仲間として
「よかったんですか?源君を見送らなくて」
白石は空港からの帰りの車で赤本に話しかける。
「……俺がいたらそんな空気にならないだろ」
赤本は窓の外を眺めながら答えた。
「空気なんて気にするんですね、今の赤本班長は」
「怒ってるのか?」
「まさか。私はただ、素直じゃないなと」
「……怖いんだよ、アイツに嫌われるのが」
「源君はそんな人じゃありませんよ」
「分かった上でだ。自分でもそんなことは分かっている。分かっているのに怖いんだ。もう、人との関係を失いたくない」
「それを直接言えば良かったんですよ」
白石は、赤本が間接的に源に別れの言葉を送ったのが気になるようだった。
「そうもいかないだろ。それに俺は、嘘をついた」
「怪人特務処理班ですか」
「ああ、今回新たに設立された怪人殲滅の特殊部隊。俺はその副班長だ。そんなこと言えば、何と言われるか分からん」
「賛成はしないでしょうね。……それにしても不器用すぎると思いますけど」
「……そうだな。その通りだよ、白石」
(すまない、源。俺はもう、お前の知る俺じゃない。今はただ、1人でも多く怪人どもを、レストアをぶっ殺したいんだ)
赤本は拳を強く握りしめた。その手のひらにはいくつもの爪の刺さった傷跡が見える。赤本の目には、窓の外に広がる景色など、とうに見えていなかった。その様子に白石は、一言すら話しかけられなかった。2人の間には、すでに見えない溝が生まれていた。
その頃源は、アメリカに向かう輸送機の中で、赤本からの『伝言』を受け取っていた。それは一つの紙袋だった。
「これ……」
袋の中から源が取り出したのは、傷のついたガスマスクだった。
「このマスク、特殊処理班で使ってた……」
それは、源のガスマスクだった。使っていた期間は短いが、その間に経験したことは多かった。手に取って見るだけで、その記憶が想起される。源はマスクを膝の上に置くと、腕に着けたデバイスを立ち上げ、赤本からのメッセージを表示した。その内容はこうだった。
『まず、長崎でお前に取った態度を謝らせてほしい。本当にすまなかった。当時の俺は、自分のことを考える余裕しか無かった。東雲さんが居なくなってしまったら、自分はどうなってしまうのかと、そう考えていた。だから、みんなに当たってしまった。だがお前は違った。お前は強い。俺なんかよりもずっとだ。だから、アメリカでもやっていけると、勝手ながら思う。そして、白石たちも同じ気持ちだ。お前のことを仲間として強く信頼している。俺たち怪獣特殊処理班は、お前の帰りを待っている。そして一年後、また一から、一緒に仕事ができたらと思う。
追伸 お前の使っていたガスマスクを同封しておいた。向こうの支給品ではサイズや勝手が違うだろうからそれを使うといい。性能は保証する』
源はそれを読み終えると、ホログラムを閉じた。
(直接言ってくれればいいのに……)
源は微笑んだ。
「やっぱり変わってないな、赤本さんは」
源はその文章から、律義さと思いやりを感じ取った。それは、確かに赤本のものだった。
源を乗せた輸送機は、着実に目的地へと向かっていた。
その頃、ロサンゼルス郊外に位置するロサンゼルス動物園では、とある家族連れが動物たちを見ていた。
「お父さん、あれなあに?」
父親に肩車された子供がそう尋ねる。
「あれはワニだよ。ほら、体が鱗に覆われているだろう?あれはワニが爬虫類だからなんだ」
父親は息子にそう説明する。目の前の池の岸には、数匹のワニが大きな口を開けて日光浴をしていた。
「お昼寝してるのかな」
「そうだろうね。今日は良く晴れているから……」
父親がそう言いかけた時、息子はとあるものを見かけた。
「ねえ見てお父さん、あの影動いてるよ?」
息子が指をさしたのは、池の奥の細長い影だった。それは確かに、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。
「……本当だね。一体何だろう」
父親は息子を地面に下ろし、手すりから身を乗り出して池の中を覗いた。その次の瞬間だった。突如として池の中央に大きな水柱が上がり、その中から巨大な何かが飛び出した。そしてそれは、池に自ら身を乗り出す哀れな生物を一瞬にして食い殺した。その日、ロサンゼルス動物園では正体不明の生物が、来園者を次々に殺害するという事件が発生した。その中には、多くの子供が含まれていた。
その日の夜、ニューヨークの中心セントラルパークでは、一組のカップルが夜道を歩いていた。2人はしたたか酒を飲んでおり、おぼつかない足取りで家とは反対の方向に向かっていたのだった。
そんな時だった。彼氏は道を塞ぐ大きなシルエットを見た。そして言った。
「おい!邪魔だぞクソ野郎!」
「ちょっと!喧嘩はやめてよ!」
彼女が窘めるが、男の方は聞く耳を持たない。
「うるせえ!アイツ、一発殴ってやる!」
そしてズカズカとその影に近づくと、これまた大声で言った。
「おい、聞いてんのかよ!無視しやがって!」
そして男はその影を蹴った。が、びくともしない。
「うお!」
逆に男がよろめき、そして尻餅をついた。それと同時に、その影がゴリゴリという異音を発していることに気付いた。
「てめえ、一体何を……」
男がそう言いかけた時、その影はこちらを向いた。そこには、一対の巨大な目があった。それに男は絶句した。今まで人だと思ったソレは、巨大なネズミだったのだ。さらにネズミは、その手に頭のない死体を持っており、そして男を見た途端に、もう用済みかのように地面に落とした。
「あ、ああ……」
男は思わず後ずさりした。だが、腰が抜けて立ち上がれない。
「……どうしたの?」
その様子を見た彼女が、彼の元へ歩み寄ろうとした瞬間、男の体は宙に浮きあがった。そして街灯に照らされた男の顔は、恐怖に引きつっていた。
「サラ、助け……」
そう言いかけた男の上半身は巨大な口に覆われ、そして大量の血を噴き出して引きちぎられた。その光景に悲鳴を上げることすらできない彼女を、飢えた巨大なドブネズミは容赦なく喰らった。
その日、ニューヨーク市地上階では、セントラルパークを中心に殺人事件が13件発生した。そのどれもが、食い散らかされたような凄惨な現場が広がっており、さらに近辺では巨大な生き物の目撃情報が相次いで報告されていた。ニューヨークでの殺人事件は、実に30年振りであった。
これらの事件に連邦政府は、捜査チームを編成。怪獣特務大隊MSBにもその招集がかかることとなった。
そしてこの一連の事件が、源の人生を変えるものになるとは、まだ誰も知らなかった。
章終わりです




