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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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忘れたい過去

 雨が止み、薄霧の立ち込める上海の裏路地に、2人の男がいた。

「……時間だ。行くぞ」

 やがて一人がそう日本語で合図すると、もう一人もそれに頷いた。そして時計の針を合わせると、2人が路地裏を抜けた。そこは第一次侵攻、そして戦前の街並みの残る旧市街地だった。特徴のないレインコートを羽織る二人に、露天商の人々が声を掛ける。だが、2人の意識はただ一つに向いていた。

 数分歩いたのち、2人はとある雑居ビルの前で立ち止まった。

「どうだ赤本、”見える”か?」

 男の問いかけに、赤本と呼ばれた男は答えた。

「……分かりません。まだ慣れていないので」

「そんな事を言っていられるか。奴を使え」

「……了解」

 赤本は躊躇うように若干間を空けて返事をすると、金属製のマスクのようなものを懐から取り出して顔に装着した。そして言った。

『生体ナンバーM1‐F、赤本明石。精神を適合する』

 その瞬間、マスクの排熱口が開いたかと思うと、赤本の脳内に膨大な情報が流れ始めた。その濁流の中で、赤本はなんとか意識を保つ。そして声が聞こえた。

「また俺を使うつもりか?アカモト」

(黙れ怪人、さもなくば意識を削除するぞ)

「そう突っかかるなよ。それと、俺の名前はキルケアだ。ただの怪人じゃない」

 キルケアがそう言った頃には、赤本の意識は完全に回復していた。

『適合完了しました』

「周辺環境を確認しろ」

 隣の男はガスマスクを付けながら言う。

『……います。4、いや5体が3階に集中』

『情報通りだな』

『出雲隊長、先頭は俺が』

 赤本の提案に、出雲は少し考えて答えた。

『……いいだろう』

 そして出雲は懐から拳銃を抜くと言った。

『光学迷彩解除』

 その瞬間、2人の周囲に数人の武装した隊員が姿を現した。そして赤本はレインコートを脱ぎ捨てると、背中に隠し持っていた剣を抜刀した。

『特務処理班、行動開始』

 出雲がそう言うや否や、赤本は尋常でないスピードでビルに突入した。

(最短距離で行く)

 赤本は階段の手前で踏み切り、一息に二階まで上がると、踊り場の窓から非常階段に飛び降りて、なんと三階のてすりまで跳躍した。すでに赤本の身体能力は人間のそれを遥かに超えていた。

「さすがレストア様が認めた男だ」

 頭の中で声がする。赤本はそれを無視して三階の非常扉をこじ開けると、目の前の扉を蹴破った。横の古めかしい表札には『白鈴公司』と書かれていた。そして室内には、数人の男たちがいた。その誰もが、赤本の登場に動揺はしていなかった。人間離れした処理速度で状況を理解し、人間離れしたスピードで赤本に襲い掛かっていたのだ。だが、赤本も動じてはいなかった。

『クソ怪人共が』

 赤本はただそう吐き捨てると、目の前の怪人の両腕を両断していた。さらに1人、2人と瞬きをする間も無く切り伏せていく。その時だった。両腕を失った怪人が赤本に体当たりをしてきたのだ。

「背叛者去死!(裏切者は死ね!)」

 そう叫び突進してくる怪人に、赤本はただ剣を床に突き立てた。そして、特殊合金で成形された『術刀』は、怪人の体当たりを受け止め、そして両断した。気づくと、赤本の周りには血の海が出来ていた。それと同じタイミングで出雲たちは三階に到着した。そして目の前の惨状を見て思わず息を呑んだ。

(まさか、今の1分弱で怪人5体を制圧したのか?)

 それも一人で。

(とても同じ人間とは思えない……)

 出雲は思わず冷や汗を流す。そして赤本に呼びかける。

『赤本、状況を報告しろ』

『当該怪人5体を駆除しました。半径500メートルに新たな怪人の反応はありません』

『……ご苦労』


 上海郊外のビルへの突入作戦から一時間後、出雲と赤本は近くにある滴水湖のほとりにいた。ベンチに腰かける2人は、煙草をふかす。

「……赤本、お前煙草吸うんだな」

 出雲は言う。

「貴方こそ」

 伊地知一佐をはじめ、特殊作戦群に壊滅的な被害を出したヘッドハンター作戦以来、数少ない生き残りである出雲は喫煙を始めたのだ。

「まあ、お前と同じだ。こんなものでも、幾ばくかは気も紛れる。染み付いた罪悪感も、忘れたい過去も、この煙がうやむやにしてくれる」

「……何が言いたいんです」

 出雲はまず一服すると答えた。

「ただの真似だ、伊地知隊長の。あの人は時々こうやって話を聞いてくれた」

「あの人がそんな事を?」

「そうだ。お前は隊長を避けていたから知らなかっただけだ。多分、東雲は知っていただろうさ」

「………」

 赤本は答えない。赤本の煙草はゆっくりと煙をくゆらせる。

「お前はこれでいいのか?赤本」

「どういう意味です」

「お前にはまだ仲間がいる。なのに彼らを避けているだろう」

「分かったような事を……」

 赤本は煙草を吸う。

「失ってからでは遅い。人は簡単に傷つくんだ。俺の同僚は全員死んだ。その内の半分はまだドックタグも回収できてない」

「諏訪部たちは非戦闘員です。特殊作戦群とは違う」

「ではなぜ東雲は死んだ」

「……!」

 出雲の発言に赤本は思わず出雲を睨みつける。

「さっきから、一体何が言いたいんですか」

「分かれよ、赤本。目先の憎しみに囚われて、もっと近くにいる大切な存在を忘れるな。お前は明らかに逃げている。怪人との一時的な適合実験に参加したのも、その結果キルケアの精神体を預けられたのも、俺には現実逃避の手段と結果にしか見えない。……そんな顔をするなよ、俺には分かるんだ」

 赤本は出雲から目を逸らすと、煙草の火を乱暴に消して携帯灰皿に入れた。

「分かりませんよ。俺も貴方も。結局、分かり合えることは無い。人も、怪人も。怪獣だってそうだ」

 赤本はそう言うと、ベンチから立ち上がった。

「日本に帰るか」

「はい。もう少ししたら、源も帰ってくるので」

「そうか」

 そして赤本の後ろ姿を見ながら、出雲は思った。

(それでも変わらないといけないんだ、俺も、赤本も)

 出雲は煙草の火を消した。


「昨日、またもや我々の拠点が壊滅しました。相手には新たな適合者がいると見て間違いないでしょう」

 とあるホテルの一室で、アシュキルは言った。その相手である中国人の男は疑り深い目で尋ねる。

「自演、ではないのだな?」

「まさか、メリットがありません。日本は自力で怪人化技術を獲得したのです」

「ふむ、まあいい。それよりも、あのベイリンとか言う怪人はいい働きをしてくれたな。我々の競合であったユーロと日本の経営陣連中が軒並み死亡だ。その知らせを聞いた時はこみ上げる笑いが止まらなかったわ」

 男はそう言ってワイングラスを傾ける。アシュキルは若干表情を固くしつつも言う。

「……ワンCEO、春麗グループの影響力がより一層強まった今、我々との関係を強化していくことこそが重要だと考えますが」

「ああ、分かっているとも。我がグループの今日までの発展は、君たちの技術供与による所も大きい。今更申し出を無下にはせんよ」

「では、」

 アシュキルはワンCEOを見る。ワンは言った。

「電波灯台、その基幹設計図を渡そう。見返りは、そうだな。怪獣のコアを数体分と、後はラボの研究者連中の要求を聞いてくれ。どうも健康体の成人男性が足りないらしい」

「ありがとうございます。我々も最大限そちらの要望を実現すると約束しましょう」

「ああ、頼むよ」

 ワンはグラスを置くと、肥え太った体を部下に支えられて椅子から立ち上がった。

「では先に失礼する。政府との緊急会合があるのでね」

「……お気をつけて」

 そしてワンCEOが部屋を去った後、アシュキルはネクタイを緩めてため息をついた。

「はー……どうも慣れないね。あの男は」

「………」

 秘書のノシカトカルは無言で同意する。

「見なよ、このグラス。かれこれ4時間は喋ったはずなのに、ワインはおろか水すら減っていない。用心深い男だ」

 アシュキルは立ち上がると、窓から北京の夜景を見る。超高層ビルが立ち並び、もはや地上は見えない。

(破壊しつくされたが故の大規模建設、か)

「こんな光景は、ラケドニアには無かったな……」

 アシュキルは呟く。

「……だからこそ、僕が一から創り直す。民の事など考えずに、地球に居座り続けた貴族どもではなく、僕たちこそこの星に住むに相応しいんだ」

(あんな人間たちを、野放しになどしておけない)

 そしてアシュキルもまた、部屋を後にするのだった。

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