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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第3章 九州戦争
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分からない

「やはり予想外ですね、彼は」

 立川は言った。

「分かったようなことを言うなよ。そもそもアレは、正確にはギルガメシュじゃない」

「大君ではない?観測した値はサンプルと一致していましたが」

「だから『正確には』だ。精神構造や脳波は確かにギルガメシュと一致している」

「もしかして、精神座標ですか?」

「僕はそう思う。先ほどの彼は、完全では無かった。膂力や仕草にはわずかだが人間のソレが見える」

「ほう!それは興味深い仮説だ。こちらで検証させていただいても?」

「構わないよ。……それで、君はなぜここに来た。本題に入ってくれ」

「……では前提から。今現在、自衛隊との前線が崩壊しつつあります。すでに兵站の半分は戦闘不能。もう半分は薬物の効果も切れ、厭戦気分のまま九州北部まで後退しています。南部連合の敗北は濃厚です」

「朱雀はどうした」

「源王城が転移した直後に、東京上空を離れ南下中です」

「キルケアは裏切ったか……それで?」

「時間がありません。早急に残存勢力をまとめ、国外へ脱出するべきです」

 その発言に、アシュキルは答えた。

「貴様ごときが僕に指図をするつもりか?」

「越権行為であることは把握しています。ですが、貴方がたは貴重な財産だ。ここでそれを失うか、もしくは人類に渡れば、損はすれど得はしません。それは研究者として看過しかねるのです」

「ふん、要は貴重な実験体を失いたくないだけだろう。……まあいい、設備や兵力の移送はレストアに任せる。お前はすぐにマザーコアの修復作業にかかれ」

「了解しました。4年で完了させます」

「3年以内だ。それ以上は待てない」

「……了解しました」

「では行け」

 マザーコアの残骸ごと立川を転移させた後、アシュキルはそばにあったモニターを唐突にぶん殴った。そして拳を握りしめ、その場にひれ伏した。そして叫んだ。

「クソッ!まただ、またやられた!僕の計画が、また!」

(悔しい…!僕はまた勝てなかったんだ…!例え完全でないとしても、またギルガメシュに負けた!悔しい…!悔しい…!)

 アシュキルはギリギリと歯ぎしりをした。すでに強く握りすぎた拳の間からは血が流れている。

(次だ!また次…!3年後に必ず…!)

「必ずお前に勝つ!」

 例えどんな手を使っても。その時アシュキルは決意した。人間らしい倫理の枷を外し、非人間的に、非人道的に勝つ、と。もう一分も油断も予断も許さないと。アシュキルはその時初めて、本当の意味での『怪人』となったのだった。


 転移した源は、まず潮風を感じた。源が転移したのは地上の、それも橋の上だったのだ。すでに日は暮れ始めていて、海は夕焼けに染まっている。その光景に源は、若干の感傷を抱いた。

「広いな、この世界は」

 そう呟き源は、赤本たちの気配を探ると目を瞑り意識を鎮め、どこまでも深い深層意識へと還っていった。

 そして目を覚ました源は、周囲の光景を見て驚いた。

「ここは…!俺は地上に出れたのか?」

 源はそう考えると同時に、ハッとした。

「赤本さんたちの気配がする。それに、生きてる!」

 源はすぐに気配の元に走り出した。体の節々が痛み、鼻からは血が滴っていた。だが足を止めなかった。自分が意識を失っている間に、どのような方法で状況を打破し、地上に逃げることが出来たのか。そしてどんな影響を源の体に及ぼしたのか。それを考えずに走り続けた。まず源は赤本たちに会いたかった。会って謝りたかったのだ。

 源は5分ほど走り、2キロ以上離れた長崎水辺の森公園に到着した。そして見つけた。公園に続く橋の下。その通路の陰に彼らはいた。源は早まる鼓動を抑え、ゆっくりと近づいた。その気配に最初に気付いたのは赤本だった。源がその通路に続く歩道に足を踏み入れた時、赤本は懐から素早く拳銃を取り出すとこちらを見た。そして銃口を下げた。

「源…!」

「赤本さん……」

 源は言葉を失っていた。なぜなら、こちらを憔悴しきった顔で見据える赤本の目は、片方しかなかったからだ。赤本の左目は包帯に巻かれ、けがの程度は見えなかったが、それでも包帯には取り返しのつかないほどの大量の出血の跡があった。源は歩き出した。赤本の奥、見慣れた面々を見た。白石は周、緑屋に諏訪部、そして神田と出羽長官。出羽に関しては驚きだったが、それ以上に東雲の姿が衝撃的だった。東雲は見知らぬ男に手当をされていた。だが、瀕死だった。今生きているのが不思議なほどに。

 そして源は赤本の元にたどり着いた。源は口を開きかけたが、止めた。すでにそんな余裕も余力も赤本には残っていなかった。

「み、源……」

 不意に声がした。それは、東雲の声だった。

「東雲さん!今喋ったら…!」

 そう言いかけた赤本を、東雲は目で制した。

「源、済まんな。こんな形でお前と話すつもりは無かったのだが」

「そんなことありません。元を辿れば俺が原因です。俺のせいで……」

「それ以上は言わなくていい」

 源は拳を握りしめた。だが、すぐに緩めた。今東雲と話すべきは、自分ではない。源は東雲の側にいる男を見た。

「あなたは……」

「協会の医務官だ。協会を裏切り、ここにいる」

 源は一瞬警戒したが、東雲の看病を任されている時点で信頼に置ける人物であると判断した。

 すると横にいた神田が言った。

「源、話があるからこっちへ」

 席を外すように言っているのだろう。諏訪部と緑屋もその場から立ち上がる。そして源たちは通路の少し離れた所に腰を下ろした。

「神田、班長は……」

「長くないよ」

 諏訪部が答える。

「気管支を掠めて上大静脈を抉ってる」

 そこで諏訪部は言葉を詰まらせた。そして言った。

「……もし、この場に医療器具があれば、僕なら治せたのに」

 諏訪部はやりきれない表情でうなだれた。

「諏訪部さん……」

「源、お前どうやって地下を脱出したんだ」

 不意に緑屋がそう聞いてきた。話題を変えたのだろう。

「……分かりません」

「分からない?」

「はい。というのも、意識が途切れ途切れで、半分ほど道中の記憶がありません」

「そうか……それはつまり、お前が自分の意志だけでここまで来たわけじゃないってことだな」

 カナのことを言っているのだろう。

「……はい。申し訳……」

「止せ。私は別にお前を責めてるんじゃない。今こうして生きて再会できただけで私は十分だ。少なくとも私はそう思う」

 神田がその言葉を継いだ。

「俺も緑屋さんと同意見だ。それに、今のお前は確かに源王城だ」

 神田はそう言って俺の肩を叩いた。周も黙ってこくりと頷く。どうやらかなり衰弱しているようだ。そして、源は先ほどから気になっていたことを尋ねた。

「あの、白石はどこに?」

「白石ならもう帰ってくるはずだが……」

 その時、カーンという甲高い音が通路の中に響いた。その音の元には、白石がいた。白石は呆然とした表情でその場に立ち尽くして、腕に抱えていたいくつかの水筒を地面に落としていた。

「源、くん?」

「白石……」

 白石は落とした水筒を拾うことなく、そのまま源に歩み寄った。そして源の目の前まで来てしゃがむと、そっと源の肩に触れた。その手は震えていた。

「本当に、源くんなの?」

「そうだよ。……久しぶり、白石」

 源がそう言った途端、白石は源の両肩をガッと掴み、叫んだ。

「バカ!なんで怪獣なんて取り込んで、それで拘束されて!私が……私たちがどんな気持ちで貴方の事を待っていたのか分かる?それなのに、貴方は戦うだけ戦って……ボロボロになって死にかけて!」

 白石は言葉に詰まった。そして逡巡した末に、正直な気持ちを吐露した。

「私は、私は貴方のことが分からない!分かりたいのに分からないよ!なんで戦い続けるのか、私には分からない……」

 そう言って白石は嗚咽した。源の服に涙が落ちる。

 源はうなだれたまま答えられなかった。なにも言えなかった。どんな言葉も浮かんではこなかった。ただただ後悔していた。源の思考は破綻した。

「ほら見ろ、言わんこっちゃない」

 どこかから声がする。源はゆっくりと顔を上げた。白石は泣いていた。周たちは険しい表情のまま微動だにしない。途端に、その場をこれまでにないほど重く陰鬱な空気が包んだ。

 そしてそんな静寂は、不吉にも破られた。通路に医務官の声が響く。

「クソッ!急に容態が急変しやがった!このままじゃ間もなく死ぬ!」

 その切羽詰まった声と内容に、班員たちはすぐに東雲の元に集まった。

 東雲の傷は深かった。左腕は血まみれで、乾いた血で真っ黒になっている。胴体は血で染まり、未だにゆるやかに出血し続けている。班員たちはその目を背けたくなるような光景に、諏訪部や緑屋でさえも立ち尽くし傍観することしかできなかった。ただ、赤本を除いて。

 赤本は懸命に医務官の応急処置を手伝っていた。手は東雲の血で染まり、額の汗をぬぐうたびに血がこすれる顔など気にも留めずに。ただ、赤本は冷静では無かった。赤本の研ぎ澄まされた五感は、東雲の心音を敏感に感じ取り、そして段々とその鼓動が弱まっていることも分かっていた。緩やかだが、確実な死が迫っていた。赤本はその冷酷で現実的な音色を聞いて、激しく動揺していた。赤本の脳内には走馬灯のように記憶があふれ出している。そして、涙があふれ出していた。赤本は人生で初めて涙を流した。赤本の涙は東雲の左腕に落ち、凝固した血の塊に染み込んでいった。

 そしてその時が来た。医務官が包帯を取り換えようとした瞬間、東雲は吐血した。

「し、東雲さん!」

 赤本は手に持つ血まみれのガーゼを落とし、東雲の手を取った。

「東雲さん!」

「……赤本」

 東雲が呟いた、声は小さく、すでに余力は皆無だった。だが東雲は続けた。最後の力を振り絞って。

「赤本、俺はもうすぐ死ぬ」

「死なせない!」

「死ぬさ。だから、遺言だ」

「遺言だなんて言うな!勝手に死ぬんじゃねえ!」

 赤本の声が響く。だが、赤本は分かっていた。赤本は呼吸を整えると、言った。

「……東雲さん、俺はあの時、あなたに出会ったからここにいる。こんな適地のど真ん中で、いつ死ぬかも分からない場所にいる。ほんと、どうしてくれるんですか。俺は、あんたがいなくなったら、どうやって……」

 その時東雲には、もうろうとした意識の中で、赤本と初めて出会ったころの姿が今とダブって見えた。

「……君は俺と違って強いから、きっと大丈夫だよ」

「違う!強くなんかない!俺は……弱いよ、東雲さん」

「それでもここまで来たじゃないか。それに比べて俺は、君にずっと苦労をかけてきた。今だってそうだ。本当に申し訳ない。俺は、大人として失格だ」

「謝らないでくれ、東雲さん。謝りたいのはこっちだ。俺があんたを支えるつもりだったのに、結局俺のしたことといえば……何もできずにあんたを看取ることだけだ」

「それができるのは君しかいなかった。ありがとう、赤本君。僕はもう満足だ。皆も、良く俺に付いてきてくれた」

 その言葉に白石がその場にへたりこんだ。諏訪部も口に手を当てている。そして赤本は言った。

「俺はまだ……」

(相変わらず頑固だな、君は)

 東雲は少し笑った。と言っても、すでに表情を変えることなど出来ない。東雲は、心の中で微笑んだ。

(少し、喝を入れてやるか)

「赤本、上官命令だ。皆を連れて生きて帰れ。お前が班長だ」

「そんな、東雲さん……」

 赤本の東雲の左手を握る手に力が入る。東雲は最後に言った。

「さよなら、少年」

 そして東雲は目を閉じた。

 どこかから叫ぶ声が聞こえる。東雲は真っ暗な空間に漂いながら漠然と考えた。

(……もうここらで良いだろう。俺は充分やったさ。与えられた仕事だって、最後までこなした。赤本だって、ああ、あいつにはまだ、言いたいこともあったのにな。そうか、俺死ぬのか)

(……俺、誰かの役に立てたかな)

「きっとそうだよ」

 不意に声がした。懐かしい声がした。

(誰だ?)

「だって東雲くんは、とっても優しいから。みんな貴方に感謝しているの。私だって、貴方に救われたから。きっと、彼らも同じ気持ちのはずだよ」

 東雲はそこで気付いた。子供の頃、怪獣に殺された一人の少女。

(ああそうか、これは走馬灯みたいなものなんだ。じゃあ、会話もできるのかな)

「詩織、俺、頑張れたかな」

「うん、もちろん。だから、もうゆっくり休んでね。私、東雲くんのことずーっと待ってたんだから」

「はは、悪かったよ。……そうだな、もういいか。俺は充分やったさ。後は赤本に任せる。なんてったってあいつは、俺の親友なんだから」

 そして東雲の意識は霞のように散り、二度と戻ることは無かった。



かなしい

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