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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第3章 九州戦争
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昔からの願い

 ソファにもたれて源は、先ほどのアシュキルの話を思い出しため息をついた。

(……なあカナ、アシュキルの話は、やっぱり本当なのか?)

「ああ、嘘はついてねえ。それよりお前、何をそんなにショック受けてんだ?もしかして、俺たちの事をどこか得体のしれない怪物だとでも思ってたんじゃねえだろうな。その背景も知らずに」

(………)

「チッ、図星かよ。本当にどうしょうもねえな、オマエはよ。やっぱり過程変異なんか教えなきゃよかったぜ」

(…………)

「大体、お前は未熟すぎる。これまで経験してきた23年の人生が精神年齢と比例してねえ」

(……俺は、やっぱり未熟なのか)

「当たり前だ。一時的な記憶喪失を除いて考えても、まだお前はガキだよ」

(そうか……)

「……理屈は分かるけどな」

(……え?)

「なんでお前の成長が遅いか、その理由は大体予測できるんだよ」

(理由って、そんな外的要因があるのか?)

「ああ。……まあ、この場合は内的要因、になるんだろうが」

(一体どんな要因なんだ)

「それは……」

 その時、扉の鍵がガチリと外れる音がした。そして扉が開き、白衣を着た男が入ってきた。

 男は源を見て言った。

「そう警戒しないでくれ。俺はここの研究職で人間だ。検査のために来たわけじゃない」

「その検査の時には、あなたの姿は見えませんでしたが……」

「言っちゃなんだが、俺はかなり地位が高くてね。安全上の理由で立ち会わなかった」

「ではここにいるのは……」

「俺の独断だ」

「なぜ?」

 その問いに男はふっと笑うと、先ほどアシュキルが座っていた真向かいの椅子に腰を下ろした。そして源の目を見つめて言った。

「興味が湧いた」

 その目は男の年齢にそぐわない若々しい好奇心にあふれていた。そしてそれは、この男が研究職の中で高い地位を占める大きな理由の様に思われた。

「つい先ほど、君の検査結果を見た。まったく、驚いたよ。あれは文字通り桁外れだ。言うなれば、前代未聞と言った所だな」

「前代未聞……」

 どこかで聞いたような科白だ。

「そう、前代未聞。これまで聞いたことのないようなことや、珍しい事柄のことだ。特に、君はその頭の中にもう一つ、精神を同居させている。それも常人ではすぐに廃人となってしまうような、超有毒な精神を」

「カナ……いや、トラグカナイですか」

「そうだ。もっとも、君レベルであっても精神汚染は免れないようだがな。さすがラケドニアの先端技術といったところだ」

「あの、一体どういう意味か分からないのですが……」

「ああ、すまない。少々昂ってしまった。それで、分かりやすく例えるとだな、君の脳を一つの巨大なコンピュータだとする。その中で、君の表層意識をCPU。深層意識をメモリだとする。そしてトラグカナイの精神はメモリにダウンロードされた超高性能ランサムウェアだ。すると当然、ランサムウェアはメモリを侵食して深刻な問題を無数に引き起こし、やがてメモリから溢れ出してCPUをも呑み込み、再起不能のダメージを与える」

「でも俺は変わらないままだ」

「そう。今までの話はあくまで怪獣や怪人の場合。コアがその生物の精神を破壊し乗っ取るプロセスだ。だが君は違う。そもそも君の深層意識は常人の約1200倍。トラグカナイの及ぼす膨大なエラーは君の持つ広く深い深層意識を満たしきれず、それは半分に留まっている」

「それが、俺が正気を保っていられる理由ですか?」

「いや、結果だ。君自身の精神は人並みだし、適合率も3パーセント程度。だが、君の過去はラケドニア史上一の戦士、ギルガメシュだ。そして君はその血を濃く受け継いでいる。ギルガメシュの記憶が蘇るほどにね。君の適合率や深層意識はギルガメシュが過去から及ぼす、ほんの副産物に過ぎない」

「なるほど……。では、主産物は一体なんなんですか?」

「それは勿論、力だ。ラケドニア一の膂力と技量、精神力。君はそれらを使う権利がある」

「……その力を使えば、レストアやアシュキルは倒せますか?」

 その時、扉の方から声がした。

「無理だ」

 2人がその声のする方を見た。それはレストアだった。レストアは少し不機嫌な表情をして、扉にもたれかかっていた。

(一体いつの間に……)

「これはこれは、レストア殿。一体どうされたのです」

「それは我の科白だ、タチカワ。貴様、我や殿下の許可もなくあけすけに機密を話しおったな」

「機密情報の部分開示権は私にもありますでしょう。それに、軍機には一切触れていない。あくまで初歩的な技術を、それも簡易的に伝えただけだ」

「ふん、屁理屈だな。大君がそれで覚醒すれば、貴様が死ぬだけでは責任は取り切れんぞ」

「ですから、彼が記憶や人格を覚醒することはありません。先ほど論理的かつ科学的に証明したではありませんか」

「人間ごときの思考や数式で大君が表されるなどあり得ぬ事だ。さきの貴様の話も、くだらん楽観論にすぎんだろう」

「またそんな事を……」

「すぐにこの部屋から出ていけ、タチカワ。職を辞されたいか」

「それで困るのは貴方や殿下では?」

 立川がそう言った途端、明らかに空気が変わった。そしてレストアは、俯き加減に立川を睨み据えて言った。

「我に脅しか?タチカワ。ここで死んで困るのは貴様だぞ?」

 それに立川は冷や汗を垂らして答えた。

「……了解しました」

 立川が退出した後、レストアは部屋を出ずに源の方を見た。

「大君、一ついいか」

「……なんだ?」

「お前の仲間に、このぐらいの娘はいたか?」

 そう言ってレストアは自分の肩のあたりに手を持ってきた。身長は140センチほどだろうか。

「ああ、いる」

 多分、周千尋のことらしい。

「そうか……」

 源の回答を聞いたレストアは、それだけ言って部屋を出ていった。

「なんで千尋ちゃんのことを……」

 そう考えて源ははっとした。

(もしかして……)

「ああ、そのもしかしてだ」

 そしてカナは言った。

「ちょうど今、うっすらと過程変異の兆候を感じた。多分、その女だ」

 その時周は、過程変異をしていた。半分怪人となった周は、簡易的に過程変異が可能だったのだ。周は目の奥の激しい痛みに顔を歪ませると、そのまま手を目の前を歩く医務官に当てた。そして言った。

「おい、今から私の言う事を聞け。さもなくば心臓を貫く」

 医務官はその発言に驚いて立ち止まった。

「お、おい。一体何を言って……」

 それに周は鋭く尖った爪で背中を浅く刺した。

「黙れ」

「ッ……!わ、分かった。分かったから!手の先を抜いてくれ!」

「その前にお前の持っている全ての鍵と通信機器を渡せ」

 医務官はすぐにポケットから3つの鍵と職員証、そして小さなトランシーバーを後ろ手で周に渡した。

「他は」

「無い!早く抜いてくれ」

(多分嘘はついてないかな……)

 周はさっと手を引いた。そしてその瞬間、医務官は走り出した。が、その前に周はズボンのベルトを掴んでいた。

「逃げれると?」

「もう思ってない……」

 周は医務官に両手を後ろに組ませると、片手でその手首を掴んだ。すでに人間の力ではほどけない。そのまま周がいた医務室まで医務官を運ぶと、医療機器のコードを引き抜いて手首を縛った。

「ここにお前を軟禁する。運が悪ければ餓死するが、そこは神に祈るんだな」

 そう言って周が部屋を出ようとしたとき、壁に寄りかかって座る医務官は呟いた。

「案外優しいんだな」

「……なに?」

「ああ、聞こえてたのか。いや、特に深い意味はないんだが……」

「お前、私を舐めてるのか?」

「まさか。過程変異の強みは良く理解してるつもりだし、そこに侮りなんてない。ただ、可哀想で」

「可哀想?今のお前の方がよっぽど……」

「そういう事じゃない。君の年齢で、こんな場所でこんなことをするなんて、と思ってな」

「傲慢だな。お前に私の何が分かる」

「少しは分かるさ。俺は第三次大戦で、まだ9歳の時に医療ボランティアになった。あの時の苦しみは、今でも忘れられない」

「………」

「本音を言えば俺は、君みたいな子供にはこんなところにいてほしくないんだよ。地上で、友人や仲間に囲まれて幸せに暮らしてほしい」

「なんとも押しつけがましい……」

「でもそっちの方が良いだろう?」

「言っておくが、私はとうに成人している。そんな甘い妄想、私に言わせれば、愚かとしか言いようがない」

「驚いたな。すでに成人だったとは。いつの生まれだ?」

「……1948」

「え?」

「1948年だ。私が9歳の時に、神獣協会に拉致された」

「まさか……本当に?」

「………」

「そうか。それでも俺の考えは変わらない。人生は楽しくあるべきだ。苦労なんて、しないほうがいいに決まってる」

「それで社会を生き残れると、本気でそう思っているのか?」

「思う。苦労した方がいいなんて、将来も苦労し続ける前提の理屈だ」

「今のお前は苦労していないのか?」

「してるさ。だから俺は俺が嫌いだ」

「……もういい、お前はそこにいろ」

 周が扉に手をかけた時、またしても医務官が言った。

「待て」

「……まだなにか?」

「君は仲間を助けたいんだろう?収容房の場所は知っているのか?」

「何が言いたい」

「俺を連れて行ってくれ。案内する」

「くだらない……」

「信じてくれ。俺はここの下っ端だ。組織への忠誠心なんて無い」

「信じない。一人で充分だ」

「……俺は9歳で医療ボランティアになって、その時の苦しみは忘れられない。でも、それ以上に俺は、君みたいな子供が、笑顔で退院していく姿をずっと覚えている。きっとその笑顔は、君も持っているはずだ」

 その時、周は思い出した。本部から助け出された日、源に向けた笑顔。それは状況は違うけれど、何かから救われたような、そんな笑顔だった。

「……死ぬぞ、お前」

「それでもいい。俺は、ここで何もせず自衛隊に殺されるぐらいなら、君やその仲間を助けたい。それが、俺の昔からの願いだったんだ」

「………」

 周は逡巡した。そして、周は医務官の前に立つと、医務官の拘束を解いた。

「……勝手な行動をしたら、すぐに殺す」

「しないさ。君には殺させないよ」

「………」

 そうして二人は歩き始めた。目的の場所はもちろん、収容房だった。


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