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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第3章 九州戦争
49/130

10年前から

新章です

遅くなってすみませんでした

 乾いた風は砂を運んでくる。それは有効な目くらましとして機能した。

「おい、赤本。今日こそはいけるんじゃねえの」

 こっそりと登った薄汚れた瓦屋根の上で、俺の悪友はそう言って俺を見た。

「……だな。あいつらも誘って行ってみるか」

「今度は北のフェンスを試してみようぜ」

「じゃあレンチでも持ってってやるよ」

「おう!」

 俺たちは屋根から傍の木を伝って降りた。そして集合時間を確認して一旦解散した。

 もう20年前だ。第一次進攻過去のものとなり、電波灯台の出来た今ではあの怪獣たちもさして恐怖の対象では無くなっていた。それは俺も同じだった。居住圏の北端にあるこの町では、度々怪獣が接近してきてはあっさりと駆除されていた。若干15歳だった俺はそれを見て、心の底で軽蔑した。殺意のこもった目でこちらを睨みつけてくるくせに、ある一定の距離からはこちらに近づいては来なかった。それでなすすべなく殺されて、解体されてコンクリートのドームで覆われる。正直怪獣なんて怖くは無かった。

「ただいま」

 俺の家は小高い丘の上にあった。中国地方から浸食してくる砂漠はこの丘には迫ってはこない。だから家の中はきれいだったし、洗濯物も良く乾いた。それに静かだった。風の音や木々のざわめく音、砂嵐の唸り声は、窓も締め切った部屋の中では聞こえてこない。もちろん人の声もだ。俺はいつものように洗濯物を取り込み、きれいに畳んでタンスの中に入れた。4つある引き出しも、半分しか使わないので少しもったいない気がしていた。次に俺は二階に上がった。扉は3つあったが、基本1つしか使わないので少し埃をかぶっている。俺の部屋は、一人暮らしにしては物の一つも置いてはいなかった。ただ机の上に物騒な工具が置いてあるだけだ。

 俺はこの一軒家に一人で暮らしている。家族はいない。俺が物心つく前に死んだ。2人とも医療従事者で、第三次世界大戦でも従事していたらしい。そんな両親は怪獣に殺された。昔、居住圏のど真ん中に電波が届いていない空白地帯があった。そして飛行型怪獣。両親はその空白地帯にあった病院で、怪獣に食い殺された。目撃者もいたし、映像も残っている。

 俺は初めてそのことを知って、軽蔑した。俺の両親はたかが怪獣に殺されたのだ。あの怪獣に。人を殺すしか能のない、図体だけの畜生に。

「はー、気分わりいな」

 俺はベッドから起き上がるとベランダにでた。丁度ここから町が一望できる。気分転換にはもってこいの景色だ。街の遠くは砂の影響でうっすらとしか見えなかったが、それでも電波灯台ははっきりと見えた。

「なんで今なんだよ」

 俺はベランダのてすりにもたれながらそう呟いた。

(もっと平和な時代に生まれてたら、俺の隣には……)

 その時、電話がかかってきた。スマホを見てみると、先ほどの悪友からだった。

『お、繋がった!朗報だぜ、赤本。今日の夕方、第一電波灯台の定期メンテナンスがある。そしたら管理施設横の電気柵も通電が止まるんだよ!』

「つまり居住圏の外に行けるって訳か」

『その通り!もちろんやるよな、赤本!』

 俺は答えた。

「おもしれえ。行ってやろうぜ。俺たちで」

『そう言ってくれると思ったぜ!じゃあ集合時間だけ変更な』

「おう、頼んだ」

 俺は電話を切るとまた街の景色を見た。何の変哲もないさびれた町。その向こうには何が待っているのか。俺は自分の動悸が速まるのを感じた。すでに頭の中に両親のことなど一切無い。今はこの町から出ることだけを考えていた。

 日も暮れ始め、空がオレンジ色に染まりだしたころ、俺たちは街のはずれにある施設の前に来ていた。この施設は電波灯台を管理する制御施設で、ここから電波灯台よりも外に出られる。俺は駐車場の傍の林で、仲間たちにこれからの流れを説明していた。

「いいか、施設の明かりが消えた瞬間だぞ。この駐車場を突っ切って正門をよじ登るんだ」

「防犯カメラは大丈夫なのかよ」

「一斉停電に合わせて再起動される。その隙に行けば大丈夫だ」

「赤本、俺ワクワクしてきちまったよ」

「俺もだ」

 俺は早鐘のように鳴る心臓を抑えながら、施設の様子をじっと観察した。そして、不意に施設の電気が消えた。

「いまだ!」

 俺の合図とともに、俺たちは一斉に駐車場を突っ切って施設の正門をよじ登って専用道路に出た。そのままノンストップで駆け抜け、ついに俺たちは、無人の検問を抜けて電波灯台の外にでることに成功した。

「やった!」

「マジかよ!」

「すげえ!すげえよ!俺たち柵の外にいる!」

 夕暮れの空に俺たちの歓声が響く。俺は高揚した気分のまま、砂で埋もれた国道を歩いていた。そして気付いた。気づいてしまった。俺は砂の上に不可解なモノが落ちていることに気付いたのだ。俺はワイワイと騒ぎ立てる仲間たちを置いて一人、その場に立ち止まった。

「なんだ、これ?」

 しゃがんで確認してみると、それは血だった。どす黒い、この世のものとは思えない、黒い血だった。そして辺りが突然暗くなった。驚いて顔を上げると、そこには巨大な顔があった。そのネズミのような巨大な頭部には、なぜか角が生えていた。そして足元には、赤い血をまき散らして倒れる、仲間たちの肉片があった。そして巨大な目は、俺のことを見ていた。その暴力的な目には覚えがあった。テレビの向こうで見た、あの目だった。

「怪獣……」

 俺はそう言ってその場にへたりこんだ。ありえない、そう思った。だが目の前にいる。

 今度は俺が殺される番なのだ。そう考えると俺の体は勝手に動き始めた。後ろを向いて、転びそうになりながら、無様に逃げ出した。そして後ろから聞こえる不気味な咆哮。泣きながら走った。恐怖で頭がおかしくなりそうだった。ほぼ確定した死が背後から迫ってくる。

 そんな時だった。とてつもない轟音と爆風が周囲を包み、俺は前方に吹き飛ばされた。そして後ろから断末魔が聞こえ、肉の焼けるようなひどい臭いが漂ってきた。俺はなんとか状況を確かめようと起き上がったが、どうやら先ほどの爆風で吹き飛ばされたときに、足が折れていたようで立てない。仕方なく仰向けになり、頭を起こして怪獣の方を見た。

 怪獣は燃えていた。すでに目に生気はなく、ぐったりとその巨体を砂の上に下ろしている。

「助かった、のか?」

 俺は何が起きたのか理解しきれずに呆然としていた。やがてバタバタという音と共にヘリが飛んできた。さらに唸るようなエンジン音がして、後ろから俺にスポットライトがあてられた。ドカドカという地面を踏みしめる音も聞こえる。そして、

「一般人の方ですか?」

 後ろから声を掛けられた。俺はライトの光に目を細めながら後ろを見た。そこには自衛隊の服を着た、人の良さそうな男が立っていた。彼は俺に駆け寄るとすぐに足の状態を確認した。

「これは病院で見てもらった方がよさそうだ……少年、名前は?」

 俺は目の前の自衛隊員を見た。彼はただ純粋に俺を心配していた。

「赤本……赤本明石、です」

「親御さんの電話番号は分かる?」

「親は、その……」

「じゃあ僕が運ぶよ。幸い、僕の仕事は一般人の救出だからね」

「えっと……」

「大丈夫だよ。もう怪獣は倒したから」

 彼は少し重そうに俺をおんぶすると、隊員たちがあわただしく作業する車列に歩いて行った。俺は思わず彼に尋ねた。

「あの、アンタの名前は?」

「僕の名前?東雲侑だよ」

「東雲……サン」

「はは、ぎこちないね。あまり敬語は慣れてないかな」

「普段使う相手がいない……」

「そっか。まあ僕はそれで構わないから」

 東雲さんは俺を医療班の隊員に預けた。そして東雲さんと別れる直後、俺はまた尋ねた。

「東雲さん!」

「…どうかした?」

「その、怖くないんですか?」

 怪獣を目の前にして。

「怖い?ああ、そういうこと。うん、怖いよ。足が震えるくらいには。でも僕は自衛官だ。助ける側の人間が弱さを見せてはいけない」

 それにしても慣れないけどね、この現場は。彼はそう言って笑った。

 俺はその姿を見て、初めて誰かの事をかっこいいと思った。俺も同じように人を助けてみたい。

「東雲さん、俺もあなたみたいな自衛官になれますか?」

「なれるさ、君ならきっと」

 その時、俺の人生は決まったのかもしれない。少なくとも決意は固まったのだ。俺は宣言した。

「待っててください、東雲さん。俺、絶対自衛官になりますから」

「……応援しているよ。じゃあまたね、少年」

「はい!」

 俺はその日から生活が一変した。かつての仲間たちが死んで、俺はたいして彼らをどうも思っていなかったことが分かった。それよりも筋トレや勉強に多くの時間を費やした。バイトを何個も掛け持ちして学費を貯めた。俺はその時やっと、生きている実感が持てた。心の穴が埋まっていくような充実感を覚えたのだ。そして3年が過ぎ、俺は晴れて防衛大学校に主席で進学した。


最初は過去編です

なるべく長くならないようにします

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