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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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妥協点

 右の脇腹が暖かい。痛みもなく血が溢れ出している。おそらくマスクから出る鎮痛剤の影響だろう。驚くほど静かに致死量の血液が流れていく。だが、心の痛みは決して無くなってはいなかった。

(俺は、一体なんなんだ?誰も俺を見てくれない。源王城とギルガメシュ、その境目を見てる。どっちつかずな"オレ"を見てる)

 源は傷口に手を当てる。

(……でも、そうか。カナだけは違ったのか。トラグカナイだけは、俺をギルガメシュとして見ていた。だから、今の俺が許せない)

 一体俺は、トラグカナイとどんな関係だったのだろうか。彼女をこの凶行に走らせるほどに、ギルガメシュへの思いは、あるいは想いは、重く深かったのだろう。

(でも、俺の記憶の中のトラグカナイは、ただの部下だったと思う。王族親衛隊での仕事仲間)

「そこが違うのか……」

 源は呟いた。ユガルは記憶の抜けと改ざんと言っていた。

(俺が今までギルガメシュだと思っていたもの……)

 初めて浄化した時に聞こえた声。

『それを握りつぶせば良いのだ』

 長崎で見た、自分の姿をした誰か。

『安心しろ。私はアシュキルやレストアよりも、強い』

 これらは本物では無かった。でも、偽物でもない。

(なんで気付かなかったんだろう。全部、俺の想像するギルガメシュだったんだ)

 源王城の考えるギルガメシュ。それはただのイメージに過ぎなかった。俺がギルガメシュそのものだという事実が無ければ。

(アシュキルやレストア、そしてトラグカナイが今まで気付かなかった理由も分かる)

 源は口の中に溢れる血に咽せる。

(なら俺は、やっぱり源王城なんじゃないか。俺は人間だ。大君なんて存在を、俺は知らない。ただ、気に掛かる事があるとすれば、それは一つ……)

 その時、トラグカナイの声が聞こえた。

「アシュキルに会わせろ」

 有無を言わさない殺気立った声で、ユガルを追い詰めていた。触れれば切れてしまいそうなくらい、張り詰めて鋭い空気を纏っていた。明らかに危険な存在だった。それなのに、源は全く真逆な感想を抱いていた。

(……申し訳ない。今すぐに謝りたい。彼女を"ああ"したのは俺だ。あんな悲しそうな顔をさせてしまった。俺がギルガメシュじゃ無かったばっかりに)

 源は自分の感情に驚きつつも、なんとか体を起こそうとする。

(彼女に押し付けてしまった。トラグカナイとしてではなく、遠野彼方として、カナとして接していた。それは、トラグカナイにとって苦痛だっただろう。それに俺は気付かなかった)

 源はなんとかその場に立ち上がる。目が眩み、足元はおぼつかない。血を流し過ぎた。そしてユガルがトラグカナイ越しに源を見て驚く。

(謝らなければ。例え殺されそうになっても、謝らなければいけない。源王城として)

「トラグカナイ……」

 源は言った。トラグカナイはゆっくりと源の方を振り返る。

「どうか、聞いてほしい」

「……チッ。軽々しく私の名前を呼ぶな」

 トラグカナイはブレードメスを握ると源の前に歩いてくる。

「どんな命乞いも聞かない。死なない程度に切る」

 源はトラグカナイに刺すような視線を向けられる。源はその瞬間に改めて、以前のような関係には戻れないと悟った。そして言った。素直に言った。

「ごめん」

 トラグカナイの足が止まる。

「俺のせいだ。刺されたのは仕方がないと思ってる。俺が自己中心的だったばっかりに、君を苦しめてしまった」

 源はその場に両膝をつく。立つ気力も残っていなかったからだ。だが源はさらに頭を下ようとする。そして頭を下げると共に体が傾き、前のめりに源は倒れ込んだ。

 それからガシャっとブレードメスが床に落ちる。トラグカナイがメスを落としたのだ。この収拾のつかない状況に、ユガルは混乱していた。

(どうする?大君は明らかに重傷だ。今すぐに医療機関に運ばねえと死ぬ!でもトラグカナイの様子がおかしい。何故か殺気が消えてる。このまま奴の横を通っていいのか?それとも殺されるのか?)

 そしてトラグカナイもまた目の前に倒れる源を見ていた。源の周りに広がる血溜まりに、停滞していた思考が動き始める。

(なんで、こんなことになった?)

 足元に転がるメスには、べったりと血が付いていた。そして自分の手にも。

(私は、なにをした?)

 呼吸が荒くなる。冷や汗が滲む。

「わ、私が刺した……」

 源を刺した。怒りに任せて。

(そうだ。私はこの男に怒っていた。憎んでいた。顔も知らない女の代わりにされたからだ)

 トラグカナイは順々に思考を整理する。

(だから刺した。気持ちが悪いと思ったから、拒絶したくて殺そうとしたんだ。でも私は、大君を取り戻すためだと自分に言い聞かせた)

 そして今に至る。

(私は、なんて事をしてしまったんだ!!)

 トラグカナイはその場にへたり込む。

(この男を殺せば、大君はもう2度と帰ってはこない。それなのに、私は……)

 トラグカナイは微動だにしない源に駆け寄ると、仰向けにする。脈はかろうじてあるが、それ以外の生体活動が感じられない。トラグカナイは引き攣った顔で源の脇腹を抑える。

「死なないで。死なないでよ。お願いだから……」

 トラグカナイはそうぶつぶつと呟きながら必死に傷口を抑える。その光景を見たユガルは思った。

(これは好機なんじゃないか?トラグカナイはもうまともに戦える精神状態じゃない。あの錯乱具合、正常な思考ができていない。つまり、大君を殿下の元まで送り届けられる可能性が高い)

 ユガルはゆっくりとトラグカナイに近付くと、声を掛けた。

「……トラグカナイ、手で押さえても止血はできねえぞ」

 反応はない。ユガルはトラグカナイの横にしゃがむと、手を宙にかざした。すると、トラグカナイのマスクがユガルの手に転送された。トラグカナイは気にも留めない。

(殿下の話はマジだったんだな……)

 いつか、アシュキルは言っていた。

『トラグカナイ、あれは正気じゃない。昔からギルに心酔していてね。その度合いが常軌を逸していた。ギルを守るためなら、平気で他人を殺しかねない。まともに見えていただろうが、それは大きな間違いだよ』

 さらに大君の死を経験した今のトラグカナイは、些細なきっかけで爆発しかねない。アシュキルは今この状況まで予測していたのだ。

『別に大した話じゃない。ただの憶測だよ』

(殿下はそう仰っていたが、やはりその憶測は正しかった!)

 ユガルはマスクを源に装着すると、起動した。ブーンというファンの動く音とともに、源の目から血の涙が溢れ出す。ユガルは立ち上がるとアシュキルに連絡をしようとした。が、ユガルは遂にそれをしなかった。

(……本当に大君を蘇生していいのか?)

 ユガルはそう考えたのだ。

(もしこのまま蘇生すれば、大君とトラグカナイは俺に記憶を取り戻す方法を尋ねてくる。俺を殺す勢いで)

 ユガルはごくりと喉を鳴らす。

(俺は戦闘はからっきりだ。光学迷彩を発動する前に取り押さえられるだろう。でも俺は、大君の記憶を取り戻す方法なんて知らない!全部ハッタリだ!)

 だから俺は殺されるだろう。

(そして殿下の元に行くはずだ。レストアのいない今、それは割と実現可能!殿下とも殺し合いになる)

 それが問題だった。

(おそらく殿下は負ける!全力のトラグカナイと大君を捌ききれるのはレストア殿くらいだ。それに大君にはまだ伸び代がある。"本物の記憶"を取り戻せば、レストア殿でも太刀打ちできるか分からない)

 アシュキルが殺される。それは神獣協会の崩壊、ひいてはラケドニアの完全な滅亡を意味する。

(それだけは絶対に避けなければいけない!……でも、ここで大君を見殺しにすれば、命令違反になる。殿下は大君を決して殺さない。フジの旧本部でも、ナガサキでも殿下は大君を殺す事ができた。でもしなかった)

 殺しておくべきなのだ。大君は英雄といえど、帝に背いた叛逆者だ。生かしておく理由がない。

(それでも生かす特別な"わけ"がある。だから大君は殺せない!でもここで殺さねば殿下が殺されてしまう)

 ユガルは拳をぎゅっと握りしめ、マスクを付けた源を見下ろした。

(どうすればいい!大君を殺さず、殿下も殺されないような、そんな虫の良い方法があるのか?)

 ユガルは必死に探していた。妥協点を、心の折り合いを探していた。隠密諜報の長としての責務、プライド。そして私情と意地が複雑に混ざり、やがて一つの結論が導き出された。ユガルは源の側にしゃがむと、源のマスクを外した。その瞬間、源は激しくむせながら目を覚ました。

「ゴホッゴホッ!な、何がっ!」

 源はそう言いながら咄嗟に脇腹を抑える。が、そこにあるはずの傷口は無かった。乾いた血がバリバリと音をたてる。

「い、生きて…!」

 トラグカナイはその場にへたり込む。そしてユガルは、源に言った。

「大君、気分はどうだ?」

「き、気分?良くは無いけど……もしかして、マスクを付けたのはお前か?」

 ユガルは頷く。

「話がある」

 源は体を起こすと、ユガルを見た。これ以上ないほど真剣な表情だ。少なくとも危害を加えてくることはなさそうだった。

「話って?」

 源は尋ねる。それに、ユガルは意を決したように答えた。

「大君の記憶についてだ。アンタに、記憶を取り戻して欲しい」

「……!」

 源の驚いた表情を見て、ユガルは思った。

(これが最善なんだ。殿下を説得するためにはな)

 思えば、かつてのアシュキルは今のようではなかった。野心に溢れ、情に厚く、頭の冴えるまさに王の器だった。第一皇太子殿よりも素質があった。

(俺は本来、誰かの下につくなんてごめんなんだよ。物心ついた時から貧民として虐げられて生きてきたんだ。これ以上指図されてたまるか。でも殿下は別だ。殿下は俺を救ってくれた。貧民の俺を隠密部隊に取り立ててくれた)

 地位に拘らず、能力で俺を評価してくれた。

(だが殿下は変わっちまった。仲間を怪獣にし、あろうことか人を食わせている。今の殿下はおかしい。その歪みを正せるのは、大君だけだ)

 唯一の友である、大君だけだ。

「大君、アンタの記憶を取り戻すには……」

 ユガルがそう言いかけたその時、ユガルの頭が吹き飛んだ。そしてビル中に警報が鳴り響いた。


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