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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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怖いから

 駿府城公園の駐車場には、ズラリと並んだ対怪獣機構の車に囲まれるように仮設テントが一棟建てられていた。その中でシェリンは、中央の机に広げられた地図を指差して言った。

「今の前線はここからここ。えーっと、チュウブ地方を縦断するような形ね。だけど問題は北。トウホクの防衛線を突破した怪獣が一体南下中なの」

「一体だけ?それの何が問題なんです?」

 源が尋ねる。シェリンは東北を越え、ユーラシア大陸のさらに上を指差した。

「ただの怪獣じゃないわ。33年間、北極の隕石を守り続けてきた歴戦の大怪獣よ。コイツはその内の一体」

「特別指定大怪獣か」

 赤本が言う。

「さっすがアカモト、よく知ってるわね。北極の大怪獣は国連から識別名を付与されているの。『ジャガーノート』も元は北極で捕らえられた怪獣だったしね。そして、この大怪獣の識別名は『コキュートス』。素体はウミヘビよ」

「じゃあ、そのコキュートスを倒すんですね……」

 源が身構える。が、シェリンは即答した。

「倒さないわ」

「え?」

 源は思わず間の抜けた声をだす。だが、赤本は特に驚く様子はなかった。

「……なるほど。大元を叩くんだな?」

 シェリンは嬉しそうに答えた。

「その通り!こんな大怪獣は私たちだけじゃ、浄化はおろかそもそも倒せないわ。だから頭をぶっ壊す。この第二次進攻を仕組んだ黒幕をね」

「それって…!」

 源は思わず言った。

「ええ、神獣協会ね。そして……」

 シェリンは今度は上海を指差す。

「春麗工業よ」

「そう繋がるのか……」

 赤本は思わず呟いた。

(以前から春麗グループは人体実験をしていると噂があった。その調査には怪人特務処理班、つまり俺も参加した)

 赤本は春麗グループのワンCEOを思い出す。

(狡猾で計算高い男に見えた。実験の証拠は埃一つ残してはいなかった。あの男はまるで蛇のような……)

 シェリンは続ける。

「上海には春麗工業の本社があるわ。そしてその屋内と地下から複数のコアの反応を検知した」

 つまり、怪人が集団でいるのだ。

「分かりました。じゃあ自衛隊にもこの情報を共有しましょう」

 源の言葉にシェリンは首を振る。

「そうしたいのは山々なんだけど、今の自衛隊にその余裕はないでしょう?」

「じゃあ戦力の確保はどうするんです?移動手段は?」

 その問いに、シェリンは不敵に笑って答えた。

「そこは任せて。実は1人、連絡がついたのよ。その二つの課題を解決できる人物と」

 シェリンの発言に赤本と源はハッとした。

「もしかして!」

「シェリン、まさか……」

「奥様と隠居中らしくてちょっと申し訳なかったけれど、もう一度働いてもらう事になったわ。そしてその成果がもう少しでここに届く」

「その成果は具体的になんなんだ?」

 赤本が尋ねる。

「光学塗装迷彩の試作輸送機。そして、自衛隊特殊作戦群よ」

「まさか…!」

(輸送機はまだしも、特戦群は壊滅した。それが、まだ存続していたのか?)

 赤本は驚きを隠せずにいた。そんな赤本にシェリンが言った。

「どう?アカモト。私がここに来た理由が分かったかしら」

 赤本は源と目を合わして頷きあう。そして答えた。

「ああ。よく分かったよ。俄然やる気が湧いてきた」

「なら良かった。私も頑張っちゃうんだから」

 そう言うとシェリンは顔をしかめた。というか両目をパチパチさせている。赤本は反応に困った。

「えーと……」

 そこに見かねたカストロが言った。

「隊長、ウィンクできてないですよ……」

「え?ちょ、ちょっと。それを早く言いなさいよ!」

 シェリンはみるみるうちに耳を真っ赤にしてカストロに詰め寄る。そして小声で言った。

「……赤本に見られてた?」

「はい。ガッツリ」

「あーもう、ホント最悪……」

 シェリンはガクリとうなだれる。と同時に今度は堂々とした態度で腰に手を当てた。

「でも過ぎた事は仕方ないわよね!アカモト、さっきのことは忘れて頂戴!」

 赤本はその切り替えの速さに戸惑いながら答えた。

「え?あ、ああ。分かった……」

 源はカストロに尋ねる。

「あの、シェリンさんはいつもあんな感じなんですか?」

「慣れれば楽しいぜ」

「そうですか……」


 それから1時間後、カナが目を覚ました。

『痛え……』

「起きたか、カナ」

 側には源がいた。

『……あれからどうなった?』

「成田二尉は倒した。全員無事だ。赤本さんも、話すと長いんだが生きてるよ」

 カナはそれを聞いて安堵したように息をついた。

『……そうか。赤本が生きてたか。そりゃ長い話になりそうだ。で、このマスクはなんだ?』

「過程変異させて傷を修復したんだ。痛むのは体が急速に回復したからだと思う」

 カナはマスクを外してゆっくりと起き上がった。

「へえ、お前も使い方が分かってきたじゃねえの。ありがとな」

 カナは源の目を見てそう言った。源は少し驚く。

「やけに素直だな。どんな心変わりだ?」

「………」

『遅くなった、カナ』

 カナは源のおでこにデコピンして立ち上がる。

「いたっ!」

「うっせえよ。……水飲んでくる」

「お、おい。なんで怒ってんだよ」

 カナは装甲車のドアを開けた。そしてそこには、どこか見覚えのある顔立ちのブロンド美人が立っていた。

「……誰だ」

(デケえな。180はあるか?)

「あなたこそ誰よ……いや、まって。分かったわ、あなたトラグカナイね?ジレイド・ウル・トラグカナイ」

「だったら何だよ。つーかお前は誰なんだよ」

 シェリンはまじまじとカナの顔と体を見回すと言った。

「なるほど、こんな見た目してたんだ。美人ね、貴方」

「………」

 カナは黙ってシェリンの話を聞いていた。容姿を褒められるのは悪い気はしない。まあ別人の肉体ではあるが。

「私の次に美人ね」

「……あ?」

「貴方はガサツな感じがするのよね。ちょっと猛々しすぎると言うか、男っぽいというか。プロポーションは白石よりも良いけど、やっぱり私よりは"無い"し」

 そしてカナは状況を飲み込めずにいた。

(突然なに言ってんだこの女!初対面の相手の見た目にケチつけるとか、どんな性格してやがる!)

 カナが反論しようとした時、依然として目の前に立ちはだかる女の後ろから声がした。

「ちょっとクリスタルさん!そんなところで何してるんですか!」

 それは白石たちだった。クリスタルと呼ばれた女は白石の方を見て声をかける。

「あら!ちょうど良いところに。ついさっき起きたわよ、トラグカナイ」

「え?本当ですか?」

 白石はシェリン越しに明らかに不機嫌そうな顔をするカナを見て表情を明るくした。

「ほんとだ!周ちゃん、ほら!」

 白石に言われて周もカナを見る。そしてホッとした表情をしていた。

(可愛いな……)

 カナは少し和みながらもシェリンに向かって言った。

「それで、お前は誰だ。白石たちとどういう関係なんだよ」

「私は対怪獣機構所属、防衛戦隊総隊長のシェリン・クリスタルよ」

 カナはその肩書きに覚えがあった。

「防衛戦隊の総隊長ってもしかして、お前があの『ハイガード』か?天上階でベイリンの頭を叩き割った」

「その通り。そして今は日本政府の依頼でここにいるってワケ」

 シェリンはそう言って腰に手を当てる。そこに白石が後ろから苦言を呈した。

「ちょっと、手を下ろしてください。通れないですよ」

「あら、ごめんなさい」

 シェリンが手を下ろすと、白石は医療品を持って周と車内に乗り込んだ。そしてすれ違いざまにカナの肩を労るようにぽんと叩いた。

「仲がいいのね、貴方たち」

「そういうあんたは随分シライシと仲が悪いみたいだな」

 シェリンはそれを聞いてため息をつく。

「そうなのよねえ。なんでかしら」

(本気で言ってんのか、コイツ……)

「……それで、何の用だ」

「源に話があるの。呼んでくれる?」

 カナは車内に戻ると源にその旨を伝える。

「分かった。付き添いは要らないから、カナはまだここで安静にしていてくれ」

 源はそう言ってシェリンと駐車場の仮設テントに入っていった。その様子を見ながらカナは白石に言った。

「……なあ、シライシ」

「分かってますよ。私も苦手ですから、あの人」

「だよな」

 そしてカナたちは調達した医療品を医療バックに詰めはじめた。


 それからさらに一時間後、日が暮れはじめた頃にシェリンは赤本たちに言った。

「予定変更。エンジントラブルで輸送機の到着が遅れるみたい。今日はここに泊まりましょう」

「こんな開けた場所で危なくないのか?」

「怪獣の進路は把握しているわ。それに、こっちには捕虜がいるから」

 赤本は尋ねる。

「捕虜?」

「ナリタ二尉よ。本名は李・英明。人民解放軍の少佐で怪獣処理特化中隊の中隊長をしていたみたいね」

 それに源が反論する。

「まさか!二尉は俺が殺したはずです!」

「切りどころが悪かったのよ。いや、この場合は良かったと言った方がいいのかしら。とにかく、ナリタは生きてるの。そして神獣協会と繋がっている。だから嘘の報告をしてもらったの」

「俺たちに損害を与えた、と?」

 赤本が言う。シェリンは頷くと言った。

「半日くらいなら時間も稼げるわ。それに、まだ重要な使い道があるしね」

 そしてシェリンと赤本たちは明日の段取りを確認すると、一旦解散となった。その後、源と装甲車に帰ろうとする赤本をカストロが引き留めた。

「アカモト、時間あるか?」

「少しなら。まだ何か?」

「いや、一杯どうかと思ってな」

 2人はテントの中で紅茶を飲み始めた。

「こんな場所で酒は飲めねえからな」

「……カストロ、なんで俺をここに?」

「人となりを知りたくてな。お嬢の惚れた男がどんなもんか気になるんだよ」

 赤本は答える。

「別に、面白みも何も無いぞ。なんで彼女が俺に好意を持っているのかも、正直よく分からないんだ」

「強くてイケメンだから、そう言われただろ。信じられねえだろうが、あれで大真面目なんだぜ?」

 カストロは愉快そうに言う。

「実はお嬢はな、ユーロの財閥の一人娘なんだ。それが15の時に家を飛び出して大怪獣機構に入った」

「シェリンが、財閥令嬢か……」

 カストロは紅茶をぐいと飲み干すと続ける。

「縁談なんかが多かったらしいんだ。そんな時に、襲われたんだよ。相手の男に」

「な…!」

「家を飛び出した決定的な理由がそれだ。未遂だったらしいが、それ以来お嬢は異性に対して苦手意識がある。俺も最初の内は何度ぶん殴られそうになったことか……とにかく、そんなお嬢に好きな男ができたんだ。これはもう一大事だろ」

「……そうか」

 赤本はティーカップを見つめる。

(彼女が気丈に振る舞っているのは、本当はまだ男が怖いからなのか…?)

 赤本のカップを握る手に力が入る。それを見てカストロが言った。

「……だからよ、アカモト。お嬢のことを出来るだけ大切にしてやってくれねえか。もちろんアカモトの意思は尊重されるべきだし、とても身勝手な申し出だってことも分かってる。それでもどうか、頼む」

 カストロはそう言うと、なんと頭を下げた。赤本は驚きつつも考えた。

(出会ったばかりの俺に、頭を下げるなんて。でも、カストロにとってはそれだけ重要なことなんだ。無下にはできない)

「……分かった。俺にできる最大限、努力する」

 赤本はそう答えたのだった。

「くしゅん!私、風邪引いたのかしら……」

 その頃、簡易ベットの上でシェリンはそう呟いた。





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