてるけど干し肉とかそんなものだったわ。あの白いパンみたいなのは何?! 食べられるの?! パンとパンの間に何かが挟まっている! 毒入りじゃないでしょうね?

「サンドウィッチ、だけど。姫はタンパク質も取ってないだろうから鳥の照り焼きと野菜をサンドしたものを用意したんだけど、お気に召さなかった? 一口だけでも食べれば解ると思うけど。はい。あーんして」

あーん?

 驚愕しているあたしに、さらにエルンストは言う。

「口開いて。サンドウィッチ入れてあげるから。なんなら一口サイズに切ろうか?」

「一人で食べれるわよ!」

あたしはむんず、とサンドウィッチなるものをひったくると口に入れる。甘辛い味が口の中に広がる。そして鶏肉の柔らかさに驚いた。

「これ、トリ、なの!?」

サンドウィッチをやっと喉から胃袋に送ってあたしは言う。

「そうだよ。トリ肉嫌い?」

「いいえ、好きだけど、こんなに柔らかいのは初めてよ」

 ここへ来てやっと異常事態だった思考が回り始める。

「今の暦は何月何日なの? 時間は? 今はどこの国が宗主国なの??」

「えっと~」

「えっと?」

「よく知らない」

 あたしは一気に脱力する。この食事ののった銀のお盆で殴りたい。

「エルンストの言葉の意味は知ってる?」

 逆質問されてあたしの忍耐力がキレそうになる。

「しらないわよ。馬鹿とかじゃないの?」

「正直、という意味。姫君には嘘はつかないから安心して」

「姫君はやめて。エリアーナよ」

「エリアーナ。この食事終わったらゆっくり眠るといいよ。びっくりの連続だったと思うから。じゃ、俺、父王に報告してくる」

「ちょ・・・。エルンスト!」

 急に一人にされてあたしは不満を覚えながら、サンドウィッチなるものにぱくついた。



「はぁ~。食った食った」

 久しぶりの食事に腹包みをぽんぽん叩いているとエルンストがやってきた。

「じゃ、明日からはこの服でね」

「サイズあってるの?」

「うん。姫君・・・エリアーナのスリーサイズは古文書に載っていたから」

 そんなものに載せるなー!

 あたしはまた銀のお盆でエルンストを殴りつけたいと思いながら、質問する。

「古文書って・・・二千年前のものなんて残ってるの?」

「うん。電子書籍で」

「なに? で・・・でん・・・?」

「電子書籍。古文書を一ページごとに画像撮って文字起こししてあるんだ」

 あたしの国でも複写ということはあったけど、画像? 電子書籍?

「エリアーナ。頭から湯気がでてるよ」

 エルンストの言葉にあたしは慌てて頭を押させる。

「嘘だよ。エリアーナはさっきから驚いてばかりだから、今日はもう休んだ方がいい。お休み」

「嘘つかないんじゃなかったの?」

「ただの冗談だよ。嘘とは違う。俺はエリアーナには嘘をつかないよ」

 ほんとにぃ~?

 疑いの眼差しで見るあたしをエルンストはベッドへ行くように視線で促す。確かにさっきから眠い。あたしはふらふらとベッドに横になるとあっというまに眠りに落ちていった。

翌朝、聞いたことのない小鳥の音であたしは目を覚ました。

「確か、これに着替えるのよね。あーコルセット外し忘れていた」

「姫君、おはよー」

 扉を開けかけたエルンストに枕を命中させる。

「着替え中!」

「お嫁さんなんだからいいじゃないか」

「次、ナイフ飛ばさせたい?」

「ひえ~」

 わざとらしい声を出してエルンストは逃げる。

 あたしは息苦しいコルセットを外して用意された服に着替える。とたん、またカルチャーショックが起こった。

「なになのっ? この服、足が見えるじゃないの!」

「今、女の子の中でミニスカートが流行ってるんだ。エリアーナにも用意したんだよ」

「却下。長い裾のものを用意して!」

 扉越しにケンカを始めるあたしとエルンストだ。

「しかたないなぁ。母上に掛け合ってくるよ。娘ができたと大喜びだから、すぐに用意できるよ」

 しばらくして召使いが入ってきた。

 これも話す金属じゃないでしょーね。疑ってみると召使いはにっこり笑う。

「ちゃんと。人間ですわ。姫様。城下町でミニスカートが流行っていますから気を遣ったのでしょうが、姫様がびっくりするのは当然ですわ。こちらをお召しになってください」

「あなた、名前は」

「エミリア。エミリーと気軽にお呼び下さい。下着もご用意しました。昔の元はかなり違いますが原理は一緒です。外へ出ていますからお召し下さい」

「ありがとう。エイミー」

あたしが礼を言うとエイミーは部屋を出て行く。


新しい世界での初デート


「ひ~め」

「何よ。うっとうしいわね。触らないで落とせ、って言ったでしょう?」

王宮の中庭で今の時代の言葉の勉強しているあたしにエルンストが後ろから負ぶさってくる。

「母上が、たまには街中にでたら? って」

「王妃様が?」

 あの着替えのカルチャーショックの後、国王陛下と妃殿下とお目通りをすませた。王妃様はそれはそれはあたしを見ては喜んで、あれもこれもとしたいことを言われた。内心、嫌なんですけどー、と思ってたけど、あそこまで喜ばれると流石に言いにくかった。それ以来、聞き分けのいい娘となっている。実の息子の王子は何人もいる息子の一人ということのようで、ざっくばらんに扱われている。この逆転現象にあたしは思わず、エルンストに同情しかけたけど、甘い顔を見せれば今みたいにぶら下がってくる。これも結構、きつい対応してるのだけどエルンストはまったく気にしていない。

「街中には冷たくて甘い、アイスクリームがあるよ。姫の好きな」

「アイスクリーム?」

 思わず、喜び勇んで立ち上がってしまった。先日、夕食の席に出たバニラのアイスというものにあたしは、見事にとりつかれてしまった。甘くてクリームの味がして、これはもう、女の子の胃袋をつかむ食べ物だと思ったわ。

「じゃ、お散歩決定。着替えていくよ」

「って。あの足がにょっきりでる服?」

 あれは嫌だ。いくらバニラのアイスが待っていようとそれは嫌だ。

「普通の丈より長いぐらいのスカートだから大丈夫だよ。街中全部がミニスカートな訳じゃないから不審がられないし。姫は奥ゆかしいからね」

「あなた。あたしで遊んでる?」

 面白げなエルンストの言葉につい、問いただしたくなるあたし。

 いいや、とエルンストが首をふる。

「行きつけのアイスの食べられるところを知ってるんだ。身分もバレてるけど内緒にしてくれてるし。隠れて食べるには最高の場所だよ」

「わかったわ。服を用意して頂戴。エミリーに手伝ってもらうわ」

 この時代の服はコルセットはいらないけど、ボタンとかいうのが面倒。一人ではなかなか進まないのでエミリーに補助を頼んでいる。

「あ。もう。服とエミリーがきているよ。俺、城の門で待ってるから」

 そう言ってエルンストは部屋を出て行く。入れ違いにエミリア、エミリーが入ってくる。

「姫様。お召し物ですわ。お手伝いいたしますから王子と楽しんでください」

「あのエルンストのいいなりになるのは嫌なんだけど」

 心底嫌がる表情を浮かべるとエミリーは首を振る。

「エルンスト様は名前の通り正直な方ですわ。上のお兄様達は政権争いで忙しいようですけど、エルンスト様は末っ子だから、と言って仲間に入っていらっしゃらないんです。自由人とでも申しましょうか。とにかく、裏表のない方ですわ」

「そう?」

 あの薄らぼんやりした笑い顔を思い浮かべながらあたしは服に手を通していた。


「これ・・・が。アイスクリーム?」

 王宮で食べたことない形のアイスクリームを手に取ってあたしはそれを見つめる。

「あー。正式にはソフトクリームって言うんだけどね。ねじねじ巻きがかわいいだろ?」

「あなた。可愛いもの好き?」

 怪訝な視線をエルンストに向ける。確か、幼い少女が好きになる男性がいると、聞いたことはあるけど・・・。

「そんな目でみないでくれよ。俺だって可愛いものは好きだけど、異常なまでに想う事はないさ。たまたま姫にこれを食べさせたいと思っただけなんだ。だって、いろんな事を見ている姫が見られて俺、嬉しいんだ」

「嬉しい・・・?」

「俺には小さな妹がいた。流行病で亡くなって・・・。男兄弟だらけになった。姫は母上にとっても妹のような存在で、俺も妹を思い出すんだ。小さかった妹が大きくなったらこんな感じかな、って」

「って、家族同士の恋愛は御法度よ」

「わかってるよ。俺が好きなのは姫で、妹はもう過去だ」

「の、割には落ち込んだ目をしてるけど」

「これは名残・・・。俺はもう未来を見るしかないんだ。奥さんもいることだし」

「奥さんって・・・あたしのこと?」

 もちろん、とニコッとエルンストが笑う。


そこ、笑って言うところ? 

あたしはこの薄らぼんやりした王子に嫁ぐの? 

生活力もなさそーな男に。きっと政権争いだって一番下よ。

「食費とかどうやって稼ぐ気?」

「そりゃぁ・・・。王族の勤めを果たして、からだよ」

「王族の勤め?」

 怪訝な視線を向ける。

「ほら。隣国との戦いとか」

「戦争! まだあるの?」

 勢い余ってエルンストのソフトクリームが落ちる。

「あーあ。もったいない」

「もったいないじゃないわよ。それであたしは戦争未亡人になるわけ?」

「それはヤバいなー。兄貴達に姫を取られる。なんとか生き延びるよ」

「そんな悠長に構えて!」

 なんだかあたし、さっきから大声ばかりだしてるんだけど。周りの人が視線を投げかける。

「バレた。走るよ!」

「ちょっと。あたしのソフトクリームが!」

「そんなのいくらでも買うから。まずはずらかる!」

 あたしとエルンストは街中をすり抜けながら城へと戻って行った。

 城門をくぐり抜けてあたしとエルンストは肩で息をしていた。

「思いっきり走ったわね」

「だって。見つかったらサインとかねだられるから」

 あんたはアイドルかっ。 

 ここにあの銀のお盆があれば思いっきり殴りたい。それでもあたしがアイスにとことん惚れたのを見て連れて行ってくれたのよね。最後まで食べられなかったけど。

「あなた、たまにはいい事するのね。だけど、あたしを落とすのには百年以上は早いわよ。二千年間分たまってるんだから」

 あたしは、さっさとあてがわれた自室へ戻る道をたどり始めた。エルンストがこけつまろびつ、後から付いてくる。まるでカルガモの子みたい。くすっと笑ってあたしは顔に手をやった。

 もしかして。もしかして~!

 あたしの叫びは声にならぬまま、空に消えていく。

 あたしは頭の中に浮かんだ仮説を無理矢理頭の中から追い出す。会って数日。そして、二千間の年の差よ。

 あってたまるもんですか!

 急に立ち止まったあたしの後ろでエルンストがつんのめる。

「姫。止まるなら止まると言ってよ」

「どーしてあんたに言わなきゃいけないのよ」

 じと、っとあたしは仮、婚約者候補をにらみつける。

「そりゃ。俺の・・・。なんでもありません」

 きゅぅん、と言うような子犬の瞳でみるとエルンストは別方向に歩き出す。

「ちょっと。連れ出しておいて帰りは一人?」

「姫!」

 喜び勇んでエルンストが来る。

「調子いいわね。どこで切り替えができてるの?」

「さぁ?」

 さぁって?

 エルンストのぼけた答えに呆れてあたしはずんずん進む。カルガモの子同様にエルンストが着いてくる。

「まぁ。お早いお帰りで」

 エミリーが迎える。

「こいつの身分がバレそうだったから逃げたのよ」

 あたしのソフトクリーム・・・。

「また、この埋め合わせはするからさ。機嫌直して。姫」

「だから、私はエリアーナ! そんじょそこらの毛の生えたような姫君のような呼び方は止めて!」

「わかった。エリアーナ。今日はごめん。サインでもなんでもしていたら、ひ・・・エリアーナはソフトクリーム食べられたんだもんな。今度から気をつける。次は馬で遠乗りしよう。それなら人のウジャウジャいるところに行かないしさ。それに王族の牧場にジェラートというアイスクリームも売ってるから」

「じぇ・・・じぇらーと?」

 あたしは悔しいながら舌を噛みそうになって聞く。

「そう。今日のソフトクリームよりは若干固いけどこれもアイスクリームの一種だよ。エリアーナはこれが好きなんだね。いつかおいしいアイスクリームを贈ってあげるよ」

 えらそーにいうなー!

ちょっとギャップがあるからってその扱いはないんじゃない? 

「あんた。二千年を馬鹿にしてるの?」

「いや。普通に言ったつもりだけど。ひ・・・エリアーナを傷つけたなら謝る。ごめん」

 何度も姫と言いかけて訂正するエルンストにあたしはため息をつく。

「もう、いいわよ。姫、で。その代りあんただけだからね。この許可は。他の人にはエリアーナって呼んでもらうわよ。ね。エミリー」

 急に話を振られたエミリアは急いで返事する。

「は、はい。今後はエリアーナ様とお呼びします。周りの使用人にも周知させますので」

「よろしい」

 そう言ってあたしは自分の城でもない自分の部屋に戻った。

「エリアーナ様はアイスクリームがお好きなのですか?」

 エミリーが無邪気に聞いてくる。そう素直だとツンデレもだせない。

「ま、まぁね。あたしが生きていた頃にはなかったから」

「頃とは。現在もご健在ではないですか」

「まぁ。そういっちゃぁ、そうなんだけどね」

 二千年後に生きてるって結構不思議。あたしの産まれた国はとっくになくなっていて文化も発達していて、予想外のことばかり。神経がすり減る。そのストレス発散でエルンストに当たってるというのもあながち、嘘じゃない。生れたときのものが何もないって、結構きついわよ。まったく変わり果てた土地を見て取り残されたように思うときが多々ある。それを知られるまいとつい、乱暴になってしまうけど。

 ああ。おセンチはだめよ。あたしは強く雄々しく生きるんだから。

「今日は本当に残念でしたね。王子は他のお兄様達と違ってよく街に出られて人気ものなんですもの」

「街にしょっちゅう行ってるの?」

 ずるい。あたしは篭の中の鳥なのに。自由なエルンストがうらやましかった。

「自由っていいわね。姫君止めて一般人で生活しようかしら」

 あたしがぼそっと言うとエミリーはぎょっとして見る。

「エリアーナ様、城の外は危険なもので一杯ですわ。もっとこの国に慣れないと金品財宝巻き上げられてしまいます」

「金品財宝ってあたしの身につけている宝飾品しかないわよ」

 金のあたしが産まれた国の刻印が彫ってあるペンダントと指輪とブレスレットぐらいだわ。

「それが、通常よりお高い値で取引されると解ってもですか?」

「高い?」

「はい。二千年も前なら、考古学的価値がありますわ。欲しい人には垂涎の的ですの」

「文化財ねぇ。そういう見方もあるのね。汗をかいたわ。湯浴みの用意をしてくれる?」

 あたしが思案気に言うとエミリーは飛んで出て行く。



 急直下! 縁談の元相手出現!


湯浴みが用意されてあたしはバラの浮かんだ風呂に入る。今日一日の事が頭に浮かんでは消える。

「これうっぱらって、一般人として生きていこうかしら?」

「それはいかがなものかな? 姫君」

 急にキザな声が聞こえてきた。たしか、コイツはエルンストより人気のない兄達の一人だったわね。と。湯浴みの途中だったことを思い出し、桶に湯を入れるとぶっかける。

「人の入浴見てるんじゃないわよ! とっととお帰りなさい!」

「さすがは姫君お強い。まぁ、今日は挨拶代わりといことで。いつでもあのへたれ弟に愛想が尽きたら私が可愛がってあげるよ」

 キザに言うなんちゃら王子にあたしは声を上げる。

「エルンスト以外の男なんて目に入ってないわよ! さっさと出て行って!」

 ほう、となんちゃら王子は言う。だが、あたしの桶がとんで行って頭にもろにぶち当たる。

「何をする!」

「その言葉そっくりお返しするわ。レディの湯浴みを見るなんてさいってーね」

 ちぃ、となんちゃら王子は部屋から消えていく。入れ替わりに多くの女官がどっと入ってくる。エミリーが真っ先に謝る。

「失礼いたしました。エリアーナ様がお呼びと聞いていたのでまさか・・・」

「あたしが呼んだ? 呼んだ覚えはないわよ」

「あのおこちゃま王子はいつもああなんですのよ。お気をつけ遊ばせ」

 偉そうな口調に引っかかったあたしは声のする方を見た。

 本物の姫君だー!

 あたしの手からもう一つの湯涌が落ちた。

「あたくし。アリアンヌと言いますの。よろしく。エリアーナ様」

 にこやかに挨拶をしてるけど、目が笑っていない。

「あたくしとの縁談を断ってまでご所望された姫君、さすがと言いざるを得ませんわ」

 縁談ー?

「ちょっと、エルンストの恋人ってあなただったの?」

女官達の間で噂に上がっていた恋人ってこいつなんだ。ふーん、と上から下まで見てしまう。非の打ち所のない姫君の姿だわ。

「別にエルンストなら熨斗(のし)つけてあげるわよ。あんなへたれ王子、こっちから願い下げだわ。で、湯浴みの途中を邪魔してまで来るなんてなんの用?」

「用ならすみましたわ。一番欲しいお言葉を頂きましたもの。エリアーナ様とエルンスト様の縁談は今から破談、ですから」

 こいつ、その言葉を引き出しにだけ湯浴みの時間を襲ったのね。女官達がざわざわしている。

「姫、何か騒がしいけど?」

 そこへお約束通りに、エルンストがやってくる。あたしは風呂桶に湯を入れてかける用意する。だけど、すっとアリアンヌが出て行く。

「エルンスト様~」

 妙に甘い声をアリアンヌが出す。

 気持ち悪っ!

 あたしは背中がぞぞっとする。あの姫はいつもああなのか?

「やぁ。アリアンヌ。君も来ていたのかい。兄上と結婚するんだって?」

「まぁ。ご冗談を。エリアーナ様からエルンスト様を譲り受けましたわ。あたくしはエルンスト様だけのも・の」

 頼むからその甘ったるい恋愛劇場は外でやって。その側からエルンストの謝る声が聞こえる。

「ごめん。俺の奥さんはエリアーナだけなんだ。申し訳悪いけど君との間はもう終わったんだ。元々、親の押しつけた相手と結婚する気はさらさないからね」

 少し厳しめの声が聞こえる。あたしは思わず声を上げていた。

「妾はごめんよ! その姫とどことなりと行ったら?」

「そういうわけにはいかないんだよ。奥さん」

 まだ奥さんじゃない!

 そう言おうとしていた所からエルンストがずかずか入ってくる。

「ちょっと!」

 バラに埋もれてあたしの素っ裸は見えない。エルンストはすぐにあたしの手を取ると甲にキスをする。そしてやおら言う。

「隣国との境界線で小競り合いが起きている。俺も招集された。しばらく、この城を留守にするけど。出て行かないで。一般人なんてならないで。城を出て行くときは俺も一緒に。戦から帰ったら正式にプロポーズするから返事を考えておいて」

 そう言って妙に切なげな瞳をしたかと思うとあたしの頬に軽くキスをして出て行く。その後をアリアンヌが追いかけていく。声は相変わらず甘ったるい。

「戦・・・。また。この国でもあるのね」

 あたしの国も戦ばかりだった。領土を拡大したかったお父様は魔力も使っていろんな領土を得ていた。

「エルンスト」

 言い様のしれない気持ちであたしはエルンストの名前をぽつり、と呼んだ。


命削る魔力

戦がはじまった、らしい。小競り合いとは言っても大きいようだ。負傷した兵が運ばれてくる。あたしは多数の使用人に混じって治療にあたった。見るも無惨な傷跡にあたしは目を背けたくなった。それでも必死で見る。そしてあたしだけにできる、魔力を使った治療を行う。

「ああ。姫君。ついに私の所にも」

 あたしが普通の医療行為でない事をしているのは噂が立っていたらしい。立てるなら行列を作りたい、と言った兵士もいた。異端視されようがされまいが、この人達の役に立てれば、と必死で魔力を使った。そのあたしの肩に手を置く人がいた。

「王妃様」

「その手はやめなさい。あなたが死んでしまうわ。魔力とは自ずと使える範囲がある。これ以上すれば、あなたは命を落としてしまう。エルンストも悲しむわ」

 王妃の言葉にあたしは首を横に振る。

「この方達はこの国のために怪我をされました。出来る事があるならしたいのです。どうせ、あたしは二千年前に死んでいた人間。今更、この命惜しくもありません」

 そう言って王妃の手を振り切って治療に当たった。治療している間に王妃はあたしの頬を平手打ちにした。ぱしん、と渇いた音が響く。

「王妃様!」

「あなたは今を生きているのよ。昔に生きている人間ではないはず。今、このときを生きているの。命を無駄に散らすのだけはやめなさい。この争いが終われば城を出ることも一般市民になる事も許すわ。でも、ここで死ぬことだけはやめて頂戴。死がどれほど悲しいことか解ってるでしょう?」

「はい」

 治療していたあたしの手が落ちた。ここでは死んでいく人も多数いる。そして遺体を引き取りに来た家族は泣いていた。これ以上、ここをかき乱すことはおやめなさい、と暗に王妃は言っていた。これ以上余計な死人を出すな、と。

 あたしは治療場と化している広間から出て行く。走りながらあたしの頬に伝うものがあった。涙、だった。

 城のなかで固いオークの巨木が立っている所まで一気に走った。オークの木にすがりつきながら、あたしは泣いた。わんわん、と。それからしばらくして涙は止まった。

「こんな情けない姿、見せちゃいけないわね。まだ、姫、だもの」

 そうしてまた元の場所に戻ろうとした。だけど、足が動かなかった。魔力以外の治療方法を知らない。あたしは、なんて無力なんだろうか、とずりずりと地面に座りこんだ。

 そのあたしに手を差し出した人間がいた。すぐに誰だか解らなかった。甲冑をつけていたから。下から上を見上げるとエルンストが兜をあけてにっ、とへたれ笑いを披露していた。

「エルンスト!」

 あたしは、知らず知らず、エルンストに抱きついていた。

「役得。役得」

「馬鹿」

 そう言って出ている頬をぺちっと叩く。エルンストは死ななかった。それだけであたしはここにいることはよかったんだ、と思った。

 死人が生を許されている事に神に感謝したかった。そしてそれを教えてくれたエルンストや王妃にも。

「エリアーナ」

「何?」

「この戦は終わった。城を出よう」

 !

 あたしはエルンストを凝視するばかりだった。


生活力なしの王子と王女

「エリアーナ! 今日は大漁だぞ~!」

「また、魚~?」

「魚は脳にいいのだ」

「たまにはお肉も」

「高いからお魚で我慢して」

「もう」

 あたしはふくれっ面で立ってエルンストを迎えた。

 あの「城を出よう」発言から一ヶ月近く。あたしとエルンストは海が近い街にいた。

 あ。間違ってもまだ夫婦になったわけじゃないからね。一応、友達から彼氏に格上げされただけ。行くところがないから、エルンストが与えられた土地の港町の家を借りているだけ。

 そう。借りているから家賃がある。あたしはもともとの財産がないから、あの考古学的価値のある宝飾類を全部うっぱらって、エルンストは王妃様よりかねてから貯めてあったエルンストの貯金を渡してもらって今は、そのお金で家賃を滞納せずに済んでいる。

エルンストは就職口を探してるけど日頃から武術以外の事はしてなくて、スキルが低すぎて働き口がない。まぁ、領主にもどったら税金が入って自分の土地だから自由だけど、あたし達は一般人となる事にしていた。もう、あの王子様、お姫様という肩書きを捨てたのだ。でも、戦となれば民兵として召集されるのは当たり前だったけど。結局、危ないのは同じ。

「おーい。エリアーナ、エルンストや。野菜のお裾分けじゃよ」

 隣のおじいさんから野菜をお裾分けしてもらう。この人、なんだかあやしいけど親切だからそのままにしてある。あたし達の隠している身分に気づいているようなんだけど。

「ありがとー。魚だけじゃ、また煮付けだけになるところだったわ。はい。エルンスト。この野菜を洗ってきて」

 街の中には清水が湧き出ていてそこから食べるものを上流で洗って洗濯物などを下流で洗うという習慣が付いている。もちろん、上流で洗ってくるエルンストのはずだ。

 だけど、長い。野菜洗うだけにこんなに時間を使うなんて・・・。そうこうしている内に魚の煮付けが出来た。毎回このレパートリー。エルンストは物事をよく知っていたけど生活スキルはなかった。あたしも二千年前のスキルしかない。

「ごめん。ごめん。エリアーナ。上流で井戸端会議に引っ張られて」

 一応、イケメンの部類に入るエルンストは近所の奥様方の目の保養に井戸端会議に巻き込まれている。

「今日は、いつ結婚式を挙げる? って聞かれちゃった」

 嬉しそうに言うエルンストをちろん、と見た。

「あたしのことぺらぺら話してないでしょーね」

「言うわけないじゃないか。エリアーナがに・・・ふがっ」

「その減らず口は窒息死したいの?」

 ぶんぶん、と首を横に振る。あたしは手を離した。あんな至近距離で彼氏なんぞ見れば乙女心がざわつく。だけど、それを隠してあたしは野菜の調理に入った。

「いただきます」

 あたしは育ったとおり食事の際に言う。これだけは身にしみて付いてるのよね。エルンストはもう胃の中に大半を納めている。

「あのね~。調理したのあたしなんだけど。もうちょっとありがたく頂きなさいよ」

「あ。いただいてます」

 にへら、と笑う。

 その笑みにあらがえない自分がいていらだつ。いつの間にエルンストのいる空間に慣れてしまったんだろうか。いない空間が信じられない。

 そんな物思いに浸りながら食事をしていると、家の前で馬車が止まった。無理矢理道に入ってきたみたい。

「やぁね。常識知らずは。誰かしら」

 あたしはスプーンをおいて表に出て行く。すると王妃様が立っていた。

「お・・・!」

 王妃様は唇に指を立てて言葉を発しないように示す。あたしは言葉をやっとこさ、飲み込んだ。

「エルンストのお馬鹿はいる?」

「今食べてますけど・・・」

 王妃はつかつかと食事しているエルンストの所に行くと、ばん、と大きな音を立てて紙切れをたたきつけた。

「エルンスト・・・これは何かしら?」

 横からあたしはのぞき込む。

「財産分与放棄」

 その書類の名称に背筋が凍る。

「だからさー。母さん。貯金なんていらないんだよ。俺とエリアーナは稼いでそのお金で生活していくんだ。エリアーナの宝飾類をうっただけでもかなりの額なんだ。家賃には困らない。就職口はなかなか見つからないけど一応危ない仕事を避けた場合だから賞金稼ぎでもすればきっとまたお金はついてくるよ」

「それがエリアーナが望んでいることかしら?」

 ちろん、と王妃様があたしをみてあたしはぶんぶん、と首を横に振る。

「その内その美しい髪も売るんでしょう?」

 見透かされていた方策にあたしは唖然ととする。

「そりゃ、お金が底をついたらするつもりでしたけど・・・」

「あなた。妻にそこまでさせておいて毎日、魚釣りなんてよくできるわね」

「って。これは俺とエリアーナの問題だ! 母さんとはもう縁が切れてるんだよ!」

「でも民兵で召集されれば歩兵として行かないといけないのよ。前より危ない戦だわ。エリアーナは必死で負傷者を助けていた。命を削るように」

 どき、とした。確かに魔力は無限ではない。あたしは治療行為をするのと反比例に命がすり減っていくのを感じていた。

「エリアーナ! そうなのか!」

 エルンストが立ち上がってあたしの肩をつかむ。

「俺と結婚するんじゃないのか?」

「二千年のミイラと結婚するもんじゃないわよ。あたしは少しだけ夢を見たかっただけよ」

 ぱしん、渇いた音が響いた。エルンストは怒っていた。始めて見る表情だった。胸が痛い。振り切るようにいう。

「エルンストはアリアンヌや他の姫君と結婚した方がいいわ。あたしはもう命が残り少ないんですもの。ほっといたってあと一ヶ月もすれば死ぬわよ」

 一ヶ月。それがあたしに与えられた夢の時間だった。

「どうして!」

 エルンストの目に涙が浮かんでいた。見たくなかった。あたしは家から飛び出した。

「エリアーナ!」

 エルンストが止めようとしたけど無理だった。あたしはとっさに防御壁を作って後を追えないようにしていたのだ。あたしは走る。どこをどう走ったのかわからなかった。

「ここは・・・?」

「よう。嬢ちゃん。可愛がってあげよーか」

 薄っぺらい笑みを浮かべた男達に囲まれていた。冷たいものが背中に走る。だけど、それは一瞬の事だった。すぐにエルンストの腕の中にいた。兵士が男達を連れて行く。

「怪我はなかったか? すまない。急に大声を出して」

 エリアーナ、とエルンストが名を呼ぶ。

「一ヶ月なんて嘘だよな?」

 いいえ、とあたしは言う。

「王妃様の言ったことは本当よ。あたしは自分の魔力を使って治療してたの。もう魔力も命も少ないわ」

「結婚しよう。今すぐにでも。俺は王子に戻ってエリアーナに求婚する。それでこの領地を治めていこう。魔力というか命を補強する方法はあの隣のじいさんが知っている。頼み込めばなんとかなる。もうエリアーナを失いたくはない」

「隣のおじいちゃんって何者なの?」

「黙ってて悪かったけど宰相にして大魔術師だ。エリアーナの命を取り戻せると言っている。母上が、見張り役として隣の家に住まわせていたんだ。口止めされていて何も言えなかった。俺はしょせん意地汚い王室の人間だったわけだ」

「意地汚いなんて言わないで。立派な王室の方々よ。あたしの命はあたしのものだわ。もう二千年も眠るなんてできない。もういいのよ。あたしは死にたいの。死なせて」

 震える声で言うあたしをエルンストは強く抱きしめる。

「死なせるもんか。エリアーナを俺は愛している。例え、落とせなかったとしても。俺の鳥頭じゃ解決出来ないけどあの宰相と母上なら何かできる。もう、ミイラなんて言わせない。エリアーナは今、生きているんだ。俺の腕の中で」

「える……ん……すと……」

 エルンストの声が遠のいていく。ああ。あたしはあの障壁を作ったことで命をさらに縮めたんだわ。さようなら、エルンスト。王妃様。薄れゆく意識の中であたしはそう呟いていた。


取り戻した命、なくなった魔力


気がつくとあたしは天井が白い部屋に寝かされていた。

「天国?」

 ぽそ、っと言うとエルンストがのぞき込む。

「エリアーナ起きたんだね。よかった」

 うっ。だからその目には弱いのよ。心臓に悪いわ。と、そこまで考えて死にかけていたのを思い出す。

「ここは?」

「病院だよ。宰相がエリアーナの命を助けてくれてそのままここへ運ばれたんだ。もう魔力は残ってないから使わないで」

「まりょ・・・くが・・・ない?」

 顔面から血が引く。魔力なしでどうやって生きろと? エルンストはその事が解ったようで言う。

「普通の人間のお姫様なんだよ。エリアーナは。もう二千年前の人間じゃない。今、生きている人間なんだ。俺のことそんなに嫌い?」

 ああ。だからその子犬のような目、やめて。

「嫌い・・・じゃないわ。ただ、夢を見たかっただけ。あたしもエルントが・・・」

 その後を言葉にするのはいやだった。まるで負けを認めたかのようだったから。

「俺が? 何?」

 優しく聞いてくる。

「好き、なのよっ。全部言わさないで! あなたはあたしに指一本触れずに落としたのよ」

「今、手握ってるけど?」

 だーっ。問題はそこじゃない!

「わかった。解ったから。銀のお盆を取りに走らないで。エリアーナとだったらどこでも暮らせると思っていたけど間違いだった。俺、結局、剣を振るうことしかできない。城に帰ろうとはいわない。ただあの俺の領地で一緒に生きていってくれない?」

「それってプロポーズ?」

「うん」

 にかっとまた笑顔になる。その笑顔に弱いのよ! 特に今は。

 はぁ、とあたしは大きく息を吐く。

「エリアーナ?」

「わよ・・・」

「何?」

「だから、いいわよ、って! 領地でもなんでも行くわよ。エルンストの行くところなら」

「エリアーナ!」

 だー。馬鹿力で抱きつくな。肋骨が折れる!

「まだ、目が覚めた所なんだからもっと優しく抱いてお上げなさい」

「王妃様! エルンスト開放して!」

 エルンストがしぶしぶ離れる。一応、まだ清い仲なんだからこれ以上は許さないわよ。じと、っとにらみつける。それから王妃に目をやる。

「あなたも、これで死ぬことはしないでしょう? 今度は本当に死んでしまうのだから。人間は弱い生き物。でもだから一人でなく二人で生きていくのよ。エルンストの嫁としては合格よ。他の妃の馬鹿王子に比べればエルンストはまともな思考回路を持っていますからね。領地で療養しながら花嫁修業するのね」

 花嫁修業・・・。ホントに結婚するんだ。急に恥ずかしくなったあたしを見て王妃がにっこり笑顔になる。

「初心ね。男を手玉に取るぐらいになっておきなさい。挙式はもう少し後だから。エルンストをコロコロしてなさい」

 そうして王妃が出て行くと、隣に住んでいたおじいちゃん、もとい宰相がやってくる。

「おめでたいことですな。すみませぬ。だますような真似をして。ですが、いて正解じゃった。魚だけなら栄養失調ですぞ」

 あたしはかぁ、っと頬が赤くなる。確かに生活力のなさは実感せざるを得ない。

「姫にはもう魔力はございませぬ。これからはエルンスト様と協力して生活なさい。せめて、魚一本から野菜も食べるようにして。栄養バランスは大事ですぞ。そうそう。それなら、今ある食材を言えばレシピを言ってくれるオートマタを調達しましょう」

 オートマタ。あの機械の事。それをこの国ではオートマタと言っている。

「本当に結婚するの? 二千年前のばばあのミイラよ?」

「ミイラなんかじゃない。ちゃんと女の子の心を持った生きた人間だよ。姫、エリアーナ姫。俺と結婚して下さい。もう、無理はさせない。俺が全力で守る」

「エルンスト・・・」

「だめ?」

 ああっ、その子犬の目は止めて! あたしは照れ隠ししながらぽそっと言う。

「二度もプロポーズはいらないわ、いいわよ。その代り、第二妃とか入れたら即、離婚だからね」

「姫!」

 がばっとあたしはまた抱きしめられる。ぬくもりが伝わってきてほっとする。

「姫? 泣いてるの?」

 エルンストが頬に触る。あたしはいつの間にか泣いていた。失った過去に。もう会えないお父様やお姉様達。

「二千年の時はもう戻らないけど、これから未来に生きていこうよ。もう泣かないで。またお墓参り行こう。姫の父上達のお墓は俺の領地内にあるんだ。あの領地はエリアーナが生きていた土地の未来の形なんだ。いや、今の形かな?」

 どーしてそんなに優しいの? 心が揺さぶられる。涙があふれる。

「お父様・・・。お姉様・・・」

 こらえていた涙がこぼれる。ずっと我慢していた涙が。それをエルンストは布で拭う。

「大丈夫。これからは子供達が生れて姫は昔を考える暇もないよ」

 子供! そうよね。結婚すりゃ、することは一つ、よね。

 あたしは冷静になると同時に恥じらいを感じてしまう。どこまであたしも初心なんだか。

「何時にする? 結婚式」

 エルンストが取り出したカードは暦だった。

「この日なら大安だよ」

「何? その大安って」

「いい日ってこと。結婚式は大安にすることが多いんだ。でも療養期間が必要だなぁ。え~と」

 暦のカードをめくりながらエルンストは暦とにらめっこしている。それがおかしいのか涙腺崩壊して感情が壊れたのかあたしは笑っていた。

「姫。これは重大なことだよ!」

 間抜け面で主張するところがまたエルンストらしい。

「結婚式なんていつしても一緒よ。どうせなら天赦日にしたら?」

「なにそれ?」

 エルンストがまっすぐな視線を向ける。

「子供はコウノトリさんが運んでくれるから当分清い仲で」

 あたしの言葉にエルンストが百面相をしだしだ。それがおかしくてずっとエルンストで遊んでいたあたしだった。



見つけた終の住処


「お父様・・・お母様。お姉様達、ここで眠っているのね・・・」

 あたしは苔むす墓標の前で跪くと手を組んだ。そして祈る。

 エリアーナは無事、おムコさんを手にいれましたよ、と。

 どこかでみんなが見ている気がした。ふいに涙がこみ上げる。小さく肩をふるわせているあたしの背中にエルンストが手を置く。

「つらいね。人の死は。それも二千年越しなんて」

「エルンスト・・・」

 涙で濡れる眼差しでエルンストを見る。いずれ、この人も戦で亡くなるのだろうか。

「大丈夫、俺はもう戦に出ない。領民の安全を守る以外には。それが財産放棄の条件なんだ」

「そう・・・」

 元気なく立ち上がるあたしをエルンストが抱きしめる。馬鹿力で。

「だーっ!! 肋骨が折れる! 少しは手加減覚えなさいよ!」

「ほら。いつもの姫だ」

 コイツ確信犯か。わざとしたわね。じとっと見ても素知らぬふりをしている。一応、元気をつけようとした努力は認める。あたしは、そう思いながらエルンストの手を握る。

「姫?」

 ふふっ。明らかに動揺している。どうだ。あたしだって恋人の振りの一つや二つは出来るのよ。

「仕返し、だね」

 エルンストが輝く瞳であたしの瞳をのぞき込む。

 あたしはふん、とそっぽを向く。

「まぁ。役得ということで。これで帰るよ」

 えっ。手つなぎのままで?

 焦るあたしの手をしっかりと握ってエルンストは歩き出す。ここは館からかなり近い場所。徒歩五分ってとこ。また、来るね。お父様達。

 ちょっとだけ振り向いて墓標に別れを告げる。

「また、来ればいいよ。歩いて五分なんだから」

「わかってるわよ。それぐらい」

「なら。いいんだ」

 妙に上機嫌なエルンストにあたしは勘ぐる。

「何かあるの?」

「さぁ?」

 お花の生えた頭の王子様はすっとぼける。そして、館に着くと庭に旗が庭に上を縦横無尽に飾られていた。テーブルがでていて、そこにはアイスクリームらしきものが至る所にあった。

「ちょっと。あれ、全部アイスクリームなのっ?」

 そうだよ、とエルンストが言う。

「姫の好きなアイスクリームで結婚式。好きなの食べていいよ」

「って、全部たべられる量じゃないじゃないのー。溶けるっ」

「そこは大丈夫。領民を呼んでるから選んだ後はみんなが食べるよ」

 なにー。こんな結婚式聞いたことがない。

「ちょっと。ウェディングドレスぐらい着させなさいよ!」

 この人生で大一番の時に普通の服? 神経を疑う。

「ああ。ドレスが着たかったら選び放題だよ。母上が山ほどこさえてくれてる」

「王妃様が?」

 そんな話をしていると、ずらりと並んだドレスが引っかかっているものがでてきた。そんな形なんて・・・。乙女の夢を返せーっ。

「大丈夫。結婚の誓いの式は姫がもっと元気になれば挙げるから。今日は仮祝言」

「仮祝言なら、一緒に眠れないわね」

 あたしは意地悪を言う。そしてあの食べ損なったソフトクリームなるものにぱくつく。

「えー。今日から夫婦なのにー」

「結婚の誓いはまだだもの。当分、別居ね」

「エリアーナ」

「何」

「意地悪」

「今頃言う? あたしは意地悪よ。ずーっと」

「知ってるけど。まぁ、お盆で殴られるよりはいいか」

「殴ったらそのお花の咲いた頭にまたお花が増えるから」

「お花って・・・」

 ふふ。絶句しとる。あたしは次にジェラートだと名称の書いてあるのを確認して食べ始める。

「姫~」

 エルンストがぶら下がる。子供か。あんたは。

「領民に示しがつかないわよ」

「いいもん。姫がそのつもりならアイス全部、領民に上げるから」

「ちょっと待てっ。これはあたしのものでしょっ!」

「さぁてね」

 エルンストが意地悪そうに言う。こいつこういうことも出来るのか。

「旦那さんには尽くさないとね」

「誰がっ」

「じゃ、領民のみなさんー、残ったアイスどうぞー」

 エルンストが言うとどこにいたのか人の山になる。

「密よ、密」

「それがどうしたの?」

 ああ。私の生きていた頃の病気はもうないのね。妙に納得する。

「いいわ、解らなければ、当分清い仲だからね」

 そう言って、ぴとっと抱きつく。エルンストが百面相を始める。

「ふふん。清い仲続けられるかしらね」

「確信犯だね」

「そうよー。男の理性を試してるの。これで何かしたら離婚だからね」

「ひめー」

「何?」

「意地悪」

「こんな仮祝言あげるからよ」

 そう言いながらも抱きつているエルンストからは離れない。暖かさが心にしみる。

「暖かいわね」

「これが生きている証拠。姫も暖かいよ」

 そう言って頤に手を当てる。顔が近づいてくる。その寸前であたしはエルンストの足を踏みつけた。

「姫!」

 エルンストはあたしを放り出すとぴょんぴょん、はねている。

「みたか。二千年で培ったあたしの意地悪を」

「知ってるから、もう足踏まないでー」

 あたしとエルンストの夫婦漫才を見ていた領民が笑う。

「領主様、女に簡単に手を出すもんじゃないですぜ」

 最近、領地を巡っている内に顔見知りになった領民達が口々に言う。

「姫様。これをお食べ下さい。エルンスト様は魚ばかり釣ってくるから野菜を食べさせなさい、とお偉い方から言われますので」

「まぁ。綺麗なトマト。あたしトマト大好きなのー」

 きゃっきゃと女性と井戸端会議を始める。

「ひめー」

「しーらない」

 仮祝言はそれから延々と続いたのだった。



狙われる姫そして……。

「また、来るね。お父様、お母様達」

 そう声をかけると立ちあがって館へ向かう。

 朝の散歩のコースに墓参りが加わった。徒歩五分だからその辺歩いてここで祈って帰ることにしている。

 エルンストが着いてくるかと思いきや、彼は領主の仕事で悩殺されていた。だが、この後の朝食の時間はうるさい。エリアーナ、と言って背中にぶら下がる。

「だから。重いってば!」

 今日もエルンストのおんぶお化けがあたしの背中にくっつく。

「姫~。同居しようよ~」

「してるでしょ」

「一緒のベッドで寝よう~」

「い・や。狼になるから」

「羊になるから」

 うんにゃ。信用ならない。

「お年頃でしょーが。信用できるわけないでしょ」

「お年頃とっくに終わってるよ~。一人は寂しいんだよ」

 それは解る。あの、一緒に暮らしてる街の家ではベッドは別々にしていたものの寝起きを共にしていた。

「ダブルベッドをシングルに替えたらね」

 あたしの最大の問題点を落として席に着く。

「あそこは昔からダブルなんだよ~」

「だから。だ・め、なの」

「ちぇ」

 今日も説得に失敗したエルンストは朝食にいらだちをぶつけているのか、ばくばく食べる。どこの胃にそんなに入ることになっているのやら。まさに食慾魔人だわ。

「食べないの?」

 エルンストの食事に気を取られているとあたしの皿にロックオンしてくる。

「だーめ。妻は栄養バランスを考えて食べてるから。エルンストも釣りを日課にしないで、家庭菜園とかにしたら? 魚だけじゃ栄養不足よ」

「お肉も必要でございます」

 執事が口を挟む。

「よねー。エルンストは狩りがとことんダメなんだから、誰かに取ってきてもらえば?」

「い・や」

 今度はエルンストの強がりが始まる。

「狩りもするからさー。一緒に寝よ」

 結局、そこへ落ちるんかい。

「何か肉を取ってくればね。買えるんだし買ってもいいのに」

「贅沢は敵です」

 なに標語のように言ってるんだか。あたしは早々に食べ終わると席と立つ。執事が頭を下げ、あたしは中庭に行く。ここにあたしが産まれた時に植樹された木が腐りもせず、残っているのよ。そこの下で読書するのがいつものあたし。その本をエルンストがとりあげる。

「ちょっと! あたしの朝のルーティンを潰す気?」

「こんな難しい本読んでいたら栄養失調になるよ」

 それはあんたのせいでしょーがっ。

「本で栄養失調にはならないわよ。返して」

 立ち上がって本を取ろうとするけど、最近また、背が伸びたのか手が届かない。

「ベッドで寝てくれたらねー」

 ひょいひょいと逃げるエルンストにふと、怖くなった。このままこの人を失ったら・・・。

「姫? 顔色悪いよ」

「・・・なないで」

「何?」

「死なないで、って言ってんのよっ」

 そう叫んで本を奪還することに成功した。だけど、あたしの心はどんよりと暗い。

「死なないよ。だって。戦に出ないもん」

「でも、病気になることもあるわ」

 どよ~ん、と暗いあたしをエルンストが抱きしめる。

「そんな顔をしないで。俺は一生、姫を守ることを考えて生きてるんだ。死ぬわけないだろ?」

 その時だった。エルンストが急にあたしを離すと、背中の方に覆い被さった。

「エルンスト?」

 そのままずりずりと倒れ込む。あたしは次の矢をつがえている人間の姿を確認した。

「エルンストは死なせないわ!!」

 エルンストの前に立ちはだかる。あたしの大声に護衛の者達がやってくる。この時間には狙われないだろうと離れていたのだ。四六時中ついててはお年頃が発揮できないだろう、ということで。それがこんな形で仇になるとは。

 矢を射っていた人間は森の中に逃げていく。

「深追いしなくていいわ。それよりもエルンストに医師をよんでっ」

 あたしの半ば怒鳴るよう言った言葉で使用人が集る。

 こうして、エルンストは私とは逆にベッドの住人に変わった。解毒剤を打ってもらったエルンストは昏々と眠り続けていた。心臓に悪いわ。この状況。あたしはエルンストの力の入らない手を握りしめてお父様達に祈った。

「エルンストを連れていかないで」

 ぽとり、とあたしの涙が落ちる。こんなことがある度にあたしの心にはエルンストが住み着いていく。

「いかないよ。姫」

 何度泣いたか解らない時、不意に握った手をエルンストは握り返してきた。

「エルンスト。今、医師を」

「その前に」

 空いた手であたしの頭を引き寄せるとキスをする。今までの軽いキスじゃなかった。まるで思いを込めるかのような大人のキス、だった。あたしは何かに流されようとしていた。

「このキスしてもここに眠らない?」

 あたしは顔を真っ赤にする。それを意味しているのは、一つのことだったからだ。エルンストがあたしをベッドに引き込む。そしてまたキス。とうとうやってきたのだ。本当の妻となる日が。あたしはエルンストに身を任せた。



これから何百回も言う言葉


「ひーめ」

 今日もあたしの背中にエルンストがぶら下がる。それを振り落としてふん、とそっぽを向く。が、威力は限りなくない。


 あの日、正式に奥さんになってから、このぶら下がりがルーティンに加わった。それをずりずり引っ張って朝食の席に着く。すると、エルンストは頭にお花が咲いた状態で席に着く。そして朝食が始まるが、エルンストは限りなく上機嫌だ。


 でも。と、あたしは思う。まだ、エルンストに軽く好きとしか言っていない。ただのじゃれ合いの延長としてしか言ってない。本気で、愛してる、と言っていない。なんとなく心が通じたって感じ。エルンストはそれだけでもう浮かれ騒いでいる。領地を巡るときも「俺の奥さん」と言いふりまわしてる。


「エルンスト、結婚式はあるんでしょーね」

 鋭く聞いてみるが、反応は限りなく薄い。彼の食事時に理性はない。まさに食欲魔人。

「何か言った?」

「いいえ。続けて頂戴」

「そう」

 そう言って昨日釣ってきた魚の料理を食べる。相変わらず、魚一本。肉料理はめったに食卓にのぼらない。かろうじて近所の奥様方から家庭菜園の野菜をもらってサラダは成り立っている。

「エルンスト。お肉を取ってきたらあの主寝室で寝てもいいわよ」

 ぽっ、と言って見るとエルンストがらんらんと目を輝かせている。

「ホント?」

「ほんと」

「じゃ。おっちゃん達と狩りにでかけてくる」

「気をつけて。この間みたいに暗殺されるんじゃないわよ」

 その事件は今だ、解決していない。ので、あたしも強く言えなかった。あのまま失っていたら・・・。恐ろしくて何も考えられない。

「エリアーナ様、顔色がお悪いようですが」

 そばにひかえていた執事が心配する。

「大丈夫よ。いつもの事だから。ご馳走さま。今日もおいしかったわよ」

「ありがとうございます」

 執事が丁寧に挨拶する。それを横目にあたしはまた部屋に本を取りに戻るとまたあの木の下に行って読書を始める。歴史書が今の愛読本だ。あたしが眠りについて二千年の間に何があったのか、と気になって読み始めたのが運の尽き。どんどんはまって、専門書まで読みあさる日々だ。


あっという間にエルンストが帰ってくる。

「え? 狩ったんじゃなくて・・・買ったのね」

 袋に入った肉の塊を見てあたしはため息をつく。

「おっちゃん達に相談したら店の肉で十分っていうからさー。経済を回すためにもいいと思って」

「まぁ、いいわ。それを夕食の時に調理してもらって」

「うん」

 エルンスト、と去って行く夫に向かって声をかける。

「挙式してくれるんでしょーね」

「するよー。この間の事件が終わったら」

 って、なーんにもしてないじゃないのっ。何時になったらウェディングドレス着れるのよっ。


 もう少女でもないあたしは乙女心を持て余す。

「ほんとに奥さんだもんね」

 あれからあの儀式は毎夜行われている。エルンストが離さないのだ。普通、結婚してから迎える日を仮祝言後に経験し、結局、教会告知してあと三ヶ月後に挙式になっている。その間に子供ができてたら、と思って寝所は一緒にしていないのにエルンストは毎回お姫様だっこして連れに来ると儀式いそしむ。そしてまたお姫様抱っこしてあたしの部屋で寝付かせる。なんだかまどろっこしい、事だが、何故かエルンストは律儀に部屋へ帰してくれていた。

それにあの射手は誰だったか、誰が差し向けさせたのか解っていない。森の中で一人の遺体が発見された。確認したエルンストは、あの射手であると言った。見たのはエルンストとあたしだけだ。だけどあたしには死体は見せたくないと行って見れなかった。あたしも死体は見たくない。ただ、エルンストの言葉を信じるしかない。


 ふいに、視線を感じてあたしはちらり、とその視線を追う。

「エルンストー! 声ぐらいかけなさいよっ」

「ごめーん。姫。なんだか考えことしてたみたいだったから」

「してたわよ。あなたを襲った人物は誰だったのか、って」

 いうと刹那、抱きしめられる。

「姫はそんなことかんがえなくていーんだ。姫は俺が守る」

「エルンスト・・・」

 好き、って言いかけて止まる。なし崩しになるのは嫌だった。つけ込むようで。今、エルンストは恐れている。あたしが死んだら、と。それぐらいはわかるようになった。その時ばかりは頭のお花が消えるのだ。

「エルンスト」

 少し彼を追いやって瞳をのぞき込む。

「この事件が終われば、言うことがあるの。その時、まじめに聞いてくれる?」

「ああ。エリアーナ愛してるよ」

 そう言ってまた抱きしめる。あたしは心の中で、あたしも愛してるわ、と言う。最近、エルンストは素直に愛情の言葉を告げるようになっていた。前みたいにふざけないで、真剣に言っていた。それに応えたいけど、まだあたしの中にツンデレが残っていた。素直になるにはまだ少し時間が欲しかった。だけど、言いたい。今、言わなければ後悔する、そんな気がした。そしてついに決心をする。

「やっぱり、事件の解決の前でも言うわ。エルンスト。あたしはあなたを愛しているわ。もうどこにもいなくならないで」

 そうしてぎゅっとしがみつく。震えが止まらない。恐怖があたしを支配していた。

「大丈夫。俺はどこにも行かない。ついに言ってくれたんだね。愛してるって。うれしい。俺は世界一の幸せ者だ」

 そう言ってお姫様抱っこをする。ということはすることは一つだ。

「ちょっと。まだ朝よ。仕事だって」

「今日は一日お休み。エリアーナと過ごす。こんな素晴らしい日はないよ。エリアーナが愛を告白してくれたんだから」

「そんな言葉、これから何百回も言ってあげるわよ。愛してる。エルンスト」

 そう言って彼の首に手を絡ませる。軽くエルンストはキスするとあたしを主寝室に連れていく。使用人たちはにっこりしている。跡継ぎを切望してるのだ。それに直結する朝の儀式がルーティンに加わったのだった。



エピローグ


三ヶ月後、あたしとエルンストは領地内の聖堂で結婚式を挙げた。領民の子供達があたしの長いレースとドレスの裾を持って歩いてくれる。あの時のあたしはとても輝いていて綺麗だったと、後に王妃様が言っていた。


 高揚感があたしを包む。本当に結婚するんだ、と。出会って、そうたいした時間もないのにあたしとエルンストは恋に落ちた。王侯貴族のお決まりのお見合いでも政略結婚でもなく、普通に出会って普通に結婚式を挙げている。


 まぁ、出会いは最悪だったけど。今ではこの隣に立っている夫を愛している。そんな感情があたしの中にあるのが不思議だった。二千年眠っている間にそんな心は無くなっていた、と思っていた。でもエルンストは別に恋も愛も強要しなかった。だた、好きだよ、愛してるよ、と言うだけだった。

 だから今日まで主寝室で一緒に眠る事もなかった。一応、正式なことにはなってるけど、必ずあたしの部屋まで送ってくれた。今日からはそれはない。あの儀式の後もその前も一緒だ。なんだか嬉しかった。そしてそんな自分が不思議だった。いつの間にあの頭にお花の咲いた王子様に心を持っていかれだんだろうか。


 隣でにやにやとへたれ顔をしてる夫の顔もイヤじゃない。むしろ、そんなへたれ顔のエルンストが好きだった。あたしの理想も落ちたものだわ。もっと理想は高かった。ハンサムで背が高くて、賢くて、お金持ちで、権力があって、って。それが今では一領地を治めている子犬の目をした男と結婚式を挙げている。

「姫様おめでとー」

 領民の前にあたしとエルンストは立つ。ブーケトスに領民の若い女の子達がスタンバっている。

「行くわよ」

 背中を向けてウェディングブーケを投げる。後ろで取り合っている女の子達を見る。あたしもあんな子と同じなのね。普通に人を好きになって普通に家庭持って普通に子供育てるんだわ。人並みの幸せで十分だった。それにエルンストはただの頭にお花の生えた王子様じゃなかった。


 この三ヶ月間で、あのあたしを狙おうとしていた真犯人がわかった。アリアンヌの家の者だった。王妃様の言うバカ息子兄達に一度は近寄ったものの、王様に引き立てられないのを見たアリアンヌの家の者はあたしを亡き者にせんとしていろいろな手を使ってきた。食事に毒を盛ったり。上からレンガを落としたり。王道の嫌がらせと殺しの手を出してきていた。それが、つい先日、露見してアリアンヌ達は捕まった。そして安全策を厳重にしつつも領民に祝福される結婚式が挙げられた。

これから行われるパーティーにもあたしとエルンストは領民全員に招待状を送った。小さな領地だから人数もそんなに多くはない。広間に集ったら密だけど、中庭ならそこそこはいける。昔の癖でつい、密よ、と言いがちだけどこの国にはそんなに危ない病気は存在していなかった。

そして、あたしは最近、料理長と一緒に食事を作っている。宰相のオートマタが入ってやっとまともな食事になったのだ。相変わらず、狩りの嫌いなエルンストは領地内の肉屋で塩漬け肉を買ってくるけど。野菜は近所の家庭菜園からもらうし。魚だけ食べきれないほど釣ってくる。その処理に困っていたときにオートマタが来たのだ。これこそ、神様よ。

レシピが山のように出てくる。あたしはそれが面白くて館の台所に立つ。最初は困っていた料理長もあんまりにもあたしが喜び勇んで料理をするのを見て見方を変えたようだった。今では一緒に作って使用人達もそろって食事する。執事は断固として食べないけどあとで、おいしいと連発して食べているらしい。それは逆に嬉しいことだった。


 館のみんなはもうあたしの家族だった。失われた二千年を補うかの如く家族だった。領民も一緒。たまに子供達とブランコに乗って遊んだりもする。そうしているとエルンストが真っ青になってすっ飛んでくるけど。危ない、って言ってブランコから下ろすのよ。

あたしには慣れた遊び道具でもそんな遊びを知らないエルンストは大慌てになるようだった。

いずれ、この子にもブランコや滑り台を教えて上げようと思う。

今日、式はあげたものの、あたしのお腹の中にはもう跡継ぎが宿っていた。優秀な病院に連れて行かれて性別まで解っていた。こんなにお腹も出てない時点でわかるって、未来はすごい。性別は男の子だった。エルンストは娘が欲しかったらしくひどく落胆していた。でもそこから復活は早かった。

名前を決めるのに大騒ぎしてる。もうはや、三ヶ月近く経つのにまだああだこうだ、と悩んでいる。エルンスト二世でいいじゃないの、と言うと断固反対、と言われた。どうして、と聞くと頭にお花が咲くから、って。

 相当あたしが言ったこの言葉に、ショックを受けているらしい。

でも、エルンストが頭にお花が生えているからあたしの心をつかんだのだ。他の兄王子達では無理だったろう。

あたしはエルンスト二世で通そうと思ってる。折れてくれるのが何時のことやら。ため息を軽くつくと、エルンストが見る。

「どうしたんだ?」

「名前で困ってるのよ」

「絶対にあの名前だけは阻止する」

「いいじゃないの。正直という意味を持っているのよ。あなたの息子にふさわしいわ」

「正直が馬鹿を見るんだ」

「その大元は馬鹿を見たの?」

 きっかり三秒黙っていた。そして言う。

「いいや。最高の奥さんが来た。俺の人生の運はこれで使い果たした」

「運ならあたしがあげる。何時までも幸せにして上げるわよ」

「エリアーナ」

 顔が近づいてくる。それをよけるあたし。

「どーして逃げるんだ」

「人前でラブシーンするほど馬鹿娘じゃ無いわ」

「じゃ、今すぐ館へ入ろう。館へ」

「何言ってるの。領民のみんながあなたを祝福してくれてるのよ。あのおっちゃんと酒の潰し合いでもしてなさい。あたしは奥様方と夫の操縦方法でも聞いてくるわ」

「ひめ~」

 ドレスを引きずって奥様方の方に行くあたしをエルンストが追いかける。


 あたしはくすり、と笑う。

「一生、追いかけさせて上げるわ」

 あたしの意地悪がまた始まった。


 二千年の時を越えて出会った人。もう、あたしは一人じゃない。一緒に生きていく。あなたと子供達と。


 あたしの未来は明るく輝いていた。


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