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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第3章 九州戦争
51/130

評価基準は

50話です

「東雲、さん?」

 俺は思わずそう呟いた。その目線の先には、確かに東雲さんがいた。だが、俺の知る彼とは雰囲気は大分違っていた。

「おい、赤本。早くこっちにこい」

 俺はエータ隊隊長に言われて初めて、俺がその場に硬直していることに気付いた。

「す、すいません」

 俺は動揺する気持ちを抑えながら隊員たちの前に立った。防衛大学校の代表挨拶とは違う、嫌な緊張感があった。俺に注目するから皆が、俺を貪欲に見定めていた。その評価基準はきっと、自分より強いのか、弱いのかということだけなのだろう。

「本日から、我がエータ部隊に配属されることとなった赤本明石隊員だ。赤本、前に出ろ」

「はい……えー、本日よりここ特殊作戦群、エータ部隊に配属されました赤本明石です。1日も早く皆さんと共に戦えるよう努力します」

「……うむ。では総員解散」

 隊長の指示で皆がそれぞれ動き出そうとした時、

「ああ、それと」

 隊長が皆を呼び止めた。そして言った。

「赤本は伊地知隊長のお墨付きだ。皆もそのつもりで接するように」

 それだけ言って隊長はその場を後にした。後に残されたのは俺と隊員たちだけとなった。

(この感じ…)

 俺は妙な空気を感じた。いつのまにか隊員たちが俺を取り囲んでいたのだ。その様子は、道端で俺を蹴り飛ばしたあの隊員たちとそっくりだった。俺は隊長の発言を思い出した。

『赤本は伊地知隊長のお墨付きだ。皆もそのつもりで接するように』

 その発言の意図する所は、この隊員たちの対応から十分に推測できた。

(コイツら、俺をリンチするつもりで…)

「おい、赤本とか言ったか」

 不意に何処からかそう話しかけられた。俺が後ろを振り返って見ると、そこには見るからに強靭な体躯を持った1人の隊員が、俺を見てうっすらと笑っていた。

「…そうですが。あなたは?」

「ウルフ1編成員、土方だ」

(ウルフ1…特戦群の部隊最小単位か。それにウルフ1と言えば…)

「エータ隊最主力、その内の1人…」

「その通り、俺はエータ隊の実質的トップだ。お前の実力を確かめに来た」

「それは訓練をすれば分かるでしょう…」

「おっと、まずは1つ減点だ。日和んなよ、赤本」

(この野郎…でも今の俺が挑んで勝てる相手じゃないのは、見ればわかる。アイツだってそれが分かってて敢えて俺を挑発してるんだ)

 こんな奴らばかりなのか?この特戦群は。俺は心の中でそう愚痴った。

(それに今はこんな奴よりも東雲さんと話したい。どうしてあんな姿になってしまったのかを聞かなくては)

「どうした赤本。俺が怖いのか?」

 土方はなおも俺を挑発してくる。さらに俺を取り巻く隊員たちの間から意地の悪い笑い声も聞こえた。

(受けて立たなければダメなんだろうな…)

 俺は軽く息を吐くと荷物をその場に下ろした。その途端、周囲から歓声が上がる。

「やっと腹を括ったか、赤本」

「お手柔らかに頼みます」

「考えておく」

 その瞬間、土方の体は一気に俺の目の前に接近してきた。俺はこんなに綺麗な踏み込みを見たことが無かった。そして俺の顔目掛けて右のストレートが飛んできた。

(マジか…!)

 俺はその拳をギリギリで避けるとすぐに距離を取った。

「なんだ、カウンターも無しかよ」

 土方は面白くなさそうにボクシングの構えを取った。俺は先ほどの一撃が耳を掠めており、そこから血が滴っている。俺は冷や汗をかいていた。

「土方さん、アンタ俺を殺す気か?」

「あんなパンチでくたばってたらこの部隊じゃやっていけねえよ」

(頭がおかしいのか?コイツは)

「そろそろ行くぞ、赤本」

 土方の声がして俺は咄嗟に頭をガードした。だが遅かった。土方の繰り出したミドルキックは俺の脇腹にめり込み、俺は横の壁に吹き飛ばされた。

「なっ…!は…」

 俺は激痛の走る肩とあばらを抑えながら壁にもたれた。起き上がる気力はもう無い。

「はあ、やはり伊地知隊長はハズレを引いてきたな。こんなもやしじゃあ相手にならねえ。お前ら、後は好きにしろ」

 土方はそう言ってため息をつくと、取り巻きと一緒に部屋を後にした。

(好きにしろ、か。もう俺には抵抗する余力はないってのに。それに東雲さんにかっこ悪いところ見せちまったな)

 俺がそのまま壁にもたれてぐったりしていると、急に周りが騒がしくなった。

(なんの騒ぎだ?隊長でも戻ってきたのか?)

 俺はなんとから顔を上げてみた。

「なっ…!」

 そこには東雲さんが立っていた。

 俺と初めて出会った頃と比べて、東雲さんはいくらか体格が大きくなっていた。そして何より、彼は虚ろな目をしていた。何かを諦めたような、そんな目だった。そして恐らく彼は、感情をシャットアウトしていた。

 東雲さんの隣の隊員が言う。

「お前、東雲と戦ってみろ」

「何を言って…」

「最弱決定戦だよ。お前が東雲よりも弱いか確かめてやる。お前もそれでいいよな、東雲?」

 東雲さんはそれに頷いた。

「東雲さん…」

「なんだ?お前東雲の知り合いなのか?」

「東雲さん、どうして…」

「おい東雲、コイツのこと知ってるか?」

 それに東雲さんは、首を横に振った。そして小さな声で、

「…知らない。俺は彼を知らない」

 と言った。俺は胸が締め付けられるような気持ちになった。俺が憧れ、目標としてきた東雲さんは、俺のことなど覚えていなかったのだ。

「だそうだ。お前誰かと勘違いしてるんだろう。それより早く立て。俺たちはお前らの殴り合いを期待してるんだ」

「そんなこと…出来ません!」

 俺の肩にまたもや鈍い痛みが走る。隊員の1人が俺の折れた肩を足で踏んだのだ。

「できません?死にてえのか、お前」

 その隊員はさらに肩を踏む力を強くした。俺は必死に歯を食いしばって耐えたが、激痛は止む気配がない。そして東雲さんが言った。

「…これを終わらせるには、俺を殴るしかないぞ」

「東雲さん……ッ…!」

「ほら赤本、東雲もそう言ってるんだ。立ち上がって戦えよ」

 俺は東雲さんを見た。だが、彼は俺の事は見ていなかった。誰の事も見ていなかった。俺は言った。

「……やります、やりますから!だから足をどけてください!」

「はじめからそう言えよ、雑魚が」

 隊員たちは俺を無理やり立ち上がらせると、部屋の真ん中を開けた。そして俺と東雲さんはその真ん中に立った。周りは隊員たちのギャラリーで囲まれ、度々ヤジが飛んでいる。まるでコロシアムの様だった。この戦いに勝ったものが今後の平穏を手にし、敗者は目も当てられない暴力に晒されることになる。俺は東雲さんに話しかけた。

「東雲さん、どうして貴方は変わってしまったのですか。昔の貴方はもっと…」

「君に俺の何が分かる」

 東雲さんはすでに構えていた。俺は様々な感情の渦巻く中で、それを必死に抑えて同じように構えた。

(どうしてこんな事に…)

 その時、東雲さんは俺の顔にジャブを繰り出してきた。その拳はびっくりするほど遅かった。俺はその拳を避けると、咄嗟に骨の折れていない右腕で東雲さんの顎を掠めた。その途端、東雲さんはその場に崩れ落ち、周囲から歓声が上がった。俺はその場に呆然と立ち尽くしていた。

(俺は、東雲さんを殴り倒した。そしてそれは、東雲さんの部隊内での序列を決定させてしまったんだ)

 俺はそう考えた途端、とてつもない罪悪感に襲われた。

(俺がわざと倒れでもしていれば、東雲さんは…)

 俺が東雲さんを起こそうとした時、後ろから突然肩を組まれた。それは先程俺の肩を踏んだ隊員だった。隊員は笑顔で俺に語りかけた。

「これでお前も俺たちの一員だな!」

 また別の隊員も俺に話しかける。

「流石に東雲より弱い奴はそうそういねえな」

 俺は隊員たちに囲まれながら、その向こうを見ていた。東雲さんは床に放置されたまま、誰にも相手にされない。ただその場に倒れている。俺はそこに行こうとしたが、隊員たちは俺を宿舎の方へと追いやった。

 その日の夜、俺は吐いた。この異常な環境と、変わり果てた東雲さんの姿、その東雲さんを俺が殴り倒してしまったことに俺は耐えられなかった。

 その次の日から俺は変わった。また同じ事が繰り返されないよう、必死に強くなろうとした。基礎訓練をはじめ、特殊技能も次々と履修した。そのせいか、次第に俺の実力は上がり始めた。最初はウルフ5だったのが、半月でウルフ2まで上がった。周囲の反応も友好になっていき、さらに卑屈になっていた。

 そんな生活が1ヶ月続き、ついに俺はウルフ1に昇格した。そんな時だった。俺は東雲さんが隊員たちに暴行を受けている現場を目撃した。そして俺は、その光景をスルーした。その次も、また次も無視した。俺の中で東雲さんの存在は終わり始めていた。

 そしてある日、俺は土方に模擬戦で負けた。その時に俺を医務室まで運んだのは、東雲さんだった。

胸糞だね

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