表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
98/130

新たな疑念

 ニューヨーク市軍病院では、ベイリンの一件から1週間たった後も病床は満杯であった。そのある個室の前で、カナは戸を叩いた。

「どうぞ」

 その声とともに自動扉が開く。そして明らかに医療機器ではない機材が周囲を囲むベッドの上に、源はいた。

「おお、カナ。また来てくれたのか」

「まあ、先生に言われてるからな」

 カナはそう言ってベッドの横にスツールを引っ張ってくる。そして腰掛けると、源の二の腕に刺さる数本の太いチューブを見た。

「……それ、まだつけてんのか?」

「あと1週間はこれだよ。ジウスドラ曰く、『君の脳のコア化は深刻なんだよ。とにかく安静にしていなさい』ってさ」

「まるで主治医だな、先生」

「はは、まあそう言うなって。てか、カナの方はどうなんだ?小型怪獣の捕獲を手伝ってるんだろ?」

 カナはそれに腕を組んで答える。

「まあな。でも成果がない。ココは地下が複雑だから、一度潜伏されると見つけ出すのは骨が折れる」

「だろうな。……でも、捕獲命令がでて良かった」

もう殺さなくてもいいのだ。

「……ああ、そうだな」

 そしてカナはポケットからとあるマイクロSDカードを取り出して源に渡す。

「そういえば、これ」

 源はSDカードを受け取ると、カナに尋ねる。

「これは?」

「日本政府、厳密に言うと地球防衛省からの正式な書類だ。今朝MSBに送られてきた」

「MSBに直接?大使館か政府は介してないのか?」

「介してない。まだ中身は開封されてないが、まあロクな代物じゃなさそうだ」

 源はそれを聞いてかつての記憶を思い出す。

(出羽長官に代わって就任した長良長官……あの人がこれを送ってきたのか)

 そして源は、長良の淡々とした振る舞いを思い出す。

(今思い返してみれば、掴みどころのない人だった。一体、何を思ってこんなものを……)

 源の心には、また新たな疑念が生まれていた。そしてリリーの病室にもまた、アーサーが訪れていた。

「体調はどうだ?」

 アーサーはリリーに尋ねる。

「結構良くなったわよ。それよりも、悪いわね。ほとんど毎日来てくれて」

「いいんだよ。お前になんかあったらイヤだからな」

 アーサーはそう言いながらそばにあったリンゴを剥き始める。

「ふーん、そっか」

「……なんだよ」

「別に?もしかしてアンタ、私のこと好きなのかなーって」

「はあ!?」

 アーサーは思わずリンゴを落としそうになる。

「ま、マジでバカだな!そ、そんなワケねえだろ!」

 アーサーは慌てて弁明する。

「……じゃあ、嫌い?」

「いや、そう言うわけじゃねえけど……」

 アーサーはそこで口ごもる。

「けど?」

「……孤児院にいた頃、約束しただろ?俺が、その……お前を守るってさ」

 アーサーはそう俯きながら口ごもる。すでにリンゴを剥く手は止まっていた。

「だから、ごめん。あの時俺が、もっと冷静になってれば……」

「アーサー」

 リリーがアーサーの言葉を遮る。そしてアーサーは顔を上げた。

「もうちょっとこっちに来て」

 リリーは言う。アーサーは訳もわからず腰を上げてリリーのベッドに近づく。

「そう、そのくらい。もっと顔を近づけて」

 そしてリリーはアーサーの顔に両手でそっと触れると、そのままあーあの頬にキスをした。

「ッ……!」

 アーサーは思わずその場でのけぞる。その顔はリンゴのように赤く染まっていた。その様子を見てリリーは言った。

「やっぱり、暗い顔はアンタには似合わないわね」

「お、お前…!」

「毎日来てくれたお礼よ」

「だからって!」

「ヘンな勘違いはしないでよ?。誰にでもこんな事するわけじゃないんだからね。それに、なんだか見てられなかったから」

 リリーは言う。

「見てられないって……」

「ジークにも言われたでしょ?『いつでも明るい顔しとけ』って。アンタ、繊細だから」

 アーサーはそう言われてまたまや耳を赤くする。

「そんなの、覚えてねえよ……」

 そしてまた椅子に座りなおすと少し考えて言った。

「……でもまあ、その通りかもな。分かった、もう暗い顔はしねえ。後悔もしねえよ」

 リリーはそれを聞いて、アーサーの顔を覗き込んで尋ねる。

「それって約束?」

「ああ、約束だ」

 アーサーはそう答えると、照れくさそうに笑った。


 その日の夜、ジャガーノートの死骸処理が進む天上階のとあるビルの屋上で、ある男がターミナルに横たわる巨大な死骸を見下ろしていた。男は呟く。

「アンタもいずれ"ああ"なるんだぜ、殿下……」

 そして同じタイミングで携帯が鳴る。男は声のトーンを変えて話す。

「ユガルだ」

『定時連絡はどうした』

「ああ、なんだよレストアか。アシュキル殿下かと思ったぜ」

『軽口はいい。さっさと収集した情報を報告しろ』

「はいはい。まず結論から言うと、ベイリン殿下によって天上階を半壊させられた今、アメリカは経済的な主柱を失った状態にある。つまり、ここ30年は動かなかった人間どもの勢力図が変化する。そして次に台頭するのは、日本だ」

『……根拠は?』

「今挙げた天上階の破壊と、それによる物的、人的、そして精神的な損失が大きい。この国の権威の象徴が天上階だ。それがよりにもよって怪獣によって破壊された」

『ベイリン殿下はそれを狙ったのか』

「だろうな。あの方はやる事が一々えげつない」

『それで、復興にはあと何年かかる』

 ユガルはそこで初めて長考する。この答えによって、アシュキルたちの行動に影響を及ぼす可能性があるからだ。そして彼が出した答えは、

「……5年だ。早くて5年はかかるだろう。それまでは世界の表舞台に出ることは無い」

『ふむ、ウォンの予測と同じだな。ではこちらもお前の情報を元に検討を行う。引き続き任務にあたれ』

「言われなくとも。……で、俺に話があるんだろ?俺と連絡を取れるのは原則としてアシュキル殿下ただ一人。その規則をよりにもよってお前が破るなんて、よっぽどの事だぜ」

 レストアはそれを聞いて電話越しに黙り込む。そして意を決したように尋ねた。

『……我が弟は、アンバーはどこにいる』

(まあ、その話だよな)

「悪いな、レストア。お前とアンバー、2人を今まで追跡していた」

『御託はいい。話してくれ』

 それにユガルは、深いため息を吐くと答えた。

「……現状細かい事は分からねえが、アンバーは裏切った。今はあのジウスドラの元にいる」

『それは、確かなんだな…?』

 レストアは背筋の凍るような冷たい声で言う。ユガルはその気配に気圧されながら答える。

「あ、ああ。すぐにこっちの機器をジウスドラにジャミングをされちまったから、現状は分からねえがな」

『……そうか』

 そしてレストアは、それ以上何も言ってこなかった。ただ沈黙だけが続く。

(無理もねえ。レストア、相当アンバーを気に掛けていたからな)

「レストア、そろそろ切るぞ」

『………』

 レストアは答えない。ユガルはまたもやため息を吐くと電話を切った。そしてつぶやいた。

「どうしても上手くいかねえな、俺たちは」


 そして上海の下町にある居酒屋では、1人の少女が思い詰めた表情で生ビールの注がれたグラスを眺めていた。

『貴方が、僕の兄上なのですか?』

『兄上!見てください!また模擬戦闘で……』

『兄上、ここは俺が』

「何故だ、アンバー……」

 少女はそう呟くと、足元を見る。

(我が、もっと奴の話を聞いていればこんな事には……)

「レストア様?」

 その時、向かいに座る部下が声をかける。

「……なんだ」

「いえ、その……泣きそうな顔をされていたので」

「泣く?我がか?」

「泣きそうと言いますか、なんと言いますか。とにかく悲痛な顔をなされていました。一体何が?」

 レストアはそう尋ねてくる部下を一瞥すると、ぐいとビールを飲み干した。そして言った。

「……アンバーが裏切ったのだ」

「な……!」

「ユガルの情報だ。信憑性は高いだろう」

「そんな……アンバー様は人一倍殿下への忠誠心が高いお方のはずです。信じられません……」

「だが事実だ。そうなれば、我の取る行動は一つに定まる」

「まさか……」

 レストアは微かに感じる胸の痛みを感じながら言った。

「アンバーは、我が直々に殺す。必ずな」

「レストア様……」

「貴様らは案ずるな。すべき事があるであろう」

 そしてレストアは席を立つ。

 雨の降り始めた上海の海沿いを歩きながら、レストアは考えていた。

『泣きそうな顔をされていたので……』

(クルシュは確かにそう言っていた。よりにもよってこの我に。泣きそうな顔だと?奴の目は腐っているのか?)

 レストアはそう思いながらも、どこかその言葉を否定しきれずにいた。

(……だが、最近の我は確かにおかしいのだ。アンバーを殺すと決めた時に感じた胸の痛み、あれは確かに悲しみからくる痛みだった。かつて『鉄の血』とまで称された我が悲しみを感じている。そして)

「アカモト……」

 南部連合本部、その地下での激戦。

(我がシノノメとか言う男を殺した時、奴は底知れぬ憎悪を我に向けていた。我は、奴から奪ったのだろう。大切なもの、人、あるいは信念の類を)

 レストアはまたもや胸の痛みを感じる。

(今の我は、あの時あの場所で、同じ選択をしたのだろうか……)

 レストアはそう考えると、無意識のうちに両手を強く握りしめていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ