班長として
58話です
『やけに広いな……』
東雲は穴から怪獣の体内に入ってみると、そう言った。先に入った千秋は、2メートル近い体を特に屈めることなく、術刀で目の前の組織を切り開いている。
『確かに、こんな空間は元の素体には無いですね』
諏訪部が遠く離れた車内から賛同する。
『やはりこの穴は人為的な物、ということか』
『人員の輸送用……とかでしょうか』
赤本も辺りを見渡しながら言った。その左手にはカッターメスが握られている。
『とにかく今はコアを浄化しましょう。真皮と肋骨はショートカット出来ましたし』
千秋は術刀を突きさしながらそう提案した。
(あくまでコアの浄化を優先するべきか……)
『……くれぐれも用心してくれ』
東雲は千秋に念を押した。
30分後、東雲たちは怪獣の咽喉部まで到達していた。普通、体内からの頭蓋への侵入には基礎処理班の補助を必要とするが、千秋はそれを持ち前の膂力でクリアしていた。
『着きました、頭蓋後部です』
千秋のパワードスーツは、すでに血にまみれて真っ黒に汚れていた。赤本は千秋と交代すると、カッターメスを取り出して、千秋の切開した筋組織を避けてその健を削いでいった。そして人ひとり通れるほど骨を露出させると、今度はパルスリングを取り出してぴったりと貼り付けた。
『先に俺が入ります』
赤本はそう言うとメスを逆手に持ち替えた。そしてバコっという音と共にリングを貼り付けた部分が円形に切り取られた。東雲がエアライフルを構えつつ、赤本が慎重に切り取られた骨を内部に落とす。その瞬間、一瞬の緊張が走った。が、中にトラップは無く、他の怪獣たち同様、空洞になった内部中央にコアが四方から伸びる神経束に吊るされていた。
『罠は見られないか……』
『……気化性のガスも検知されませんね』
『緑屋、この怪獣の体内構造には、本当に異変は無いんだな?』
『先ほどの穴以外は……』
『そうか……いや待て。緑屋、車両に積んである調査機材の型番はなんだ』
『DH-6088、最新の60番台ですよ』
『やはりか……なら、最新の機材をもって、あの穴を見落としていたのは何故だ?』
『それは……』
緑屋は一度沈黙した。そして答えた。
『……調査後に穴が開けられたから?』
『まさか!』
赤本が反論する。
『それならその穴を開けた輩なり装置なりが見つかるはずじゃ……』
『連合は元守備隊だ。つまりその装備は自衛隊よりも最新式のはず』
それに赤本は呟いた。
『光学迷彩……』
東雲はエアライフルの薬室を確認して言った。
『あくまで予想に過ぎないが、この怪獣の体内、もしくは周辺に正体不明の人間、怪人がいる可能性がある』
赤本はすぐに緑屋に無線を繋いだ。
『緑屋、』
『分かってる。すぐに車両を移動させて……』
その時、ブツリと無線が途切れた。
『おい、緑屋。応答しろ、緑屋!』
すでに無線は切れていた。
『すぐに戻るぞ。千秋、護衛部隊に連絡を……』
『ダメです。無線自体が繋がりません』
『……東雲さん、このまま頭蓋を通って頭頂部から出ましょう。もし敵が外にいるのならまずは体側面の穴を警戒するはずです』
赤本はすでに冷静さを取り戻していて、その手には拳銃が握られていた。
『分かった。まず俺と赤本が中に入るぞ。千秋はその場で一時待機だ』
『了解です』
千秋は納めていた術刀を抜いてその場にしゃがんだ。東雲たちはすぐに頭蓋の中に侵入して神経束を切り、コアをやや乱暴に切り離した。そしてパルスリングを頭蓋上部に仕掛け、真皮ごとくり抜いた。
『まず俺が覗く。赤本は千秋が通れる大きさまで頭蓋の入り口を広げてくれ』
『了解しました。……どうか無理はしないでください』
『ああ』
東雲はコアの上に乗ると、それを足場にしてそっと頭を出した。
外は、周りを取り囲む石油タンクが視界を塞いでいた。装甲車の様子は分からないが、こちらの様子も発見されにくそうだった。
(ただ光学迷彩を使用している可能性が大きい。見たところタンクの上に狙撃手はいないが、それでもどこから狙われるか分からない。つまりは第三者のクリアリングが必要か……)
だがその余裕は無いように思えた。
(せめて市街地の護衛部隊に何か異変を知らせなければ……)
『東雲さん、千秋が中に入れました』
その時、赤本から個人無線が届いた。東雲は一旦頭を入れ、コアから降りた。目の前には頭を屈める千秋がいる。
(並行して進めるべきか……)
『千秋、コアの浄化を頼めるか?』
『東雲さん、浄化作業は……』
『元の目的は達成させる必要がある。もちろん緑屋たちについても迅速に対応するべきだが、やはり浄化を疎かには出来ない』
『怪獣特殊処理班の班長として、ですか……』
赤本はそれ以上は追及しなかった。そこで千秋は口を開いた。
『あの、少しお話が……』
『なんだ?』
『実は、班長たちに伝えていなかったことが……』
『構わん、話してくれ』
それに千秋は、黙ってパワードスーツを覆っていたホログラムを解いた。
『これは……』
そこには、巨大な装甲に見るからに不釣り合いな、灰色の目をした少女がいた。
「この見た目を見ればわかると思いますが、私は女なんです。成人はしています。体が成長していないのは、私が元々神獣協会で人体実験されていたからです……」
千秋の告白に東雲と赤本は一時言葉を失った。そして聞いた。
『この際だ。細かいことは聞かないが……本当に千秋迅なんだな?』
「正真正銘、私は千秋迅です」
(信用するしかない、か。想定外が続きすぎて自分の判断が危うく思えてしまう……)
『……分かった。では浄化を開始してくれ』
「はい。……もっと早く伝えるべきでした。申し訳ありません……」
『良い。詳細は後で聞く』
千秋は装甲を完全に解くと、裸足でその場に降りた。よく見るとマスクをしていない。
『千秋、予備のマスクを……』
赤本がガスマスクを渡そうとしたが、それを千秋は断った。
「大丈夫です。私の体は半分怪人なので」
そしてコアの前に立つと、両手でコアに触れた。それを東雲はエアライフルを構えて見ている。千秋は目を閉じると、すぐにコアに変化が起こった。灰色のコアから見る見るうちに色が抜け、半透明になった。浄化が完了したのだ。千秋はうっすらと目を開けると言った。
「……終わりました」
『その様だな。赤本、頭頂部から外を見てくれ。千秋はスーツを着て外に出る準備を整えろ』
そして数分後、赤本の観測によって周囲の安全がある程度確保されたため、東雲たちはすぐに頭頂部から脱出し、近くのタンクの物陰に隠れた。
『赤本、C4は持ってるな?』
『はい、ここに』
『よし、ならあそことあそこのタンクの傍にC4を置け』
『……!それでは他のタンクが』
『今言ったタンクは空だ。安全弁が取り外されているだろう』
赤本は一番端のタンクを見た。確かに安全装置がいくつか解除されている。
『……了解です』
『囮は俺がする。赤本はタンクを、千秋は島の端まで行って装甲車の様子を確認してくれ』
『分かりました』
『東雲さん、無理だと思ったら俺が代わりますよ』
『ああ、では行くぞ』
東雲の合図とともに、三人は一斉に違う方向へと走り出した。そして、最初に体を晒した東雲に向かって発砲があった。連続した発射音から、敵がサブマシンガンを使用しているのが分かった。
(かかった!やはり敵が潜んでいたのか!それにしても隠密行動に重火器とは……)
東雲はすばやく怪獣の死骸を横切り、死角となる裏側に回り込んだ。東雲は息を切らしながら報告した。
『こちら東雲!恐らく敵の発砲地点は対岸だ!』
『こちら赤本、C4を一つ設置完了』
『こちら千秋、装甲車を視認。班員3名の生存を確認しました。拘束されて敵の偽装車両に乗せられています』
(拉致か!なぜ緑屋たちを……)
『千秋、そこから狙撃することは可能か』
『可能ではありますが、風が強く味方に当たる可能性が……』
『何メートル離れている』
『……200メートル程かと』
『場所を教えてくれ』
『まさか、班長が狙撃を?』
『腕は確かだ。早く教えてくれ』
『……北連絡橋横の事務所です』
『了解した。赤本、どうだ』
『ちょうど今設置が終わりました。いつでも爆破できます』
『なら俺の合図と同時にそれぞれ爆破してくれ』
『分かりました』
『では行くぞ……』
東雲はエアライフルを握りしめた。そして、
『今!』
東雲の合図とともに、東雲の立つ南側の端のタンクが二つ爆発した。ズーンという音とともに、衝撃破が東雲の背中を押し出した。東雲は勢いよく怪獣の陰から飛び出すと、真っ直ぐに事務所に向かった。爆発に気を取られたのか、対岸からの射撃は先ほどよりも制度が格段に落ちていた。東雲は周囲に降り注ぐ弾丸の空気を切り裂く音を聞きながら、なんとか事務所にたどり着いた。東雲はすぐに室内に入ると、一階に待機していた千秋と合流した。
『班長、これを』
千秋は東雲に自身の立体ホログラムを貸した。すぐにホログラムは東雲の体を覆い、その姿は見えなくなった。
『これは……』
『軍事用プログラムです。可視光による観測を完全に遮断します』
『上出来だ。俺は屋上に上がる。千秋は赤本とここで合流して、橋を渡る準備をしてくれ』
『了解しました。班長、どうかご無事で』
『善処する』
東雲は階段を駆け上がると、屋上のドアを慎重に開いて、分電盤の置いてあるコンクリートの土台に身を隠した。装甲車を見ると、確かに横に一般車両が止まっていて、武装した隊員たちがこちらの様子を伺っている。いつ車両が発進してもおかしくは無いだろう。
(まずは運転手からだ)
東雲はその場に伏せると、エアライフルの照門を覗いた。
(スコープは無い。一発で確実に仕留めるぞ)
東雲は息を吐くと全身の力を抜いた。そしてコッキングレバーを引いて薬室を確認すると、運転席の窓に狙いを定めた。体に当たる風と、対岸に見える樹木の揺れから風向と風量を確認する。自衛隊時代、それが出来るのは、同期の中で東雲の他にいなかった。
『赤本さん、怪我は』
事務所の一階では千秋が赤本を迎えていた。流石の赤本も石油コンビナートの端から端を走り抜けるのはきつかったのだろう。肩に手を置いて息を整えている。
『……大丈夫だ。それより東雲さんは?』
『私のホログラムを貸しました。周囲の背景と同化できます』
『そうか。なら俺たちは俺たちの事をするぞ』
赤本は拳銃の弾倉を確認し始めた。それを見て千秋が言った。
『あの、東雲班長は……』
『東雲さんなら大丈夫だ。あの人が自衛隊特殊作戦群にスカウトされたのは、一重に射撃の才能がずば抜けていたからに他ならない。並みの狙撃手じゃ撃つ前にやられる』
東雲は、そんな二人の会話は聞こえていなかった。瞬きをするような一瞬の間で、固い引き金を引くか否かを決定し続けていたのだ。そしてその時はきた。ほんの1秒弱、風がやんだ。その刹那、ターンという軽快な発砲音が響いた。目標は1秒弱にも満たない時間の後、こめかみを貫かれていた。
活躍してる




