表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第6章 北極不可侵海域
128/132

どす黒い何か

 好きな人ができて、それは初恋だった。高校生になったばかりの頃にお母さんが死んで、小学生からお父さんと一緒にしていた介護をやらなくても良くなった。余裕ができて、同級生に気を向けられるようになったからだった。

「ねえ、燈」

 陸上部終わりの帰り道、夕焼けに照らされた長い坂を下っている時だった。幼稚園からの親友であるエリの問いに、私は電波灯台の後ろから伸びる赤い夕日に少し目を細めながら答えた。

「どうしたの?」

 それにエリはもじもじとして俯く。私はエリが何を言おうとしているのか、分かっていた。そして、嫌な予感がした。

「あのね……私、好きな人が出来たみたい」

「………」

 夕日が沈んでいく。

「いや!私らしくないってのは、よく分かってるんだけど……」

 坂が終わる。

「……誰?」

「え?」

「誰が、好きなの?」

 エリは分かりやすく赤面して、答えた。

「____くん……」

 私の背中にひやりと冷たいものが走る。それと裏腹に耳が熱い。早まる鼓動に息が切れる。

「そっか……」

 よく知った名前だった。だって彼は……

「ねえ、燈。私、付き合えると思う?」

「………」

「燈?」

 私はその時ようやく自分が話しかけられていると気付いた。

「え?あ、ああ。なんだっけ」

「……大丈夫?顔色悪いよ?」

 私は笑顔を作ると、一息に言った。

「大丈夫!それよりも意外だね。エリ、部活命!って感じだったじゃん」

 エリはむくれて答える。

「私だって彼氏の1人も欲しいんですー。そう言う燈は誰か気になる男子いないの?」

 私は口を開きかけてやめる。うっかり言ってしまいそうだったからだ。そして私は嘘をついた。

「……いないよ。あんまり同級生のこと知らないし」

「お母さんの介護、だよね。今は……」

 そう言ってエリは複雑な顔をする。そして学生鞄の肩紐をぎゅっと握った。まるで自分の事のように、エリはその状況を案じていた。エリは私の会ってきた中で一番の"良い人"だった。だから、

「もー、そんな暗い顔しないでよ。私の事はいいから、エリはデートに誘う方法とか考えなよ」

 私はそう言ってエリの肩をゆする。それから私はこう言った。

「私、応援してるから!」

 エリはその言葉を聞いて笑顔になる。

「ありがとう。やっぱり燈は優しいね」

 私はハッとした。エリの穏やかな笑顔を見て、私は胸に鈍い痛みを感じていた。私は罪悪感を感じていたのだ。私はエリから手を離す。そして目を逸らした。

「そんな事、ないよ……」

 私は嘘をついた。


「今度さ、俺と映画見に行かない?」

 それはエリの告白から2週間ほどたった日の事だった。薄暗い下駄箱で、____くんは私にそう言った。

「えっ、と……」

 私は願ってもないそのお誘いに、すぐに返事は返さなかった。まずはこの事実を噛み締めたかった。それから私は汗で崩れた髪を耳の後ろにかけると答えた。

「……うん。いいよ」

「え。まじ?いいの?」

 ____くんはパッと表情を明るくする。私はそれが嬉しくて、少し笑いながら頷く。

「よっしゃ!ありがとう!」

 そう言って____くんは駆けるように下駄箱を後にした。そして残ったのは私と、その一部始終を見ていたエリだけだった。

「燈……」

 私はその声に思わず呼吸が止まった。そしてゆっくりと後ろを振り返ると、そこにはエリが立っていた。唇をぎゅっと噛み、泣くのを堪えている様子だった。その時私はようやく気が付いた。

「エリ、私……」

「分かってたよ。本当は」

 エリはそう言って私の方にゆっくり歩いてくる。

「だって燈はモデルさんに負けないくらい美人だから。それに勉強もできて、部活だって燈は一年の中で1人だけ入賞してる」

「待って、エリ……」

 エリは私の前に立つ。そしてエリは、なんと私にハグをした。

「そんな燈が親友で、私は嬉しい。だから仕方ないと思う。燈が____くんと付き合うなら、私も納得できる」

「そんな……」

「私は自分の気持ちと同じくらい、私の親友の事を大事に思ってるんだよ」

 そう言うエリの手は震えていた。私はエリを引き離すと、エリの少し赤くなった目を見て言った。

「私も、エリの事が大事だよ」

 だから譲る。エリの悲しむ顔は見たくない。私は私の思う以上に、エリに幸せになって欲しかったのだ。

(そうだ。私の事はいいから、周りの人に幸せになってほしい)

 それから私は、____くんの誘いを丁重にお断りした。それと同時に、エリの相談をよく聞くようになった。どうすれば____くんはエリに振り向いてくれるのかを、2人でよく話していた。エリは積極的だったし、相手もそれに応えていたように見えた。そして年を越して2年生になる春休み。エリは____くんと付き合い始めた。


「ほら!この前2人で海行ったって言ったじゃん。その時の写真」

「へー。2人とも楽しそうだね」

「でしょでしょ。今度東京行くんだ」

「そうなんだ」

 いつものように私達は、部活終わりにこの長い坂を下っていた。ただ違う点があるとすれば、それはエリのスマホに付いているストラップだろう。彼氏である____くんがプレゼントしてくれたものらしい。エリは最近、彼氏の話しかしない。付き合い始めた頃は、私に遠慮して話さなかったが、今となっては一日中この調子である。私でなくても少しうんざりしてしまうだろう。だから、この胸の痛みはおかしなものではないのだ。血が出るほど爪が食い込んだこの拳も。

「……ねえ。エリ」

「どうしたの?」

「ちょっとさ。別の話もしたいかも」

 私は何とはなしにそう言った。努めて平静に。だが、エリの反応は違った。エリは明らかに私に怯えていた。正確には私の目に。

「ご、ごめんなさい……」

「なんで謝るの?私、怒ってないよ?」

「で、でも……」

 エリはそれから一言も喋らなくなった。ただ、チラチラとこちらを伺っていた。私はどうしてそんな反応をするのかがさっぱり分からなかった。その日の夜、私は久しぶりに____くんの夢を見た。

 翌日、エリが休みだったので私は1人で坂を下っていた。脳内には、昨日のエリの様子が浮かんでいた。

(私、そんなに怖い顔してたかな)

 エリの惚気に若干苛立ちを覚えていたのは認めるが、それも些細なものだった。

(今度、聞いてみようかな……)

「あ、」

 不意に、前から声がした。私が顔を上げると、そこには何と制服姿の____くんが立っていた。

「白石って……ここ使ってんのか?」

 私は頷く。

「____くんはここで何してるの?」

 彼は少し言い淀むと答えた。

「えっと、エリの家かな……。見舞いというか何というか……」

(嘘だ)

 私は両手を強く握り締める。____くんからは、エリのよく使っている制汗剤の匂いがしていた。そしてうっすらと汗ばんだ髪に、よれたワイシャツ。何よりその浮つかない様子を見て私はある検討をつけていた。

(嘘だったんだ。エリは体調不良なんかじゃない。エリはただ恐れていた)

「白石?」

(エリは、私を恐れていた。私に彼を盗られるんじゃないかって。そんな素振り、一つも見せなかったくせに)

 私の事が大事じゃないの?

(エリは私を裏切ったんだ。私のものを奪っておいて)

 私はさらに強く拳を握りしめた。

(この男をみすみすくれてやったのに!)

 なら私も、奪い返して良いよね。

「……ねえ、____くん」

 私の胸の痛みがすっと消えていくのを感じる。それと同時に、何か得体の知れないどす黒い何かが私の中を満たした。そして私は言った。

「この後、時間ある?」


 とあるカラオケの一室で、私は____くんの肩にもたれて手を握っていた。

「……な、なぁ白石。もう行こうぜ。こんな事するの良くないって」

 不意に____くんがそう言った。

「なんで?」

「なんでって、俺にはエリが……」

「じゃあ何で私の手を振り解かないの?」

「……!」

 私は____くんの耳元で囁いた。

「エリじゃできない事、私なら出来るよ?」

「エリじゃ、できない事……」

 私は言った。

「エリと別れて。そうしたら何でもしてあげる」

「………」

 結局、____くんはエリと別れた。正直、本当に別れるなんて思わなかった。その程度の男だったと知って、私はガッカリした。そしてエリは私と話さなくなった。エリだけじゃない。クラスの皆も私と話さなくなった。陸上部でも、私はまるで腫れ物のように扱われた。理由は分かっていた。

「ねえ、エリ」

 部活後、友達と帰ろうとするエリを、私は呼び止めた。エリはその場に立ち止まると、こちらも見ずに言った。

「何?」

「話があるんだけど」

 それにエリは何も答えずに、友達を先に返した。そして誰もいない下駄箱の前で、私達は相対した。私はあえて最初から尋ねる。

「ねえ、エリ。何でみんな私の事を避けるの?」

「……それ、ほんとに言ってる?」

 私はそこでようやく疑問をぶつけた。

「私、何か悪い事した?」

 私の発言に、エリは信じられないと言う風に目を見開いた。そして普段のエリでは信じられない剣幕で怒鳴った。

「したよッ!友達から聞いた。燈が____くんに私と別れるように言ったって!」

「だから無視したの?」

「ッ……!それは、私はもっと早く話したかったけど、友達が……」

「その友達は具体的に誰?」

「……言えないよ」

「なんで?その友達が嘘を吐いてるから?」

「違うよ!そんな子じゃない!そもそも燈はなんで平気でいられるの?私、信じてたのに……」

 エリはそこで抑えていた感情が一気に溢れ出したかのように地面に座り込んで泣き始めた。私はそんなエリを見下ろしながら呟いた。

「……エリが悪いんだ」

 私はエリの目の前まで歩いていく。そしてエリの前にしゃがみ込んだ。エリからあの制汗剤の匂いがする。

「私ね、____くんが好きだったんだよ?なのにエリが私から奪ったんだ」

「何をッ、言ってるのかッ、分かんないよ!」

「嘘。じゃあエリが体調不良で休んだ日、____くんを呼んで何してたの?」

「………」

「答えてよ、エリ」

「……怖いよ」

「え?」

 エリは顔を上げて私の目を見た。

「燈、ずっと別人みたいだよ。あの坂で、私が____くんの事が好きだって言った時から」

「……どういう事?」

「だって燈、ずっと私の事睨んでた。最初は気付かない振りしてたけど、もう限界」

 私が、エリの事を睨んでた?

「それに、前に下駄箱で燈と話した時は、私を見て燈は笑ってた。蔑むみたいに見下してた。私はそれが怖くて、元に戻って欲しくて……」

 エリの抱擁。そして手の震え。それは、失恋の悲しみではなく、私への恐怖によるものだったのだ。その時再び私の胸は痛み始めた。どす黒い何かが引いていく代わりに、取り返しのつかない事をしてしまったという後悔と焦りが胸を締め付けていた。

「じゃ、じゃあ家に____くんを呼んだのは……」

「部屋の片付けをしてくれたの。寝込んでた私の代わりに、重い家具の移動とか力仕事を引き受けてくれて」

 私の全身から力が抜けていくのを感じた。膨張した思考は弾け、驚くほど冷静になった脳内では、私のした行いの全てが想起されていた。空気を吸って吐くごとに私の心に取り返しのつかない傷が刻まれていく。

「わ、私……」

 私はその場にへたり込む。

「ごめんね、燈。もう私、前みたいに燈と話せなくなっちゃった。今も、怖いの」

 エリは涙を拭くと、その場に立ち上がる。

「違う。私はただ……」

「もう遅いよ」

 エリは私を見下ろしながら、優しくそう言った。

「勘違いで私と____くんを別れさせて、それだけやってその後は何もしない。もう満足したみたいに。ねえ燈、何が"違う"の?」

 エリは続ける。

「今、後悔してる?」

 私は弱々しく頷く。

「それはどんな後悔?誰に対してのもの?燈、まだ自分のした事を肯定しようとしてない?」

 エリは言う。

「それはとっても自己中心的で、何より不誠実な事だよ」

「エリ……」

「だからもう、燈とは友達ではいられない。私が良くても、他の友達が良いって言わないと思う」

 エリは最後に私の前にしゃがみ込んで、私にハグした。

「いつか、お互い大人になったらまた友達になろうね」

 私はようやく理解した。本当の意味で理解した。私はこんなにも誠実で優しい親友をたった今、自分の行いのせいで失ったのだと。私はエリを抱きしめる。

「エリ!ごめん……ごめんなさい……私が全部悪い。やっと気付いた。ごめんなさい……」

 私は何度も謝った。だけど、もう遅いのだ。

「……やっと、謝ってくれたね」

 エリの手は、もう震えてはいなかった。


 それから私は部活を辞めた。学校の成績も落ちた。委員会の仕事も必要な分だけやるようになった。眼鏡をして前髪を伸ばし、なるべく目立たないようにした。私は少しでも自分の犯した罪を償おうとした。そしてもう2度と、私の誤った行いで大切な人を失いたくは無かった。だから私は特に異性との関わりを断つことで、自分の心に潜む"どす黒い何か"を永遠に封印した。きっとそれは、誰か好きな人でもできない限り、現れる事は無いだろうから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ