自分達の過去
12話です
源は白石の病室から出た後、突如起こった謎の頭痛に悩まされていた。
(何だ、この感覚。大事なことが思い出せそうなのに、もうちょっとのところで頭に引っかかって取れない。一体何を…)
源はドアの前でしゃがみこんだ。
「おい、大丈夫か?」
頭を抱える源を見て、ちょうど隣の部屋から出てきた赤本が声を掛けた。源は赤本の手を借りて横にある椅子に腰かけた。
「すいません、赤本さん…」
「一体どうしたんだ。まさかお前、昨日の浄化で脳にダメージが」
「そういう訳ではなく、何というか、思い出せそうなんです」
「思い出せそう?」
「自衛隊の時の記憶が、戻りそうなんです」
「本当か?でも、それと頭痛に何の関係がある。」
確かにその因果関係が分からない。失った記憶を思い出すのに、なぜ痛みが伴う?
「源、とりあえずここで診察してもらえ。ストレス性のものの可能性もある」
「分かりました。痛みが引いたら……」
源は口をつぐんだ。一つだけ、失った記憶が戻ってきたのだ。
その記憶で源は高校生だった。
『王城の夢って、何?』
誰かが源に話しかけた。確か、隣の席の…。
「誰だ?」
源はつぶやいた。もう頭痛は消えていて、これ以上何かを思い出すことは無かった。
「なにぶつぶつ呟いてる。痛みがなくなったんなら早く行ってこい。俺たちは車両で待ってるから」
赤本と緑屋はそう言って一階に降りて行ってしまった。
結局、外科医の診断結果は異状なしだった。念のため、精神鑑定を受けたが、これも問題なしの判定で、源は診断書をもって赤本たちの待つ車両へと戻っていった。
「ほら、赤本さん。診断書です」
「診断書までもらってきたのか?律儀な奴だな」
赤本はその紙に目を通すと源に返した。
「もう時間も遅いからちょっと飛ばすぞ」
「え、赤本さんが運転するんですか?」
「おいおい源、こいつは戦車でドリフトだってできるんだぜ?」
緑屋はさも自分のことのように言った。
「じゃあ出発だ」
赤本は豪快にエンジンを吹かすと、首都高速道路に乗った。この高速道路は、元の首都高を延長したもので、各主要都市からほぼ真っ直ぐ東京に向かうことが出来る。道中、赤本は思い出したように言った。
「緑屋にはもう言ったが、東雲さんたちは一か月はリモートで業務をこなしてもらう予定だ」
「でも、ホログラムも何もありませんよ?」
「倉庫に古いPCがある」
「この時代にパソコンですか……」
「別にいいだろうが」
赤本は情報機器に頓着がないらしい。
次の日から、東雲と白石がリモートで業務に復帰した。源たちはフロアに併設されている会議室で、東雲たちと改めて顔を合わせた。
「ええと、まずは謝罪させてくれ。済まなかった、これもすべて私の過失だ。責めてくれて構わない」
「東雲さん、謝罪はいいですから、普段通り振舞ってください。これではどうも締まらない」
「すまん、赤本。昨日のお前の言葉を失念していた。そうだな、普段通りだ」
画面越しに映る東雲は、どこか痩せて見えた。
とりあえずの業務の分担を決めたところで、リモート会議は一旦終了となった。
「赤本さん、東雲班長の様子見ました?」
源は隣に座る赤本に話しかけた。
「ああ、見たな。昨日も感じたが、東雲さんは明らかに事故の責任を人一倍感じている」
赤本も源と同じ考えのようだ。
「それにしても東雲班長、普段とは雰囲気から何まで違いましたね」
「……源、お前口は堅いか?」
突然赤本が聞いてきた。
「え?まあ、はい。固い方だとは思いますけど」
赤本は、はあと深いため息をついた。 緑屋は二人の様子を察して部屋から出ていった。
「俺の前職は自衛隊といったな。」
「はい、そのように聞きました」
「自衛隊の中で俺と東雲さんはある部隊に属していた」
「ある部隊?」
「一般には特殊作戦群と呼ばれる部隊だ」
その名には聞き覚えがある。
「それは…!都市伝説じゃなかったんですか?」
「実在する部隊だ。俺と東雲さんはそこから特殊処理班に配属された。当時は白石のほかにも三人適合者がいたからな、その護衛に俺たちは適任だった」
「でも何で二人がその任務に抜擢されたんですか?」
「厄介払いだよ。俺も東雲さんも、あそこでやっていけるほど狂っていなかった 。ありていに言うと、メンタルが弱かったんだよ。俺はともかく、東雲さんはそこが優しくて繊細なんだ。お前も聞いたことがあるかもしれないが、特殊作戦群は日本唯一の対人部隊だからな」
現代において、日本の生産可能人口は、人口全体の4割程度であり、その存在はとても重要なものだ。そのため、殺人や傷害は厳罰化が進み、暴行事件でも、農業プラントでの労働従事最長30年が裁判の判決によって下される。農業プラントは日本の食糧の大半を賄う施設であり、直径2キロにも及ぶ円筒形の建物に、米や小麦が植えられ、それに使われる巨大なスプリンクラーの整備に受刑者が使われる。
このように、他人に危害を加えることは、人口の半分になった今では禁忌であり、ましてや、それを専門とする軍事組織など、あってはならないのだ。
「あそこの隊員は皆、世界大戦を経験してなお人殺しをしたがる異常者たちの集まりだ。そんな中で東雲さんが馴染めるはずもない。同じように周囲から浮いていた俺と東雲さんはすっかり意気投合した。そこに運よく特殊処理班の護衛役の職が回ってきたんだ」
「つまり、今までの東雲さんは僕たちの前で無理をしていたってことですか?」
「いや、あれは東雲さん本来のものだ。だが東雲さんは、人が殺せない。人が死ぬのを見たくないんだ」
そう語る赤本の目は複雑な感情の色をしていた。自分達の過去を語ってしまったことを今更ながら後悔しているようにも見えた。
東雲たちが帰ってくるまでの間に、源は何回か病院に面会に行っていた。その相手は主に白石だ。白石は源が来たと分かると、途端に表情を明るくした。
「また来てくれたんですね、源君」
「ちょうど時間が空いたから来てみたんだけど、嫌じゃなかった?」
白石はそれに頭を振った。
「全然。むしろこの時間が楽しみになってきました」
「それなら良かった」
白石は最初と比べて随分と表情豊かになった。おそらくこれが素なんだろう。源はスチールに腰かけると、楽しそうに話す白石の話に一々相槌を打った。そこでふと、白石が話を止めてどこか恥ずかしそうに源を見て言った。
「源君、貴方がよければなんだけど…今度二人で海にでも行きませんか?」
「海?」
突然のことに源はすぐ答えられなかった。
「ああ、嫌だったら断ってくれて構わないので…」
白石は慌ててそう付け加えた。源は考えた。
(最近は休み無しで働いていたからたまにはいいかな)
「いいね、行こう」
「本当に?約束ですよ」
白石は念を押した。
「じゃあいつ行こうか。足が治ってからにする?」
「そうですね、そうしましょう」
その日、あるニュースが流れた。
『今年に入ってから発生している連続誘拐事件に新たな動きがありました。本日未明、皇居跡の堀で男性の遺体が発見されました。男性の首には複数の注射痕があり、そして、検死の際に、男性の頭部から怪獣のコアのようなものが発見されました。繰り返します、男性の頭部から怪獣のコアのようなものが発見されました。この件に関して政府と自衛隊は目下詳しい情報を収集中とのことです』
この事件がのちに、死傷者100名以上を出す惨劇に繋がるとは、まだだれも思っていなかった。
一章終わりです




