どうでもいい
その日は突然やってくる。私の家族は、怪獣によって破壊されたがれきの下敷きになって死んだ。だからどうという話でもない。こんな話はごまんとある。私の部下も家族のいない者は多い。でも、だからこそ私は、私たちは自身の存在を証明したいのだ。その機会を与えられたのだから。
「制限進化、ですか……」
男は窓一つない閉鎖的な部屋で、上官の言った言葉を反復した。上官は軍帽をかぶりなおすと答えた。
「そうだ。アメリカで実用化された人間版の過程変異。コアを必要としない初の身体改造術だ」
「それが私の部隊となんの関係が?」
「今さら鈍い振りか、李・英明少佐。関心せんな」
李は微かに眉間に皺を寄せる。
(そんなこと分かっている。だが、これはあまりにも……)
「……私の部隊に、その制限進化をしろと?」
上官はそれには答えず一枚の紙を李に手渡す。そこにはこう書かれていた。
「疑似怪人部隊『龍衛隊』……」
「それが今日からの部隊名だ。喜べ、貴様らのような怪獣の死骸処理部隊が、祖国へ奉仕するまたとない機会なのだからな」
(機会……)
李は手渡されたこの薄っぺらな紙を破り捨てたい衝動にかられた。
(こんなもの、ただの人柱だ。本当に重要度の高い任務なら、もっと専門の特殊部隊がやっている。それを非戦闘員である我々にやらせるだと?)
ふざけるな、李は心の中で叫ぶ。拳に力が入る。
「どうした、神妙な顔をして。……まさかとは思うが、この重要任務を拝命しないつもりか?」
「いえ、それは……」
「では胸を張れ。貴様らは今後、人民解放軍の顔となるやもしれん存在なのだ」
これもまた虚言であると、李は分かっていた。こんな秘密部隊が表に出てくるはずがないし、許されない。それでも、李は再度敬礼の姿勢を作った。
(私の取れる道はこれしかないのだ)
そして李は言った。
「李・英明少佐および第三〇一特科中隊、本任務を拝命いたします」
部下たちは手放しに喜んでいた。
「ようやくみんなの前で役に立てる!」
「隊長、両親に電話をしてもよろしいでしょうか!」
「何を浮かない顔をしているんです。もっと喜びましょうよ。これからようやく人生が始まるんだ!」
彼らは何も知らない。私と10以上も年の違うこの若者たちは、どこまでも純粋だ。
(どうか、許してほしい)
怪人となることを。
「貴様の部下を"そう"したのは誰だ?まさか殿下ではあるまい」
目の前に聳え立つ戦車のような甲冑を着込んだ大男は、私にそう尋ねた。後ろからはグチャグチャと小汚い咀嚼音が聞こえる。
「……立川、という男がその場に立ち会っていました」
「チッ、タチカワか。貴様らも運が悪いな。彼奴は特に人の命などなんとも思っていない男だからな」
それは貴様も同じだろうが。私はぼんやりと地面を眺めながらそう心の中で吐き捨てた。
「まあ仕事はキッチリと果たしてもらう。上官から説明は受けているな?」
「はい。源王城の殺害ですね」
血の臭いが鼻腔を突く。どうやら"食べ終わった"ようだ。
「そうだ。だが一点変更がある」
「変更…?」
「ミナモトは殺すな。他の班員たちは貴様に任せるが、ミナモトだけは殺さずに生け捕りにしろ。いいな?」
私はその意図が分からなかった。だからどうでもいい。私は家族も恋人も友人も、かつての部下も失った。もうどうでもいいのだ。源王城は殺す。全員殺してやる。
「……了解」
私の前に立つ赤本という男も、私は殺さなければならない。見て分かる誠実な男だ。こんな仕事に就かなければ所帯を持ち、幸せに暮らしていただろうに。
「申し訳ありません。道中護衛を付けられず」
「仕方のないことです。今はどこも人手が足りないでしょう」
赤本が答えた。そういえば、日本はここ数年で立て続けに大きな事件が起きていたな。
「……そうですね。ここだけの話、もうとっくに我々のキャパを超えています。ただでさえ人の少ない時ですから」
さて、どう繋げるか。この男のように誠実な態度でも見せておくか。
「でも、我々は決して諦めません。静岡からの撤退は決まりましたが、その時まで可能な限りの怪獣を駆除します。赤本班長、どうかご協力お願いします」
「もちろんです。こちらこそ、ご協力お願いします。成田二尉」
すぐに殺してやるがな。私は笑顔で赤本と握手をした。そして私は目を疑った。源王城だ。源は握手をする私たちを、特に私を鋭く睨みつけていた。それと分からないふうに。恐ろしい洞察力だ。もう勘づかれた。だが私は焦らなかった。バレたからどうということもない。
『充分に三班を引き離せ。静岡駅前まで到達次第、発砲を許可する』
私は無線でそう告げると、テントのケースの中から拳銃を取り出した。県道27号に横たわる怪獣の元まで歩いていく途中、源の班を担当していた部下1人の生体反応が消えた。後の2人は撤退したらしい。
「多分、失敗するのだろうな。そして私は源に殺される」
私は空を見上げてそう呟いた。その途端に猛烈に悲しみが押し寄せてきた。私にはもう何も残っていない。人の役に立つために軍に入ったのに。私を応援してくれていた妻と子は怪獣に殺された。軍で親しくなった同僚は浄化作業中に崩落事故で死んだ。私は何の役に立ったのだ。私はこれから幾人かを不幸にする。そんな権利もないくせに。
「……もういい。どうせ死ぬんだ。最後くらい悪人でいてやろう。彼らの憎しみを晴らす人柱になるのだ。そうだ、それがいい」
私は銃の安全装置を解除した。そして発砲音が聞こえた。金属同士のぶつかる音も。私の部下は殺されてしまっただろうか。
「居酒屋でも連れて行ってやろうと思っていたのにな」
ああ、でもあいつら酒は飲めないんだったか。
「次はもっと抑えめで頼む」
声が聞こえた。赤本の声だ。やはり部下は殺されてしまったらしい。私はその場に立ち止まる。私の正面には2人いた。赤本と、もう1人。2人とも殺してやる。
「……ごめんなさい」
私は銃の引き金を引いた。そして、放たれた弾丸は赤本の側頭部を貫通した。私の手は震えていた。初めて人に向けて撃った。初めて人を殺した。
「まだだ。まだいる」
私はその場に赤本の死体を庇うようにして立つ、確か白石という班員に銃を向けた。その時だった。
「ナリタ、二尉……」
怪獣の後ろからよりによってトラグカナイが飛び出してきた。そして私を見てそう言った。どう答えればいいのか。物語の悪役ならどう答えるのだろうか。
「まさか生きていたとは」
私は言った。
「お前、アカモトを撃ったのか?」
「撃ち、そして殺した。今から白石班員も殺す」
私は改めて銃を白石に向ける。だが白石は私にではなくトラグカナイに向けて言った。
『私に構わなくていい!源君にこのことを伝えて!』
やめろ、殺しづらくなる。
「今から殺されようという時に、大した女だ」
私がつらつらとそう言うと、白石は私を睨みつけて言った。
「お前たちは何が目的なんだ!なぜ人を殺す!なぜ私の大切な仲間を奪う!」
「シライシ……」
白石の問いに、私はある答えを待っていた。
「フッ、分からんだろうな。たかが仲間を失ったくらいで怒り憎むお前には。その程度の悲しみしか味合わなかった人間には、分からんだろう!」
お前たちには仲間がいる。なぜ私にはいないのだ。羨ましい。妬ましい。
「待て!お前ラケドニア人だろう!なら私の話を……」
ラケドニアだと?私は激しい憤りのままにトラグカナイに銃口を向けた。
「ふざけるな!俺は、俺たちは人間だ!」
断じてあのような化け物ではない。私は正真正銘の人間だ。部下たちも人を食うが人間だ。人間でないと、あまりにも可哀想だろうが。私は銃の引き金を引いた。そして弾は外れた。
「なっ!」
あっという間にトラグカナイは後ろにいた。
「過程変異か!」
「その通りだ。死にやがれ!」
そしてトラグカナイが引き金を引こうとした瞬間、今度は2発の銃弾が体を貫通し、トラグカナイは膝から崩れ落ちた。
『ッ……!』
それを私は見下ろす。目の前には2人の隊員がいた。
「まだいやがったのか……」
同感だ。よく生きていてくれた。
「そうだ。いやはやまったく、過程変異ができるなんて聞いていないぞ」
私は目配せをして隊員を白石の元へ走らせる。そして、
「お前の同胞は碌に情報共有もできんらしい、な!」
そう言って両膝をつくカナの顔を蹴りとばした。先ほどの発言への当てつけである。そして私はつい本音を漏らしてしまった。
「だがもうどうでもいい。お前たちを殺したら大君も殺す。それでノルマは達成だ」
「ノルマ、だと?なんの……」
しまった。ここは奴らの仕業にしておくか。
「お前の同胞だよ。分かってるんだろう?」
トラグカナイはそれをぼんやりとした様子で聞いていた。まるで自分を見ているようで腹が立つ。
「死ね、トラグカナイ」
もうそんな顔を見せるな。全てを諦めた死にかけの表情をするな。私が惨めに思えてくる。私は引き金を引こうとした。が、できなかった。
「ギルガメシュ……」
そう言っていたのだ。誰だ。男の名か?私は引き金を引くのを躊躇った。だから死んだ。次の瞬間、目にも止まらぬ速さで、私の頭は真っ二つに切り払われた。
気づくと私は何もない真っ白な空間に1人、漂っていた。
(ああ、やっぱりそうだ。源が私を斬ったんだ。そうだよな、その権利がある。そして私ももう終わりだ。部下たちは天国には行けるのだろうか。人を食った。大勢殺した。だが彼らにはせめて、死んだ後は苦しまないでほしいのだ。できることなら、私が全ての罪を背負うから、どうか彼らは天国へ行かせてほしい。神様、どうか……)
「いまさら神頼み?」
私は周囲を見まわした。
(誰だ?)
「神様、っていうのは冗談。それであなた、自暴自棄になるのも達観するのもいいけれど、まだ死んでないわよ」
(何を馬鹿なことを……)
「だって意識があるじゃない。確かに頭を綺麗にスライスされていたけど、コアは斬られていなかったわよ?」
(……ああ、そうか。私もコアに意識を移植されていたのか。なら私は、あれだけ言っておいて人間じゃなかったじゃないか)
「それは違うわ」
どこかから聞こえるその声は、そう断じた。
「自分がどう思うかよ。体の機能は問題じゃない。それで貴方、役に立ちたいとは思わない?」
(どうせ無理だ。さっさと殺してくれよ)
「はあ、そういうのマジで興味ないから。言い方を変えるわ。貴方死にたいのよね」
(ああ、そうだ)
「なら役に立って死になさい。貴方にしかできないことがあるの」
私は目を閉じて考えた。私にしかできないこと、か。いい響きだ。たとえそれがどんなことであろうと、私はまた役に立てるらしい。この傲慢ちきな女の役に。
「言っておくけど、拒否権ないから」
(だろうな。分かったよ、どうぞご自由に。その代わり、事が終わったらさっさと殺してくれよ)
「分かってるわよ。しつこいわね」
女はそれから、思い出したように私に尋ねた。
「あ、そうだ。貴方オウジミナモトがどこにいるか、知らない?」
思わず目を見張るブロンドの髪をたなびかせた若い女は、灰色のコアから手を離すと無線をつけた。
『聞こえる?カストロ。この近くのデカい公園があるでしょ?そこの周辺を張ってくれるかしら』
『了解。そこに例の運命の人が?』
『無駄口叩いてると怪獣みたいに頭かち割るわよ』
『はいはい。お嬢様』
ブロンドの女は無線を切ると後ろを向いた。そこには頭蓋骨を豪快に割られた怪獣の頭から、黒いフェイスガードをした隊員たちがコアを取り出すところだった。女は呟いた。
「待ってなさい、ミナモト。もうすぐ会えるから」




