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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第3章 九州戦争
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これっきり

 源が目を開けると、目の前には巨大な鉤爪が迫っていた。そして、その鉤爪が源に当たることは無かった。甲高い飛翔音とともに、巨大な針のようなものが朱雀の体に突き刺さったからだ。朱雀はその衝撃でよろめき、鍵爪は源の体を掠めてアスファルトを大きく抉った。その数秒後、さらに数本の針が朱雀に突き刺さり、ついに朱雀はその場に倒れた。

「源!」

 その場に棒立ちになっていた源を、神田が通路跡まで引っ張ってくると、その頭上を衝撃波とともに戦闘機が通過していった。それは形状からして、自衛隊主力戦闘機ナイトホークであることが分かった。

「自衛隊が九州まで…!」

 神田達はその光景に歓喜した。米軍の参戦により、じりじりと後退してきた前線がついに九州地方に到達したのだ。それはつまり、南部連合軍の降伏が近いことを意味していた。だが、赤本と源は違った。度重なる怪人との戦闘と、東雲の死によって極度に疲弊した彼らに、喜びを抱く余力は無かった。それを証明するかのように、その後源は意識を失い、赤本は一時歩行が困難になった。


 その1週間後、源は病室のベッドで目を覚ました。

「ここは……」

 そう呟く源を遮るように、誰かの興奮した声が響く。

「主任!源王城の意識が回復しました!」

「なんだって⁉」

 そう驚く声は、地球防衛省地下で知り合った、狛江主任のものであった。部下らしき人物と入れ替わりに狛江主任は病床に駆け寄ると、源に呼びかけた。

「聞こえるかい?源君」

「……狛江主任?」

「驚いた!言語理解も可能とは!」

 狛江は信じられないと言う風な顔をした。

「あの、ここはどこでしょうか……」

「ここは東京中央病院だ。長崎で君たちを保護した後、特に身体的損傷の酷かった君を移送した」

 それを聞いた源は勢いよく体を起こした。

「長崎…!」

「おっと、そんなに動いては……」

 狛江がそう言いかけた途端、源の全身に激痛が走った。

「ッ……!」

「極力体は動かさない方が良い。でないとほんの拍子で筋肉がバラバラに千切れてしまう」

「そんなことより、赤本さんたちは…!」

「ああ、無事だよ。幸いなことに命に別状はない。本当に幸いなことにね」

「では東雲班長は……」

「彼は助からなかったよ。救助隊が駆け付けた頃にはすでに肉体の腐敗が始まっていた」

「………」

「そう気を落とすなよ、源君。あの状況で、彼以外に死亡者がいないことは奇跡としか言い様が……」

 言いかけた狛江に、源はそれを遮るように怒鳴った。

「でも死んだじゃないか!班長は、助けられなかった…!」

「……言い方が悪かったようだね。決して悪気があって言ったわけではないんだ、申し訳ない」

「……出て行ってください」

「それは……安全保障上出来かねる」

「5分でいいので。お願いします」

「……分かった。だけど5分きっかりに戻ってくるからね」

「はい。……ありがとうございます」

 狛江はそれには答えずに、部下を連れて病室を後にした。源は深いため息をつくと、一人きりになった病室を見渡した。一見何の変哲も無いように見えたが、源の真横の机に置かれたとある物体だけが、異彩を放っていた。それは小さな球体だった。源の経験からしてそれは、コアかそれに準ずるものであった。さらに球体の大きさは手のひらサイズほどで、どこかマザーコアに似ていた。

「コアじゃねえな」

 不意に頭の中に声が響いてきた。

(カナ……)

「ンだよ、いつもと違って微塵も嬉しそうじゃねえな」

(………)

「……ウソだよ。それより、体の調子はどうなんだよ」

 そう聞かれて源は、右腕を持ち上げてみた。が、ピクリとも反応しない。

「やっぱりか……」

(理由を知ってるのか?)

「予想はつく。大方、過程変異による肉体の度重なる酷使で、その限界を超えちまったんだろ」

(アシュキルたちと戦った時か?)

「そうだ。と言っても、それ以外のことが分からねえ。お前が昏睡している間、俺も同じ状態だったからな」

(そうか……)

 源は枕に頭を深くもたげ、ため息を吐いた。そして言った。

「なあカナ、お前は死ぬのか?」

「質問の意図が分からねえな」

「俺が死んだらお前も死ぬのは、感覚でなんとなく分かる。じゃあ、カナだけ精神が死ぬことはあるのか?」

「そりゃあそうだろ。やり方は幾らでもある。……ていうかお前、もしかして俺が死ぬのを心配してんのか?」

「それは……」

「お前俺のこと嫌いだろうが。なんでこんなこと聞いた」

「確かに嫌いではあるけど、それは……」

 源はそう言いかけたが、その次の言葉がどうしても出てこない。それを言語化できなかった。

「……まあいい。俺はもう少し休む。もし邪魔したら殺すからな」

「分かった」

 源がそう言い終わるや否や、病室のドアが開き、スーツ姿の男数人が源のベッドを取り囲んだ。

「あの……」

 源の発言を遮るように、男の一人が話し始めた。

「質問は最後に受け付ける。まずはじめに、私は地球防衛省長官、長良だ。出羽前長官に代わり就任した。隣の彼らは、今回のクーデター未遂における各省庁の君専門の担当官だ。そして今から君にはいくつかの書類にサインしてもらう。拒否権は無い」

 長良新長官は、一息にそう言うと、持参したアタッシュケースからスマホのような透明な板を取り出した。

「これを使ってくれ」

 源は長良からその板を受け取りつつも、困惑した表情で尋ねた。

「あの、出羽前長官ってことは、出羽長官は解任されたのですか?」

「そうだ。クーデター未遂の責任を負い辞任された」

「そんな……」

 その時、またもや病室の扉が開いた。今度は勢いよく。

「困りますよ!長良長官!」

 それは狛江主任だった。狛江は怒った表情でツカツカと長良に近寄ると言った。

「全く、彼は覚醒したばかりなんですよ?そんな不安定な時にこんな人数で押しかけて。源君が発狂でもしたらどうしてくれるんですか!」

「危険は充分に考慮している。それに、アレもあるじゃないか」

 長良はそう言ってベッドの横の机に置かれた球体を目で指した。

「デバックモデルのコアはそれ以上の機能を持たないんですよ!下手したら人格が消えてしまう!」

「そうなって喜ぶのは君じゃないのかね?」

 長良の発言に狛江は返す言葉を失った。

「……とにかく、こういったことはもうこれっきりにして頂きたい」

「善処する」

 それを聞いた狛江は、煮え切らぬ顔で部屋の壁に寄りかかった。

 そして長良はため息をつくと、話を再開した。

「それで、サインしてくれるね?」

「しますが……その前に、今からサインする書類が一体何なのか教えていただけませんか?」

「無理だ」

「それはなぜ?」

「安全保障上の理由だ」

(また安全保障……)

「納得しかねます」

 食い下がる源に、長良はまたもやため息をつき、言った。

「アメリカ国防省に深いかかわりがある、とだけ言っておこう。それ以上は私の首が飛びかねん」

「アメリカ国防省?」

 源はまたもや疑問に思ったが、どうしても長良は答えてくれそうになかった。源は若干の抵抗はあるものの、長良からペンを受け取り、その『書類』全てにサインした。その際、書類の詳しい内容は一切分からなかった。

「協力感謝する、源くん」

 透明な板をケースに仕舞うと、長良はそう言って一人病室を後にした。そして残った職員達は、長良と同じように源に書類へのサインを要求した。その多くは朱雀に関連した事柄だった。

 永遠とも思えたサイン地獄が終わると、部屋に残ったのは狛江一人となった。狛江は壁から起き上がると、机の上に置かれた疑似コアを取り上げた。

「それ、コアなんですよね」

「……そうだね。だが、もう必要ない」

「保険のはずでは?」

「今の君にこれは過剰だ」

「一体、俺はなににサインしたのでしょうか……」

「近いうちに分かるさ」

 狛江はそう言ってコアをポケットの中に突っ込んだ。そして場に沈黙が流れた。やがて狛江が言った。

「……明日にはこの病室を出てもらう。身支度をとは言わないが、準備しておいてくれ」

「分かりました」

「じゃあ、僕はもう行くよ」

 狛江はどこかぎこちなくそう言うと、病室を後にした。

 窓から差し込む夕焼けで、オレンジ色に照らされた廊下を歩きながら、狛江は先ほどの事を思い出していた。

『そうなって喜ぶのは君じゃないのかね?』

 長良長官の言葉を、狛江は何度も反芻していた。その科白は、狛江の過去を逆なでするのに十分だった。深夜の研究室で言われたあの言葉。まだ研究助手だった頃、尊敬する研究者から言われたあの言葉。

『なぜ君は、人の死をそうも容易く受け入れられる?』

 ポケットの中、疑似コアを握る力が強くなる。

(僕は、まだこんなことを引きずっているのか)

 狛江は歩きながら呟いた。

「貴方は結局何が言いたかったのですか、立川主任……」


 翌日、源は自衛隊の武装した隊員とともに、車いすのまま輸送ヘリに乗せられ、あっという間に新羽田国際空港のヘリポートに着陸した。どうやら首都インフラの電力網が、南部軍の工作により広範囲にわたって損傷しているためらしい。ヘリポートから二階のロビーまで降りると、源はその光景に驚いた。

 空港の中に誰一人として一般人がいなかったのである。その代わりに、完全武装した自衛隊と米海兵隊の隊員たちが隅々に配置され、その場は異常な静寂に包まれていた。

「こんな大掛かりな……」

「どうだね。これで君の重要性が分かり始めたかね」

 横を歩く長良長官が尋ねる。

「何となく分かりますが、それよりも空港に来たということは、俺は日本を出国するということですか?」

「ああ、行き先はもちろん……」

「アメリカだ」

 目の前に立つアメリカの軍人が言葉を継いだ。その軍服からして彼は中将であった。

「これはこれは、クリフ中将。貴方自らお出迎えとは」

「いやなに、私も彼には興味があってね。特に大英雄レストアや王族アシュキルとの戦闘は実にパワフルでクレバーだった。ラケドニア最強は伊達ではないと思ったよ」

「そんな彼を1年も貸し出すのです。その対価はしっかり受けとらせて貰いますよ」

「……分かっているよ。では」

 クリフ中将がそう言いかけた時、源が言った。

「あの!アメリカへ渡る前に会いたい人たちが……」

「ああ、彼らならゲートエリアにいる」

 クリフの言う通り、ゲートエリアの椅子には、2人の人影が見えた。それは男女のものに見えた。その二人は、兵士に声を掛けられ、こちらを振り向いた。その二人は赤本と白石だった。どちらもやつれているように見えたが、特に赤本は人相から変わっていた。源はつばを飲み込むと、2人の元に近寄った。

「……久しぶりだな、源」

 まず赤本が言った。その声は異様なほどにしわがれていた。



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