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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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最後くらいは

「ここは……」

 周は固いベッドの上から起きあがろうとする。その時、誰かが周のそばに駆け寄ってきて見下ろした。周はその少女を知っていた。そのネックレスを。

「千尋!」

「千秋!」

 周はベッドから跳ね起きると、思わぬ反応に戸惑う千秋を抱きしめた。

「え、え?突然どうしたの?千尋」

 周はさらに強く千秋を抱きしめる。

「今は何も言わないで。もう少しこのまま……」

 千秋はそれを聞いて周を抱きしめ返すと、背中をポンポンと叩く。

「きっと、怖い夢を見てたんだね」

「うん……うん!そうなの。私の前でいっぱい人が死んで、それで私、怖かったッ…!」

 周は凄惨な記憶を思い出して目をギュッとつむる。千秋は周から離れると、周の両手を握って言った。

「……でも、それが現実なんだよ」

「え?」

「千尋の帰るべき場所は、ここじゃない」

 千秋は周の手を離す。そして一歩後ろに下がる。

「で、でも。千秋は……」

「私は、本当の千秋じゃないの。このコアに記録された膨大な記憶の内の一つ。千尋が探し出してくれた小さなカケラ」

 千秋はそう言うと、周の顔を見て嬉しいような哀しいような複雑な表情をした。

「まだ、私の為に泣いてくれるんだね」

 周はハッとする。その時初めて、自分が泣いていることに気付いた。

「私、泣いて……」

「千尋」

 千秋は言う。

「私は本物じゃない。でも、千秋ならきっとこう言うと思う」

 そして言った。ニッコリと、あの笑顔で。

「千尋の記憶を見たよ。ありがとう、私との約束を守ってくれて。パンケーキ、美味しいね」

 周はそれを聞いて溢れる涙を止めることが出来なかった。言葉がでない。

「千尋は私の自慢のお姉ちゃんだよ。だから、自由に生きて。私の分も、美味しいものをいっぱい食べて、楽しいことをいっぱい経験して、素敵な人と幸せになって」

 周はただ首を縦に振ることしか出来なかった。そして千秋は小指をぴんと立てた。周は自分の小指を組み合わせる。

「約束する!私、絶対幸せになるから!」

 千秋はそれを聞いて安心したように優しく微笑む。

「うん。約束」

 そしてポケットから小さな黒い球を取り出した。

「これに触れればコアのネットワークごと浄化できるよ」

 が、周はコアに触れようとしない。周は千秋を見る。

「……そうしたら、もう千秋には会えないの?」

 千秋は答えた。

「会えない。でも、それが普通なんだよ。私だけ特別なんて出来ない。だから、私のことは忘れて。それで時々、思い出したように私の為に泣いて欲しい。そうしたら、満足だから」

 周はなおも躊躇う。周の脳内では、映画のエンドロールのように千秋の記憶が順々に流れては消えていく。

(まだ終わって欲しくない。2度も千秋と別れたくない。私のただ1人の妹と、ずっと2人で……)

 周は目の前のコアから目を背ける。だが、周は分かっていた。

(……そんなの駄目だ。私は、このコアを浄化する。そしてみんなの所に帰るんだ。だから、もう目を背けない。前を向いて、見ようとしなかった現実を直視するんだ。千秋の分まで)

 周は涙を拭い、鼻をすすると千秋を見る。やっと覚悟が決まった。

(最後ぐらいはせめて、お姉ちゃんらしくいたい)

 周はゆっくりと口角を上げると、何度も見てきたあの笑顔を作る。コアの置かれた千秋の手を両手でそっと包み込んで、周は言った。

「ずっと大好きだよ。千秋」

 そして周はコアに触れた。すると周囲の景色が一気に歪んでぼやける。目の前に立つ千秋は周に笑い返すと背景に溶け込むようにぼやけて消えた。

 気付くと周は砕けたマザーコアの横に倒れていた。周はまだぼんやりとした意識の中で、声を聞いた。

「甘かったな、周千尋」

 その時、周の後ろで立川はとあるボタンを握っていた。立川は言う。

「奥の手はこういう時に使うのだ。人間ども!」

(怪人もろとも死ね!)

『しまった!』

 神田が慌てて立川を銃で狙った時、立川はすでにボタンを押していた。その瞬間、春麗タワー全体に設置された擬似コアが一斉に作動した。立川はボタンを握ったままコアを浄化されてその場に倒れる。神田は銃を捨てて周の元に走る。

(周ちゃんは確か半分怪人だ!コアに似た器官が脳に組み込まれてる!)

 それが浄化されてしまえば、周の自我が跡形もなく消え去る可能性もありえる。

『周!』

 神田は周の元に駆け寄ると仰向けにした。そして手袋を取って脈をはかる。指先には一定のリズムを刻む脈動を感じることができた。

『周!大丈夫か!』

 が、周からの返事は無い。神田はすぐに無線をつける。

『こちらサイガアルファ。ポイント4に至急……』

 その時、周の閉じられた瞼がピクリと動いた。神田は思わず無線を中断する。

『周…?』

『か……んだ、さん?』

『あ、ああ!そうだよ、神田だ!よかった、意識があるんだな!』

『はい。でも……』

 周はマザーコアの破片を見る。そして首を捻ってうつ伏せに倒れる立川の死体を見た。

『周のお陰だよ。マザーコアは浄化されたんだ』

『……そっか。私、私ほんとにやったんですね。本当に、マザーコアを浄化して……ッ!』

 周は言葉に詰まる。安堵と悲しみが一挙に押し寄せて涙となって溢れる。周は感情の濁流と疲労で神田に抱きつく。

『ちょ、周…!』

 神田は周を引き離そうとする。

『私、やり遂げたんだ!』

 だが、周のその言葉を聞いて手を止める。そこに続々と無線が入ってくる。

『こちらサイガシータ。ポイント2クリア』

『こちらサイガベータ。ポイント3にトラグカナイ現着』

『こちらサイガベータ。ポイント3クリア』

 それに続いて神田も無線をつける。

『こちらサイガアルファ。ポイント4クリア。オブジェクト……クリア』

 神田の無線を受けて出羽から無線が入る。

『コマンド了解。現時点を以て作戦完遂とする。即時帰投せよ』


「ふー……」

 オスプレイ改の機内で、出羽は大量のモニターの前で深いため息を吐いた。今更のようにヘッドフォンに圧迫された耳の痛みを感じる。額には何本もの汗の流れた跡が見えた。

「ここまで緊張したのは佐渡以来だ……」

「僕は人生で初めてです。まさか周ちゃんが……」

 諏訪部はそう答えながら目元を押さえる。

「千尋のこともそうだが、そもそもリアルタイムで敵怪人のコアの等級と座標をタグ付けし続けてたんだ。まあ本来はスパコンでやるもんだけどな……」

 緑屋は仮設デスクにもたれながら呟く。

「……でも、今までの経験が生きた。人間の脳とコアの分別はノウハウもあったし。だよな、諏訪部」

「ああ。それに、今回は2人だけじゃなかった」

 諏訪部は後ろを見る。そこには10特戦群の隊員たち計10人がモニターに向かっていた。諏訪部は隣の出羽を見る。

「そして何より、出羽さん。貴方の的確な指示のお陰です」

 その言葉に出羽はようやく少し笑った。

「この歳じゃ、これくらいしか出来ないのでな。本当は前線に出張っていきたかったんだが」

 そう出羽が言った時、出羽の携帯が鳴った。相手は神原であった。出羽は席を外す。

「どうした、神原。秘匿回線も使わずに」

『通信衛星を直接介してるんだよ。聞いてくれ、出羽。今から180秒前、北極圏を除く全世界の怪獣のコアが浄化された』

「ッ……!それは本当か!」

 出羽は思わず立ち上がる。

『本当によくやってくれた。君たちのお陰で、世界は人類滅亡の危機からなんとか脱したよ』

 なんとか、神原はそう言った。出羽は高揚した気持ちが一気に落ち着いたのを感じた。

「……神原、どのくらいの被害がでた」

 その問いに、神原はしばらく沈黙した後答えた。

『分からない。規模が大きすぎる。「コキュートス」に霞ヶ関まで侵攻された。そして東ヨーロッパは全滅したようだ。アメリカも西海岸の防衛線が完全に崩壊した』

 神原は淡々とそう語った。

『最終的に、現時点の倍の被害がでると予測されている』

「……そうか」

 出羽はただそう言うことしかできなかった。神原は電話越しにその様子を察して言った。

『君たちの活躍が無ければ世界は滅んでいる。胸を張ってくれ。君たちは英雄だ』

 そして電話は切れた。

(英雄、か……)

 出羽は椅子に座ると呟いた。

「もう、お互い後がないな……」


 そして立川の官邸施設では、神原の元に長良が訪れていた。長良は部屋に入るやいなや神原に頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」

「……なぜ謝る。長良長官」

「今回の大規模侵攻。日本に限った話で言えば、私が事前に防げた部分が大きい。それなのに私は、総理の忠告を無視してコアの配備を強行してしまった……」

 長良は苦虫を噛み潰す思いでそう言った。強く握られた拳からは激しい後悔が伝わってくる。神田はそれを見て執務机から立ち上がった。そして頭を下げる長良の前に立つ。

「君はその時にできる最善を取ったまでだ。被害は事前に防げたなんて結果論に過ぎない。君はよくやってくれた、長良長官」

 長良はその言葉にゆっくりと頭を上げる。

「ありがとうございます、総理。ですが私は、この職を辞そうと思います。そして政界からも」

「……なに?では誰を後任に据えると?」

「出羽元長官です」

 長良はそう言いながら出羽との会話を思い返していた。

 実は侵攻当初、長良の元に出羽から電話がかかってきていたのだ。

『この非常時にすまない。だがどうしても話しておかなければいけないことが……』

「では手短にお願いします。今は1秒でも無駄にしたくない」

『……では、長良君に頼みたいことがあるのだ。オスプレイ改の貸し出し。特殊作戦群の暫定指揮権。そして周千尋のA級軍機への閲覧権の付与だ』

「……話が見えてきませんね。一体何をするつもりなんです」

『敵の根拠地を叩く。上海の春麗タワーだ』

「なんて馬鹿げた話だ!今は怪獣の退治が最優先で……」

『その怪獣の大元、中枢が春麗タワーにあるのだ。私が長官の時に公安と怪人特務処理班がその証拠を掴んでいた』

「ではその証拠は何処にあるのです!」

『すでにそちらに送った』

 その時、秘書が部屋に入ってきて長良に書類の束を渡した。そこには『春麗工業に関する、怪人組織との癒着について』と銘打たれた調査報告が記載されていた。

「これは……!」

(一体いつから準備していたんだ!)

『無理にとは言わない。状況が苦しいのは分かっている。だが、どうかご一考願いたい』

 出羽はそう言った。長良は詳細な調査書に目を通しながら思った。

(これは……言い訳のしようがない。限りなくクロに近い。これを無視はできない……)

 長良は迷った。そして思った。

(このまま1匹ずつ怪獣を駆除していても埒が明かない。『コキュートス」の南下もある。何か、効果的な策を考えなければいけない)

 "これ"は、どっちだ。長良は長考した。地球防衛省長官としての責任と、己のプライドが拮抗する。が、長良は優秀だった。

(私は、この国の安全保障を誰よりも第一に考えなければいけないのだ。私情は捨てろ)

「……分かりました。関係省庁に掛け合います」

『……!感謝する、長良長官』

「礼は結構です。それで、実は一つ私に案があるのですが……」

『案?』

「大怪獣機構はご存知ですよね」

 そして今に至る。神原は長良の意見を聞いて迷いつつも頷いた。

「……分かった。出羽には私から話してみよう」

(あいつは一度第一線から退いた身だ。あまり無理はさせたくないが……)

 適任ではあった。そして長良が去った後、神原は椅子にもたれて目の前の書類の山を見た。

(全て被害報告だ。ネットが全てダウンしたせいで紙面な訳だが……)

「多すぎる……」

 神原は思わずそうこぼすのだった。


 その頃、周たちのいなくなった地下4階で、トラグカナイは隠し扉を押し開けた。するとそこには無人小さな正方形の真っ白い部屋があった。部屋には誰もいない。そしてその部屋の真ん中でトラグカナイは、一本のナイフを拾った。その柄にはラケドニア語でこう彫られていた。

『剣は果てで待たん』

 トラグカナイは思わずナイフを握りしめる。

(なるほど。そういうことかよ)

「待ってろよ、アシュキルッ…!」

 絶対に、あの人を取り戻してみせる。トラグカナイは改めてそう誓ったのだった。

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