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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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選択しろ

新章です

「……あれじゃないですか?隊長」

「ああ、そうみたいだ」

 ロサンゼルス空港の発着ターミナルでは、2人の男が海の地平線を見てそう会話を交わしていた。2人の目には、その湾曲した地平に浮かぶ、軍用輸送機の黒点が識別できていた。

「それにしても、低空輸送機とか用心しすぎじゃないですか?静動艦艇プラス護衛艦隊でも、今の太平洋なら航路の一つくらいあるだろうに」

「6時間前にベーリング海で”特別指定”が見つかったんだよ。艦隊なんて付けたらハワイ辺りで海の藻屑だ」

「ああ、そういうこと……」

 男は納得する。

(このタイミングで北極圏の大怪獣の南下か。そりゃ政府もピリつくわな)

 そして30分後、源はロサンゼルス空港のゲートをくぐっていた。

(ここがロサンゼルスの空港か……)

 周囲を見渡す源の元に、見覚えのある人物が2人近づいてくる。それを見た源は驚いた。

「……!アーノルドさん!」

「と、カートマンな」

 アーノルドの隣にいた黒人の男は自分を指さして言う。

「カートマンさんも……。あ、アーサーさんたちはいないんですか?」

「ニューヨークで仕事だ。どうも最近のMSB(怪獣特務大隊)は多忙でな」

 アーノルドはその場にいたMSBの隊員たちに指示すると、自分達は源と共に空港正面口に停車していたいかにも頑丈そうな高級車に乗り込んだ。

 車内で源は尋ねる。

「あの、目的地は……」

「ハイランドの山間にある軍事基地だ。会ってほしい人物がいる」


 その頃、ニューヨーク地上階ハーレム市街地の崩れた家の前には、血まみれの巨体が横たわっていた。頭部は砕けており、残った下顎には鋭い前歯が見えた。その傍らにはガスマスクをした、ブロンドのよく目立つ若い男が立っていた。男はマスクについた無線に呼びかける。

「あーあー、こちらアーサー。"ラッド"を駆除。場所はハーレム東、124番ストリート」

『了解。感謝する、アーサー・アレクサンドラ』

「はいはい。じゃあ今から帰り……」

 アーサーがそう言いかけた時、ふと後ろから子供の声がした。

「……て、助けて……」

「………」

『何で誰も助けてくれないの?』

 アーサーは無線に呼びかける。

「……わりい、ちょっと遅れる。救急車呼んでくれ」

 アーサーはそう言って無線を切り、声のする崩れた家の瓦礫の下まで歩いていくと、しゃがみ込んだ。

「おいボウズ、返事しろ」

「助けて……、お母さんが、お母さんが!」

「ああ、助ける。絶対死なせねえよ」

(もう、死なせねえ)

 アーサーは血まみれのグローブをとると、目の前に横たわる太い芯材に手をかけた。


 源は、車内からロサンゼルスの街並みを眺めていた。

「……変わってませんね、街並み」

「というと?」

「復興の跡が無いじゃないですか。どこも西暦の頃の工法の住宅だ」

「西海岸の中で唯一、ロサンゼルスだけが海岸線の防衛に成功したからだな」

「艦砲射撃で怪獣を倒したっていう……」

「そうだ。そしてその時の艦隊旗艦艦長が、今の大統領だ」

「ウィリアム・ローガン大統領、『怪獣提督』ですか」

「カッケェよなあ。隊長は会ったこともあるんでしょう?」

 カートマンが言う。

「ああ、噂通りの人だったな。アレクの奴が粗相をしても笑って許してくれた」

「アメリカ現大統領に粗相ですか……」

 この時代、それは国家侮辱罪とか、そういう罪に匹敵するとんでもない行為である。

「まあ、世間知らずは怖いって話だ」

 その時、アーノルドは少し笑った。

 ハイランド軍事基地は、おそらく普段よりも警備が厳重であった。入り口を入ると、戦車まで動員されているのが見えた。

「こんな厳重な……」

「それほど重要と言うことだ」

 車はそのいくつもの砲口の間を抜けて、地下に通じるゲートを潜り、スロープを降り始めた。

「そろそろだ」

 アーノルドの言う通り、長いスロープを降り終わると不意に車が停車した。

「ここで降りるぞ。カートマン」

 呼ばれたカートマンは、トランクから折りたたみ式の車椅子を取り出すと源を乗せた。その時、源がつぶやいた。

「なんて大きな扉なんだ……」

 目の前には、縦横20メートル以上もある扉があった。

(まるで何かを厳重に封じ込めているみたいだ)

 源はその全貌を、車椅子から首の痛くなるくらい見上げる。そんな源をよそに、アーノルドは車を帰らせると脇のパネルに話しかける。

「怪獣殲滅大隊アーノルド・ロステンシュタインだ」

『承認します……承認しました。拘束具解除、開門します』

 その瞬間、ズズンと地響きがしたかと思うと、微かな振動とともに厚さ3メートルほどの扉がゆっくりと開き始めた。その隙間から見えた景色に、源は息を呑んだ。

「なんだ、これ……」

 そこには、全高60メートルほどもある巨大な石像が2体、その扉に負けず劣らず広大な施設の内部空間を占めていた。そして目の前、扉の前には一人の男が立っていた。男は言った。

「ようこそ、私の研究室へ」

「お久しぶりです、博士」

 博士と呼ばれた男はアーノルドを無視すると、ツカツカと源の目の前まで歩いてくると、見下ろした。

「なるほど、トラグカナイか」

「あの……」

「おっと、そうだった。忘れていた。いやうっかりうっかりだ。私は博士、ジウスドラ・グラ・レオラオリ。怪人だ」

「……!」

「ん?大君も気づいていただろう?」

 博士は白衣のポケットに手を突っ込んでそう言う。

(いや、確かに変な気配はしていたけど、まさか本当に怪人なんて!そもそも、なんで怪人がここに?)

 源の混乱を見てとったアーノルドが補足する。

「彼はこの国における怪人怪獣、およびラケドニア研究の第一人者だ。西暦時から政府とは協力関係にある」

「説明ありがとう。えーと……」

「アーノルドです」

「そうアーノルド。それで、大君」

 博士は源に向き直る。

「聞きたい事しかないだろうが、まずはその見苦しい格好を何とかしないといけない」

「博士」

 アーノルドが言う。

「分かっている。大統領によろしく言っておいてくれ」

「ですが……」

「その権限は君には無い」

「あの……」

 源もそう言いかけたが、それを博士は指で制する。

「大君も喋るな。現状の優先順位はトラグカナイが1番だ。ついてきなさい」

 博士はそう言うとさっさと一人で歩き始めた。アーノルドとカートマンはお互いため息をつくとその後を追い始めた。

「カートマンさん。あの人、いや怪人は……」

「まあ味方だ。今のところはな」

 カートマンはそれ以上のことは言わなかった。

 やがて一行はとある部屋にたどり着いた。防護扉のような分厚い扉のついた室内には、一脚の椅子が置いてあるだけだった。

「技術における美とは、引き算だと私は考える」

 博士はそう言って椅子の傍に立つ。

「座らせろ」

 カートマンが源の肩をとって椅子に座らせる。

「……」

 源は不安の増すまま、椅子の背にもたれる。すると、横の博士が指を鳴らした。

 その途端、源は意識を失った。性格には、源の意識だけが、強制的にシャットダウンされた。そして残ったのは、

「起きろ、トラグカナイ」

 その言葉に、源の体がゆっくりと起き上がる。

「ここは……」

「私の質問に答えろ」

「は?お前誰……」

 そこでカナははっとした。

「もしかして貴方は…!」

「2秒猶予を与える。その間に状況を呑み込み、整えろ」

「……深層意識についてですね?」

「何層まで修復した」

「私のコアは第7世代です。修復は出来ませんでした。その代わり、バラバラに砕けた精神構造を区分けし、まとめました」

「及第点だな。それで?」

「……以上です。身体機能の回復にリソースの大半を回していたので」

「よろしい。では交代だ」

「え?交代って……」

 次の瞬間、またも源の体は力を失い、そして源の意識が回復する。

「あれ?今俺……」

「大君、お前に質問する」

「は?」

「元の体に戻りたいか」

「それは……」

「今選べ。逡巡した末の選択は選択ではない」

「……戻りたいです」

「ではこれを飲みたまえ」

 博士はそう言ってポケットから黒い粒を取り出した。

「それは?」

「コアだ。アシュキルのものとは違い、接種者の意識は明瞭に残り、後遺症もない」

 それに反応したのはアーノルドだった。

「博士、それ以上は」

「これが私の答えだ。今の話と検査結果を統合した結果、これが最適の選択だ」

「了解しました……」

 アーノルドは渋々引き下がる。無理もない。コアを飲むということはつまり、

「俺は、怪人になるんでしょうか」

 源がそう問いかける。博士はその時初めて少し考えると答えた。

「ああ、そうなる。だが、君の使う『怪人』とは意味が違う。我々の仲間になるわけではなく、人間として振る舞ったとしても特に問題はない。ただ、君の身体機能に関わる選択というだけだ」

「………」

 源は考える。

(本当にこんな虫の良い話があるのか?そもそもこれは夢なんじゃないか?……でも夢だとしても、俺は)

「……カナは、トラグカナイはどうなりますか?」

「分離する」

「ぶ、分離?」

「当たり前だ。人間の脳に二つの精神が同居なんて、非常識にも程がある」

 そして博士はまた指を鳴らす。すると今度は源の目の前にとある女性が浮かび上がった。その姿は段々と鮮明になっていき、最後には実体を持って源の前に立っていた。その姿を見て源は絶句した。

「こ、これ。カナ、遠野彼方!」

 それは、かつて怪獣による飛行機墜落によって亡くした源の幼馴染、遠野彼方であった。

「なんで、なんで…!」

「トラグカナイの精神体はこの女を形どっていた。それが理由だ」

「………」

 源はショックで言葉も出なかった。それは、源の夢にまで見た相手だった。

「選択しろ、大君。一生涯、その姿のままか。それともコアを取り込み、肉体の主導権を完全に掌握するか。さあ、選択しろ」

 そう言う博士の言葉は、源の脳内に無数に反響した。

 源はかつて無いほど逡巡していた。



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