ベイリン・ドルトー・レコアトル
MSB本部にある作戦室では、アーサーら特務浄化部隊の面々がアーノルドの話を聞いていた。
「知っての通り、本日00時に行動を開始した特別指定大怪獣、識別名『ジャガーノート』が簡易電波灯台を突破し北上を開始した。目標は進路からしてモンタナ州グレートフォールズの”シャッター”で見て間違いないだろう」
”シャッター”とは、国連の安全保障理事会によって運用される、怪獣を捕縛し、生きたまま封じ込める9000ヘクタールに及ぶ広大な施設の事である。現在ここには6体の大怪獣と22体の怪獣が厳重に管理されており、兵器の運用試験やその生体サンプルを使った研究が行われている。そして、
「『ジャガーノート』はシャッターへの移送作業中に活動を再開している。衛星写真から見て分かる通り、脊髄には麻酔投与用の針が刺さったままだ」
「それで、なぜ俺たちに出動要請が?」
カートマンが尋ねる。
「それがキモだ。ジャガーノートは電波灯台の感応波を何故か突破している。さらに行動が合理的すぎる。怪獣の本能である人間への殺意が希薄であり、道中の都市には目もくれずにシャッターまで一直線に進路を取っている」
「つまり意思が存在するということですか……」
リーが言う。
「ああ、そう見るべきだろう。そして我々は、当該大怪獣の異常性を考慮し、超長距離からの浄化を試みる」
「まさか!冗談でしょう?」
「命令だ」
「ホントに俺たちだけで?」
「そうだ」
「………」
カートマンは困り顔で腕を組む。他の隊員たちも、
「具体的にどう浄化するんです?電波灯台の増幅機構を使うにしても、相手の移動速度が早すぎる」
「そこでこれだ」
アーノルドが机の上にホログラムを出現させる。
「これは……」
リリーたち隊員が驚きの表情を作る。そこにアーノルドが言う。
「試作128ミリ対獣ライフルだ。これを使う」
「いや、これ艦載砲なんかより口径が……」
「安心しろ。最新式の駐退機構が組み込まれているし、運用の際には制限進化を行う予定だ。つまり使用するのは俺かアーサーが……」
「俺がやるよ」
その時初めてアーサーが発言した。
「俺が撃つ。浄化はミナモトがやればいい」
「……まあ、そうなる可能性が高いだろう。ミナモト、お前もいけるな」
「はい、大丈夫です」
(博士から貰った”保険”もあるしな)
アーノルドはその後手短に作戦概要について語ると、
「では作戦準備だ。地下鉄で郊外の飛行場まで移動したのち、ヘリに乗る」
「了解!」
一同は解散後、すぐにロッカールームで服を着替え始めた。
「これがMSBの……」
源は支給された白のベストを手に取るとそう呟いた。肩にはMSBのワッペンが貼られている。
(やっぱりどこも白なんだな)
源はそんな事を考えながら迷彩服の上にベストを着た。そして、赤本の送ってくれた三友工業製38式ガスマスクを手に取った。
「あれ、支給品は使わないんですか?」
不意に横にいたリーがそう聞いてくる。彼は日常業務にトラグカナイを押し付けられてから、源にやけに友好的な態度をとるようになっていた。
「こっちの方が慣れているので。それに性能もあまり変わりませんし」
源があっさりとそう言うと、そこでリーはハッとした。
「……もしかして、何か思い入れが?」
「実はここに来る前に貰ったもので、ずっと交換せずに使っているんです」
「そんなことが……。不躾な言い方をしてしまいました。すいません」
「そんな!ごく当然の疑問ですよ。それより、このヘルメットどうやってサイズを調整するんですか?」
そして隊員たちは真空式の地下鉄に乗り飛行場に移動する。その車内で源はふと周りを見渡した。向かいの席で何事か話すアーサーたちに、隣で眠るカナ。それに何度か横目でこちらを見る軍人たち。
(確か、初めて地球防衛省に登庁した時に乗った電車だったかな。それに似ている気がする。あの時と違う所と言えば、ここがアメリカで、俺が怪獣殲滅大隊の隊員だってことと、そして……)
源は隣のカナを見る。静かに眠るその横顔は、まさしく遠野彼方であった。
「カナ……」
だが、源はぎゅっと両手を握りしめる。
(いや、違う。もう遠野彼方はいない。彼女はあくまで別人、トラグカナイだ)
源は改めて鈍い喪失感を感じると同時に、自身の心の違和感に気付いた。
(……でも、なんだろう。俺はまだ、大事な事を忘れている気がする。それも、忘れてはならない様な重要な記憶を)
輸送機の中でクリフ少将が言っていた言葉を思い出す。
『ギルガメシュについて、そして自分について知ってもらう』
それがアメリカに来た目的である。
(そのためにどうするか……)
そこまで考えて源は呟いた。
「もう一度、あの博士に会わないと……」
「………」
それを、カナは目を瞑ったまま聞いていた。
二基の最新式の反重力エンジンは、砂埃をまきちらしながら、徐々にその出力を弱めつつあった。アーノルドたちは現在、ニューヨークからの高速飛行によってロッキー山脈の狭間にあるヘレナ国立森林公園にいた。森林公園と言っても、すでに砂漠に覆われ、緑はどこにも見当たらない。
そこでアーノルドが隊員たちに指示をする。
「このイーディス山の山頂でアーサーたち射撃班は待機。ミナモトとトラグカナイ、そして俺はタウンゼントの電波灯台に移動する。カートマン、ここはお前に任せるぞ」
「了解です。いやあ、これを一人で……」
カートマンはMSBの一般隊員たちとともに、戦車の砲塔のような構造をした試作ライフルに夢中であった。
「アーノルドさん、本当にあれを使うんですか?別に自走砲を引っ張ってきても……」
山を降りる道中、源が尋ねる。
「実験的コストカットだ。燃料代、弾薬代を大幅に削り、電波灯台を使用した遠隔での浄化に重点を置く。これが成功すれば一回の怪獣駆除で防衛費が1億ドルは浮く」
「そんなに!」
(自衛隊でも一回の戦闘で50億円だぞ?)
「今までが使いすぎたんだ。議会でもその話題は出ている。つまり、今回はデモンストレーションだ。議員連中に向けてのな」
アーノルドはどこか複雑そうな顔をする。そして言う。
「それに、試作のライフルと言っても弾薬は第3世代の誘導徹甲弾だ。外れることはまず無い」
「……分かりました。俺も必ず浄化します」
「ああ、頼む」
そして源たちは職員の避難済みの電波灯台に入る。
「俺は管制室にいる。2人で”光源”まで上がってくれ」
「了解です」
源はアーノルドと別れ、カナとともにエレベーターに乗った。
「なあ、カナ」
不意に源が言う。
「なんだよ」
「俺に浄化されかけた時、どんな感じだった?」
「……覚えてねえな。そもそも、人間以外の生物にコアが定着しても自我はでねえんだよ」
「でもジャガーノートには明らかな意思があるぞ?」
「それがおかしいんだよ。いつか言ったろ、コアは万能じゃないってな。脳の構造が異なっても自我を持てるなんて、そんなことは……」
そこでカナはハッとした。
「まさかアイツか…!」
「……カナ?」
「ミナモト、今すぐアーノルドに無線を繋げ」
カナは狭いエレベーター内で源に詰め寄る。
(近い!)
「な、なんで?」
「ジャガーノートは恐らく王族だ!それも、アシュキルよりもタチの悪いな」
「……!わ、分かった」
源がアーノルドに無線を繋ごうとしたとき、アーノルドの方から無線が届いた。
「聞こえるか、ミナモト、トラグカナイ。作戦は中止だ。すぐに戻ってきてくれ」
「え?戻るって……」
「ジャガーノートが突然進路を変更した。迂回してロッキー山脈を越えるつもりだ」
「もしかして、勘づかれたんですか!?」
「ああ、そうだ。だからすぐに地上に戻れ」
「了解しました」
源はすぐにエレベーターを下降させ始めた。
「チッ!やっぱり気づかれるか!」
カナはドカッと壁に寄りかかると、忌々しそうにそう吐き捨てる。
「カナ、さっき言ってた『アシュキルよりたちが悪い』って……」
カナはチラッと源を見ると、少し間を空けて答えた。
「……ラケドニア第4帝政、第一皇太子ベイリン・ドルトー・レコアトル。ジャガーノートは、おそらくコイツだ」
「レコアトル……」
「アシュキルの義理の兄だ。アシュキルは第四皇太子。アシュキルの野郎でさえ俺のとはくらべものにならないほど高性能なコアを持ってる。それが第一皇太子ともなれば……」
「怪獣の身でも自我が持てる、か?」
「それだけじゃねえ。ベイリン皇太子と言えば、生粋の快楽主義者。我儘で傲慢で浅ましいクズだ」
カナは不快そうな表情でそう言った。
「じゃあカナ、そのベイリンの目的はなんだ?」
「当然、怪獣の解放だろ。それに奴には忠実な部下が大量にいる。日本の時みてえに怪人として潜伏してる可能性もありえる」
「……!もしかして、またあの怪人たちと戦わなくちゃいけないのか?」
「また、じゃねえ。今度の相手は理性の欠片もないただの邪悪だ。話し合いの余地は多分ねえぞ」
「………」
その時、チーンと音がして扉が開く。そこにはアーノルドがいた。
「2人ともすぐにここを出発するぞ。ジャガーノートの駆除は州軍と空軍が引き継いだ。俺たちはシャッターまで先回りだ。いいな」
「はい。それで……」
源がそう言いかけた時、カナが言った。
「アーノルド、ジウスドラ博士と連絡が取りたい」
「……今か?」
「今だ。ジャガーノートに関する重大な考察がある」
そう言ってカナはエレベーターで話した事をアーノルドにも簡潔に説明した。それを聞いたアーノルドは驚きの表情を浮かべつつも、口に手を当ててしばし考えた。そして言った。
「……分かった。まず大隊長に連絡を取る」
それから数分後、ジウスドラ博士はカナの話を聞いていた。
「……なるほど、興味深い予測だ。一考に値する」
「どうか、できるだけ早くお願いします」
「分かっている。フェルリナと同じようにはさせん」
「お願いします……」
そこで電話は切れた。
(奴め、まだトラウマが薄れていないのだな……)
ジウスドラは少し昔を思い出した。
「だがまずは、『ジャガーノート』だ」
(もしその中身がベイリンであるならば、ここ最近の不可解な事件の辻褄が合う。そして何よりも、最悪だ)
ジウスドラはコンピュータに向かうと、
「やはり、大君の覚醒を急がねば……」
そう呟いたのだった。




