心当たり
「2人とも、頼みたい事があるんだが……」
源はジウスドラ博士とアンバーに言う。
「頼みたい事?」
「俺の精神構造を改めて鑑定してほしい。多分、俺の記憶は"不完全"だ」
それを聞いた博士は顎に手を当て難しい顔をする。
「不完全、か……」
「つまり、まだ大君としての記憶が戻りきっていないという事だな?」
アンバーが言う。
「ああ。俺が誰で、どんな仕事をして、そして誰に殺されたのか。それは分かってる。でも、俺が小さかった頃の記憶が酷く曖昧なんだ。そしてそれは、俺にとってとても重要だった気がする」
それを聞いた博士は、
「……分かった。早急に場を整える」
そう言って誰かに連絡をとり始めた。それを見て源はカナの方を見る。
「………」
カナは気まずそうにこちらの様子を伺っていた。
「あの、大君……」
「源でいい。どちらかというと、俺はまだ源王城だからな」
「ですが……」
「心配しなくとも俺は俺だ、カナ。でも、勝手な言い分かもしれないけれど、俺は源王城として生きている。それに、今の俺が『大君』なんて言われる資格は、無い」
カナはそれを聞いて何か言いたそうに口を開いたが、ぐっと我慢した。そしてため息をつくと言った。
「はあ……分かりました。では貴方の事は、引き続きミナモトと呼びます」
「敬語は違和感がある。いつも通りでいいぞ」
源の発言にカナはムッとして言い返す。
「あのですね…!」
「おい、2人とも。準備ができたぞ」
不意にアンバーが言う。博士の話では、このままエリア51内の研究施設に移動するらしい。その移動の最中、段々と狭まっていく『保管庫』の長い通路を戻りながら、源はアンバーに声を掛けた。
「アンバー、ちょっといいか?」
「なんだ」
「お前、アシュキルを倒すと言っていたけど、なんでまたアシュキルなんだ。レストアやお前たちカンニバス家は、後宮時代からの護衛役だっただろう」
アンバーはこちらをチラッと見ると、やがて言った。
「……俺の母上がアシュキルに殺されたからだ。母上はカンニバス家の人間じゃなく、娼婦だった。だから地位も低く、ついにはアシュキルの政治闘争に利用されて処刑された…!」
アンバーは唸るようにそう言って拳を握りしめる。そこから漏れ出す憎悪は計り知れない。
(なるほど、それほどに大切だったのだろう。俺は知らない感情だが……)
「レストアは、そのことを知っているのか?」
源は尋ねる。
「……知らない。兄上の母親はカンニバス家直系の血筋だ。こんな事を知る必要は無かった」
アンバーは複雑そうな顔で答える。
「異母兄弟か……」
「ああ。だが、兄上には憎しみなど抱いていない。母上の処刑には当然関わっていないし、何よりその生まれから居場所の無かった俺を、対等な兄弟として扱ってくれた」
それを聞いて源はふと思い出す。いつか、レストアは言っていた。
『最近、我に弟ができたのですが、これが可愛くて仕方がない。父上の不貞によって産まれた子ですが、それでも兄弟。我の代に女ばかりであった我が家に、ようやく心を許せる相手が現れた』
そう語るレストアは、今では考えられない穏やかな笑みを浮かべていた。
(……そうか。レストアはそんな事を、そんな顔で語っていたのか)
長崎とは決定的な何かが違っていた。
「それでも、レストアは敵なんだ。俺が、人間である限りは……」
ジウスドラの研究室は、地下深くに埋まっていた。入るには地上から小さなハッチをくぐり、電磁エレベーターを使用するしかない。そんな研究室は整然と片付いており、体育館ほどの大きさの空間に4つの区画が設けられている。
(狛江主任の研究区画とは大違いだな……)
そんな事を考えながら、ジウスドラに案内されるまま一つの区画に移動する。そこには血管のように無数のケーブルが這う床の上に、場違いな古い木の椅子が置いてあった。
「設備が古いのだよ」
ジウスドラは言う。無数のケーブルの一つには『1988』と記されているものもあった。
(一体いつから……)
だか今はそれどころではない。源はすぐに椅子に座る。それを確認したジウスドラは端末を片手に尋ねる。
「教えてくれ、大君。君は何に気が付いたんだ」
「……あくまで予想の話だ。確信じゃない」
「……分かった」
ジウスドラはそれ以上は言わずに端末の画面を見る。そして源もまた、目を閉じた。
「ここは……」
源は思わず呟いた。そこは草原だった。
(深層意識がまた変わってる……。でも俺はこんな場所知らないし、ギルガメシュとしての俺の記憶なのか……)
源は草原を歩き出す。よく晴れた空は雲ひとつなく澄んでいる。
「気持ちいいな。なんだか、リラックスできる……」
その時、不意に後ろから声がした。
「待ってよ!ギルガメシュ!」
「え?」
振り向くと、そこには誰もいなかった。ただ、風が吹いてざあと音が鳴る。その風は段々と強くなっていき、やがて目を開けられないほどの突風になる。
「ッ……!なんだこれ!今までこんな事…!」
源はよろけ、その場に倒れ込む。そして、まるで走馬灯のように様々な記憶が駆け巡った。
『大君!このまま第二層まで後退しましょう!ウルの難民窟ならまだ誤魔化しがきく!』
『大君!なぜ裏切ったのです!貴方は、ラケドニアの希望となる筈だったのに!』
『大君、このような形で相見える事となるとは、我も心外であるぞ』
『さようなら、ギルガメシュ』
「違う!僕は…!」
源はその場に跳ね起きる。そしてハッとする。
「大君?」
「ああいや、記憶が溢れて制御できなかったんだ。まだ鑑定は続いているだろ?」
源の質問に、ジウスドラは珍しく困った顔で答える。
「それが、すでに鑑定は完了している。というより、"完了していた"」
「完了していた?どういう意味だ?」
源の問いに、ジウスドラは適切な言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「君の精神構造は、全く変わっていないのだ。トラグカナイを分離した時から……」
「ありえない!」
カナが叫ぶ。
「そんなはずはない!俺は確かに、マザーコアの浄化によって崩壊寸前だった源の精神を修復した!」
それはつまり、
「呼び起こされたはずのギルガメシュの精神と、源の精神の構造が一致しているのか……」
アンバーは口に手を当て、険しい顔で考え事を始める。そして源もまた、何が起こっているのかを薄っすらと理解し始めていた。源は尋ねる。
「ジウスドラ、俺は……」
ジウスドラは答える。
「ああ……。にわかには信じ難いことだが、君は1万2千年前に死亡した、かのミルガル・ギルガメシュ『本人』だ」
「………」
源は言葉を失う。確かにギルガメシュの記憶はある。でも、それは何らかの理由と方法で源の中に存在していたに過ぎない。源はそう考えていた。だが、現実は違った。
「……私も、まさかこんな結果になるとは思っていなかった。よくて君はギルガメシュの子孫であると、そう考えていた。だがこれは……」
「まずは落ち着いて状況を整理するのが先じゃないか?」
不意にアンバーが言う。
「全員見るからに動揺している。それではまともな結論は得られない」
彼はこの中で最も冷静だった。その言葉に反応したのは、
「……その通りだ。先生、何か心当たりはありますか?」
カナだった。彼女は何よりもまず、ある事実を確定させたかったのだ。そしてジウスドラも、
(アンバーの言う通りだ。私らしくもない……)
「そうだな……。記憶に関しては、やはりコアを使った可能性が高いだろう。だが肉体が分からん。コアを浄化する上での脳波指数、適合率が彼は80パーセント。常人の100倍はある。それはギルガメシュと同じだ。彼がラケドニア最強たる所以は、その天才的な戦闘センスではなく、他人の精神を破壊できるほどの強力な脳波にある。この特性は偶然に再現できるものではない」
「つまりコアと関係があると?」
「そう考えるのが適当だろう。となると……」
「……クローン?」
不意に源が言う。それは、かつてテレビで観たSF映画をたまたま思い出したからに過ぎなかった。だが、ジウスドラにはそれで充分だった。
「クローン……そうか!そういうことか!」
ジウスドラは思わず大きな声を出す。
(だが、そんな技術は私ですら知らない。つまり、皇族の最重要機密!)
「何ということだ……そんなことが、そんなことが可能なのか!」
「そんなこと、とは?」
カナが興奮冷めやらぬジウスドラに尋ねる。ジウスドラは深呼吸をして落ち着くと、話し始めた。
「結論から言うと、彼はギルガメシュのクローンで間違いない。だが、その方法が特殊だ。具体的には、ギルガメシュの遺伝子にナノレベルのコアを組み込む。これで記憶と肉体の特性がセットで反映される。そして、一万二千年のスパンについてだが、これは当初から予想していた子孫説で間違いないだろう。と言っても、一万二千年に生み出されたクローンのだろうがな」
「ではミナモトとギルガメシュに直接の血縁は無いと?」
アンバーが尋ねる。
「そうなる。まあ遺伝子が同じなので血縁も何も無いが」
「ではなぜ今、ミナモトが大君として覚醒したのです。ミナモトが大君のクローンの子孫だとして、今になるまで世代を交代するにともなって数え切れないほどの別の遺伝子が混ざったはずだ。それがミナモトだけ遺伝子が同じ理由が分かりません」
カナも尋ねる。だが、それにジウスドラは澱みなく答える。
「遺伝子レベルでの過程変異だろう。彼の両親が彼を身籠った時に、何らかの特殊な外的要因が加わり、過程変異が発動したのだ」
「確かに、俺は孤児だ。そして両親が死亡した理由は、怪獣に捕食されかけたから……」
そこで源はハッとする。
「それだろう。怪獣のコアと遺伝子に眠るコアが共鳴したのだ。そして君はその時の過程変異により、1人生き残った。そうすると、ミナモトだけ過程変異したのは、怪獣の発生が関係していると見て間違いないだろう」
ジウスドラはそう一息に言い切った。だが、誰も声を発さない。皆がみな、ジウスドラの話を理解しようとしていた。受け入れようとしていた。その時だった。地上と隔絶されたこの空間の、この重い静寂を破るように一つの電話が鳴った。持ち主はジウスドラである。
そして相手はウィリアム・ローガン大統領であった。大統領は言う。
『早急にミナモトをニューヨークに送ってくれ。大怪獣がマンハッタンに出現した』




