同等の力
22話です
仙台に怪獣が出現してから、その一時間後に焼夷弾による燃焼駆除が行われた。そしてさらに一時間後、基礎処理班と今回の現場総監督者、高雄一佐率いる自衛隊護衛編隊がその事後処理に向かった。それに続いて翌日正午、特殊処理班とその護衛車列が現場に向かった。そこで問題が起きた。
「……何?」
伊地知は自衛隊内の秘匿通信により、特殊処理班の車列が福島市内で遭遇したことの顛末を聞いていた。
「今度は電波灯台の外か。むしろ怪しく感じるな」
『例の班員を襲ったのでは?』
副官の出雲が電話の向こうでそう尋ねた。
「源か、だがそれにしては一連の行動がお粗末だ。その殺害が目的なら特殊処理班の車両を直接叩くのが一番合理的だ」
『それは無謀です。護衛の隊員たちは重武装で……いや、怪人はそれを避けられるのか』
出雲は信じられないという風にそう言った。だが、伊地知にはそれよりも気になることがあった。
「我々が殺害したあの議員も恐らくこの怪人と同等の力を持っていたのだろうな」
『そう考えるのが普通でしょうね。であれば、やはり我々の毒ガスによる殺害方法は有効だと思われます』
「ああ、生身の人間がまともにやりあうには分が悪すぎる。まずは環境を人間の有利な状態に持っていかねば勝負にすらならないだろう」
(近いうちに訪れる怪人の掃討作戦に向けて、一つでも多く方策を練る必要があるな。こいつらは想像以上に厄介だ)
伊地知は顔色一つ変えず、その凄惨な殺戮現場の写真を次々にホログラムに映していった。そして一枚の写真でスクロールする手が止まった。それは源に担がれて運ばれる、赤本の写真だった。その白い制服は半分真っ黒の血で染まっていた。
(怪人の迅速な駆除には、やはりこいつらが必要か……)
伊地知は湧き上がる屈辱感を無理やり抑えると、赤本に電話をかけた。電話が繋がったのは次の日の夕方だった。その間に処理現場では、再び怪人が現れたらしく、その怪人は赤本と源によって無力化された。この時点で伊地知は、この両名に対する評価を否応なく上げることとなった。赤本との電話は秘匿通信で繋がった。これは特殊作戦群時代の赤本に、伊地知が最初に教えたことだった。
「赤本か」
『…何の連絡でしょうか』
赤本は明らかにイラついた様子だった。赤本は昔から感情のコントロールが稚拙な所があった。
「まあまずは怪人の無力化ご苦労と言ったところだな。貴様にしては手早かった。最も、我々なら一度目の接触で殺害できたが」
これは嫌味でも何でもなく、伊地知の特殊作戦群に対する絶対的な信頼から来るものだった。
『そうですか。それで、要件は?』
「一連の犯人の目星がついた」
犯人については、公安からすでに伝えられている。
『その犯人というのは?』
「単独犯じゃない、複数犯だ。それも、とある組織が関与している」
『組織?』
「神獣協会という組織だ」
『聞いたことが無いですね…』
それも当然だ。なにせこの協会は、白金グループをフロント企業としてその存在を秘匿していたからだ。そしてそのフロント企業に、あの怪獣議員は政府の資金で入金を続けていた。
「詳しく調査を進めると、この神獣協会は戦前からある組織だった。会員数も10000人と多い。そして、これだけの規模の組織が今まで影になりを潜めていられたのは、一重に政治家との癒着にある」
区宗議員のことだ。
『それは……!』
「無論、重罪だ。協会の首謀者もろともな」
(すでに議員の方は殺害したが…)
「犯人の話は一旦置いておく。赤本、お前、どうやって怪人を倒した」
伊地知は不意にそう赤本に聞いた。それは伊地知の好奇心から来たもので、普段は合理の塊のような伊地知には、珍しいことだった。
『どうやって…そもそも、力でねじ伏せたわけでは無いので。あの怪人を無力化できたのは源のおかげです』
やはり赤本単独での怪人撃破は難しいのだろう。
(あの頃ならまだ分からんがな)
「そうか」
『一体なぜそんなことを?』
おかげで伊地知は、何か適切な理由をでっち上げる羽目になった。
「…その裏で癒着していた政治家というのが、怪人だったのだ。すでにこちらで処理したが、お前はどういう方法を使ったのか疑問でな」
『そんな!それでは、今まで人間社会に人間の皮を被った怪獣が紛れていたということですか?それも国家機関の中枢に!』
赤本は事の重大さを理解したようだ。
「その通りだ。さらに、どこから漏れたのか調査中だが、マスコミがこの二つの事件をリークした」
『では!……』
「ああ、こうなれば、一刻も早く神獣協会を完全に潰すことが最優先だ」
ここからが伊地知の我慢のしどころであった。伊地知はまたもや湧き出てきた不快感を押し殺すと、赤本に無言の理解を求めた。
「もしかして、僕と東雲さんも参加しろと?」
(わかり切ったことをわざわざ言わせるな!)
「……本当は死んでも言いたくない台詞だが…そうだ」
『了解しました…』
赤本は何か不安げだったが、いつものように反論せず、素直に話を受けた。これで、伊地知にとっての山場は越えた。伊地知は怪人について聞いた。
「それで、その無力化した怪人から何か情報を得られたか?」
これには正直、あまり期待していなかった。だが、その期待は裏切られた。
『はい、その怪人が仕えている人物、もしくは怪人の居場所を』
「何?それは本当か?」
それは思わぬ収穫だった。
『無力化した怪人はその場所をフジと言っていました。それは恐らく富士工業地帯のことかと思われます。そこなら組織の隠蔽も可能です』
(富士工業地帯?)
「富士だと?貴様、偽の情報を掴まされているな?富士工業地帯は我々も真っ先に調べた。だが不審な点は何一つ見つからなかった」
『その調査を行ったのは?』
「本土守備隊の連中だ」
『では自衛隊が再調査するべきです』
(こいつ、守備隊の捜査能力を疑っているのか)
「守備隊が見落としている箇所があると?」
『その可能性もありえます。なにより、怪人本人から伝えられた場所を確かめない手はないでしょう』
一理ある話だ。
「……実に癪だが、その意見を採用しよう。赤本、お前は今日中に東京に戻れ。そこでお前と東雲に改めて話がある」
(それまでに調査班を組織するか)
『東雲さんは退院したんですか?』
やはり赤本は東雲のことを聞いてきた。こいつは東雲の事をよく気にかけていた。
「今日退院した。いいか?今日中に東京に戻れよ」
『了解しました』
そして赤本と東雲は、深夜に東京中央基地に集められた。コマンドセンターの地下5階にある小会議室では、伊地知と、赤本と東雲が、無言で向かい合っていた。最も、伊地知は椅子に座っていて、机の向こうの2人は直立不動の姿勢を取っていた。
「あの、伊地知一佐。座ってもよろしいでしょうか」
東雲は恐る恐るそう聞いた。伊地知は、
「許可する」
とだけ言った。そして赤本に目をやると、
「赤本、貴様は立ったままで良いのか?」
「東雲さんはまだ退院した直後ですから。俺はこのままで結構です」
「……そうか。貴様がそのつもりなら、それはまあいい。お前たちをここに呼んだのは、例の怪人についての情報の確認と、近いうちに行われるとある作戦についての内容の共有のためだ」
「怪人はいいとして、その作戦というのは?」
「順に話す。まずは怪人の話を聞こう」
「……その怪人は自分をジオナ・レン・サントラと名乗りました。そして、自分はだれか別の、恐らくは怪人の元に仕えていると言いました。だからそれに関連する情報は教えられない、と。」
「ではそのもう一体の名前は?」
「アシュキル・バラン・リコアトルです」
「……どちらも聞いたことのない姓名だな。どことなくアフリカ系のに聞こえなくもないが」
「ジオナはその後、アシュキルが一連の誘拐事件に関与していると認めました」
(憶測だが、そのアシュキルというのが金城のことだろう)
「そして、その怪人…ジオナと言ったか、は富士の名前を出したと」
「はい、そうです」
「分かった。では仙台の怪人の件はそれでいい。では、作戦とは何かを話そう」
伊地知はそう言うと、机の上にホログラムを出現させた。
「これは対怪人用の駆除方法をまとめたものだ。主に東京の怪人2体の生体サンプルと、仙台の怪人とお前の戦闘データを参考にして、各分野の専門家が作成した」
ホログラムにはリストが表示されていて、そこには図解付きで何か長々と書かれている。
「作戦の概要を説明する。まずは特定した敵拠点を地上、空中から完全に包囲したあと、源が制御装置を用いて怪人のコアを弱体化させる」
「そんなこと、可能なんですか?」
「理論上は可能だ。そしてお前たちにはその護衛をしてもらう」
「伊地知一佐は?」
「無論、他の隊員たちと共に拠点内に侵入して制圧する」
「それは無謀です!奴らの膂力は生身の人間が対処できるものではないんですよ?」
「そこでこれを使う」
伊地知は表示されているリストをスクロールした。そして、ある項目を映し出した。
「…機械化装甲?」
「パワードスーツのようなものだ。これを隊員全員に装着させる。実証実験では、身体能力が10倍は向上した」
「源によって弱体化された怪人であれば、それで膂力は互角になる、ということですか」
「おおむねその通りだ。あとは数と技術で怪人を圧倒する。今度は我々が奴らを駆逐するのだ」
それから2日後、自衛隊の調査により、富士工業地帯最深層の一角に、神獣協会の施設が発見された。それは今まで法的に巧妙に隠されていた。そして、自衛隊特殊作戦群はすぐに行動を開始した。
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