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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第6章 北極不可侵海域
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全身全霊で

 会議の開始時間は少し遅れていた。その理由はアメリカから招集されたMSBの面々が、入国に少し手こずっていたからだった。そして開始予定時間の数分前、会議室の扉が開いた。

「お!ミナモト!」

 真っ先に部屋に入ってきたアーサーは、出羽たちが集まった大会議室でそう言うと表情を明るくした。そして源の元に歩いていくと笑顔で手を差し出した。

「超久しぶりだな!元気だったか?」

 源はアーサーの手を握り返すと答える。

「ああ。アーサーの方も元気そうだな」

「ほんとか?これでも三徹目だぜ?」

 そう言うアーサーの向こうでは、アーノルドが出羽と赤本と何事か話している。源がそちらの方に目線を向けると、アーサーはそれに気付いて言った。

「それにしても、またデワが長官になったんだな。タフな人だぜ」

「長良元長官が推薦したんだ。タフってのは確かにそうだな」

 そして源はふと自分の隣を見る。そしてギョッとした。なんと隣に座るシェリンが、アーサーの事を明らかに殺意を持った目で見ていたからだ。

(びっくりした……。何か因縁でもあるのか?)

 そして源がまたアーサーの方を振り返ると、すでにアーサーはいなくなっていた。その代わりに反対側で声がする。

「君、めちゃくちゃ可愛いね。それになんだか俺に似てるし」

 なんとアーサーはシェリンを口説き始めたのだ。というか、何も考えずにただ声をかけていた。

「お、おいアーサー……」

 源が思わずアーサーを止めようとしたその時、シェリンは不意にニッコリとアーサーに笑いかけた。そして、

「それ以上ふざけた事言うようなら、殴り殺すわよ」

 シェリンはその笑顔とは似ても似つかないドスの効いた声でそう言い放った。その衝撃にアーサーと源は固まる。さらに赤本たちまでもがシェリンたちの異様な雰囲気に気付く。

「……シェリン?」

 赤本は呟く。そして驚いて固まるアーサーに向かって、シェリンは言った。

「アンタ、今日歯は磨いたの?炭酸飲料の臭いがするんだけど。それに軍服の襟もよれてるし。自分で直そうという意識はないのかしら」

「えーっと……」

「それにまだあの安物のシャンプー使ってるの?私、大人になったら変えなさいって言ったわよね」

「な、なんでそんな事まで……」

「黙りなさい」

 シェリンはたったの一言でアーサーの発言を封じる。

「なによりも、私を口説こうってのがあり得ない。アンタ、女だったら誰でもいいの?クソアレク」

 シェリンはそう言ってアーサーを睨みつける。部屋に居合わせた一同の中で、この殺伐とした空気を知る人物が1人だけいた。それは当のアーサーだった。アーサーは思わず冷や汗を流していた。

(こ、この圧見覚えがある……。旦那やリリーじゃ出せない独特の空気。遠慮は一切しないと言う距離感の言葉。これは確か……)

 そこでアーサーはハッとする。

「ま、まさか…!いやでも……」

 アーサーは後退りする。まるで幽霊でも見たかのようにシェリンから遠ざかる。

「あり得ない……。だってあの時、死んだはずじゃ……」

 シェリンはその様子を見てため息をつく。

「私が死ぬ訳ないでしょ。全く、アンタは本当にバカなんだから。全然気づかないばかりか、実の姉を口説こうとするなんて」

 その発言に一同は驚愕する。ただ、アーノルドを除いて。

「シ、シェリンさんがアーサーの……姉?」

「マジかよ……」

(じゃあシェリンと戦った時のあの既視感の正体は、アーサーだったのか……)

 赤本は思う。そしてアーノルドだけがシェリンの発言に動じていなかった。むしろ、しまったというような顔をしていた。アーサーは震える手でシェリンを指差す。

「信じらんねぇ……。ほ、ほんとに俺の姉ちゃんなのかよ」

「じゃあ家族しか知らない事でも言えばいいかしら。そうね、じゃあ近所のバーでアンタがウォッカを一気飲みして……」

「死にかけた……」

 アーサーはその言葉をつぐ。

「その時にアンタ、私に"どうだ姉ちゃん、これで俺も親父みたいなオトナだぜ?"とか自慢げに言ってたわよね」

「……ああ。言った。言ったよ…!」

 アーサーはそこまで言って堪えきれずに下を向く。シェリンは困ったように赤本たちを見る。

「ねえ。アレクに私の事言ってなかったの?」

 それにアーノルドが答える。

「すまん。然るべきタイミングで、とは思っていたんだが、まさかアレクの方からナンパするとは思っていなかった……」

「シェリン、君はその、本当にアーサーの姉なのか?」

 赤本は事が飲み込めずに尋ねる。

「ええ、そうよ。だからシェリン・クリスタルになる前の、私の本当の名前はシェリン・アレクサンドラ。コイツとは12歳まで一緒にいたから、もう10数年振りに会うわね」

 そしてシェリンはアーサーの方をチラッと見てまたため息をつく。

「はあ。それで、アンタはいつまでメソメソしてるつもり。私恥ずかしいんだけど」

「でも俺、ずっと姉ちゃんが死んだと……」

「それはさっき聞いた。ほら、席につきなさい。あーもう、鼻がでてるわよ。ハンカチ使う?」

「……使う」

 そしてアーサーとアーノルドはようやく席についた。

「えー……では、始めていいかな」

 出羽はシェリンたち姉弟を確認すると、紙の資料をめくった。

「では、只今から定例会議を開始する。議題は北極への進攻作戦、通称「源案」についてだ。資料1ページ目を見てくれ」

 紙をめくる音が部屋に響く。

「見ての通り、このリストには日本国内に残存する大型艦艇の数と種類が記載されている。ここから分かる事として、使える船が予想よりも多い。ただその中で十分な装甲と火力を有する戦闘艦はごく僅か。たったの三隻だ。アーノルド隊長、アメリカではどうだ?」

 アーノルドは答える。

「ベイリン事件で戦闘艦は全て失っています。さらに、タンカーや客船などは北極怪獣のテリトリーである太平洋を越えられないかと」

「つまり、日本もしくは東アジアの船しか使えない、と言う事だな。そうなるとむしろ話は単純になる。このリストの中から実用度順に必要数ピックアップすれば良いのだからな」

 そこでシェリンが発言する。

「その"実用度"は具体的にどう定めるのかしら」

 出羽は少し考えてから答える。

「……硬さ、だな。北極怪獣は大陸の怪獣とは一線を画す能力を有している。知能の高さは人間と遜色なく、そこにあの巨体が加わってくる。となると奴らの脅威への対処方法は、「どう避けるか」ではなく、「どう耐えるか」になってくる。つまりここで言う硬さとは、怪獣の攻撃に一撃以上耐えられる船体を持つ船、という事だ」

「その硬さを実用度として定めると、今の段階で候補はあるんですか?」

 赤本は尋ねる。その手にはペンが握られていて、すでに手元のリストのいくつかにはバツ印が付けられている。

「あるな。まず護衛艦三隻、「ながと」、「むつ」、「しなの」はマストだろう。軍艦としての装甲の分厚さはもちろん、兵器類が魅力的だ。最新のものに換装すれば大きな戦力となるだろう」

 そこで会話が途切れる。護衛艦を使うとして、他の一般のタンカーや客船はどれも五十歩百歩の性能であり、これといった決め手に欠けていた。出羽たちはその選出に難航していたのだった。そんな中、ずっと黙っていたトラグカナイが口を開いた。

「……全部使えばいい」

「なに?」

 トラグカナイはリストを見て言った。

「実用度だなんだと言っても、最終的には奴らに沈められる。ならできる限り多くの船を組み込んで的を散らした方が現実的だろ。ボロい非武装船数隻で突破できる海域じゃない事は分かっているはずだ」

「なるほど……。確かにそうかもな」

「私なら、例えば中心を私たちの乗る船としてそれを護衛艦が囲んで、さらにその外側をタンカーで囲む。要は何重にもした輪形陣だ。そして外縁のタンカーの艦底に爆薬でも設置しておけば、戦力としてもある程度の活躍が見込める」

 トラグカナイはスラスラとそう言ってのける。流石の出羽も感心した様子で頷く。

「トラグカナイ…!」

 源は思わずトラグカナイの方を見たが、目線すら合わなかった。だが源はめげずに発言する。

「俺もトラグカナイの案に賛成です。俺の言いたかった事はまさしくこれだ」

 それを聞いた出羽は、

「私も概ね賛成だ。実現可能な規模ではあるし、何より防御網の構築が容易だ。これは書面にまとめて総理に提出しよう。これで残る課題は"誰が行くか"ということになる。そうだな、では資料の4ページ目を見てくれ」

 源は4枚目の資料を見て、それがまたもやリストである事に気付いた。

「これは、一番上の俺の名前が……」

「適合率の高さ順に、世界各国のある程度経験をつんだ浄化担当員をリストアップした。一番は源で、2番目はアーサー・アレクサンドラ隊員。3番目はユーロ連合の隊員だが、第二次進攻の際に殉職している。同様の理由でユーロの特殊処理部隊は全滅だ。よって今現在で作戦に参加できる浄化担当員は日本とアメリカ、そして対怪獣機構のみとなる」

「そんなに少ないんですか……」

 源は思わずそう言った。それを聞いた出羽がフォローする。

「人数が必要な作戦ではない。北極怪獣は18体。その全てが一斉に攻撃してくる事は無い。なぜなら北極への侵入路が多すぎるからだ。陸海空どこからでも行けはするがその全てはカバーしきれない。源とトラグカナイ、アレクサンドラ隊員、そしてクリスタル総隊長が参加すれば、最低限の人員は確保できる」

 そこでなんと白石が手を挙げた。出羽はそれを見て赤本に目線を送る。赤本は驚きつつも頷いた。

「何か意見が?白石」

 白石はチラッと源を見る。源は少し驚いた様子でこちらを見ている。

(そのまま見ていて、源君。私、今度こそできる事はちゃんとやるから)

 そして白石は一呼吸おくと、発言した。

「最低限、今仰っていた4人は作戦に組み込むとして、やはり浄化担当は可能な限り増やした方が良いと思います。人数が必要では無いとの事でしたが、もし仮にその4人の内の誰かが死んでしまったらどうするんですか?」

 白石の言葉に場の空気が締まる。

(それはそうだが、しかし……そこまでハッキリと言い切るのか)

 赤本は内心思った。出羽も険しい顔で黙り込んでしまった。そして白石をあの鋭い目で見据えると尋ねた。

「……それは何時起きると思う」

「出航直後」

 白石は間髪おかずに淀みなく答えた。

「最善の場合で、例えば出航直後の機械的なアクシデントによる船の轟沈。そして最悪の場合は北極海直前です。敵地の真ん前でそういったアクシデントが起こった場合、作戦は大幅に遅延するか、そもそも中止になると思います」

「作戦の中止……」

 それは第二次進攻で負った深い傷の癒えぬ内に、今度は向こうがこちらを攻める致命的な隙を与える事を意味していた。

(だからこそこの源案は全身全霊で遂行しなければいけない世界的なプロジェクト。人類の希望とも言えるものだ。その中止、事実上の失敗をこうも堂々と突き付けられるとは……)

 まったく予想外の相手からの鋭すぎる提言に、出羽は言葉が出なかった。

(そうよ。それでいいの、シライシ。本当の貴方はとても優秀なんだから)

 シェリンは白石の真剣な表情を見ながらそう思った。やがて長考を終えた出羽は、白石に向かって言った。

「……分かった。浄化担当員を含め、特殊処理部隊の面々は可能な限り作戦に組み込む。いいな」

 白石は、久しく感じていなかった実力を評価される喜びを感じながらも答えた。

「はい!」

 そして1週間後、度重なる修正を重ねた源案は日米で正式に承認され、ついに北極派遣艦隊の編成が開始された。

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