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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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どうでもいい

 その日は突然やってくる。私の家族は、怪獣によって破壊されたがれきの下敷きになって死んだ。だからどうという話でもない。こんな話はごまんとある。私の部下も家族のいない者は多い。でも、だからこそ私は、私たちは自身の存在を証明したいのだ。その機会を与えられたのだから。

「制限進化、ですか……」

 男は窓一つない閉鎖的な部屋で、上官の言った言葉を反復した。上官は軍帽をかぶりなおすと答えた。

「そうだ。アメリカで実用化された人間版の過程変異。コアを必要としない初の身体改造術だ」

「それが私の部隊となんの関係が?」

「今さら鈍い振りか、李・英明少佐。関心せんな」

 李は微かに眉間に皺を寄せる。

(そんなこと分かっている。だが、これはあまりにも……)

「……私の部隊に、その制限進化をしろと?」

 上官はそれには答えず一枚の紙を李に手渡す。そこにはこう書かれていた。

「疑似怪人部隊『龍衛隊』……」

「それが今日からの部隊名だ。喜べ、貴様らのような怪獣の死骸処理部隊が、祖国へ奉仕するまたとない機会なのだからな」

(機会……)

 李は手渡されたこの薄っぺらな紙を破り捨てたい衝動にかられた。

(こんなもの、ただの人柱だ。本当に重要度の高い任務なら、もっと専門の特殊部隊がやっている。それを非戦闘員である我々にやらせるだと?)

 ふざけるな、李は心の中で叫ぶ。拳に力が入る。

「どうした、神妙な顔をして。……まさかとは思うが、この重要任務を拝命しないつもりか?」

「いえ、それは……」

「では胸を張れ。貴様らは今後、人民解放軍の顔となるやもしれん存在なのだ」

 これもまた虚言であると、李は分かっていた。こんな秘密部隊が表に出てくるはずがないし、許されない。それでも、李は再度敬礼の姿勢を作った。

(私の取れる道はこれしかないのだ)

 そして李は言った。

「李・英明少佐および第三〇一特科中隊、本任務を拝命いたします」

 部下たちは手放しに喜んでいた。

「ようやくみんなの前で役に立てる!」

「隊長、両親に電話をしてもよろしいでしょうか!」

「何を浮かない顔をしているんです。もっと喜びましょうよ。これからようやく人生が始まるんだ!」

 彼らは何も知らない。私と10以上も年の違うこの若者たちは、どこまでも純粋だ。

(どうか、許してほしい)

 怪人となることを。


「貴様の部下を"そう"したのは誰だ?まさか殿下ではあるまい」

 目の前に聳え立つ戦車のような甲冑を着込んだ大男は、私にそう尋ねた。後ろからはグチャグチャと小汚い咀嚼音が聞こえる。

「……立川、という男がその場に立ち会っていました」

「チッ、タチカワか。貴様らも運が悪いな。彼奴は特に人の命などなんとも思っていない男だからな」

 それは貴様も同じだろうが。私はぼんやりと地面を眺めながらそう心の中で吐き捨てた。

「まあ仕事はキッチリと果たしてもらう。上官から説明は受けているな?」

「はい。源王城の殺害ですね」

 血の臭いが鼻腔を突く。どうやら"食べ終わった"ようだ。

「そうだ。だが一点変更がある」

「変更…?」

「ミナモトは殺すな。他の班員たちは貴様に任せるが、ミナモトだけは殺さずに生け捕りにしろ。いいな?」

 私はその意図が分からなかった。だからどうでもいい。私は家族も恋人も友人も、かつての部下も失った。もうどうでもいいのだ。源王城は殺す。全員殺してやる。

「……了解」


 私の前に立つ赤本という男も、私は殺さなければならない。見て分かる誠実な男だ。こんな仕事に就かなければ所帯を持ち、幸せに暮らしていただろうに。

「申し訳ありません。道中護衛を付けられず」

「仕方のないことです。今はどこも人手が足りないでしょう」

 赤本が答えた。そういえば、日本はここ数年で立て続けに大きな事件が起きていたな。

「……そうですね。ここだけの話、もうとっくに我々のキャパを超えています。ただでさえ人の少ない時ですから」

 さて、どう繋げるか。この男のように誠実な態度でも見せておくか。

「でも、我々は決して諦めません。静岡からの撤退は決まりましたが、その時まで可能な限りの怪獣を駆除します。赤本班長、どうかご協力お願いします」

「もちろんです。こちらこそ、ご協力お願いします。成田二尉」

 すぐに殺してやるがな。私は笑顔で赤本と握手をした。そして私は目を疑った。源王城だ。源は握手をする私たちを、特に私を鋭く睨みつけていた。それと分からないふうに。恐ろしい洞察力だ。もう勘づかれた。だが私は焦らなかった。バレたからどうということもない。

『充分に三班を引き離せ。静岡駅前まで到達次第、発砲を許可する』

 私は無線でそう告げると、テントのケースの中から拳銃を取り出した。県道27号に横たわる怪獣の元まで歩いていく途中、源の班を担当していた部下1人の生体反応が消えた。後の2人は撤退したらしい。

「多分、失敗するのだろうな。そして私は源に殺される」

 私は空を見上げてそう呟いた。その途端に猛烈に悲しみが押し寄せてきた。私にはもう何も残っていない。人の役に立つために軍に入ったのに。私を応援してくれていた妻と子は怪獣に殺された。軍で親しくなった同僚は浄化作業中に崩落事故で死んだ。私は何の役に立ったのだ。私はこれから幾人かを不幸にする。そんな権利もないくせに。

「……もういい。どうせ死ぬんだ。最後くらい悪人でいてやろう。彼らの憎しみを晴らす人柱になるのだ。そうだ、それがいい」

 私は銃の安全装置を解除した。そして発砲音が聞こえた。金属同士のぶつかる音も。私の部下は殺されてしまっただろうか。

「居酒屋でも連れて行ってやろうと思っていたのにな」

 ああ、でもあいつら酒は飲めないんだったか。

「次はもっと抑えめで頼む」

 声が聞こえた。赤本の声だ。やはり部下は殺されてしまったらしい。私はその場に立ち止まる。私の正面には2人いた。赤本と、もう1人。2人とも殺してやる。

「……ごめんなさい」

 私は銃の引き金を引いた。そして、放たれた弾丸は赤本の側頭部を貫通した。私の手は震えていた。初めて人に向けて撃った。初めて人を殺した。

「まだだ。まだいる」

 私はその場に赤本の死体を庇うようにして立つ、確か白石という班員に銃を向けた。その時だった。

「ナリタ、二尉……」

 怪獣の後ろからよりによってトラグカナイが飛び出してきた。そして私を見てそう言った。どう答えればいいのか。物語の悪役ならどう答えるのだろうか。

「まさか生きていたとは」

 私は言った。

「お前、アカモトを撃ったのか?」

「撃ち、そして殺した。今から白石班員も殺す」

 私は改めて銃を白石に向ける。だが白石は私にではなくトラグカナイに向けて言った。

『私に構わなくていい!源君にこのことを伝えて!』

 やめろ、殺しづらくなる。

「今から殺されようという時に、大した女だ」

 私がつらつらとそう言うと、白石は私を睨みつけて言った。

「お前たちは何が目的なんだ!なぜ人を殺す!なぜ私の大切な仲間を奪う!」

「シライシ……」

 白石の問いに、私はある答えを待っていた。

「フッ、分からんだろうな。たかが仲間を失ったくらいで怒り憎むお前には。その程度の悲しみしか味合わなかった人間には、分からんだろう!」

 お前たちには仲間がいる。なぜ私にはいないのだ。羨ましい。妬ましい。

「待て!お前ラケドニア人だろう!なら私の話を……」

 ラケドニアだと?私は激しい憤りのままにトラグカナイに銃口を向けた。

「ふざけるな!俺は、俺たちは人間だ!」

 断じてあのような化け物ではない。私は正真正銘の人間だ。部下たちも人を食うが人間だ。人間でないと、あまりにも可哀想だろうが。私は銃の引き金を引いた。そして弾は外れた。

「なっ!」

 あっという間にトラグカナイは後ろにいた。

「過程変異か!」

「その通りだ。死にやがれ!」

 そしてトラグカナイが引き金を引こうとした瞬間、今度は2発の銃弾が体を貫通し、トラグカナイは膝から崩れ落ちた。

『ッ……!』

 それを私は見下ろす。目の前には2人の隊員がいた。

「まだいやがったのか……」

 同感だ。よく生きていてくれた。

「そうだ。いやはやまったく、過程変異ができるなんて聞いていないぞ」

 私は目配せをして隊員を白石の元へ走らせる。そして、

「お前の同胞は碌に情報共有もできんらしい、な!」

 そう言って両膝をつくカナの顔を蹴りとばした。先ほどの発言への当てつけである。そして私はつい本音を漏らしてしまった。

「だがもうどうでもいい。お前たちを殺したら大君も殺す。それでノルマは達成だ」

「ノルマ、だと?なんの……」

 しまった。ここは奴らの仕業にしておくか。

「お前の同胞だよ。分かってるんだろう?」

 トラグカナイはそれをぼんやりとした様子で聞いていた。まるで自分を見ているようで腹が立つ。

「死ね、トラグカナイ」

 もうそんな顔を見せるな。全てを諦めた死にかけの表情をするな。私が惨めに思えてくる。私は引き金を引こうとした。が、できなかった。

「ギルガメシュ……」

 そう言っていたのだ。誰だ。男の名か?私は引き金を引くのを躊躇った。だから死んだ。次の瞬間、目にも止まらぬ速さで、私の頭は真っ二つに切り払われた。

 気づくと私は何もない真っ白な空間に1人、漂っていた。

(ああ、やっぱりそうだ。源が私を斬ったんだ。そうだよな、その権利がある。そして私ももう終わりだ。部下たちは天国には行けるのだろうか。人を食った。大勢殺した。だが彼らにはせめて、死んだ後は苦しまないでほしいのだ。できることなら、私が全ての罪を背負うから、どうか彼らは天国へ行かせてほしい。神様、どうか……)

「いまさら神頼み?」

 私は周囲を見まわした。

(誰だ?)

「神様、っていうのは冗談。それであなた、自暴自棄になるのも達観するのもいいけれど、まだ死んでないわよ」

(何を馬鹿なことを……)

「だって意識があるじゃない。確かに頭を綺麗にスライスされていたけど、コアは斬られていなかったわよ?」

(……ああ、そうか。私もコアに意識を移植されていたのか。なら私は、あれだけ言っておいて人間じゃなかったじゃないか)

「それは違うわ」

 どこかから聞こえるその声は、そう断じた。

「自分がどう思うかよ。体の機能は問題じゃない。それで貴方、役に立ちたいとは思わない?」

(どうせ無理だ。さっさと殺してくれよ)

「はあ、そういうのマジで興味ないから。言い方を変えるわ。貴方死にたいのよね」

(ああ、そうだ)

「なら役に立って死になさい。貴方にしかできないことがあるの」

 私は目を閉じて考えた。私にしかできないこと、か。いい響きだ。たとえそれがどんなことであろうと、私はまた役に立てるらしい。この傲慢ちきな女の役に。

「言っておくけど、拒否権ないから」

(だろうな。分かったよ、どうぞご自由に。その代わり、事が終わったらさっさと殺してくれよ)

「分かってるわよ。しつこいわね」

 女はそれから、思い出したように私に尋ねた。

「あ、そうだ。貴方オウジミナモトがどこにいるか、知らない?」


 思わず目を見張るブロンドの髪をたなびかせた若い女は、灰色のコアから手を離すと無線をつけた。

『聞こえる?カストロ。この近くのデカい公園があるでしょ?そこの周辺を張ってくれるかしら』

『了解。そこに例の運命の人が?』

『無駄口叩いてると怪獣みたいに頭かち割るわよ』

『はいはい。お嬢様』

 ブロンドの女は無線を切ると後ろを向いた。そこには頭蓋骨を豪快に割られた怪獣の頭から、黒いフェイスガードをした隊員たちがコアを取り出すところだった。女は呟いた。

「待ってなさい、ミナモト。もうすぐ会えるから」


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