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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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運命の相手

 プールから上がった赤本たちは、服の水気をきるとガラス張りの引き戸から室内に入った。無人の屋内プールは月明かりに照らされてゆらめいている。そして更衣室を抜けて一本の通路に出た。さながら高級ホテルのような厳かな装飾であしらわれ、中世風の淡い照明が連なっていた。その途中にエレベーターがあり、さらに奥にどうやら薄暗いフロアロビーがあった。赤本は言う。

『上と下で別れる。源とトラグカナイは道中の敵を殲滅しつつ地下の本隊に合流。俺とシェリンは上に行く』

『分かりました』

 源は頷くと、赤本の肩を叩いてカナとエレベーターに乗り込んだ。それを見届けると、赤本はシェリンを見た。

『なに?早く行きましょうよ』

 シェリンは言う。髪から垂れる水滴が首筋を伝って私服のTシャツに染み込む。赤本はシェリンから目を逸らすと、通路を歩き始めると言った。

『……服が透けてるから、よく絞った方がいいと思う』

 シェリンはそれを聞いて思わず上着の前をバッと締めた。

『はあ!?どこで何の心配してんのよ!』

『いや、気が散るといけないから……』

 赤本はそう要領を得ない回答をする。だが、赤本はもどかしい思いを抱えていた。

(違う。こんな事が言いたかったんじゃない。さっきの事を謝りたかっただけなのに)

 だがそのタイミングを掴めずにいた。思春期の子供のようにその機を窺い続けている。それは一重に赤本自身の女性経験の無さから来ていた。

(情けないな、俺……)

 赤本は後ろのシェリンの様子を窺う。シェリンは上着のポケットに手を突っ込んでぶすっとしている。赤本はそんなシェリンに声をかけられないままフロアロビーに到着した。上海の街並みが一望できる全面ガラス張りの壁からは、真っ暗なビル群の影しか見えない。その時だった。部屋の暗闇から凄まじい速さで拳が繰り出された。赤本は抜刀するとそれを反射で縦に叩っ切る。そして立て続けに発砲される銃弾を全て目視で塞いだ。

「他妈的!(クソッ!)」

 暗闇の中からそう声が聞こえる。そして飛び出してきた兵士を、シェリンがガラス張りの壁に蹴り飛ばした。兵士は声にならない声をあげて地上へと落下していった。

『あいつ怪人よ。やっぱりここはクロで確定ね』

 さらに通路の奥から続々と人影が現れる。それと共に銃声が鳴る。赤本は術刀を構えると言った。

『協力しよう。シェリン』

 シェリンは特製のグローブをはめると答える。

『分かってる』

 そして2人は走り出した。それを見た兵士たちは発砲するが赤本は術刀で防ぎ、シェリンは手で防いだ。淡い照明の中で、赤本は術刀を鞘に収めながら言う。

『俺が先にいく!漏れた奴を頼むぞ!』

 赤本はブレードメスを逆手に持つと、通路に迫る兵士の前でガクンと大勢を落とすと片膝をつき、銃を握る手を切り落とした。そしてそのまま顔面を殴り飛ばした。と同時に赤本の真横を兵士が吹っ飛ぶ。後ろを見るとシェリンは兵士の首を掴んで持ち上げていた。

(あんなこともできるのか……)

 赤本は一瞬そんな事を思いながら、増援に駆け付けた兵士の1人の横腹を蹴り上げ通路の壁に叩きつけた。そして立て続けに兵士が手ぶらの赤本を撃とうとした時、投げ飛ばされた兵士と共に後ろに吹っ飛び、そのまま気絶した。赤本は肩で息をしながら後ろのシェリンを見る。

『ありがとう』

『どういたしまして』

 それからシェリンは、床に倒れる兵士たちをじっと観察すると言った。

『……怪人はいないわね』

『分かった。今の所倒したのは6人。残りは4人か』

『それが残りの気配がしないのよね。別の階に行ったのかも』

 シェリンは言う。

『つまり、俺たちの侵入がもう察知されたってことか?』

『その可能性は大いにあるわね。私たち、誘い込まれたかも』

 赤本は頷く。

『かもな。でも、どちらにせよマザーコアの破壊と怪人の殲滅は必要な事だ。先に進もう』

 シェリンはそれを聞いてため息をつく。

『はあ……それもそうね』

 そして2人はエレベーターに乗り込む。各階の表記を見るに、55階から上はホテルになっていて、56階にそのエントランスがあるようだ。2人はそれぞれ扉の横に立つ。

『……ねえ、アカモト』

 不意にシェリンが口を開いた。

『なんだ?』

『後で話があるから』

『……分かった』

 そして扉が開く。それと同時にバリバリと空気を引き裂く爆音と弾丸の雨が横なぐりに飛び込んでくる。2人は動じずに目で合図し、弾の尽きるタイミングを待った。そしてピタリと音が止まった瞬間、エレベーターから飛び出した。エントランスは2階まであり、中央の受付と中2階に伸びる階段がある。

『上は任せる』

 赤本はそう言ってその場に立ち止まる。そしてシェリンを先に行かせると、1番近くにいた兵士のサブマシンガンを剣先で叩き落として、力任せに横に薙いだ。すると目の前の兵士と両サイドの兵士の胴は一気に両断された。

(極力人間は殺したくないのに……)

 赤本は人を殺したショックを忘れるように、足元に転がる兵士の襟を掴んでその上半身を持ち上げた。それを盾のようにして銃弾を防ぎながら次々に兵士の両腕を銃ごと切り落とす。そして最後の1人の腕を切った頃には、左手には襟の布とそれに付随してぶら下がる頭部の残骸しか残っていなかった。残骸には灰色の球体が見える。

『……まずいな』

(今さら人殺しがこたえてる。疲労より動揺と後悔で息が上がる)

 猛烈に煙草が吸いたい。心臓の動悸が止まらない。赤本は中2階を見上げる。すると今まさにシェリンが兵士の頭部を殴り飛ばしているところだった。

(彼女はどうなんだろうか。人殺しに対抗は無いのだろうか。そもそも俺はなんなんだ?今まで戦闘要員として戦ってきたけど、人並みな罪悪感や倫理感は持っているつもりだ。俺はこの役割に向いていないんじゃないか?……なんだろう、ビルに入ってから漠然とした不安が消えない。得体の知れない何かが俺を内側から蝕んでいる)

 赤本はブレードメスを取り出す。そしてブレードを展開すると、メスをしっかりと両手で握った。

『……アカモト?』

 シェリンはエントランスの真ん中に突っ立っている赤本に違和感を覚えた。さらに赤本はなぜかブレードメスを握ってそれを見つめている。明らかに普通ではない。

(俺は俺を嫌いだ。みんなも俺が嫌いなんだと思う。それは俺の中には何かがあるからだ。薄汚い心があるから。それを確かめなければいけない)

 赤本は喉元にブレードメスを押し当てた。シェリンはエントランスに飛び降りる。

『アカモト!』

 シェリンは赤本に駆け寄ると両手を掴んでその顔を見た。夢を見ているかのように目は朦朧としていて、焦点が定まっていない。赤本はさらに力を強めて喉にメスを突き刺そうとする。

『ッ……!なんでそんなんなってんのよッ!』

 シェリンはギリギリと赤本の腕を抑える。そして堪えきれなくなったシェリンは、

(ごめんアカモト!)

 赤本の股間を蹴り上げた。すると赤本は微かに顔を歪めてメスを手放す。その隙にシェリンは赤本のマスクを外して自分のマスクを付けた。すると赤本は薬物の過剰摂取によって気絶した。

(これは後で全力で謝らないといけないわね……)

 シェリンはそう思いながら、先ほどの赤本の様子を振り返る。

(あの目、正気じゃなかった。そして私はその理由を多分知っている。脳をいじられた後の目だ。人間としての機能を失った"失敗作"の目。でも赤本は人体実験なんて受けてない。となると……)

『……乗っ取り』

 何者かが赤本の脳にアクセスした。そして自殺するように仕向けたのだ。

(赤本は外付けのガジェットに元朱雀であるキルケアの精神を格納して、それを接続して制限進化をしていた。すると、キルケアを経由して赤本を操ったのね)

 だが、誰の仕業かが分からない。

(こういう時、ヒューストンがいればアドバイスをくれるんだけど)

 とりあえずシェリンは気絶した赤本を背負ってその場から離れる事にした。エレベーターの真ん前では危険すぎる。

(転がってる死体は……怪人か。それで赤本はどこか安全な場所に移さないといけないわね。客室は沢山あるし、一部屋借りようかしら)

 シェリンはフロントからカードキーを一枚拝借すると、中2階の一際豪華な扉からスイートの客室が並ぶ廊下にでた。その長い廊下の途中にある部屋で、赤本を一旦置いておく事にした。つい先ほどまで人がいたようだが、無人のようだ。ここならばある程度の時間は稼げるだろう。シェリンは赤本をベッドに寝かせると無線をつけた。

『こちらクリスタル。アカモトが一時戦闘不能。56階のスイートルーム5号室に移送した』

『了解。作戦を続行せよ』

 シェリンは無線を切ると、ベッドに横になる赤本を見た。

『………』

 脳を切開され、戦わされ、解放されたかと思えば、自分は見てくれだけで選ばれたただの駒だった。寝る前に幾度となく考えた現実逃避。運命の相手と幸せに自由に暮らす夢。叶わないと思っていた。夢で終わると思っていたのに、彼は私の前に現れた。ひょっとしたら……そう考えてしまうのはごく自然な事だろう。

(でも、やっぱり叶わないよね)

『私はいつも肝心な所で失敗するんだから』

 私は私に期待してはいなかった。

(だからせめて……)

 シェリンは屈んで手を伸ばす。シェリンの手が、赤本の頬に触れた。そのままシェリンは、その存在を確かめるように頬を優しく撫でる。そして赤本の首筋からイヤフォン型の機器を取り外すとそばの机に置いた。

(とりあえずこれで干渉はできなくなったはず)

 シェリンは立ち上がると、また少しの間赤本の顔を眺めてから部屋を後にした。

『また後でね』

 ガチャンと扉の閉まる音が聞こえる。すると、部屋のクローゼットがガタリと音をたててゆっくりと開いた。そして1人の少女が恐る恐るクローゼットから出てきた。少女はベッドに横たわる血塗れの男を見て思わず後退りした。そして呟いた。

「こ、この人。もしかして赤本明石?」

 彼女は赤本を知っていた。つい最近、日本で顔を合わせた。

『博士はここに隠れていてください。すぐに護衛の人員を向かわせますから』

「もしかして、この人も護衛の人なのかな……」

 シュウ・ミンジュ博士はそう呟くと、赤本が体に幾つかの擦り傷を負っていることに気付いた。

(そうだ。手当てをしないと……)

 シュウ博士はそう考えると部屋を出ていった。赤本はまだ目を覚ましそうにない。

 その頃、シェリンは確かな違和感を感じながら59階の廊下を駆けていた。

(いない!兵士が1人も!)

 どこに行ったのか。そもそも55階から敵の数が想定よりも少ない。つまり別の階に兵士が移動したということだ。

(重要なオブジェクトを守るために。そう考えるのが自然かしら。でも下に行ったのならミナモトたちから連絡が来るはず)

『上ね』

 オブジェクトはモノではなく人。それは赤本たちの迎撃よりも重要な人物。敵陣営のトップ。だがアシュキルたちは地下にいるはず。そこでシェリンは立ち止まる。ある予想が頭の中を占める。

『まさかとは思ったけど、ここにいるのね。叔父様……』

 シェリンはそう呟くと、走る足を早めた。

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