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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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ゴースト・レイス作戦 第五幕

 父の素顔を知らなかった。ただ寝室のカーテン越し、15の成人の日の一度きりにその影を見ただけだった。その時、父は言っていた。

『あの女は殺せ。もう用済みであろう』

 ただそれだけ言っていた。次の日、母は死んだ。理由は特に無い。ただ少し、父の好みでは無かったのだろう。悲しくなどない。余を15の時まで育てたのは乳母だ。思い入れもない。むしろその日から、余は真の意味で栄光のラケドニア帝国、第一皇太子となったのだ。悲しくなど、ない。


『ミナモト、あれ』

 死骸の砕けた頭部の前で、カナはそう言って指を指した。その先には神経の束ではなく、肉のような赤みがかった組織に覆われたコアが露出していた。

『こんな構造……』

『つい1時間前に変異したのだ。見るにコアの防衛プログラムが”何か”を察知したらしい』

 その声は、ジウスドラのものだった。

『ジウスドラ!連絡がつかなくて心配してたんだ。一体何を?』

『今度こそ保険を作っていたのだよ。それよりも大君、この状況を鑑みるに、ベイリンのコアは健在である可能性が高い。特にベイリンのものは特別ほかのコアよりも作りが精密で複雑だ。くれぐれも浄化の際は気を抜かないように』

『ああ、分かってる』

 源はそう答えると、高所作業車に乗って露出した頭蓋の上に登る。そして持ってきていた脳波測定装置をコアに貼り付けた。

(よし、これで外部から浄化の様子が観測できる。あとは……)

『カナ、もうすぐ”あれ”を使う。意識を俺の中に移してくれ』

 源はそう言って左隣のカナに左手を差し出す。

『……ああ』

 カナは一瞬ためらうような素振りを見せると、右手でその手を握り返した。すると、不意にカナの体から力が抜け、どさりと源に寄りかかった。

『おっと』

 源は咄嗟にカナの肩を持つ。

(危険を感じたらすぐに戻れよ、カナ)

「さっきも聞いた。それよりも無線を」

『そうだな』

 源は手袋を取りながらアーノルドたちと連絡を取る。

『こちらミナモト、準備完了しました』

『了解。合図を待て』

 アーノルドはそう言って無線を切った。源は手袋を胸ポケットに収めると、ふと自分に寄り掛かるカナの横顔を見た。

「……何見てんだよ。集中しろ」

(いや、似てるなと……)

「似てる?」

(トラグカナイだよ。どことなく顔立ちが似てると思って。ほら、この綺麗な鼻立ちなんてそっくりだ)

「……そんなに似てねえよ」

 カナはそれだけ言って、黙り込んでしまった。そこに無線が入る。

『こちらカートマン。クソ、血溜まりが……』

 そう言うカートマンの声に混ざって、微かにバシャバシャと音がする。そこにアーノルドが尋ねる。

『心臓まで到達したか?』

『ああ、はい。アーサーも準備出来てます。観測機器も不具合なしです』

『了解だ。リー、周囲の安全確保は充分か』

『重武装で二個小隊、展開しています。それと、空軍の出動準備も』

『……よし。では、浄化開始』

 その言葉を聞いた源は、ガスマスクの端に付けられたボタンを押す。すると、ブーンというファンの回る音と共に、強力な鎮痛ガスがマスクに流れ込んだ。そして、

(やるぞ、カナ)

「ああ、いつでも」

 源は呟く。

『汚染解放、リミットワン』

 その瞬間、源は全身に一瞬激しい痛みが走る。

『ッ……!』

「どうだ?ミナモト」

『あ、ああ。大丈夫だ。問題ない……』

 源は肩で息をしながらそう言うと、コアに触れた。


「ここは……後宮か?」

 目を覚ました源は周囲を見渡して言う。源はある部屋にいた。一辺15メートルほどの立方体。その一面は白く、そして扉は無かった。家具の一つもなくまるで牢獄のようである。

「多分ラケドニアの中央宮だ。ほら、先帝が瞑想室を作ってたろ」

 後ろからカナが言う。

「カナ!お前もコアの中に?」

「俺たちは意識が混ざってるからな。ほぼ同一人物みたいなもんだ。それよりも、さっさとこの状況をなんとかしねえと、コアを浄化できねえぞ」

「そうだな。まずここは、ベイリンの深層意識ってことでいいんだよな」

「奴は他人の深層意識をイジれるって言ってやがったから、十中八九そうだろうな。それに、中央宮の瞑想室なんて場所が出てくるのは、皇太子のベイリン以外いない」

 カナはそう言って腰に手を当てる。

「まずはベイリン本人を探そうぜ。この部屋は何もない」

「だな」

 源はそう言うと、近くの壁の一面に触れた。すると壁は黒く染まり、そこに触れていた源の指先は壁に呑まれた。

「……久々だな、このタイプの出入り口は」

 そして2人はかべをすりぬけ、部屋の外に出た。

 そのはずだった。2人の目の前には、果てしなく続く曇り空の荒野が広がっていた。

「おめでとう。大当たりだ」

 そして目の前に佇む男は、そう言って拍手する。

「ベイリン……」

「やはりというか何というか、君たちが最も速く余の意識に辿り着いた。予想以上の性能だな、君は」

 源は腰のカッターメスを抜いて逆手に持つと、言った。

「残り2つのコアはどうした。ダミーにしては脳波が強かったが」

「ダミーで相違ないぞ?ギルガメシュ。もっとも、"生きた"ダミーだがな」

 そこで、カナがハッとする。

「……!もしかしてお前…!」

 ベイリンはそれに、ニヤリと笑って答える。

「やはり察しがいい。観ていて飽きぬな、貴様は」

 カナはギリっと奥歯を噛み締め、ベイリンを睨む。

「笑うな!お前は、お前はまたやりやがったんだッ…!子供を、コアにしやがったなッ!」

「なんだと!?」

 源は思わずカナの方を見る。

「ああ、ギルガメシュは知らなかったのか。まあ、それもそのはずだ。アレはトラグカナイへの"個人的嫌がらせ"に使っただけだからな。最も、ジウスドラは勘付いていたようだが」

 ベイリンは続ける。

「小型怪獣だ。あれをおかしいとは思わなかったのか?ギルガメシュよ。人工知能にしては不揃いな動き。浄化の妙な手応え。それに、異常な小ささ。ハハ、それは当然、小さくもなるわな。5歳程度で成人並みの身長などいるわけもないのだから」

「それは、本当なのか…?」

 源は震える声で尋ねる。

「もちろんだ。胸を張って言える。だがまあ、言うタイミングが遅かったか。もっと早く気づけていれば、浄化などと言って殺す事も無かっただろうになあ」

「………」

 源は思い出していた。ショッピングモールで小型怪獣たちと戦った時のことを。集団で群れ、人にのしかかり、突進する。今となってはそれら全てが幼児のそれに見える。

(構ってほしかったのか。寂しかったのか。それを俺は、あろうことか焼き殺して……)

 そう考えると、源の胸が強く締め付けられた。

「俺は、子供を……」

 今更のように湧き上がる罪悪感が源の心を蝕んでいく。そしてカナもまた、ドサリとその場に両膝をつく。

(私はまた、殺してしまったのか?)

『美味しい?お姉ちゃん』

 カナは顔を覆う。

(やめろ、思い出すな。今はあの屑を浄化することだけに集中しろ)

「そうはいくまい」

 ベイリンはそう言うと、パチンと指を鳴らす。すると、カナの目の前にある少女が現れた。

「見ろ、トラグカナイ。貴様のトラウマであろう」

 だが、カナは顔を覆ったまま小さな声で言う。

「……やめろ」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 少女はその場にしゃがんでカナの顔を覗き込む。

「ほら、心配されているぞ?」

「ベイリン、何を……」

「まだ貴様の番ではないぞ。ギルガメシュ」

 源はその場を動こうとするが、何故か体が動かない。さらにゴロゴロと雷が鳴り始め、土の臭いが濃くなる。

「やめてくれ……」

「見るだけで良い。そうすれば止めてやろう」

 そして雨が降り始める。カナはゆっくりと顔を覆っていた手を離した。そして、少女を見上げた。

「あ、」

 そこには、顔中アザだらけのみすぼらしい格好をした別の少女が立っていた。少女は言う。

「嘘吐き」

「こ、これ。わた……なんで、なんで私が!」

 カナは咄嗟に体をのけぞらせて後ろに倒れ込む。そして源を見上げる。

「み、見ないで。見ないでよ!」

 カナは錯乱した様子で目の前の少女に掴み掛かる。が、少女は霞のように消え、カナは泥だらけの地面に倒れ込んだ。ベイリンはそのままカナの髪を掴むと、乱暴に持ち上げる。カナの顔は泥と涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「フッ。あのトラグカナイが、醜い顔だ」

 そしてベイリンは髪から手を離し、頭を踏みつけた。

「この様に、この女はすぐに心にヒビが入る。たかが自らの過去を晒されただけでこの有り様。いじり甲斐のある良い女だ。なあ、ギルガメシュ」

「……お前は、お前は一体何が目的なんだ…!」

 源は思わず叫ぶ。

「目的?そんなものは無い。ただ偶然、この時代にコアの休眠期間が切れ、偶然見知った顔があったからカマをかけただけだ。それでまた、人が大勢死ねばそれでいい。みなが俺を憎み、恐れ、畏れればそれでいい」

「やはりお前は、どうしようもない快楽主義者だ!他者を蔑ろにして、不幸にする事でしか幸を得られない異常者だ!」

「だったら何なのだ。そもそも貴様、余が一体何を企んでいると思っていたのだ。あの小娘に肉体を殺させたのはただの気まぐれ。ハナから策など無い」

 ベイリンはそこまで言って少し考え込む。そして思い出した様に言った。

「……ああ、だがそういえば一つあったな。目的が」

 ベイリンはそう言うと、カナの頭から足をどかし、源に歩み寄った。そして言った。

「その体を貰い受ける」

「何を……」

「貴様は人類の一つの希望だ。類まれな脳波出力を持つ無二の人材。全ての源を断ち切る剣となり得る」

 そしてベイリンは手で源の額を掴む。

「それを余が台無しにしてやろう。そうだな、アシュキルの奴とでも手を組み、人類を皆殺しにするか」

「……止せ」

 ベイリンはため息をつく。

「はあ、貴様もトラグカナイもそれしか言わんのだな。そして答えは否だ。のうのうと余の意識に踏み入った己の愚かさを呪え」

 そして源の意識は急激に薄れ、消えた。



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