逃げている
「目標がポイント2を通過。第3戦車中隊壊滅しました」
「レールガンでも歯が立たんのか……」
MSB大隊本部地下、非常時司令部では大隊長であるバレンタイン准将が目の前のモニターを見つめていた。そこには長大な2本の角を突き出し、6本の脚を蠢かす大怪獣が今まさにその角で山を抉っていた。
(素体はヘラクレスオオカブト。ただでさえ哺乳類より対応の厄介な昆虫型。それも世界最大級の甲虫がサードスケールで……)
サードスケールとはアメリカでの怪獣識別等級の最大である。
「……いや、この際それはさした問題ではないのだ。それよりも、なぜ電波灯台がこうも易々と破られる……」
電波灯台の怪獣阻止率は100パーセントであった。それが揺らいだのは東京での怪人騒動。つまりは神獣協会が発端である。
(思えば、全てが変わり始めたのはあの時だ。あれ以来怪獣も、意思を持つ怪人共も、蛆のように湧いてきた)
バレンタインはギリリと歯ぎしりをすると、自身を落ち着かせるように手に持つ端末に目を落とす。大怪獣はニューヘイブンで発生したのち南下、ブリッジポートの迎撃部隊の第一陣と第二陣を突破し、マンハッタンまで75キロの地点まで迫っていた。それをすぐに把握したバレンタインは部下に聞く。
「ヘンリッツ、アーノルドたちはどうだ」
「は。30分前に正式な帰還命令を受理し現在、コロラド州を通過。超音速旅客機で移動しています」
「そうか……。では間に合うかは五分だな」
(あの博士の計らいか。たまには素直に協力するのだな)
バレンタインはそう考えつつも、依然としてその不安は止まない。
「……だが、電波灯台からの浄化ができないとなれば、我々はあの怪獣を少なくとも『足止め』しなくてはならない。だが、今現在有効射撃は無し……」
もっと大口径の弾薬とそれに対応する砲塔、そしてさらに高性能な射撃管制装置がいる。その結論は司令部全体に広がりつつあった。その時であった。バレンタインの手元にあった大統領直通電話が鳴り響いた。
「まさか、撤退命令ではあるまいな……」
バレンタインはそう危惧しながらも受話器を取る。電話の向こうのレーガン大統領は言った。
『准将、君の作戦が聞きたい』
(なぜ上官でもない貴方が突然……)
バレンタインは疑問に思いながらも答える。
「……は。ポイント1から5までの電磁砲塔戦車の斉射による進路の阻害であります。なにか問題が?」
その問いに、大統領は少しの沈黙ののち答えた。
「……君は、海軍の東沿岸艦隊を使うつもりはないかね?」
「海軍の、沿岸艦隊?」
それは、レーガン大統領きっての要望によって維持されていたアメリカ唯一の艦隊であった。それを聞いたバレンタインは驚きつつもあることに気付いた。
「大統領、それは……」
「分かっている。所詮はただの妄言だ。指揮権は君と……」
「そうではありません!」
「……なに?」
「大変興味深い案だ!艦載砲と対艦ミサイルであれば、目標に有効かもしれません」
(そうだ。なぜこんな重大なことを失念していたのだ。我々には艦隊がいる。その威容は半減しようとも、確かにいるのだ)
バレンタインは大統領に海軍と陸軍に掛け合うよう大統領に願い出た上で、自らも艦隊要請のため受話器を取った。
(絶対に、これ以上の侵入を許すものか!)
「で、まさかの32年前と同じく艦砲射撃で怪獣駆除をするって訳か。大統領さまさまですね」
カートマンは旅客機の機内にある会議室で言う。
「その通りだが、こちらはこちらの問題を解決しなければならない」
アーノルドはそう言って同席するジウスドラとアンバーを見る。
「博士、ミナモトは確かに覚醒したのですよね?」
「記憶の大半をな。だが、先ほども話した通りベイリンに対抗できるかと言えばそうではない。ベイリンの性格を考えて、大君との殺し合いを望むのは必至だ。しかし記憶が戻っても、肝心の肉体は人並み。このまま対峙してもなすすべなく殺されるだろう」
「やはり、そうですか……」
そこにカートマンが尋ねる。
「じゃあそのベイリンの相手は誰がするんです?潜在能力は全人類随一のミナモトで歯が立たないんじゃあ……」
そこでカートマンはハッとする。そしてアーノルドを見た。
「……アーサーですか?」
それにアーノルドは固く腕を組んだまま答える。
「そうだ……」
「だめだ」
不意にジウスドラが遮る。そして言った。
「大君はまだしも、そこの男は論外だ」
「てめえ……」
アーサーが身を乗り出す。だが、ジウスドラはなおも言う。
「では聞くが、お前は人間の子供を殺せるか?」
「ッ……!殺せるわけねえだろ!」
「ではやはり駄目だ。ベイリンは、ベイリン・ドルトー・レコアトルは平然と女子供を盾にする。無意味に殺す。奴はそういうどうしようもなく露悪で醜悪で最悪な男だ。それをお前が、今のお前が渡り合うなど、子供の寝言のような話だ。ありえない」
ジウスドラはそう真っ向から否定した。だが、アーサーは納得しかねていた。
「お前に、よりによって怪人のお前なんかに!俺の何が分かんだよ!」
アーサーはその場にガタリと立ち上がる。
「アーサー……」
隣に座っていたリリーが宥める。やがてジウスドラは答えた。
「……今お前は、”私が怪人だから”と私の話を否定した」
「それがどうした?」
「お前は私の話を聞き、理解する前。さらに理解した後でさえもなお、『怪人』というフィルターを通して物事を理解しようとしている。いや、呑み込もうとしている。他者の言葉を受け止めず、憎しみの殻に閉じこもり、じっと全てが”勝手に”解決される時を待っている」
「………」
「逃げているのだ、お前は。何事かの受け入れがたい現実から目を逸らし、別の何かを睨みつける。酷く幼稚だ。自力で解決しようともせず、誰かに助けを求めるわけでも無い」
「………じゃあ、俺は」
「だから、自分で考えろと言っているのだ。自分で選択しろ。最低限それが出来なくてはベイリンには到底敵わない」
アーサーはそれを聞いて何も言わずにそのまま座り込む。
「博士……」
「おっと、話が逸れたな。でだ。先ほどの話を踏まえて、大君が完全に覚醒しない場合の策。それを考えてある」
「というと?」
「それは……」
そしてジウスドラはその策を話し始めた。
「先生、なんであの金髪をあそこまで気にかけてやるんですか」
みなが解散した後、誰もいない会議室ではジウスドラとカナがいた。カナの問いにジウスドラは答える。
「とり立てた理由は無い」
そう言いつつもジウスドラは続ける。
「……まあ、強いて言うならば、いつかの誰かに似ていたから、だな」
「……それって、私のことですか?」
「さあ?」
ジウスドラは少し笑ってそう言った。
「それにしても、また口調が戻っているじゃないか。私と大君でなんとか矯正したのに」
カナは少し言いにくそうに答える。
「その、まさか先生が生きていらっしゃるとは思っていなくて……」
「ははは、正直でよろしい。まあ今となれば立場上の言葉遣いなどはどうでもいい。好きにしなさい」
「……はい」
カナは答える。だが、ジウスドラはそこに違和感を感じた。
「どうした。何か悩みがあるのか?」
カナはらしくない仕草でモジモジと言いにくそうにしている。だが、やがて意を決した様に言った。
「……大君は、大君は元に戻るのでしょうか」
「元に戻る、か。彼は確かに大君本人だが、その生まれはクローンの子孫だぞ?」
「それは、実は問題じゃないんです。形はどうであれ、もう一度あの方の隣に立てるなら、私はそれ以上は望まない。でも、今の彼は揺れている。本人では気付かない所作の端々からも分かる」
それは、長年ギルガメシュの右腕を務めてきたカナだからこそ分かることであった。
ジウスドラは尋ねる。
「つまり、彼の人間としての人格が邪魔だと?」
「そこまでは……」
「遠慮しなくともいい」
「………」
カナは少し耳を赤くしつつも、答える。
「……ミナモトは、私を遠野彼方として接してる。それは、多分大君としても"そうなりつつある"気がする」
(私は、トラグカナイなのに)
「嫌かね。それは」
「……はい」
「そうか」
ジウスドラは表情を緩める。
(変わらんな、こいつは。捻くれているようで、時折ハッとするほどの真っ直ぐさが垣間見える)
だから選んだのだろう?ジウスドラは誰ともつかずにそう語りかけた。
そして会議室の外、源は自分の座席に座って窓の外を眺めていた。
(……俺は、期待に応えられなかった。ベイリンに対抗するのは、俺の役目だったのに)
「俺のせいで、また周りを巻き込んでしまう……」
だから、もう2度と失敗は出来ないのだ。
(ジウスドラは俺のために代替案を用意してくれた。俺はその期待に応えなくてはいけない。応える必要がある)
「ベイリンのことは知っている。ギルガメシュとしての記憶によって。その長所を生かすんだ」
ベイリンは、俺が必ず倒す。源は改めてそう誓ったのだった。




