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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第2章 王族親衛隊
44/130

あらぬ誤算

43話です

 源はその場に立ち上がって初めて、自身の体に対する違和感を覚えた。

「…体が軽い?」

 手を握ったり、その場で屈伸してみても、体が綿で出来ているかのように軽い。そしてもっとも大きな違和感は、

(俺はなんでなんとも思わないんだ?)

 源は、金城と名乗る男に殺されたジークに対して、特に何の感情もわかなかった。それは別に喜怒哀楽を失くしてしまったわけではなく、ただ単純に、気持ちがリセットされてしまった。

(これはさっきの弊害なんだろうか)

 とりあえずはジークをここに置いておいて、下の赤本たちに加勢しなくてはならない。源は光源の安置されている部屋を出ると、エレベーターに乗ろうとした。そして、その中には武装をした人間が乗っていた。

「え?」

 源が戸惑うままに、相手の持っていたライフルで頭を撃たれた。そしてそれを源は避けた。間一髪ではなく、日常のある一動作のように弾を避けた。そしてライフルの銃身を掴むと、それを握りつぶした。

「遅かったか!」

 なんらかの部隊の隊員らしき男はひしゃげたライフルを捨てて源に殴り掛かってきた。源はそれをあしらうと、男の額にデコピンをくらわした。男はそのまま力なく倒れた。どうやら失神したようだ。

「これなら殺さずにすむか」

(加減もしたし。どうやら身体能力が驚くほど上がっているらしい。目の前の銃弾を避けられるくらいには)

 であればエレベーターに乗る必要もないのではないだろうか。源はエレベーターの床をぶち抜くと、底の見えない奈落のような空間が下まで続いていた。そして奥のケーブルを掴むと、消防士のようにそれに掴まって降下した。吹き付ける風と、摩擦によって温かくなる手元が心地よい。一階まで降りるとドアをこじ開け、施設の一階部分に到着した。廊下には職員と先ほどの武装した隊員たちの死体が転がっている。まず源は管制室に向かった。そこには東雲たちがいるはずだ。管制室の扉を破ると、中には血だらけで銃を構える東雲とMSBの隊員たちがいた。いずれもかなり疲弊している。

「源…!なぜここに!」

 東雲は驚きの顔で源を見た。

「班長、道中にはもう生存者はいません。ですが外にはレストアたちがいるはずですから、班長たちはここで待っていてください」

「待つって、お前もここに残るんだろ?」

「いえ、僕は赤本さんたちに加勢してきます。事情はあとで話しますが、今の自分なら戦力にはなれますから」

「戦力だと?」

 それにMSBメンバーのリーが割って入る。

「シノノメ班長、彼の話は本当です。彼は今怪獣と近しい身体機能をしています。そして…」

「処罰は受けます。ですが今は非常時です。俺の事は一旦保留していただけませんか?」

「……それは僕が決めることじゃないけど、君が戦力たりえるのは事実だ」

「ジークはどうしたの?」

 リリーの問いに源は一瞬口をつぐんだ。と言っても事実を伝えるほかない。

「ジークさんは浄化作業中にアシュキルの精神干渉を受けて死亡しました」

 ガチャリと音がする。リリーが手に握っていた銃を落としたのだ。そして両手で口を覆う。源はそれを見ていられなかった。いいようのない罪悪感もあるし、なにより時間が無かった。

「では僕はこれで」

 源は管制室を後にすると、廊下を駆け、駐車場に出た。そこには二人の怪人と、赤本たちが相対していた。余裕のある怪人たちとは対照に、赤本たちは息切れしていて余裕は微塵も感じられない。

「そこな奴、よもやとは思うが名を尋ねてよろしいか」

 怪人の内の背丈の小さいほうが、その少女然とした声とは裏腹に、堅苦しくそう尋ねてきた。赤本たちは源を見つけて驚きの表情を作る。なぜここにいるんだ、と。

「……源王城。怪獣特殊処理班だ。その気配、レストアか?」

「貴様こそその立ち居振る舞い、何があった?」

「トラグカナイを俺の精神に移した」

 レストアはその言葉にこちらを振り向いた。その顔には驚きの感情が浮かんでいた。

「まさか、殿下がトラグカナイに敗れたのか?」

「そんなところだ。アシュキルはトラグカナイを浄化しようとして失敗した。そして逆に意識を殺された」

「それはまた……あらぬ誤算であったな」

「焦らなくていいのか?アシュキルが殺されたんだぞ?」

「それは精巧な分身よ。ただ身代わりのプログラムにすぎん」

「プログラム?まあそれはいいとして、そこの人間たちをどうするつもりだ」

「一人を除いて殺す」

「それは困る。どうだ、俺と戦わないか?」

「冗談は口だけにしておけ。生まれたての赤子相手に殺意は抱けん」

「源!」

 不意に声がした。その声は赤本のものだった。怪人の血にまみれて黒く汚れた制服と刃こぼれした術刀が戦いの壮絶さを物語っている。赤本は続ける。

「源だな!?何があったのかは知らんがここは俺たちに任せろ!お前を殺されるわけにはいかない!」

 だがそれをアーサーが止める。

「もう殺されはしねえよ。それよりミナモト、ジークはどうした」

 先程とは比べ物にならない真剣なまなざしだ。嘘は許さない、と言った感じである。

「……殺されました。アシュキルに」

 それを聞いたアーサーは一瞬、体がピクリと動いた。湧き上がる衝動を抑えるような動作だった。そして強く拳を握りこむと、かすかに震える声でつぶやいた。

「制限進化、サードスケール」

「よせアレク!」

 アーノルドは咄嗟にアーサーのマスクを取り上げた。

「おい!なにすんだよ!俺はこいつらを!」

 アーサーはアーノルドからマスクを奪い返そうとした。そしてその瞬間、レストアではない怪人が動いた。それを源だけが捉えていた。源がアスファルトを踏みしめ、その怪人を止めようとした瞬間、

「アンバー!」

 レストアがその怪人を一喝した。アンバーと呼ばれた怪人はその場に急停止すると、抗議の目をレストアに向けた。

「ですが!」

「殿下からの帰還命令だ。またの機会としろ」

「……了解しました」

 レストアたちはその場で軽くジャンプするとそのままの跳躍で玄武の死骸のほうへと消えていった。

「源!」

 安全を確かめた赤本が源に駆け寄ってくる。

「源、中の様子は見たか?」

 源は赤本の言わんとしていることが分かった。

「東雲班長なら無事ですよ。あそこだけ扉を破られていなかった」

「そうか、なら良かった」

 赤本はやっと安堵の表情を見せて肩の力を抜いた。

「お前も良く生きていてくれたな、源。それにしてもどうやってここまで?」

「ちょっと近道をしたんです」

「近道って、よく撃たれなかったな」

「まあそれにはいろいろと訳があるんです。それより今は…」

 源はアーサーたちに目線を移した。アーサーは先ほどのトラグカナイのようにへたり込んで放心している。アーノルドはなんとか慰めようとしているが、アーサーは何の反応もしめさない。ジークは確かアーサーと幼馴染だと言っていた。そんな無二の友人と死別したのだ。その悲しみや喪失感は、カナを失った源にも痛いほど良く分かる。源は声を掛けるためにアーサーに近寄った。

「アーサーさん」

 アーサーは源を見た。泣き出していないのが不思議なほどの痛ましい目だった。余りに突然の死に、感情を処理しきれていないのだろう。

「アーサーさん、レストアたちは去りました。玄武も僕が浄化しました。武装集団も全員無力化されました。危険はありません。ですから、ですからどうか感情を抑えないでください。それは結局どこかで限界を迎えて、取り返しのつかない崩壊をもたらします」

 アーサーは微かに震える口を開き、かすれた声で源に向けて言った。

「お前に、俺の何が分かる?」

「分かりません。でも、どうするべきかはわかります。僕も同じ経験をしたから」

 源は努めて優しくそう言った。アーサーは続けて尋ねた。

「なら俺は、どうすればいい?」

「まずはジークさんを看取るべきです。それから後は…」

「そうじゃない。アイツが帰ってこないのは分かってる。でも俺は、そんなこと理解したくない」

 アーサーはつい先ほどの源と同じ感情を味わっているのだろう。だが、こればかりは

「それは完全にアーサーさん次第です。行き当たりばったりに思考して、試行するんです。その乱数の中から納得のいく答えが導かれるはずです。少なくとも僕はそうでした」

「そうかよ…」

 アーサーはがっくりとうなだれた。アーノルドもカートマンも赤本も何も言い出せない。そんな軽率さは皆持っていなかった。沈黙が場を支配しようとしたとき、建物の通用口が勢いよく開いた。

「アーサー!」

 それはリリーだった。泣いているのか目が赤い。アーサーはその光景によろよろと立ち上がった。

「リリー!」

 2人はためらいなく互いを抱擁した。まず口を開いたのはリリーだった。

「ジークが、ジークが死んじゃった!」

 まるで子供のような口調でそう言った。アーサーはより強くリリーを抱きしめた。

「ああ、知ってる。知ってるさ。あいつ、死んじまったよ」

 その瞬間アーサーの目から涙がこぼれた。それは源の知る由もないこれまでの人生が詰まった、彼らだけの涙だった。

「なんで、俺はまだ、アイツに…」

「私だって…!」

 そして二人は声をあげて泣いた。それに周囲の皆は、ただ目を伏せて沈黙を守ることしかできなかった。

「滑稽だな」

 不意に源の頭の中に声が響く。それはトラグカナイ、カナのものだった。

「俺からみれば、ただのガキが安い感傷に浸って逃避しているようにしか見えないね」

(それは君が友と呼べる他人を作れなかったからだろ?君にはまだ理解の遠く及ばない事柄だ)

「…また記憶を見やがったな」

(いいか、今は黙っていてくれ。水を差すな)

「チッ……」

 カナはあっさりと引き下がった。源の感情を読んだのだろう。

「赤本さん、我々は本部に戻りましょう。ここにいても邪魔になる」

「……そうだな」

 停めてあった車両は全て導線を切られていたので、赤本と源が先行して本部へと戻った。

 そこには崩れたテントと、飛び散った血が残るばかりだった。幾つかのバラバラにされた死体がそこらへんに散らばっているだけだ。本部は壊滅していた。


もうちょい続く

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