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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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ゴースト・レイス作戦 第一幕

「お前……」

 まただ。

「よせ、アーサー!」

 また、奪われる。

「お前はぁ……!!」

 アーサーは走り出した。それを見たベイリンは呟く。

「さあ、幕開けだぞ?大君」

「制限進化!セカンドスケール!」

 そうアーサーが言ったかと思うと、アーサーの目から血が流れ始めた。そしてアーサーは全身に走る痛みに悶えながらその場によろめく。

「ク、ソ…!」

 アーノルドはそれを見て狼狽える。

「無茶だ!鎮痛剤も無しで制限進化など……」

 そしてベイリンはシャンパンを飲み干すと、アーノルドを見た。

「さて、少し話をしよう」

「何を言っている……」

「なに、答え合わせをするだけだ」

 ベイリンはそう言うとその場に倒れる。そして扉からもう1人の男が現れる。

「気にするな。余はコアを自由に移動できる」

 新たな体に入ったベイリンは、階段を降りながらアーノルドに言う。

「この会話はアシュキルたちにも聴こえているのだろう?」

「……それがどうした」

「聞かせてやろうと思ってな。この国の澱みというやつを」

 ベイリンは続けて言う。

「電波灯台、ハートポイントだったか。あれの仕組みを貴様は知っているか?」

(……時間を稼ぐか)

「怪獣の嫌う特定の周波数の電波を流している」

 アーノルドは悶えるアーサーの方を見つつ答える。

「ふむ。それらしい理由だが、違う」

「……なに?」

「名前を見れば分かる。電波灯台(ハートポイント)とはつまり心象座標(ハートポイント)の事。ただ拒むのではなく、心の深奥に直接作用するのだ」

「何を訳のわからない事を言っている」

「命令だ。ラケドニアで用いられる最上級コマンドの一つ。いわく"近寄るな"。怪獣どもは大半が奴隷階級。この命令には抗えない」

 アーノルドは冷や汗を流す。

「だからなんだ」

「ジウスドラであろう。ソレを考案したのは。この国は怪獣対策において他国より数十年進んでいた。その理由はジウスドラだ」

「………」

(アーサー、早く立ち上がってくれ!)

「全く、嘆かわしい事だ。この国はラケドニアの技術を他国に供与しようともせず、あろう事か城壁のように領土を電波灯台で囲み、他を贄としてじっとその時を待っていたのだ」

「根拠のない妄想だ」

「根拠はいらん。妄想でも良い。ただ、ジウスドラはその事についてどう捉えているのか。それを知りたいだけだ」

 ベイリンは少し笑う。

「フフ、お人好しのジウスドラ。余に仕えながら、余の命に背いた裏切り者……」

 ベイリンはグラスから手を離した。ガシャンとガラスの割れる音が響く。そして言った。

「貴様の妻と子も、こんな風に殺したのだったな」

「ベイリン!」

 その瞬間、アーサーがベイリンに突進する。だが、それをベイリンはヒラリと避けた。そして銃声が響く。アーノルドの撃った弾丸はベイリンの首を正確に撃ち抜いた。

「これでその減らず口も使い物にならんな」

「ぞればどうがな」

 ベイリンはそう呻くとともに、よろけるアーサーの後ろにあっという間に回り込んだ。そしてそのうなじに左手で触れ、右腕で首をロックした。

「グ……!」

 そしてベイリンの意識はアーサーの中に深く落ち込んでいった。


「……なるほど。ここが」

 ベイリンは呟いた。目の前にはとある孤児院があった。

(ここはこの男の深層意識だな?そして余の肉体に異変がないという事は、やはりこの男が人質として機能したという事。あとは……)

 ベイリンは孤児院の門をくぐる。

「……男の意識を見つけ出し、殺す」

 そうなれば、皆どのような顔をするのか。どのような恨み言を吐くのか。楽しみだ。


 俺は両親の顔をはっきりと覚えている。泥と煤にまみれ、そして少しやつれたその顔を、俺はよく見上げていた。傍らには毛布に包まれた生まれたばかりの妹がいて、2つに区切られた形ばかりのバラックには、良く男たちが出入りしていた。俺は現実から目を逸らすように妹を抱えて、スラムと化した難民キャンプをよく歩いて回っていた。父は出稼ぎに出ていて、母は部屋に篭りきりだから心配するような他人はいなかったのだ。

「おい、アーサー!」

 後ろからジークが言う。振り向くと、何やらその右手にはお菓子が握られていた。

「どうしたんだよ、それ。チョコなんて久しぶりに見たぜ」

「警備のジジイからくすねてきたんだよ。あのクソ野郎、ジョージの仕送り抜いてやがったんだ」

 ジークはそう言いつつ、アーサーに一つ渡す。

「ほら、いつもンところ行こうぜ」

 いつものところ。それは孤児院の屋上だった。そしてそこには、

「なにそれ、チョコ?」

 リリーは俺の持つチョコの包装を覗き込む。

「お、おい。あんま近寄んなって!」

「何よ。別にいいじゃない」

「アーサーはオクテなんだよ」

 ジークがへらへらと笑いながら俺をからかう。

「おくて?どういう意味?」

「いいから!早く食おうぜ」

 俺たちはバスケコートになっている屋上の端に腰かける。確かここが定位置だった。そしてふと後ろを振り向くと、ずっと遠くに小さな円盤が浮いているのが見えた。

「……見えるな。天上階」

「あーあ、俺も早くあそこに行きてえなあ」

「アンタは無理よ。馬鹿だから」

「はあ?黙れよ、このブス」

 リリーとジークが睨み合うのを横目に、俺は雲がかかって薄っすらと見えるニューヨークの天上階を眺めていた。この孤児院からでも見えるそれは、俺たちにとって憧れだった。居場所も、親も失いここに追いやられた俺たちのささやかな希望だった。

「おーい、アーサー。お前園長先生に呼ばれてるぞー」

 と、不意にそう声がした。それは隣の部屋のカイルだった。

「お前またジークとやらかしたのか?」

「今回はなんもしてねえよ」

 俺はカイルにそう言いつつ、思った。

(もしかして、俺の身元引受け人が来てたりして)

 そして園長室に辿り着く。俺は少しの期待を胸にそのドアを開けた。

「待っていたぞ、アーサー・アレキサンドラ」

 そこには、見知らぬ男が立っていた。そして、そこに園長先生はいなかった。彼女は、床に力無く倒れていた。

「………」

「どうした、叫べ。悲鳴を上げろ」

「……アンタがやったのか?」

「まあ、そうだ。厳密に言えば余は誰も殺していないのだがな」

 男はそのまま椅子に座る。

「お前も座れ。まだ時間はある」

 俺はその時、何故かこの男の命令に従い、向かいの椅子に座っていた。

 俺やジークのようなスラム上がりの孤児にも優しく接してくれた園長先生。文字の読み書きを教えてくれたのもあの人だった。でも、なんで俺は冷静なんだろう。どうも釈然としない。何かが違うような……

「気にするな。それよりもお前、なぜ余の部下を殺すことが出来た。あの制限進化とやらをせずに」

「……知らない。誰だよ、お前」

「知る必要は無い。余の問いに答えよ」

「嫌だ。お前は屑の目をしてる。スラムで見た目だ。そんな奴の話なんて聞きたくない!」

「ではなぜここに座る」

「それは……」

 男は言い淀む俺を見てどこか嬉しそうにフッと笑った。

「お前は余と同類だ。誰が死のうが、誰を殺そうが心底どうでも良い。そういう捻じ曲がった精神を持っている」

「違う……」

「違わない。だからお前は両親と姉を見殺しにした。あの日、借金取りに家への道を教えたのはお前だろうに」

「違うって言ってるだろ!」

 俺は思わず椅子から立ち上がった。気付くと肩で息をしていた。

「俺は、俺は殺してない。親父もお袋も妹も、勝手に死んだんだ!」

「そう、その通り!」

 突然男が大きな声で叫んだ。

「勝手に死んだ。自分勝手に、迷惑に死んだのだ。余も殺すたびに思う。『嗚呼、また"死んでいる"』と。やはりお前とは気が合いそうだ」

「お、お前なんかと……」

「なんだ、言ってみろ!」

「………」

「ハハハハハ!言えぬか小僧!そうであろう。そうであろうな!アハハハハ!」

 男は心底愉快そうに俺を笑った。そして言った。

「気分が良いから教えてやる。例えば人を殺す。そこには理由が存在する。では具体的にそれは何か。復讐のため。それとも、己の正義を貫くため。特に、数ある理由の中で後者は下の下だ。殺害とは、理性を超越した深淵から漏れ出たどす黒い雫の事だ。正気の沙汰ではない醜い衝動だ。それを理性の内に実行するなど、正気で実行するなど、それは正気では無い。不自然で辻褄の合わない行為だ。つまり、正より負、憎しみや後悔の方が動機としては真っ当だ

という事よ。そして余の快楽はそこにある。およそ予測し得ない不均衡な死の天秤に他者の命を放り出し、まるで地獄の使者にでもなったかのようにその重さを計る。そして哀れなソレに言ってやるのだ。『貴様は死に値する存在である』と。切先、あるいは銃口を突きつけ言ってやるのだ。そして死に際、ソレは後悔する。避け難い死を目前にして、自身の選択を、運命を回顧し後悔する。故に後悔こそが、負の最たる発露なのだ。余はそういった取り返しのつかない瞬間が観たい。負の感情は過去、現在、未来の3方向に向けられている。その内で特に、後悔は過去全てに通ずる感情だ。歳を増すほどに増えてゆく、生きる限りは終わることのない感情だ。これを取り除くには、死ぬしか無い。だが死なない。そこをそっと後押ししてやるのだ。なに、ごく簡単な事だ。現にお前はそれを両親に実行している。実に良い兆候だ。そう、余の肉体に相応しい」

 この男は狂っている。

「なに、理解しろとは言わん。余とて気狂いではないのでな」

 この男は想像もつかない闇を抱えている。俺は悪霊に取り憑かれてしまったのだ。そうだ、ジークやリリーも巻き込まれてしまう。この男に殺される。

「嫌だ……」

「なんと言った?」

「嫌だ、みんな死んで欲しくない。助けて、誰か助けてよ!」

「フッ、面白い科白をのたまう小僧だ。貴様は誰にも目を向けられずに、この小さな部屋で死んでしまうのだと言うのに!」

「いや、良く生きていてくれた。アレク」

 その時、アーサーの肩に誰かが手を置いた。

「……貴様、なぜここにいる」

 男の問いに彼は答えた。

「詳しいことは知らん。ジウスドラにでも聞いてみるんだな」

「ジウスドラだと?まさか彼奴が…!」

「この馬鹿め。調子に乗って散々演説ぶってくれたお陰で、時間は充分あったのだ、ベイリン」

 彼は驚いて見上げる俺を見下ろすと言った。

「良く頼ってくれた、アレク。2人でベイリンを倒すぞ」

 アーノルドは言った。そうだ、あの日孤児院に尋ねてきた人物。俺たちを引き取ってくれたのはアーノルドなのだ。

「旦那、俺は……」

「言うな。気付いていればそれでいい」

 俺は椅子から立ち上がると、ベイリンを見据えた。

(俺はこいつを倒す。壁を乗り越える)

「……ベイリン、俺はお前を否定する」

「調子に乗るなよ?クソガキが」

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