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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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殺してやる

 もう何年この景色を見続けているのだろう。あと何年この景色を見続けるのだろう。時折私は、固いベッドの上でそう思う。

「千尋!」

 不意に誰かが私の顔を覗き込む。キラキラとしたシンプルなネックレスが私の顔の上で揺れる。彼女は笑顔で言った。

「起きてた!もう検査の時間だよ?」

 私はその満面の笑みを少し鬱陶しいと思いながら答える。

「……そうね。すぐ行くわ」

 そしてベッドから起き上がると、最低限の家具すらない殺風景な部屋を見回す。壁は一面灰色で、まるで何かの倉庫のようだ。

(まるで私がモノみたい)

 他の部屋のあの子たちも、みんなそう。でも、きっと彼女は違う。濁らず澄んだ瞳で私を照らしてくる彼女は、きっと違うんだ。

「行こ!千尋」

 私は彼女に手を引かれて、居住区の廊下を患者衣姿で歩く。この施設は一本の長い通路から木の枝のように各部屋が伸びている。出入り口は一つだけ。そして私たちはこの長い通路の奥へと進んでいた。通りすがる職員たちは、まるで私たちがそこに存在しないかのように無視する。目線すらよこさない。卑怯な奴らだ。

「……ねえ、知ってる?隣の子、死んじゃったんだって」

 私はそう言って前を歩く彼女を見る。彼女は答えた。

「うん。知ってるよ」

 その答えは、私にはどこか平坦に聞こえた。何かを押し殺すように。

「悲しくないの?」

「悲しいよ。でも、千尋がいるじゃない!」

 彼女はそう言って、私にあの笑顔を見せる。

「千尋がいれば、私は平気!」

 彼女はそう言ってから立ち止まる。

「どうしたの?」

 彼女は、私に背中を向けたまま言った。

「……だから。絶対に死なないでね。何があっても」

 私はそれを聞いて、思わずドキリとした。その言葉は、じっとり重く私にのしかかった。空気が重くなる。その時、彼女はこちらに振り向いた。あの笑顔で。先ほどの様子が嘘のように、はつらつと私にこう言った。

「約束だよ!」

 私は頬を緩める。いつも通りの彼女に戻ってホッとしたのだ。そしてその時の私は気が付いていなかったのだ。彼女が"気付いていたこと"に。

「やあ。よく来たね」

 施設の1番奥の部屋で、私たちはある男と会っていた。名を立川栄二と言った。3年程前にこの施設にやってきた、どこか胡散臭い男だ。立川は私たちを交互に眺めて言った。

「もう背丈も並んだね。顔もそっくりだからとうとう見分けがつかないよ」

「えー、先生ひどーい!」

 彼女はそう言ってふくれる。

「ははは、冗談だよ。もう3年も毎日顔を合わせているんだ。見分けぐらいはちゃんとつくよ」

 立川は穏やかに笑う。そしてそのまま言った。

「実はね、今日は検査はしないんだ」

「……え?」

「やったー!」

 彼女は両手を上げて喜ぶ。

「じゃあ、なんで私たちをここに呼んだんですか?」

 私は立川に尋ねた。立川は困ったように腕を組む。

「それを教えたいのも山々なんだけど、これは機密なんだ。周ちゃんと言えども教えることはできないな」

「そうですか……」

「でも、すぐに終わるよ。薬剤の投与も無しだ」

 立川はそう言って部屋の分厚い扉を開けた。

「さあ、行こうか」

 私たちは立川に連れられて、施設の1番下の階に移動した。ここに来たのは脳の置換手術を受けた時以来だ。そして案内されたのは、何の変哲もない研究室だった。

「ここ、ですか?」

「ああ、いや。ここは入り口だよ」

 そう言って立川は部屋の壁に手を触れた。すると、壁の一部がガコンと凹み、スライドした。その先には、正方形の真っ白な空間があった。

「ここは……」

「今開発中の装置なんだ。2人はここで実証実験に参加してほしい」

 私たちは、いや私はその言葉を疑いもせずに白い部屋の中へと足を踏み入れた。その瞬間、

「じゃあ、また後で」

 立川はそう言ってなんと部屋の扉を閉めた。

「なッ…!」

 私は扉のあった壁に触れる。が、継ぎ目一つ見つからない。すると、後ろから彼女が言った。

「何してるの?」

「決まってるでしょ!私たち、閉じ込められた!」

「それは、今から実験が始まるからでしょ?」

 その言葉に、私は壁から手を離した。

(……そうよ。そうだった。私は何を焦ってたんだろう)

 だが、私の中から不穏な予感が消えない。

「ねえ……」

 私が彼女に話しかけようとした時、どこからともなく立川の声が聞こえてきた。

『あー、あー。聞こえるかな。すまないね、2人とも。閉じ込めるような真似をしてしまって。だけど心配しなくとも出られるから。1人だけはね』

「……は?」

「………」

 立川は続ける。

『この装置にはまだ課題があってね。転移装置に使うつもりなんだが、人間の転送がまだできないんだ。そこでデータがほしい。特に脳波のブレが酷くなる怒りと悲しみの感情の詳細なデータが。そこで、2人にはこの装置の中で殺し合ってもらう』

 私はその場に呆然と立ち尽くしていた。何を言っているのか理解できなかった。

(殺し合う?)

 私と彼女が?あり得ない。いつもの立川の冗談だろうか。

『生き残った方は今後も変わらず過ごしてもらう。傷の手当てもしっかりするよ。もちろん、お葬式もね』

 私は頭が痛くなってきた。私は助けを求めるように彼女を見る。そして私は悟った。彼女はいつものように笑ってはいなかった。

「ごめんね、千尋」

 私は、ここで死ぬ。

「あ、アンタまで何を言って……」

 私は思わず後退りする。彼女は黙って私に歩み寄る。そのまま私はじりじりと壁際に追い込まれた。私は泣きそうになりながら彼女に語りかける。

「ねえ、どうしちゃったのよ。なんで笑ってくれないの?笑顔でいてくれないの?」

(貴方が笑顔じゃなかったら私、どうすればいいかわかんないよ……)

 彼女はゆっくりと私の首に手をかける。そして私の首を締め始めた。細い腕を伸ばし、小さな手で私の首を締めた。

「が、あ…やめ、て……」

 彼女の力は、12歳のものとは思えないほど強かった。流れる術はない。私の意識がどんどんと遠のいていく。耳の奥でドクドクと血の脈動が聞こえてくる。その時だった。なんと彼女は力を緩めたのだ。そして私を見て言った。

「やっぱり、できないや」

 彼女は笑顔だった。そして、泣いていた。

『面倒くさいな』

 私はそんな彼女の顔面を殴り飛ばしていた。彼女の体が宙に浮く。私は自分の行動を理解できないまま、ドサリという鈍い音を聞いた。

「わ、私……」

 私は自分の拳を見る。固く握られたままの拳はべっとりと血に塗れていた。

「なんで、こんなこと……」

 私は彼女の元へ駆け寄る。彼女は顔面の右半分が血塗れになっていた。骨が粉々に砕けているのだろうか。私は震える手で何とか彼女の手を握る。彼女は残った左目で私を見ると、私の手を握り返した。そして言った。

「こうでもしないと、千尋はそのまま死んじゃうでしょ…?」

 出血が酷い。血溜まりがどんどん大きくなっていく。

「わ、私のことは良いから。今はもう喋らないで。き、きっと、助かるから」

 彼女の手を握る力が弱くなる。

「私ね。パンケーキが食べたかったんだ。外には……いろんなお店があって……」

 さらに彼女の力は弱まる。私はその手を必死に握ることしかできなかった。

「私の……代わりに、食べて、きて?それから……それから……」

 彼女の手が段々と重くなっていく。力が抜けていく。

「……お母さんと、お父さんに……会いたいな」

「きっと会える!会えるよ!お母さんもお父さんも、きっと……」

 私は彼女の手に額を当てる。溢れる涙が彼女の腕を流れる。彼女は微かに手を動かす。手を握り、小指を立てる。彼女は少しだけ口角を上げると言った。

「約束だよ?お姉ちゃん」

 私は縋るようにその手を握り返す。

「うん!うんッ!約束する!だから、だから……」

 妹の手が落ちる。小指を立てた腕が、だらりと床に投げ出す。私は血塗れの手で顔を覆った。

「お願いだから、死なないでよ……」

 どうして、こんなことになったんだろう。朝、いつものように妹に起こされて。それで私は、誕生日のプレゼントは何にしようか考えてた。明日は、妹の誕生日だった。

(私が、殺したの?)

 私は真っ赤に染まった手を見る。私のせいで、千秋は死んだ?

『どうやら終わったようだね。生き残ったのは、やはり君か。周ちゃん』

「………」

『凄まじいパンチだったね。毎日コツコツ調整した甲斐がある。上にも良い報告ができそうだよ』

 立川はまるで映画でも見たかのように満足げな様子で語る。

『さっきも言った通り、怪我があれば手当てをするからね。あ、首を締められていたから皮下出血斑もあるのか。でもそっちの方は4週間位で治るから安心してね。もちろん、千秋ちゃんのお葬式もするよ』

 そして後ろの扉が開く。防護服を着た職員が入ってくる。まるで、何か汚いものでもあるかのように。

「……ふざけるな」

(なんで、私ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないんだ)

 私はゆっくり立ち上がる。そして千秋の死体に触ろうとした職員の腹を渾身の力で殴った。その瞬間、防護服の隙間から血が噴き出る。体が破裂したのだろう。私はその場に崩れ落ちる職員を放置して、逃げようとした後ろの職員の手を掴んで握り潰す。

「全員、殺してやるッ!」

 私は部屋の扉に向かって駆け出した。その途端、がくんと体から力が抜けてその場に崩れ落ちる。

「ッ……!」

 なんとか体を動かそうとするが、そもそま体が反応しない。意識も朦朧としてくる。そして、意識を失う直前、どこかから声が聞こえた。

「どうです。実験は成功ですよ、ワンCEO」

 そして、私の意識は途切れた。決して癒えない傷を残して。

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