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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第3章 九州戦争
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致命的な間違い

「伊地知大佐……」

 東雲は思わず呟いた。それは彼らの眼前、レストアの後ろに控える兵士たちに向けられたものだった。東雲の精神はすでに不安定なものになっていた。無意識のうちに銃を持つ両手が震えている。

「………」

 出羽は何も言わず、右手に握るグロック拳銃をしっかりと握りしめていた。この状況を前にして出羽の脳内には、かつての凄惨な記憶がフラッシュバックし、その意識は大戦当時に退行している。すでに出羽は拳銃の引き金を引くことに一切の躊躇をしなかった。昔のように。

 そして赤本は、微かに震える声で言った。

「……退けレストア、邪魔だ」

 レストアは一喝した。

「其れが答えか!」

「退け、レストア」

 尚も赤本は言う。それにレストアは鬼気迫る形相で応えた。

「では貴様をぶち殺す!死ね、アカモト!」

 その言葉と共に、レストアの後ろに控えていた元アルファ隊が一斉に飛び出してきた。

「逃げろ!」

 出羽の合図とともに、赤本と東雲、そして出羽を除く全員が後ろの通路に駆けだした。そして三人の前には、アルファ隊が立ちふさがる。

「伊地知大佐殿、あなたは……」

 東雲の問いかけに、伊地知は口を開いた。

「俺は伊地知ではない。レストア様直属の使設兵隊長、パンドラ・シタ・ラトラだ」

「……そうか」

 すでに、伊地知や他の隊員たちは怪人に変えられていた。その絶望的で合理的な予測に東雲と赤本は、今まで伊地知たちに抱いていた負の感情は一時的に消え去り、伊地知の皮を被った怪人たち、そしてレストアに言いようのない怒りが湧いていた。赤本はナイフを抜いて逆手に持つと、東雲に言った。

「……東雲さん、コイツら全員倒しましょう」

「ああ、そのつもりだ」

 さらに出羽もグロックを握りしめて言った。

「東雲、赤本、行くぞ」

 そして三人は、躊躇うことなく怪人たちに突っ込んだ。

 それを見ていたレストアは、未だにイラだちながらも静観していた。

(殿下め、わざと我をこの階に置いたな。大君を一対一で相手取るために。いや、今それはよい。それよりも奴だ!アカモトめ、大した成長もなしで我の前に姿を見せおって。潜在の顕現なぞまだまだではないか!この際だ、無理にでも力を引き出してやる!そしてこの手で殺す!)

 背後にレストアの殺気を感じつつもパンドラたち怪人は、一見無謀に見えるほど愚直に突っ込んでくる赤本たちに、一種の戸惑いを覚えていた。

(レストア様が殺気立っておられる……一体奴らのどこに目をつけられたのだ……)

 釈然としないまま、パンドラは素手で赤本の刃を受ける。刃は軽く、まるで手ごたえを感じられない。

(ますます分からんな……)

 パンドラは赤本のナイフを握りこむと、そのまま突き飛ばし、みぞおちに前蹴りを食らわせた。

 と、思った。次の瞬間、パンドラの体は力を失い、膝をついてその場に崩れ落ちた。顎に微かな痛みを感じる。

(な……!)

 次の瞬間、驚く間もなくパンドラの体は後ろに吹き飛んでいた。顔面に鈍い痛みが走る。

(これは、前蹴りか…!)

 そしてパンデラはそのままの勢いでレストアの足元まで吹き飛ばされる。赤本の体躯では信じられない程のパワーで蹴られたのだ。パンドラは血の滴る鼻を抑えながらその場によろよろと立ち上がった。

「油断した…!」

「そう、油断した」

「……!」

 不意に後ろから声がした。その声は、言うまでもなくレストアのものだった。

「レストア様…!」

「よそ見をするな」

 そういうレストアは、パンドラを見ていなかった。その目線は、丁度パンドラの真ん前。

「ッ……!」

 パンドラは辛うじて赤本のハイキックを受け止めた。先ほどとは比べ物にならない衝撃だった。

(一体、一体どういう事だ……!)

 パンドラは戸惑っていた。目の前のアカモトという男は、確かに自衛隊と言う組織で、特に優れた成績を残していた。だが、これは違う。

(明らかに人間離れしている……。それも今が初めて…!この土壇場でありえない膂力を出して、怪人であり、その中でも戦闘に特化したこの俺を一時的とはいえ圧倒している。ありえん。素体の記憶からしてありえない、不可能な現実。だが、やはり真実…!適応しなければいけない、不利な状況!)

 ならば……パンドラはその場によろめくフリをして赤本の隙をついた。そしてフロアの中央に移動すると、部隊内無線を開き、そしてその場の全員に聞こえる声で言った。

「総員、過程変異!」

 その言葉と共に、怪人たちは一斉に過程変異を開始した。血の涙を流しながらパンドラは、周囲の状況を素早く、的確に分析していた。すでに油断は無い。

(こちらの負傷は8、その内5が死亡。相手の負傷は、無しか。後の二人も、このアカモトという男と同等の力を持っているのか…?)

 そして赤本の攻撃をいなす。素早く威力も強い赤本の拳とナイフを、淀みなくいなしていく。そして刹那に生まれる隙、赤本はみぞおちに蹴りを食らい、今度こそ後ろに吹き飛んだ。

(終わらせる……)

 過程変異が完了する。パンドラは血の涙の跡をぬぐいながら拳を固める。壁に打ち付けられ悶える赤本を見据える。後ろで鳴る銃声と微かな声を聞く。拳を開き、脱力してさらに強く握りこむ。よろよろと立ち上がる赤本の負傷個所を視認する。そして前に踏み込む。

「クソッ……!」

 パンドラの繰り出した強烈な右ストレートは、赤本の左頬を掠めて、その後ろの強化壁に大きな亀裂を生んだ。赤本は悪態をつきながら間合いを取ろうとする。そして見た。フロアの奥、怪人の頭蓋を撃ち抜く出羽のさらに奥、反対側の壁に東雲がいた。東雲は、腹を貫かれていた。

「東雲さんッ!」

 そう叫ぶ赤本は次の瞬間、ありえない速度で前方に駆けだしていた。おもむろにレストアが腕組みを解く。

 赤本は一瞬で東雲を取り囲む怪人3体を殺害すると、右の脇腹に風穴を開けた東雲を支えた。東雲の呼吸はすでにか細く、残った左腕は血だらけだった。

「東雲さん!」

「あ、か……」

 東雲は吐血した。赤本は自分の背に迫る怪人たちを気にも留めず、怪我の程度を確認していた。

(傷口の大きさに比べて出血量は少ない……臓器を避けたんだ!)

 それならば、例の医務官に見せればまだ助かる。

「大丈夫です、東雲さん。まだ助かる傷です」

「そうじゃ、ない。う、後ろ……」

「え?」

 その瞬間、パーンという甲高い音とともに、東雲の体から乾いた音がした。それは、確かに胸の方から聞こえていて、どす黒い黒点が心臓の真上にできている。そして、その黒点からあふれるように鮮やかな赤い血が流れ出していた。シノノメの目は、すでに赤本を見てはいなかった。

「やっと事切れたか、運だけ強い奴め」

 レストアは硝煙の上がる拳銃を兵士に返すと、赤本に語り掛けた。

「いや、正直焦っておったのだ、我は。なにせ貴様の才が一向に開花せんからな。だがその焦りはもうない。なあアカモトよ、これで貴様を縛る枷は無くなった。もう我慢しなくともよいのだ。やっと、一対一で話ができる。語り合える」

 その問いに、赤本が応えることは無かった。ただ、骨の折れるほど拳を強く握りしめ、そしてレストアでさえもハッとするほど鮮明な、憎しみと怒りの表情を浮かべ、唸るような声で言った。

「貴様は今、ここでぶち殺す」

 そして出羽に目をやり、東雲を託すと、ゆっくりと立ち上がってレストアの元に歩き始めた。それにレストアは、

「優雅な歩行だな。およそ殺しに来る所作とは思えん」

 と愉快そうに言った。すでに苛立ちは無い。ただ、目論見が上手く行ったことに対する満足感と充足感が、レストアの鉄の心を彩っていた。

「待て」

 そこにパンドラが立ちふさがる。額に冷や汗を滲ませながらパンドラは強く確信していた。

(この男をレストア様と立ち会わせてはいけない!)

 なんの根拠もない漠然とした予感、むしろ杞憂とすら思えるその思考を、パンドラは長年の経験と勘から確信していたのだ。

(よもや、という微かな不安。もしかしたらこの男はレストア様を、殺してしまうかもしれないという不安!その不安の正体はそう、ゾッとするほどに、この男から殺気を感じないのだ!)

 赤本は激怒していた。東雲の姿、なれ果てを見て赤本は深い後悔と自責の念。そしてそれらを包むこれまでにない激しい怒りを覚えていた。だが、殺意が無い。いや、感じないのだ。赤本の感情はこの一瞬で膨張し、そして臨界を超えたのだった。すでに赤本の心の奥、深層意識にどす黒い感情は存在しない。ただ、透明な喪失感が横たわっていた。

 それをパンドラは、過程変異して強化された五感で強く感じ取っていた。そして戦慄していた。

(ここで、必ず……)

「死ねぇ!」

 パンドラの合図とともに、怪人たちが一斉に赤本に飛び掛かる。そして、その10数秒後。赤本の歩みは止まり、そしてレストアの目の前に到達していた。後ろには怪人たちの死体が転がっている。

 レストアは、怪人の血でどす黒く染まった赤本を見上げ、言った。

「あれでも貴様に深い縁のある部隊のはずだったのだが……流石にアレには敵わんか」

 レストアは、今まさに出羽が担ぎ上げた東雲を見て言った。

「投降しろ」

 不意に赤本は言った。レストアは思わず聞き返す。

「なんだと?」

「投降しろ。お前じゃ俺に敵わない」

 それにレストアは、一瞬呆けた顔で固まった。そして次の瞬間、表情を崩し腹の底から笑いはじめた。

「ハッ、ハハッ。アハハハハハハ。あっはっはっはっはっは!」

 レストアは腹を抱えて笑った。そして涙をぬぐうと赤本を見据えて言った。

「いや、実に面白い狂言であったな。だがな、貴様は致命的な間違いをしている」

「………」

「分からんか。つまりだな……」

 レストアはそう言いかけて、不意に赤本の腹をぶん殴った。赤本はガードも出来ずに後方に飛び、地面に叩きつけられた。そしてレストアは、それを見下ろして言った。

「木っ端を砕いたぐらいで粋がるな、我が末裔よ」

「ま、末裔……お前の?」

 それにレストアは応えなかった。ただ独り言をつぶやいている。

「粋がる……まあ、さきの拳筋、確かに先見を見た」

 そして起き上がれずに膝をつく赤本に、レストアは薄ら笑いを浮かべて言った。

「これでも貴様は相当に評価しているのだ。先ほども恥ずかしい話だが、少し昂ってしまったぞ、アカモトよ。この感覚、何千年ぶりか」

 その言葉に、感情のオーバーフローの収まりつつあった赤本は、ようやく殺意を取り戻した。そして、腹の底から叫んだ。

「貴様ッ!よもや悦楽で我が恩人を殺したな!」

「そういう捉え方もある」

 急激に場の空気が張り詰める。すでに出羽は東雲を連れてフロアを脱出している。この場に残るのは幾つかの死体と、2人だけ。赤本は拳を固めると、またもや叫んだ。

「万死だ!万死に値するぞ!レストア・ユグト・カンニバス!」

「その怒り、確かに受け取ったぞ!アカモト・アカシ!」

 そして二人は激突した。

ながすぎるきがする

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