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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
108/132

共通点

 静岡県葵区、駿府城公園では自衛隊によって仮設のテントが建てられていた。その内の1つで、赤本と源は汚れた戦闘服姿の男と握手を交わしていた。男は言った。

「申し訳ありません。道中護衛を付けられず」

「仕方のないことです。今はどこも人手が足りないでしょう」

 赤本が答える。

「……そうですね。ここだけの話、もうとっくに我々のキャパを超えています。ただでさえ人の少ない時ですから」

 特殊作戦群の壊滅、玄武討伐作戦部隊の壊滅、そして九州戦争。これらが立て続けに起きたのだ。日本の防衛戦力は半減したと言っても過言ではなかった。

「でも、我々は決して諦めません。静岡からの撤退は決まりましたが、その時まで可能な限りの怪獣を駆除します。赤本班長、どうかご協力お願いします」

「もちろんです。こちらこそ、ご協力お願いします。成田二尉」

 それから赤本たちは、浄化予定の怪獣の死骸の場所を確認した。

「この駿府城公園の真ん中、このテントのから北に500メートル先に一体。静岡駅まで続く県道27号の途中に一体。静岡駅駅舎に覆い被さるようにして一体です。特に最後のは駅舎が半壊状態ですから、これから建物が崩れる危険性があります」

 成田は地図の赤いバツ印を指差しながら言う。

「分かりました。他の怪獣の介入は?」

「ここは死骸が密集しています。怪獣の習性から考えて、より人口の多い都市へと移動していくでしょう。実際、静岡の県境を越えた計6体の怪獣が東京へ進路を転換しています」

 赤本はそれを聞いて頷く。

(よし。後は怪人対策か)

「護衛にはどの程度の人数を?」

「それぞれ4人、対怪人装備です。こちらも状況が厳しく、これ以上の増員は難しいかと」

「ありがとうございます。いないよりはよっぽど良い」

 赤本はそう言いながら、地図を見て大まかな地理的特徴を把握する。

(都市部にしては開けた場所が多い。この前衛拠点を最も安全な場所として、最も危険なのはやはり駅の怪獣か)

「……源、お前はここの怪獣を頼むぞ。諏訪部と緑屋を守れ」

「了解です」

 赤本は一旦車に戻ると班員たちに言った。

「A班は県道27号、B班は静岡駅、C班はこの公園の怪獣の浄化を担当する。開けた場所が多いから、くれぐれも周囲の警戒を怠るなよ」

「了解!」

 そして、ついに3班は移動を開始した。A班の赤本は、白石とともに駿府城公園を抜けて県道沿いを歩き始めた。前後左右を護衛の自衛隊員が固める。先頭に立つ隊員は、周囲のガラスの割れたビルを警戒する。

『静かですね……』

 白石は思わず呟いた。確かにこの大通りには風の音すら鳴ってはいなかった。重苦しい静寂と停滞する空気が体にまとわりつくように感じる。

『それでいい。何事もなく終わってくれるならな』

 赤本はそう答えながらも、腰に差した術刀に手を添えていた。

(不吉な予感というより、不快感。なぜかは分からないが、悍ましい気配を感じる)

 やがて、目の前にバッファローのような怪獣の死骸が見えてきた。背中に2本の神経毒を打ち込まれた怪獣は、左右のビルを薙ぎ倒し、6車線の大通りを塞いでいた。その奥には半壊した静岡駅と爬虫類のようなウロコの怪獣の背中が見える。

(トラグカナイたち、B班の様子が少し気になるな。この県道を迂回して、その横の呉服町通りを通る手筈だが……)


 その頃、B班は予定通り呉服町通りを進んでいた。商店街であるため、両サイドには様々なお店が軒を連ねている。だがそのいずれもシャッターは閉まったままであった。

『静かだな……』

 神田が呟く。

『風が吹いてないからな』

 カナが答える。

(にしても妙に静かに感じる。というより、重苦しい空気を感じる。静寂というよりは沈黙だ。なんなんだ?この言いようのない感情は)

 その時、後ろの周が言った。

『あの、神田さん。この臭い分かりますか?』

『臭い?ガスか?』

『いえ。なんというか、血の臭いなんですけど……』

 周はなんとも形容し難い様子であった。

『怪獣の血じゃないか?この近くに二体も死骸が倒れているわけだし』

『やっぱりそうですよね。すみません、余計な事聞いちゃって』

『………』

 カナは2人の会話を聞いて、微かな違和感を覚えていた。

(何が引っかかるのか分からねえが、その何かが分からねえと不味いことになる。そんな予感がしやがる)

 カナはガスマスク越しに深呼吸すると、思考を整理し始めた。

(この場所にどんな印象を持った?どんな事実がある?)

 沈黙、臭い、血。

(これらの共通点……)

 カナはさらに深く考え始めた。そこで無線が響く。

『あれが静岡駅……』

 そう言う神田の目線の先には、建物の半分が倒壊した静岡駅があった。駅前の地下に続くエスカレーターには瓦礫が押し寄せ、それらの上にトカゲのような怪獣がのしかかっている。神田は周囲の様子を確認すると、

『地下は出口が塞がれてる。正面から行くしかなさそうだな』

 そう言って護衛の隊員たちと駅前の広場に出ようとした。その時だった。

『待て』

 そう言ったのはカナだった。カナは言った。

『話がある』


 そしてA班もまた、怪獣の死骸に迫っていた。怪獣は横に倒れており、位置的には比較的作業は楽そうであった。そこで赤本は護衛の隊員たちに言った。

『これより浄化作業に移る。周囲の安全確認をお願いしたい』

『………』

 それに隊員たちは黙って頷くと、その場を離れて怪獣の周囲を警戒し始めた。

(なぜ言葉を喋らない……)

 それを見た赤本が個人無線で言った。

『白石、ちょっといいか』

『なんですか?』

 赤本は周囲を見回すと答えた。

『話がある』

『話?』

 赤本はリュックからパルスリングなどの器具を取り出しつつ答えた。

『白石、お前臭いは分かるか?』

『臭いって、なんのです』

『ここだよ。この場所の臭いだ』

『ガスマスクをしていますから、特には……』

『ガスマスク越しでいいから、何か臭いはしないか?』

 赤本はパルスリングを白石に預けると、自分は術刀に手をかけた。白石は少しして答えた。

『……血の、臭いがします』

『怪獣の血か?』

『いえ。見たところこの怪獣の出血は少ないですから、これは……』

 赤本は術刀を抜いた。

『人間の血、だろ?』

『はい』

 赤本は怪獣の頭頂部に切先を向け、突き刺す振りをした。

『決まりだな。怪獣が出現したのはたったの15時間前。それなのに逃げ遅れた人間の1人もいない無人の街。そしてガスマスクを貫通するほど濃い人の血の臭い』

 そこで白石はハッとする。

『まさか…!』

『成田二尉は何かを隠している。そして護衛の隊員たちも同じだ』

 その時だった。パーンと1発の銃声が響いたかと思うと、立て続けに爆発音がしたのだ。赤本は即座に白石の腕を掴むと、自分の元へと抱き寄せた。なんとその直後、数発の銃弾がさっきまで白石のいた場所を掠めたのだ。

『な、何が……』

『誰が撃った!』

 周囲を見渡すと、護衛の隊員のうち2人がこちらに銃も持たず駆け出していた。

(やはり怪人か…!)

 赤本は白石を怪獣の毛の中に突き飛ばすと、耳につけたイヤフォンのような機器に触れて言った。

『生体ナンバーM1‐F、赤本明石。精神を適合する』

 その瞬間、ガスマスクの中に鎮痛ガスが流れ込む。そして赤本の脳内には激しい頭痛とともに夥しい数の映像の断片が明滅していた。赤本はよろめきつつも言う。

『起きろ怪人』

 それに脳内で返事がした。

「やだね。俺は"怪人"なんて名前じゃない」

(この野郎ッ!)

 赤本はギリッと奥歯を噛み締めると、怒鳴った。

『起きろキルケア!』

「はいはい。それで、状況は?」

『さっさと適合しろ。時間が無い』

「分かったよ。……はあ、結構嫌なもんだな。奴隷って」

 やがて赤本の脳内に流れる情報の波が引き、意識が覚醒した。赤本は自身の感覚が極限まで研ぎ澄まされていることを確認する。

(後で出雲班長に謝罪しなくてはな)

 赤本は後ろの白石がその場を動いていないのを認識すると、目の前に迫る2人の隊員を見て術刀を構えた。

『来い』

 そう言い終わるや否や、赤本の顔面に弾丸のような右ストレートが飛ぶ。それを赤本は避けずに術刀で受け止めた。そしてそのまま縦に振り抜き、隊員の拳を2つに両断した。

『グ、ガアア!』

 隊員は言葉にならない呻き声をあげて後退りする。赤本はそれを追うことはせずに、あくまで後ろの白石を守る。

(あと2人はどこだ?そもそも、さっきの銃声はなんだ。B班は無事なのか?)

 だが、そんな赤本の思考は長くは続かない。もう1人の隊員がナイフを持って切り掛かってきたのだ。

『ッ……!』

 赤本は初撃を術刀で受け止めると、隊員を突き飛ばして術刀を後ろの怪獣の皮膚に突き刺す。そして自身もブレードメスを取り出した。赤本は2人の隊員に尋ねた。

『お前たちは誰だ!自衛隊員たちは、民間人はどこへやった!』

 それに、右手を両断された隊員が答える。

『ク……クウ。クッタ』

『食うだと?まさか、人を喰ったのか!?』

 赤本は動揺する。

(ありえない!今まで戦ってきた怪人は食人なんてしなかった!何かしらの矜持を持っていた)

 赤本はブレードメスを逆手に握ると、深呼吸した。

(まて、落ち着け。冷静になれ。とりあえず考えるのは後回しだ。まずはこいつらを殺す)

 赤本は地面を強く踏み込むと、右手を庇う隊員の懐に飛び込んだ。そしてその喉元にメスを突き立て、そのまま切り裂いた。と、もう1人の隊員の強烈なミドルキックが赤本の脇腹にめり込む。赤本はそのまま横に吹っ飛び、起き上がれずにその場に倒れる。

『クソッ!』

(たまたま良いところに入った!起き上がれない)

 隊員はそんな赤本の上に乗ると、ナイフを振り下ろした。赤本は隊員の腕を掴んでそれをなんとか防ぐが、上手く力が入らずに、ジリジリと刃先が迫ってくる。だがその時、赤本は隊員ではなくその背後を見て言葉を失った。

『お前、なんで……』

 そこには怪獣の毛に隠れていたはずの白石がいた。そしてその手にはパルスリングが握られていた。白石の手は微かに震えていた。

(まさか……)

 そう。白石は、その背中にパルスリングを押し付けたのである。そしてリングの作動ボタンを押したその瞬間、隊員の体が3つに別れた。ドチャっという音とともに、赤本の胸に生暖かい内臓がぶちまけられる。白石は怪獣の頭蓋骨をくり抜くように、隊員の胴体をくり抜いたのだ。

『助かった』

 赤本は隊員の死体をどかして白石の手を借りる。

『どういたしまして』

 赤本は立ち上がると、周りに広がる血の海を見た。

『……でも、次はもっと抑えめで頼む』

 赤本は渋い顔で制服に張り付く腸を引っ剥がしながら、そう言ったのだった。

『そうですね……』

 白石も苦笑いする。だが、白石の表情は気づくと絶望の表情に変わっていたのだ。

 赤本の頭を、1発の弾丸が貫通していた。

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