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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第6章 北極不可侵海域
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話せば長くなる

 1週間と少し前、源たちが上海から日本へと帰国したその日に、周は直ちに地下行政区の病院へと搬送された。そして病室のベッドに寝かされ、専用の機器から伸びる無数の管の繋がったまま静かに眠る周を見て、狛江は純粋に驚いていた。

(まさか生きているとは……)

 大規模記憶処理構造体、通称マザーコアは怪獣や怪人の持つコアの上位機種にあたる。ラケドニアの技術の粋を集めた精密機械であり、その複雑さは人間の脳を越える。

(それを無作為にではなく、意識的に全て破壊するんだ。常人では触れただけであまりの情報の密度に脳が焼き切れてしまう。それは周千尋でも同じだ。神獣協会の元実験体とはいえ、やはり源君やアーサー・アレキサンドラと比べると脳のスペックが足りていない。だが……)

 と、そこであれこれと思案する狛江の肩を誰かが叩いた。それは長良長官であった。

「どこにいるのかと思えば、こんな所にいたとはな」

「……僕は研究者ですから。彼女の現状を解明する必要を感じたのですよ」

 長良は狛江の横に立つと言う。

「なぜ生きているのか、だろう?」

「ええ。もし立川栄二の思惑がそこに絡んでいた場合、事態は面倒な事になる」

「面倒な事、とは?」

 長良の問いに狛江は少し考えて答えた。

「……まだ何一つ終わっていない、という事になります。地下で発見されたという立川の死体は、恐らくダミーだ。そう簡単に死ぬ男じゃない」

「随分あの男をかっているんだな」

「恐れているんですよ。だってあの男は、人を人だと思っていない」

 狛江はそう言って、何かを思い出しているかのように表情を固くした。それを見た長良が言う。

「……なるほどな。君が今後の展望を憂う気持ちはよく分かる。私もできる限り協力しよう」

 狛江はその言葉に驚く。

「長良長官……」

「なんだ?何か気になる事でも?」

「ああ。いや……」

(長良長官、随分と変わったな)

 そして2人は一旦病室を後にした。


 翌日、周が目を覚ますとベッドの側で機器を操作する男が目に留まった。周はまだぼんやりとした意識の中でその名前を呼ぶ。

「……医務官?」

 男はその声に作業を止める。そして周に笑いかけて答えた。

「ああ。久しぶりだな」

 それは長崎で行動を共にした医務官の男だった。

「なぜここに……」

「話せば長くなる。聞くか?」

「いや、いい」

 周はそれだけ言ってゆっくりと上体を起こす。

「ここはどこなんだ?」

「地球防衛省地下、行政区の総合病院だ」

 周はため息をつく。

「お前とは地下でばかり会うな」

「そう言うなよ。それより、気分はどうだ?痛む所はあるか?」

「ないよ。ただ、体が重い」

「………」

 医務官は周の話を聞いて黙り込む。周はその沈黙の意味を図りかねて尋ねる。

「……医務官?なんで黙ってるんだ?」

 医務官は周を見ると、また目を逸らした。そしてそのまま言った。

「驚かないで聞いてほしい。周千尋、検査の結果君の脳に埋め込まれていた脳波拡張機構は、浄化の負荷を一手に引き受けて破壊されていた。つまり、君はもう一般人なんだ」

 医務官は一息にそう言った。そして周の方を見やる。だが、周の反応は彼の予想とは違った。

「……そうか」

 周はただ自分の手のひらをじっと見つめていた。何かを確かめるように。

「驚かないんだな……」

「驚いてはいる。でも、予想はしてた。あんな無茶をやったんだ。死んでもおかしくないと思ってた」

 医務官はそれを聞いてふっと笑う。

「大した奴だな。死ぬと分かっていてマザーコアを浄化したのか。挙句に君はまだ生きている。それも最高の状態で」

 それはつまり、今度こそ普通の人生を歩むチャンス。

「……医務官、班のみんなには会えないのか?」

「分からない。ただ、一度神田とトラグカナイが面会に来てたぞ」

 周はそれを聞いて少し微笑む。

「……そっか。なら良いんだ」

「なら良いって、源たちには会いたくないのか?」

「今の私が無理やり会おうとしても迷惑になるだけだ。まだみんな忙しいだろうからな」

 そう言って周は思った。

(それに正直、ホッとしているんだ。永遠に終わらない命をかけたやり取りの、出口を見つけられたような気がして。だから今は、せめて今だけは腰をおろして一息つかせて欲しいんだ)

「……だから、お前で勘弁しておくよ。医務官」

「困ったな。俺の話は特に面白くないぜ?」

 医務官の言葉に周は答えた。

「それでいい。じゃあまずは名前を聞かせてくれよ」

 医務官は笑って答えた。

「……ああ。そうだったな」


 そして1週間後、源案が本格的に動き始めた頃、定例会議を終えたシェリンは、赤本のいる職員寮を訪ねようと行政区のゲートをくぐろうとしていた。その時、後ろから声をかけられた。

「姉貴!」

 シェリンが後ろを振り向くと、そこには少し緊張気味のアーサーがいた。

「……なんか用?」

「用っつーか。飯でもどうかな、なんて……」

 アーサーは以前ナンパを仕掛けてきた時とは比べ物にならないほどぎこちなくそう言ってきた。シェリンはその様子を見てため息をつく。

「……はあ。まあいいけど」

 そして2人は居住区の中心部にある大通りへと歩き始めた。

「そこにうまいラーメン屋があるんだ。姉貴ラーメン好きだったし、いいだろ?」

「………」

 シェリンはアーサーの問いかけに答えない。ただ黙って歩いていく。アーサーはそんなシェリンに粘り強く声をかけた。

「な、なあ。姉貴……」

 そこで不意にシェリンは口を開いた。

「ねえ。その姉貴って言うのやめてくれるかしら」

「え、」

「私の事はお姉ちゃんか、最低でも姉ちゃんと呼べと教えたわよね」

 シェリンは言う。そんな姉の言動に、アーサーは思わず言った。

「も、もしかしてそんな事で今まで不機嫌だったのか?」

「あら、アンタには実の姉の呼び方なんて"そんな事"なんだ。言っとくけど、姉すら敬えない男に彼女なんて死んでもできないわよ」

「はあ!?それとこれは関係ねーだろ!つーか呼び方でキレるとかメンドくさすぎ。そういう事言ってる姉ちゃんこそ、彼氏できないんじゃねえの?」

 アーサーがそう言った瞬間、シェリンは勝ち誇った顔で答えた。

「あーあ。言っちゃったわね。遂にその言葉を」

「あ?」

「私、彼氏いますから」

 アーサーはそれを聞いてその場に立ち止まる。

「……いるの?」

「もちろん」

 アーサーは慌ててシェリンに詰め寄る。

「だ、誰だよ!」

「あら、気になるんだ」

「当たり前だろ!ひでぇぐらい面食いの姉ちゃんが惚れた男とか、気になって当然だ!」

 そう言ったアーサーの鳩尾にシェリンの肘鉄がめり込む。

「 面食いじゃないから。私はちゃんと中身を見て好きになったの」

 アーサーは腹をさすりながらそんな姉に尋ねる。

「痛ってぇ……。で、相手は誰なんだよ」

 シェリンは少し恥ずかしそうにしていたが、やがて口を開いた。

「……アカモトよ」

「やっぱ面食いじゃねえか」

 アーサーの鳩尾にまたもや肘鉄が飛ぶ。

「うっさいわね。私はアカモトの内面に惚れたの。顔はその次!」

「お前、一撃が重いって……」

 アーサーは痛みに顔を歪める。

「アンタはどうなのよ。リリーちゃんとは上手くいってるの?」

 シェリンにそう言われた途端、アーサーは顔を赤くする。

「は、はあ!?なんでリリーが出てくるんだよ」

「いや、だってアンタ明らかにあの子の事好きでしょ。安心してよ、ちゃんとアンタの事をよろしく頼んでおいたから」

 シェリンはこともなげにそう言った。アーサーは思わず声を上げる。

「なに余計な世話焼いてんだテメー!」

「うるさいわね。歩道は静かにしなさいよ」

「できるかぁ!昔から何度も勝手な事すんなって言ってんだろ!?」

「そうだったっけ。忘れちゃった」

 シェリンの態度にアーサーは思わず呟く。

「……ブス」

 その瞬間、シェリンの足がピタリと止まる。シェリンは背筋の凍るような鋭い声で言う。

「アンタ、今なんて言った?」

「あ……」

(まずい。これはまじでダメなやつだ……)

 アーサーは自分の言動を激しく後悔すると共に、あるゆる言い訳を考えていた。そしてそのどれもが悉く失敗していた。

「えっと……」

(このままだと殺される!どうする。どうすればいい?)

 やがてアーサーはとある言葉を発した。

「ごめんなさい……」

「………」

「本意じゃないんだ。ただ口に出しちまったものは俺の責任だ。謝るよ」

 アーサーは諦めて全面的に謝った。それにシェリンは、

「……次同じような事をほざいたら、アンタの胴をへし折るから」

 そう言ってまた歩き始めた。アーサーはその意外にも優しい反応に驚いていた。

(今までだったら拳骨だったのに……)

 そしてシェリンもまた、アーサーの返事に驚いていた。

(あんなに真っ直ぐに謝れるようになるなんて、ちょっと予想外だったわね……)

 アンタも色々経験したのね。シェリンはそう思うと、自分でも気付かぬうちに笑みが漏れていた。

 そして2人は居住区の中央にある、とあるラーメン屋に到着した。そこで2人はチャーシューメンを頼んだ。カウンターに座ってシェリンは苦言を呈した。

「アンタ別の頼みなさいよ。違いが分からないでしょ」

「無茶言うなよ。そっちこそ別の買えよ」

「嫌よ。それよりアンタ、私を呼び出して何か話があるんでしょ。言ってみなさいよ」

 それを聞いたアーサーは言いにくそうにもじもじとし始めた。そしてお冷を一杯飲むと言った。

「……お袋の事なんだけど」

「だと思ったわ」

「なあ姉ちゃん、お袋は……」

「私のせいで死んだの。私が借金取りに抵抗したから、撃たれて。その弾がお母さんに当たったの」

 アーサーは何も言わずに聞く。

「だからアンタは悪くない。なんて答えて欲しかったのかは分からないけど、もうこれ以上は言わないわよ」

「……でも、俺」

「別にアンタが何してても気にしないわよ。どいせ碌な事してないんだから、今更叱っても意味ないでしょ」

 そしてシェリンは暗い顔をするアーサーを見て言った。

「いい、アレク。アンタはちょっと重く考えすぎ。お母さんの事は残念だったけど、それでも私たちは生きて再会して、今は2人でラーメンを食べようとしてる。それで充分なの」

「姉ちゃん……」

「腐っても私の弟ね。中々いい顔になったじゃない」

 それを聞いてアーサーは涙を滲ませる。

「はい、チャーシューメン2つ!」

 そこにラーメンがやってくる。シェリンは2人分をテーブルに置くと、アーサーに声をかける。

「ほら、早く食べないと伸びちゃうわよ。自分のお箸取って」

「……わかった」

 そして2人は手を合わせて言った。

「いただきます!」

 まるで、あの頃のように。

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