表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
79/130

旧ニューヨーク

 ニューヨークは二つある。具体的に言うと、それと認定されている都市が同じ場所に重なっている。つまりは空中都市である。マンハッタン上空1000メートルに浮かぶ『天上階』には、半径5キロの円盤の上に多種多様な商業施設、住宅、企業ビル、そして都市機能の一部が移され、その経済規模は一つの国に匹敵するほどである。逆に『地上階』、通称”旧ニューヨーク”には『天上階』への長大なエレベーターが建設され、そのターミナル周辺では、近未来的な超高層ビルが立ち並び、西暦時代とほぼ同等に栄えているが、この2つのニューヨークが相入れることは決して無い。

 その中心部から少し外れて、ラガーディア空港の国内線ターミナルでは、源たちがアーサーの合流を待っていた。

「すまないな、こう何度も1日に長距離移動をして」

 アーノルドは言う。

「構いませんよ。それに俺、ニューヨークには一度来てみたかったんだ」

 そう答えて源は、窓の外の巨大な円盤を見上げる。その淵からは超高層ビルの先端が僅かに確認できる。

(あれが天上階か……)

 源はその様子に素直に感心する。が、

「アレが天上階?案外ちゃちいな」

 カナは少しガッカリした様子でそう言い放った。その言葉にアーノルドたちが凍り付く。

「おい、カナ。いくらなんでもそれは……」

(天上階はアメリカ復興の象徴みたいなもんだぞ)

 周りの空気を察した源が注意しようとしたとき、不意に後ろから声がした。

「天上階を小せえ呼ばわりだ?誰だよ、今言ったやつ」

「アーサーさん!」

 それはMSB所属、アーサー・アレキサンドラであった。アーサーは源を無視して、まずカナを見る。その途端、両者の間に緊張が走る。が、すぐにアーサーが表情を崩した。

「……いや、よく見りゃ美人だな。まあ許す!」

 アーサーはそう言って表情を崩すと源を見た。

「久しぶりだな、源」

「はい。アーサーさん」

「………」

 それにアーサーは何か言いたげな表情を作ったが、すぐにアーノルドに話しかける。

「旦那、あの子誰です?」

 アーサーの質問に、アーノルドは非常に答えにくそうに苦い顔をしたが、やがて観念したように言った。

「ジレイド・ウル・トラグカナイだ……」

「……は?」

 途端にアーサーの表情が変わる。先ほどまでの陽気な雰囲気から打って変わって、今は全身から殺気が漏れ出している。

「……旦那、つまりあの女は怪人ってわけですか?それも、トラグカナイが?」

「中身はそうだが、厳密に言うと怪人ではない。コアを持っていないからだ」

「じゃあすぐに殺せるわけだ」

 その瞬間、アーサーは懐のアーミーナイフに手をかけた。

「やめとけよ、クソガキ」

 そう言ったのはカナだった。

「そんなオモチャで俺を殺せるわけねえだろ」

「殺す」

 アーサーの目が血走る。

「よせ、アレク」

 それを止めたのはアーノルドであった。アーノルドはアーサーの肩に手を置いて話しかける。

「ここは公共施設だ。民間人を巻き込むつもりか?」

「でも!アイツはあのトラグカナイだ!なんでか分かんねえけど、今目の前にいんだよ!ジークの仇が目の前に!」

「アレク……」

 アーノルドは難しい表情をする。そしてカナもまたアーサーに言う。

「そんな奴知らねえよ。誰だ、ジークって」

「てめえ!」

 アーノルドの肩を掴む力が強くなる。

「アレク!一度落ち着け。トラグカナイも黙っていろ」

「ふん、めんどくせえ」

 カナは腕を組んで近くの柱に寄りかかる。アーサーもまた、震える手でナイフを収めると、カナを睨みつける。

「……旦那、なんでこんなカスが一緒にいんだよ」

「博士の判断だ。ミナモトとトラグカナイを分離させると……」

「チッ、あのクソ博士!」

(納得できねえ。ミナモトの中にいるから、そう思って我慢してきたのに。こんなにアッサリと人間みてえに振舞いやがって。納得できねえ!)

 アーサーはギリギリと歯ぎしりをする。が、カナは気にも留めずにアーノルドに話しかける。

「おい、アーノルド。こんなところで時間食ってねえでさっさと連れてけよ、MSB本部」

(誰のせいで……)

「……そうだな。おいカートマン、本部までアレクに付いとけ」

(この状況で一緒にしてはおけん)

 アーノルドの意図を理解したカートマンはやれやれとため息をついた。

「はあ……了解。おいアーサー、お前はコッチだ」

 そしてカナに殺気を向け続けるアーサーは、カートマンに引きずられていった。それを見届けたアーノルドは、

「こうなるのが嫌だったんだ。これは面倒になるぞ……」

 そう呟いた。

 MSB、怪獣殲滅大隊の本部ビルは地上階マンハッタンの、軌道エレベーターターミナルの傍にあった。この周辺は今ではそのビル群の半分が天上階へと移転し、その空いたスペースに巨大な半球状のターミナルが建設されていた。その様子を車内から見て源がアーノルドに尋ねる。

「アーノルドさん、なんで昼間なのに天上階の陰がささないんですか?」

「巨大なスクリーンに空の映像を映し出しているからだ。せめてもの配慮という奴だな」

 アーノルドはどこか投げやりにそう答えた。源は違和感を感じながらも、やがてMSB本部の正面ゲートをくぐった。その入り口は一見、ただの自動ドアに見えるがその実、違法な武器や人物を検知するとその場で捕縛、殺害まで遂行するセキュリティシステムが搭載されているのだ。これは長崎の南部連合施設で採用されていたものの次世代型で、特に怪人探知に特化している。

「よし、無事に通過できたようだな」

(トラグカナイの精神構造は登録済みになっているな)

 アーノルドはカナを見て言った。だが当のカナは別のところを見ていた。

「……おい、これはどういうことだ?」

 その視線の先には、受付の上に設置されたMSBのシンボルマークがあった。

「黒円に内接する白い正三角形。これはラケドニア第一帝政の頃の国旗と同じだ。なぜ貴様らがこの国章を使っている」

「それは大隊長の案だから、俺は詳しい理由は知らん。大隊長には今から会うから、その時にでも聞いておけ」

「そうかよ……」

 カナは不機嫌そうにそのマークから目を離す。そこに源が話しかける。

「おいカナ、どうしてさっきからそんなに機嫌悪いんだよ」

「あ?」

「空港の時だって、アーサーさんの事わざと挑発してたろ。拳軽く握ってたし」

(こいつ、勘が鋭くなってやがる……)

 カナはため息をつくと答える。

「別に。ただ、昔を思い出すだけだ」

「昔……」

 源はカナの表情を見ると、それ以上の追及はしなかった。

 そして源たちはエレベーターで最上階である80階まで上がる。そこにMSB大隊長の執務室があった。部屋の前でアーノルドは源たちに言う。

「大隊長は少し癖のあるお方だ。何を言われても、あまり真に受けるなよ」

 そして扉をノックする。するとスライド式の分厚い扉が開いた。その正面には、小柄な男が執務机に向かって、こちらを見据えていた。准将は言う。

「初めましてこんにちは。私が怪獣殲滅大隊大隊長、カルロス・バレンタイン准将だ」

「衛生環境庁処理科、怪獣特殊処理班所属、源王城です」

「………」

 そしてカナは、何も答えずに腕を組んで准将を見ている。それに准将が言う。

「……にらめっこかね、ジレイド・ウル・トラグカナイ。私はもう50半ばなのだが」

「んなわけねえだろ。まずお前、あのマークはなんだ。なんのつもりだ」

「あのマーク?はてさて、なんのことだか」

「決まってんだろ。この怪獣殲滅大隊のエンブレム、あれはラケドニアの国章だ。それも第一帝政時代、黄金期の」

「嫌かね、人間如きに使われるのは」

「当たり前だ。てめえら”生き残り”が使う権利のねえ代物だ」

「ふむ……」

 准将は少し考え込む。そして言った。

「嫌だ」

「は?」

「あれで中々気に入っていてな。だからこのまま使わせてもらう」

「てめえ……」

「殺すか?やってみろ。『人並み』のその身体で私の喉を掻き切れるのならな」

「……チッ」

 以外にもカナは引き下がった。

「そうだ、それでいい。流石は王家親衛隊のナンバー2、引き際は分かっているらしい。アーノルド、制限進化は控えろ」

「了解です」

 アーノルドは首元から手を離す。そう、カナが不審な行動をとった場合、即座に殺害できるよう、アーノルドは制限進化を準備していたのである。

(やりにくい……)

 そう思いながらカナはアーノルドから目を離し、准将に目をやる。

「さて、”雑談”はそこそこに君たち二人の処遇について決めねばな」

「処遇って、俺がMSBに一時的に加入する事じゃないんですか?」

「そうだ。だが、今はトラグカナイがいる。別にさっさとぶち殺しても良かったが、あの博士どうも君とトラグカナイに目が無いらしい。よりにもよって保護を申し立ててきた」

「あの博士が……」

「そう、だから適当に決められない。まったく、殺しておきたかった……」

 准将は残念そうにする。

「まあ仕方がないことだ。アーノルド、アーサーの様子はどうだ?」

「最悪です。同じ空間にいたら、まず殺し合いになる」

「よろしい。ではトラグカナイもMSBで面倒を見よう」

 場に沈黙が訪れる。それは一重に、驚きからくるものだった。やがてアーノルドが困惑気味に尋ねる。

「じゅ、准将。今なんと?」

「だから、MSBの事後処理班にミナモトとセットでトラグカナイも加入させる」

「い、いやいや!だからそれではアーサーと……」

「だからこそだ。今のアーサーに必要なのは喪失からの克服。これは君の言った言葉ではないか」

「もしかして、その穴を埋めるためにトラグカナイを?」

「憎しみは安価で便利な材料だ。喪失感を埋めるパテとしては充分だろう」

「そんな博打のような……」

(それに、アレクの精神がより不安定になる恐れもある)

「だが、これが最善策だ。文句があるのならあの迷惑天才博士に言いたまえ。私はもう言ったぞ」

 准将の発言に、アーノルドは何か言おうと口を開いたが、結局一言も言葉は出てこず、とうとう准将の判断を受け入れた。

「……了解しました」

 アーノルドは見たこともないほどがっくりとうなだれると、腹を押さえた。この日アーノルドは、人生で初めて胃痛になった。だが、そんな事を知らない2人は、

「おいカナ、もうアーサーさんを煽るのはやめろよ。ジークさんの仇だと思われているんだし」

「知るか。つーかそれをアイツに言えよ。一々殺気向けられるのもメンドくせえ」

「じゃあもっと口調を丁寧にしてくれ。その顔で死ねとか殺すとか言ってほしくない」

「は?キモ。俺は遠野彼方じゃねえんだぞ」

「中身はだろ?ていうかキモいって……」

 そんな事を言い合っているので、アーノルドが口を挟む。

「おい、2人とも。そういうのは後にしてくれ……」

(ったく、どいつもこいつも勝手な事しやがって)

 その様子を眺める准将は、

(うーむ、ミナモトオウジは想像より凡庸。トラグカナイはまずまずと言ったところか。さて、どう掛け合わせれば使える駒に仕上がるものか)

 そこまで考えてふと、准将はニヤリと笑った。

(……大統領や迷惑博士は忠告していたがやはり)

「小型怪獣、これをぶち込むしかあるまいな」

 死ねばそこまで。准将はその時、危うい期待を源に託したのだった。

 そして次の日から、源のMSB隊員としての新たな生活が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ