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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第3章 九州戦争
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命の張りどころ

遅れてすいません

「これを」

 医務官は道すがら、周にこっそりとあるカードを渡していた。

「それはエレベーターに乗るための許可証だ。君は持っていないと、その、大変なことになる」

「そうか。いやそれより、お前さっき所持品は私に預けたので全部だ、なんて言っていたよな」

「……まあ、逃げるつもりだったからな」

「やはり油断できないな……。そのまま私の前を歩けよ」

「分かってる。重ねて言うが、逃げるつもりは無い。それに、俺が前を歩けばある程度のカモフラージュになる」

 君はほら、背が小さいから。医務官は言外にそう言った。

「……お前、生殺与奪の権を握られていて良くそんなに呑気でいられるな」

「もとから命は怪人たちに握られ、監視されているからな。それに比べれば楽なもんだ」

「なに?ではこの状況も……!」

「ああ、いや。それに関してはとうにクリアしてる。うなじに入ってるマイクロチップは解除したし、同僚にも適当な芝居を打ってる。彼らは俺を気の弱い臆病者だと思って見下しているさ」

「なぜそんなことを?」

「失望……だな。俺は人間社会の腐ったシステムや人間関係が嫌でここに入った。人間とは違う、ラケドニア人の造る社会に興味と期待があったんだよ。でも実際は地上と変わらない見飽きた光景。俺はその時思ったんだ。『ああ、俺は選択を間違えたんだ』ってな」

「……自業自得だな」

「全くだ。俺はいつも選択を間違える」

「なら、最も死に近いこの状況、この選択も間違いなんじゃないか?」

「言うね。だがそうはならない」

「なぜ言い切れる」

「君だからだ。君のようなイレギュラーと、おれは今まで出会ったことが無い。それに、君の同僚たちもそれぞれ普通ではない経歴と実力を兼ね備えている。それはもう、期待するしかない」

「その結果死んでもか?」

「命の張りどころは分かっているつもりさ。そしてそれは今だ。俺はせめて、君のような奴を助けて死にたい。それこそが、俺の人生に納得のいく重みを与えてくれる」

「……勝手にしろ」

「はは、優しいんだな。っと、着いたぞ」

 医務官は曲がり角の前で立ち止まり、その先を慎重に確認した。

「見ろ」

 周は言われるままに曲がり角の奥をそっと覗いた。そこには、固い鋼鉄製の扉と、その両脇に武装した兵士が立っていた。医務官は言った。

「あれはメインじゃないサブエレベーターだ。人通りが少ないからこちらを使う」

(だから迂回してまで人の少ない通路を通っていたのか)

 周は一人納得すると、渡されていたカードを取り出した。

「これはどう使う」

「持っているだけでいい。それより、君はなるべく下を向いていてくれ。万一、君の顔を兵士が覚えていては面倒だ」

「分かった。じゃあ……」

 周が動こうとしたとき、医務官がそれを制止した。

「待て。一つ言い忘れてた」

「……なんだ」

「手を繋いでくれ」

「はあ?」

 医務官の発言に、周は思わずそう叫んでしまった。

「おいおい、なんて声だしてるんだよ……!」

 医務官は慌てて真横の予備室に周を連れて滑り込んだ。室内には使われていない家具が保管されており、2人はビニールを被ったソファーの裏に隠れた。

「そんなに驚かなくてもいいだろ?」

 医務官は小声でそう言った。

「なぜお前と手を繋ぐ必要があるんだ!」

 周もまた小さく声を荒げた。

「君は見た目は完全に少女だ。それが大人然としてカッコよく歩かれちゃ、兵士に怪しまれるだろう!」

「それなら他にいくらでも方法がある!」

「じゃあなんだ。おんぶにだっこでもしてほしいのか?」

「お前……!」

 周が立ち上がりそうになるのを医務官は引き留めると、周の目を見て言った。

「いいか、冷静になって考えてみろ。君が目指しているのは収容房だ。それを警備するのは無論兵士。そしてこの施設の警備兵たちは全て無線で繋がってる。そんな中で君が取らなくちゃいけない行動は、その兵士たちに怪しまれないこと。この一点に尽きる。なら例えわずかな違和感でも排除すべきだ。そこに私情を挟んでしまっては、今度は君が死んでしまうぞ」

 医務官の言葉に、周は返す言葉を失った。そして諦めたように肩を落とすと言った。

「……分かった」

「よし、じゃあ行くぞ。もう彼らもこちらを怪しんではいないはずだ」

 まず医務官は扉の隙間から漏れる音を確認した。そして外に人がいないと分かると、音を立てずに扉を開け、そして閉めた。2人はまた先ほどの曲がり角に立つと、先ほどの内容をおさらいした。

「いいか、君は俯きながら俺と手を繋いで歩け。そして一言も喋らなくていい。後は俺に任せてくれ」

「……裏切ればすぐに分かるからな」

「はいはい。じゃあ行くぞ」

「………」

 周は少しためらうと、意を決したように医務官の手を握った。

(本当は源さんと繋ぎたかったけど……)

 医務官は周が手を握ったことを確認すると、角を曲がってエレベーターに続く一本道を歩き始めた。目の前の兵士2人は一瞬、銃に手を伸ばしかけたが、相手があの弱々しい医務官だと分かるとその手を収めた。

「どうも」

 医務官は卑屈な笑いを浮かべながら彼らに会釈をした。すると右の兵士が言った。

「その子供はなんだ」

「いやそれが、下の実験に人数が足りないようで……」

「麻酔でも使って運べばいいだろう。なぜ素面で連れている」

「それはほら、可哀想じゃないですか」

「はあ、またそれか。たかが人間の子供に同情する軟弱が、よく協会の医務官などになれたものだな」

「いや、ははは……」

 医務官は反論することなくひたすら受け身だった。すると左の兵士が右の兵士を諫めて言った。

「佐藤、それぐらいにしておけ。それよりその子供、『免疫』に引っかからないだろうな」

「もちろんです。子供の実験体にもチップは埋め込まれてる」

「……そうか。なら通れ」

「いつもありがとうございます……」

「ふん、お前に感謝される筋合いは無い。さっさと通れ」

 医務官が兵士の間を通ろうとしたとき、左の兵士に呼び止められた。

「待て」

「……どうかされましたか?」

「ついさっき、あの曲がり角から声がしたんだが、心当たりはないか?」

「声、ですか……。いえ全く」

「そうか……」

 兵士はそう言いつつ、下を向いて声を発さない周を見ていた。そして言った。

「おい、お前。喋ってみろ」

「………」

 周は声を発さない。兵士は若干の苛立ちを覚えつつも再度言った。

「おい、ガキ。聞いているのか?なんでもいいから喋って見ろと……」

「鈴木一等卒」

 それを遮るように医務官は言った。

「実は彼女は声帯が変形していて声が出せないんです。どうかそのあたりで……」

「声帯が変形?重要器官の異常は即廃棄のはずだろう。なぜ連れていく」

 兵士は拳銃のグリップに手をかけた。だが、医務官は動じなかった。

「特殊状況下での実験なのです」

「それを信じろと?」

 兵士はあくまで慎重かつ行動的だった。必要とあらば、もう3年の付き合いになる目の前の男を、即座に撃ち殺せるくらいには。

「これ以上は機密です。それを話してしまっては、立川主任に処罰されるのは鈴木一等卒の方ですよ?」

「チッ……!くだらない知恵をつけやがって。もういい、通れ」

「助かります」

 医務官はなおも卑屈な笑いを浮かべながら周を連れてエレベーターに乗り込んだ。そして扉が閉まると、医務官はふうと息を吐いて笑みを消した。

「後は収容房まで歩くだけだ」

「……助かった」

「え?」

「さっきは助かった。あれは私が不要な大声を上げてしまったから起きたアクシデントだ。それをお前は対処してくれた」

「……やっぱり優しいな、君は。いや、むしろお人好しか」

「なんだと?」

「だってそうだろ?君は用心深いくせに、俺が案内すると言った時から、俺に何度も死の警告をしてる。それに俺が君を裏切るタイミングなんていくらでもあったのに、君はそれが分かっていてあえて、俺に付いてきてくれた。おまけにお礼まで」

「それは……」

「そう言うなよ。むしろ俺は君への信頼が強まった。久しぶりに他人を信用できたよ。ありがとう」

「別に、感謝されることなんか……」

「なんだ、照れてるのか?あはは、ほんとに君はお人好しなんだなあ。将来詐欺とか気を付けた方が……」

 医務官がそう言おうとしたところを、周は思い切り足を踏んづけた。

「いた、痛い!分かった、分かったから!俺が謝るから!」

 医務官は左のつま先を庇いながら周に言った。

「今降りてる最深階は、上と違って監視カメラがいくつもついてる。だからさっき言った収容房まで歩くだけ、ってのは説明不足。実際は少し工夫をする」

「工夫?」

「光学迷彩だ」

「………」

「なんだよ、苦い顔して」

「嫌な記憶が少し……」

「……ああ、そういうことか。その胸の銃創、隠れて狙撃されたんだな?」

「まあな」

「それは確かに抵抗があると思うが、これが一番確実で……」

「分かってる」

「え?」

「分かってる。それで問題ない」

「……そうか」

 その時、エレベーターが減速し始め、やがて止まった。

「着いたぞ……」

 そして分厚い扉が重々しく開き、2人は最深階へと足を踏み入れた。医務官は先ほどの薄ら笑いで警備の兵士に会釈をすると、周の背中にそっと手を当てて歩き始めた。それは彼なりの配慮でもあった。

「いいか、このまま向かって左二つ目の通路を曲がって兵士控室に行く。そしたら俺が作った合鍵を使って予備の光学迷彩を確保する」

 小声で話す医務官に、周は小さく頷いた。そして2人は道を曲がり、兵士控室にたどり着いた。医務官はこっそりと鍵を開けて中に入り、

「この時間はちょうど人がいないんだ」

 そう言ってすぐに部屋の一番隅にあるボックスを開けた。そして中から透明なレインコートのようなものを取り出した。

「これを被ってくれ。サイズは自動で調整される」

「これに生体認証はないのか?」

「俺が渡したカードでパスできる」

「……分かった」

 2人は光学迷彩を羽織ると、2人の前にウィンドウが表示された。

「右下のボタンを押してくれ」

 周は言う通りに、ATと書かれた右下のボタンをタッチした。するとみるみるうちに光学迷彩が体を包み、姿が見えなくなった。

(この光学迷彩、原理は私の装甲と同じだ)

 周はそんなことを思いながら医務官の方を見た。もっとも、医務官の姿も見えないので、場所が分からない。

「おい、どこにいるんだ」

「君の目の前だ。よく目を凝らしてみてくれ。段々俺の姿が浮かび上がってくるはずだ」

 周が目を細めて目の前の空間を見つめると、確かに段々と人の輪郭が浮かび上がった。

「大体見えたな」

「……ああ、大丈夫そうだ」

「よし。じゃあ行くぞ」

 2人は部屋を後にすると、ついに東雲たちの待つ収容房へと歩き始めた。


グダッてきてしまった

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