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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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ゴースト・レイス作戦 第四幕

 ガラガラと瓦礫の落ちる音とともに、ジャガーノートはその巨体を起こした。身体中に針が突き刺さったにも関わらず、血まみれの体で起き上がる。そしてその目は、目の前に聳えるビル群を見据えていた。

「こっちを見ている……」

 源は呟く。大怪獣ジャガーノートもといベイリンは、燃え盛る街中であろうことかこちらを見ていたのだ。まるでこの惨状を自慢するかのように。

「……駄目だ」

(近づけない。多分ベイリンは自我を失ってないんだ。素体を必要としないイレギュラーな過程変異だから。あの様子は、理性的なものに思える)

 うかつに接近すれば、あのアパッチ部隊のように墜とされるだろう。その時だった。

「おい、あれ!」

 誰かが言う。それはアーサーだった。アーサーの指さす方は上空、それもベイリンの真上。

「人だ。なにかデケえ武器を担いだ人間が、スゲェ速さで降ってきてやがる……」

 源をふくめ隊員たちは上空を見上げる。そこには、確かに人影が見えた。地上のオレンジ色の光に照らされて、誰かが高速で落下している。ベイリン目がけて。

「あれは誰だ…?」

 源も呟く。そして誰かはどんどんと加速していく。パラシュートも開く気配が無い。ただ、3メートルはあろうかという物体を真下に突き出している。その物体にアーノルドは思わず声をあげた。

「パイルバンカーか!」

(まさか、あれは)

「ハイガード……」

(対怪獣機構の、最高戦力がアメリカに……)

 その事実に、アーノルドは思わず拳を握った。


 吹き付ける風が心地いい。常人では息を吸うこともままならない突風も、私にとっては頬を撫でるそよ風となんら変わらない。

『お嬢様、お体の調子はいかがでしょうか』

 そこに無線が入る。私は特別仕様のパイルバンカーを展開しながら答える。

「上々ね。確かモルヒネはやめたんでしょう?これは……フェンタニルとか?」

『流石です。より効果の強いものを配合致しました』

「いいチョイスね。ヒューストン」

『恐縮です。では、ご武運を』

 無線が切れる。そして砲弾のようなニードルの先端を、あの怪獣に向ける。周囲にはエレベーターターミナルの残骸が散らばり、燃え盛っている。瓦礫も人も。

(まさか、天上階に飛び降りることになるとはね)

「……さてと、やることやっちゃおうかしら」

 私はパイルバンカーの取っ手を両手に掴むと、全身で振りかぶった。


 そして、ジャガーノートの頭上でチカッと火花が散ったかと思うと、ゴーンという激しい衝突音とともに頭部が地面に叩きつけられた。その頭蓋は砕け、コアが露出している。ジャガーノートはドス黒い血を吐血すると、そのまま動かなくなった。

「マジかよ……」

 現場の隊員たちをふくめ、その光景を目の当たりにした人々は驚愕した。

「あの大怪獣の頭を、ぶん殴りやがった……」

 アーサーは思わず呟く。源もまた、ある記憶を思い出す。

(本部で見た小型怪獣の死骸の写真。戦車の装甲並みに固いあの外骨格がゼリーみたいに潰れていた。あれをやったのは、間違いなくアイツだ……)

 源の目線の先、ジャガーノートの死骸の傍に佇む人影。思わず息を呑むほど美しいブロンドの髪をたなびかせた人影。


「……やりすぎちゃったわね」

『なに、事後処理はクライアントの仕事でしょう』

「まあ、そうね。じゃあお手並み拝見ってとこかしら。ね、ミナモトオウジ」

 彼女は目の前のビルの最上階を見上げると、瓦礫の山に姿を消した。


 そして一夜が明け、

「被害状況は?」

「甚大です。物的被害としては天上階中央のターミナルが半径500メートル、地下2階まで全壊。さらにワールドサテライトビルの落下物および周辺建物の崩落によって、地下鉄まで瓦礫が押し寄せています。そして人的被害ですが、日本の三友昇取締役をはじめ、ユーロのグエルCEOやカールCEOが死亡。さらにミンクス上院議員ほか他国の特設大使まで複数人死亡、または重体とのことです。そして天上階に取り付いた小型怪獣については、おおむね駆除が完了したと……」

「そうか……」

 バレンタイン大隊長はそう言ったっきり一言も発さない。MSB本部の大会議室には重苦しい雰囲気が漂っていた。やがてその長い沈黙を破るようにバレンタインは言った。

「……ベイリンの方はどうだ」

 その問いに情報部のイーサンはメガネをなおしながら答える。

「は。目下基礎処理中です。周辺環境の確保と体内のガス抜きまで完了していると現場から」

「では特務処理隊を投入する。小型怪獣が駆除しきれていない以上、現場の護衛も兼任させたい」

 バレンタインはそう言ってアーノルドの方を半ば睨むように見る。

「……いいな?」

「は。もちろんです」


「大隊長キレてたなあ。珍しく」

 会議の後、本部の廊下を歩きながらアーサーは言う。

「仕方のない事だ。場所が場所とはいえ、怪獣一体にここまでの損害を与えられるなんて、第一次侵攻以来のことだからな」

 アーノルドはため息をつく。

「そしてMSBの信用は地に堕ちた……」

 ベイリン討伐作戦であるゴースト・レイス作戦は、何処かからリークされていたのである。そのため、MSBはベイリン怪獣化の懸念や対策を怠ったとして国際的に非難されている。

「でも、僕たちに限った話で言えば、リリーさんが生きていたのは幸運でしたね。あと数ミリ弾道がズレていたら……」

 リーはそう言いかけて口を噤む。アーサーにどつかれると思ったのだろう。

「……まあ、あれは俺の責任だ。あん時過程変異してたのは俺だけだった。俺しか対応できなかっただろうぜ」

 だが、アーサーは予想外に冷静だった。その様子にアーノルドたちはまじまじとアーサーを見つめる。

「……お前、変わったな」

「なんだよ、急に」

「確かに、変わりましたね」

「おい、源まで。リーも、なんでちょっと嬉しそうなんだよ!」

 アーサーはリーの肩を組む。アーノルドはそんなアーサーを見て少し笑った。

(……ほんと、変わったよ。初めて会った時の、目だけ鋭い小柄のガキが、な。なあ、ジーク)

「大きくなったよなあ」

 アーノルドは思わず上を向く。

「なにしてんだ?旦那」

「……なんでもない。気にすんな」

 そう言うアーノルドは、何処か寂しそうに見えた。


 そして2時間後、特務処理隊を乗せた輸送ヘリが天上階の中心部に降り立った。すぐ真横には腐臭を放つ大怪獣の死骸が横たわっている。

「久々の通常任務だ。ミスするなよ」

 アーノルドはそう忠告すると、装備を着込んだ。そして隊員たちは近くの公園にある仮設本部へと赴いた。そのテントの中に、現場指揮官がいた。

「お久しぶりです。レーガン大佐」

 アーノルドは右手を差し出す。レーガンは机から身を乗り出し、その手を雑に握り返すと、そのままどさりと椅子に腰掛けた。

「随分とやってくれたものだな、全く」

「わざわざ日本からご足労頂きありがとうございます」

 それにレーガンはため息混じりに言う。

「命令には逆らえんよ。だが、よりによって怪獣処理とはな……それも天上階で」

「思い出されますか」

「まあな。だが、そうも言ってられんだろう。……で、君達とは初対面だったな」

 レーガンは源とカナを見る。

「はい。大佐」

「………」

 カナは答えない。レーガンは2人をまじまじと見つめると、やがて言った。

「……ふむ。確かに腕が立ちそうだ。『保管庫』にはもう行ったのだろう?」

「はい」

「それで記憶も戻ったわけだな。……頼りにするぞ」

「はい、もちろんです」

 源は真っ直ぐレーガンの目を見て答える。その手にはジウスドラが改造したマスクが握られていた。

「では、任務開始だ」


 規制線をくぐり、死骸の元まで歩く途中で源はアーノルドに尋ねた。

『隊長、レーガン大佐って……』

『気になるか?』

 源は頷く。

『なんというか、居心地が悪そうだったので』

『……あの人は、世界で初めて怪獣を浄化した部隊の一員だったんだ。昔は装備も貧弱、ノウハウもなかったから"事故"が多かった。要するに、トラウマがある』

 源はそれを聞いて、かつての会話を思い出す。

(確か、怪獣特殊処理班でも同じことがあったような。元々は2つ班があったって。赤本さんは確か……)

『仲間を、事故で?』

『ああ、それも大佐以外全滅だ。稀にあるんだよ、浄化中の怪獣の精神の逆流。それで浄化担当員が怪人になった。確か日本でもあっただろう』

『今も起きるんですか?』

 その問いにアーノルドは源を見る。そして言った。

『……可能性は低い』

『それでも気をつけた方がいい。今回は特にな』

 そこにカナが言う。

『それはどういう意味だ?』

『ベイリンがこんな所でみすみす死ぬわけが無いってことだ。つまり、"あえて"あのハイガードの攻撃を受けた可能性がある。意識があったはずなのに、あんな分かりやすい攻撃を避けない訳がねえ』

『ふむ……あり得ない話では無いな』

 アーノルドは途端に難しい顔をして手元の端末を見る。

(コアは5つ。うち2つはダミーだと判っている。浄化すべきは頭蓋、心臓、そして第一脊椎……)

 カナの推測もある。この人数では同時に浄化するのは危険である。

(ベイリンのコアとなれば尚更だ。やはり順繰りに浄化していくしかないのか?)

 そしてアーノルドは時間を確かめる。

(死後19時間、浄化の期限まであと5時間か……)

 怪獣の死後、24時間が経つと怪獣の精神は他の素体に転移してしまう。

『いいぜ。俺がアタマのコアを浄化する。ミナモトと旦那で残りの2つをやってくれよ』

 と、そこにアーサーが言う。

『アレク、お前……』

『任せてくれよ、旦那。昨日の精神鑑定も合格してるし、それに、時間がねえんだろ?この機会を逃したらアイツ、次は何をしでかすかわからねえぞ』

『……俺もアーサーさんに同意です。さっきはあんなことを聞きましたが、ベイリンの浄化となると、浄化事故を避けることによる利点と欠点が釣り合わない』

 カナも不機嫌そうに同意する。

『まあ、今回ばかりはその金髪バカの意見のが理に適ってるな。それに、もしもの時はジウスドラ博士のバックアップもある』

 カナはうなじのあたりを指さして言った。そこには脳波を制御するチップが埋め込まれている。

(………)

 アーノルドは暫しの間考え込むと、やがて言った。

『……分かった。アーサーの言う通り、3つのコアは同時に浄化する。リー、本部に警備の増援を要請しろ』

『了解です』

 アーノルドは後方支援であるリーにそう伝えると、ついに山のように聳える怪獣の死骸の側にたどり着いた。

『……よし、行くぞ』

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