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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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すべき事

「選択しろ、大君。一生涯、その姿のままか。それともコアを取り込み、肉体の主導権を完全に掌握するか。さあ、選択しろ」

 博士は源に迫る。それに源は、暫くの沈黙の後答えた。

「……コアは飲まない」

「なぜ?」

「俺は俺だ。自分の身体の事は自分がよく分かってる。これは直感だけど、コアの再生プログラムに頼る以外に、肉体を再生させる方法があるはずだ」

 博士は少し表情を動かす。

(想像以上に勘がいい……)

「……では、トラグカナイについても理解しているはずだ。大君よ、無理は良くない。意地になるのは更に良くない。それに、この容れ物は君の望みを叶えてくれそうだ」

 博士は横に立つ遠野彼方を見る。それに源は答えた。

「考えは変わらない。俺は俺の考えよりも、更に遠野彼方を尊重する。それを、肉体だけとはいえ複製なんてもはや冒涜だ。あと、彼女を"容れ物"などと呼ぶな」

 源は博士を睨む。その目を博士はしっかり見据えると、

(妄執的というか何というか、なるほどトラグカナイが入れ込むのも分かる……)

 博士は不意に表情を崩した。

「……ハッ、なんて都合の良い話だ。気に入った。やはり君は大君たる器だ」

「俺は源王城だ」

「もちろん分かっている。だが」

 博士はまた指を鳴らした。すると2人の周囲にモニターや周辺機器などが浮かび上がった。それに反応したのはアーノルドだった。

「博士、」

「日米双方の合意書がある。それに本人の同意書も」

 そこで源はハッとした。

(長良長官に書かされた書類はこれか!)

 そして博士は源に向き直る。

「私は君を気に入った。だから君の意見を半分尊重しよう」

「半分?」

「コアは飲ませない。それ以外での肉体の回復方法を教える。だがトラグカナイは分離させてもらう」

「……カナ、いや遠野彼方の肉体に入れて、か?」

「そうでなければ指先も動かせないだろう。奴の自己認識はそれ程に遠野彼方に近付いている」

「どうしても?」

「くどいな。これは私の義務なのだよ。君の口を挟む余地など無い。身の程を知りたまえよ、大君」

 博士は先ほどとは打って変わって、突き放すような冷たい口調でそう告げた。

 博士は怪人である。それは同時に、ラケドニア人である事も意味しているのだ。

(多分、博士とカナしか知り得ない事柄なんだろう。そして博士にとって、この場合の俺は部外者ですらある……)

 もはや源1人の話ではないのである。それでも喉に出かかる言葉を源は、必死に飲み込んだ。それは意味のあるが必要のない言葉だ。やがて源は言った。

「……分かりました。カナを分離してください」

「ああ、直ぐに完了させる」

 博士の言葉とともに部屋の扉がガコンと音を鳴らす。どうやら二重に施錠されたようだ。そして周りを取り囲む機械が低く唸るような振動音を鳴らし始めた。源の目の前には、白いヴェールのような布を纏った遠野彼方のクローンが直立している。源はそれを見てごくりと唾を飲み込む。

(これは必要な事なんだ。今の俺の体にカナの意識を取り込んでおくのはお互いに悪影響。最悪、精神を干渉し合って廃人になってしまう。だから、そう。必要なんだ)

 源はグッと目を閉じると、呟いた。

「ごめん、カナ」

 そして目を開けると、目の前には灰色の空間が広がっていた。

「ここは俺の深層意識?」

(でも、濁っている)

「汚染だ」

 不意に後ろから声がした。それはカナだった。

「カナ……」

「お前の言いてえ事は分かってる。だから何も言うな。そもそも"先生"は、いやジウスドラは少し強引なんだよ」

「やっぱり、彼を知っているのか?」

 源の問いにカナは少しの沈黙の後答える。

「……俺はただ、借りを返してるだけだ。それよりお前、もう目を覚ます頃だろ。博士がもう俺の意識を『剥がし』にかかってる」

「………」

「なんだよ」

「……いや、何でもない」

(そうだ、これが正しい選択だ。もう余計な事は考えるな。もう迷うな)

 気付くと源は目を開けていた。その目の前には、腰に手を当て、こちらを見下ろす遠野彼方がいた。カナがいた。

「案外速いですね」

 カナは博士に言う。らしくない敬語である。それに博士は、

「タフなのさ」

 そう答えてモニターをその場から消した。そして源に話しかけた。

「体の調子はどうだ、大君。というか、ハンカチはいるかな?」

 その時、源は涙を流していた。

「え?いや、その……」

 源は慌てて涙を拭おうとするが、体は依然として思うように動かない。代わりにため息をついてカナが拭ってやる。

「何も泣く事ねえだろうよ……」

 カナにはその理由が薄らと分かっていた。

(チッ、なんでかコイツが泣いているのを見てられねえ)

 目を赤くした源は、なんとかカナに礼を言う。

「ありがとう、カナ。俺はまだ、受け止めきれないみたいだ」

(中身は違くとも、遠野彼方が目の前にいるなんて……)

 その様子を見ていた博士が言う。

「……仕方がないことだ。だが、さっさと受け止めた方がいい。まだすべき事が詰まっているのだから」

「すべき事……」

 源は鼻をすすると、ふーと息をはいた。なんとか心を落ち着かせる。

「教えてください、博士。俺の身体機能を元に戻す方法を」

(強いな。やはり血か……)

博士はそれにどこか懐かしそうに笑って答える。

「ああ、もちろんだ」

 博士はそう言うと、不意に源の頭に手をかざした。

「あの……」

「集中させてくれ」

 博士はそれだけ言うと小さなディスプレイを立ち上げると、それを睨んだ。その状態が1分ほど続いたその時、博士は言った。

「……よし、終わりだ。もう動いてもいいぞ」

「え?」

 源は困惑した。この一分間で何が終わったと言うのか。それを察した博士は言う。

「潜在の顕現だ。もう少し易しい言い方をするならば、そうだな。身体に科せられたリミッターの解放だ」

「リミッターの、解放?」

 源は右腕を持ち上げてみる。すると、以前の様に腕は動いた。そして源は、なんとその場に立ち上がった。

「施術は上手くいったようだな。いや、良かった」

「あの、やっぱり分かりません。何というか、その。『あっさりすぎる』というか……」

 源はしばらく動かしていなかった足をぎこちなく動かしてみる。その動作には、何の違和感も無かった。それに博士は言う。

(まあ、戸惑うのも無理はないか)

「今行ったのは筋繊維の即時回復術式と、4次元式の精神構造の組み換えだ。何を言っているのかさっぱりだと思うが、それはラケドニアの医療技術だからだ。人間の価値観ではまあ受け入れ難い先進技術だろう」

「それが、俺の身体機能を元に戻す方法?」

「そうだ。説明が足りなかったな」

「………」

 源は少し考えると、言った。

「……それでは博士のメリットが少なすぎます」

「メリットはある。大君のデータが手に入るのだから。それに、トラグカナイもいる」

「ですが……」

「往生悪いぞ、大君」

 そう言う博士の目は、有無を言わさない目だった。穏やかでいて、どこか圧迫感を感じる独特な。その雰囲気に源は気圧された。

「……ありがとうございます、博士」

 気付くと源は、礼を言っていた。

「それでいい。では、えーと……」

 博士は後ろを振り返る。それにアーノルドがうんざり気味に答える。

「アーノルドです……」

「そうだ、アーノルド。見ての通り私のすべきは一旦終わった。もう彼らを帰しても構わない」

 それを聞いたアーノルドは若干面食らった顔で尋ねる。

「今、ですか?」

 それに博士はため息をついて答える。

「はあ……まったく、人間の物差しで私を計らないでくれたまえ。すでに必要十分な資料も、日米の要望も完了していると言っているのだ。今、帰らせろ」

 アーノルドはそれに何か口を開きかけたが、すんでのところで言葉を飲み込んだ。そして言った。

「……了解しました」

 そのやり取りを見て源は、隣のカナに話しかける。

「なんか、博士の性格変わってないか?」

「普段は”ああ”だぞ。……つーかお前、近えよ」

 カナは肘で源をぐいと押した。

「ごめん。つい癖で……」


 ロサンゼルス都心に向かう車の中には、気まずい空気が流れていた。助手席にはカートマン、後部座席には左からアーノルド、源、トラグカナイである。その内、源がアーノルドに話しかけた。

「……ほんとにあっさりと解放されましたね」

「ああ、あっさりしすぎなぐらいにな。お陰で俺の心労も軽減されたわけだが」

 アーノルドは言う。

「心労……」

「板挟み、という奴だ。特にあの博士はすこぶる優秀だが、何をしでかすか分からんからな。お前が椅子に座らされた時と、トラグカナイに肉体を与えた時は心の中で頭を抱えた。だがそれも過ぎたことだ」

(そう、何とかやり過ごした。だがあのクソ博士、一度ぶっ飛ばしてやる)

 そんなアーノルドの心の声は源には届かない。代わりにカナが言う。

「……おい、アーノルド。もう一度聞くが、俺のジンケンは保障されてんだろうな」

「されている。博士きっての要望でな」

「そうかよ……」

 カナはまた腕と足を組んで窓の外を見る。それを見た源が尋ねる。

「なあ、お前と博士はどういう関係なんだ?」

 カナはこちらを一瞥すると、

『今日からここが、お前の家だよ』

 しばらくして言った。

「……関係ねえだろ」

「まあ、そうだな」

(機嫌悪いな。さっきは相当上機嫌だったのに。気を悪くさせたかな……)

 源は一人で反省する。

(もうカナの心は読めない。それに過程変異もできない。これからは全部、自分で何とかしなくちゃいけないんだ。もう誰かに頼れない)

 源は首の後ろを触る。そこにはアーモンド大の器具が張り付いていた。

(この器具、博士は俺の肉体的リミッターを制御する装置だと言っていた。そして、これを使いこなせるようになれ、とも)

 つまり、怪人との戦闘を見越したものであった。

(俺がアメリカに来た意味。それを理解するんだ。アシュキルとの、神獣協会との戦いはまだ終わってない。だから次は絶対に間違わないようにする。もう、誰も死なせない)

 源はグッと拳を握った。源たちの目的地は、ニューヨークであった。


 その日の夜、ホワイトハウスの大統領執務室では、ウィリアム・ローガン大統領が、昔ながらの黒い受話器を耳に当てていた。大統領は言う。

「こんな時間に電話とは、相変わらず君は自由だな。博士」

『万一もみ消されても困るのでね』

「なるほど、相当な厄ネタらしい。例の神獣協会か?」

『あれは少なくとも4年は再起不能だ。優秀な技術者がいない限りな。私が言いたいのは、それより厄介だ』

「……聞こうか」

『まず、ニューヨークの小型怪獣騒動については知っているな』

「当たり前だ。ニューヨークで殺人事件など、もう10数年ぶりだからな。それも本事件の被告はミニサイズの怪獣と来た。想定外もいいところだ」

『そう、想定外だ。いいか大統領、こちらで預かった小型怪獣のサンプルを検査した結果、とあることが分かった』

「とあること?」

 博士はそれに答える。すると、ローガン大統領の顔はみるみるうちに驚愕の表情を作った。

「そ、それは…!」

『現時点で、限りなく事実と言っていい。そこでだ、大統領。ミナモトオウジをこの件に決して接触させないでくれ。怪獣に合わせるのも厳禁だ』

「一応、理由を聞いてもいいか?」

 その問いに、博士は一瞬の沈黙を経ると、ひどく端的に答えた。

『彼が死ぬ。もしくは、彼以外が』

 大統領はそれを聞くと大きくため息をついた。

「はあ……。なるほど、分かった。MSB上層部にその旨を伝えよう。協力感謝する、ジウスドラ博士」

『必要な忠告だ、礼はいらん。では』

 そこで電話は切れた。大統領は椅子の背にもたれると、受話器を置いた。

(怪人というのは誰もかれも……)

「……いや、我々がおかしいのかもしれんな。我々が”生き残り”だから……」

 大統領はまたもやため息をつくと、内線を繋いだ。



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