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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第3章 九州戦争
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破滅的

「東雲さん……」

 そう呟く赤本の声はすでに擦り切れていた。目の前に横たわる東雲からは、一切の生命活動を感じられなかった。その破滅的な静寂に、赤本はなすすべなくその場に両膝をついていた。やがて訪れるであろう現実の波に抗うすべを、赤本は知らなかった。源や白石たちも一言も発することが出来ず、ただゆっくりと現実を消化し始めていた。その時だった。

「誰だ貴様らは!なぜここにいる!」

 そう声が響いたかと思うと、通路の入り口に二人の兵士が立っていた。彼らは銃口をこちらに向け、距離を取っている。それは前線から後退してきた南部兵たちだった。兵士たちは相手が返答をしないのを見ると、さらに声を張り上げて言った。

「もう一度言う!貴様らは何者だ!答えなければ射殺するぞ!」

 その問いに、神田が答えようとした。が、出来ない。神田はすでに重度の隊律違反により名前と顔が知られている。その存在が知られれば兵士たちは即座に発砲してくるだろう。そして、それを察した出羽が代わりに答えようとしたとき、兵士の一人があることに気付いた。

「……おい、そこのお前。お前の前に横たわっているのは負傷者か」

 兵士はそう赤本に尋ねた。それに赤本は、独り言のように答えた。

「……おれが弱かったから死んだんだ」

「なんだと?」

「俺が、東雲さんを殺したんだ……」

「……お前が手にかけたのか」

「見殺しにしたんだ」

「………」

 赤本の答えに、なんと尋ねた兵士は銃口を下ろした。それを見たもう一人の兵士はそれを咎めた。

「おい、今岡!」

「すまない、松本。……撃てない」

「何を…!」

「無理だ。アイツを俺に重ねちまった」

「何言ってんだよ!ここはもう戦場だぞ!」

「……なあ松本、あの時俺があの隊員を殺してれば、竹本は」

「黙れ!その話をするんじゃねえ!それを言っちまったら……」

 そこで松本は言葉を濁した。そして、

「後悔しちまうだろうが……」

 松本はそう言うと銃を下ろした。それを見た出羽が言った。

「……私たちは連合の捕虜だ。大本営の騒動により臨時で解放された。そして我々に争う意思は無い」

(どさくさに紛れて武器を奪うか……)

 出羽がそう考えたその時、ごうと突風が通路に吹き込んできた。その突風に細めた目を開けた時、すでに今岡の姿は無かった。ただ、血だまりが出来ている。そして松本はその場にへたり込んでいる。

「な、なんでお前が…!」

 松本はそう言いかけて、巨大な嘴で上半身を食いちぎられた。その光景に出羽たちが呆気に取られていると、不意に通路の入り口が塞がった。それは巨大な目だった。人の身長程もあるその目は、驚愕の顔を浮かべる出羽を見、そして源たちを一瞥するとその頭を持ち上げた。

「あの巨大な嘴……まさか!」

 源がそう呟いた瞬間、これまた巨大な鉤爪が通路の天井に突き刺さり、バキバキとその天井をはがし始めた。そして露わになった空からは、鱗のような羽毛を纏い、血に汚れた嘴を持った怪獣がこちらを見下ろしていた。

「朱雀……」

 源はそう呟くと、自然とその場に立ち上がった。なぜそんなことをしたのか、源自身は分からなかったが、無意識のうちに体が動いていた。そしてカナも呟いた。

「キルケア……」

「待て、源!」

「源!」

 源は、出羽達の制止を振り切り歩道に出た。道端には先ほどの兵士の死体が転がっている。

 源は言った。

「頭を差し出せ」

 朱雀はそれを聞くと、巨大な頭部をもたげ、源の目の前に差し出した。それに源は目を瞑り、片手で触れた。

 目を開けると、そこは深層意識だった。だが、様子が少し違う。全体的に霧がかかり、薄暗い。その霧は、コアを破壊するときに出る黒いもやに少し似ていた。その霧の中を歩いていくと、目の前にカナが現れた。そのカナは、源に対して跪いていた。

「お久しぶりでございます」

 カナは言った。

「私はキルケア・ウル・トラケスカ。貴方様の元に下りたく、はせ参じました」

「……カナはどこだ。なぜお前がカナの姿をしている」

「トラグカナイでございますか。……あやつは極度の疲弊によりここに現れることができないのです。そして、私がこの姿をしているのは、トラグカナイと同じ理由にございます」

「……記憶を見たのか」

「左様です」

 源はそこで黙った。

(こいつ、胡散臭すぎる。根拠は無いが、この男は俺に嘘をついている。それにこの状況。明らかに正常じゃない。今大怪獣の意識に触れ続けるのは危険だ)

「それは見当違いにございます」

 キルケアは源の思考を読み、反論した。

「私はただ、私の力で貴方様のお役に立てればと思い……」

「どういうことだ?」

「私をトラグカナイの様に意識の中に取り込んでほしいのです」

「お前を取り込んでどうする」

「無論、私の全霊を以て助力いたします。トラグカナイの魔の手を取り除くため……」

「魔の手?カナがそんなことを……」

「企てていたのです。奴は無礼にも貴方様の深層意識を侵食し、その御身体を乗っ取ろうとしていたのです。そして、それに対抗できるのは私以外ありえません」

「何を根拠に……」

「私は、トラグカナイの同僚でございます。奴を最も良く知るのは私。その弱点も熟知しております」

「だから根拠を提示しろと言っている」

「では私の記憶を……」

「必要ねえな」

 その時、後ろから聞きなれた声がした。それはカナの声だった。カナは霧の中から現れると、源の肩に腕を置き、キルケアを見下ろした。

「……トラグカナイ」

「久しぶりだな、キルケア」

「カナ、お前……」

「バカ、こいつの妄言に流されてんじゃねえ。おい、キルケア。そろそろその気色悪い芝居をやめろ。このアホは騙せても俺は騙せねえぞ」

「何のことだか……」

「とぼけんじゃねえ、腹黒」

「……やはりバレるか」

 キルケアはゆっくりその場に立ち上がると、大きく伸びをした。

「うーん、そうそう上手くいかないものだな」

「キルケア、お前は……」

「ああ、少し嘘をついた。だがな大君、先ほどの話は本当だ。だから私を取り込んでくれ」

「やめとけ、ミナモト。こいつはとんでもねえ腹黒野郎だ。何をされるか分かったもんじゃねえ」

「酷い言い草だな。口調が入隊前に戻っているぞ?それに、丸くなったなトラグカナイ」

「あ?」

「ふふ、いやなに、恋は偉大だなと」

(こいつ、この期に及んで…!)

「そういうお前は万事休すじゃねえのか?俺の意識に小細工までして、それも速攻で破られてるしよ」

「万事休す?バカを言うなよ。私はただ大君のことを思って……」

「それが嘘なんだよ。お前が大君に忠誠を誓ってるとこなんぞ一度も……」

 カナがそう言いかけた瞬間、源がそれを遮った。

「待ってくれ!勝手に話を進めるなよ。俺はまだ何も分かってないんだよ」

(東雲さんも死んでしまったのに……)

「そんなこと知るかよ。それよりも早くコイツを浄化しやがれ。お前、死ぬぞ」

「自分より彼の心配か。健気だね」

「てめえ……」

「カナ、待ってくれ。……俺が話す」

「それはなにより」

 源はキルケアを見た。

「……キルケア、俺は疲れてる」

「はい?」

「もう余裕が無い。今日はいろいろなことが起きすぎた。全部を消化しきるには時間がいる」

「………」

「キルケア、俺は疲れたんだ。だから、お前の話がどうとか、正直どうでもいい。そんなことよりも、今は赤本さんやみんなといたい」

「それはつまり……」

「キルケア、お前は悪い奴か?」

「まさか!私はただ……」

「黙ってくれ。カナ、お前はどうだ?」

(こいつ、自分でも何言ってんのか分かってねえな……)

「別に、俺はお前の味方じゃねえ。ただ協力してるだけだ」

「そうか……ならお前が死んでくれ、キルケア」

「何を言うのです!良くお考えを……」

「嫌だ。お前はカナより後に俺の前に現れた。それで十分だ」

(このタイミングで精神のキャパを超えたか……当分続きそうだな、これは)

「……そうですか。では、私も貴方を殺さなくてはいけませんね」

(乗っ取りは中止だ。トラグカナイごと大君を殺す)

 キルケアがそう考えた瞬間、霧に包まれた空間は崩壊し始めた。

「待て、浄化しにくい」

「されるものか」

 源が目を開けると、目の前には巨大な鉤爪が迫っていた。


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